#19 発端
最初は、連盟側が築いていた浮遊砲台と同等のものを設置する予定だった。
先日の会戦で奪取した新たな宙域、そのワームホール帯の真正面に、数千基の砲台群を並べようというわけだ。
が、その案に僕は異を唱える。
「アルトマイヤー少将、前線指揮官として意見具申いたします。小官は、浮遊砲台を設置する案には反対です」
一瞬、議場が静まり返る。しばらくして、ディーステル大将が僕にその理由を尋ねる。
「アルトマイヤー少将、反対の理由を聞かせてもらえるか?」
「はっ、まず浮遊砲台群は個々の攻撃力が弱く、大した抑止効果は望めません。それに、すでにその砲台を突破する戦術を我々自身が示してしまいました。ゆえに、かつて連盟が設置していた浮遊砲台群よりも防御力が劣ると考えます」
「なるほど、では少将はどうすれば良いと考えるか?」
「はっ、他の宙域で実績のある、大型砲を搭載した要塞を設置すべきと愚考いたします」
この意見には、やはりというか、反対の意見が上がる。
「金食い虫な、少将らしい意見だな」
煽り気味に言い放つのは、軍司令部内で経理部門を統括しているバーナー中将だ。僕は反論する。
「バーナー中将閣下、たとえ安くても効果がなくては、それは銭失いな結果を招きかねません」
「そんなことはない。浮遊砲台群は連盟が設置し、二百年近く我々の進出を拒み続けてきた。効果という点において、実績がそれを示している。加えて、常に人を配置する必要がある要塞よりも、無人の浮遊砲台の方が人員の負担を大きく減らすことができる。第一、貴官がその砲台を破壊するに至った戦術とは、すなわち敵の油断によって生じたものではないか。逆にいえば、油断しなければあれほど頼りになる仕掛けはない、ということになる。どちらが防衛手段として相応しいか、較べるまでもないだろう」
バーナー中将は、金勘定にうるさいことで有名だ。一見、理屈は通っているようだが、結局のところ決め手はお金だ。浮遊砲台群の方が安い。だから、どうにかそれで通したい。そんな気持ちが前面に出ている。
「バーナー中将」
「はっ!」
「我々は価格だけで物事を判断するわけにはいかない。いくら安くても、用を成さねばそれはすなわちお金をドブに捨てる行為だ」
「おっしゃる通りです」
「が、中将の言う通り、確かに実績という点では、他のどの手段よりも抜きん出ている。試す価値はあるだろう。まずは少数の浮遊砲台を設置し、様子を見るというのはどうか?」
結局、ディーステル大将のこの一言で、浮遊砲台の試験設置が決定された。僕としても、この決定には従わざるを得ない。
それから三週間ほどで、五百機の浮遊砲台が該当宙域に設置された。
「……で、その砲台とやらは今のところ、要をなしているのでございますか?」
「うん、というか、敵が寄ってこないらしい」
「それはつまり、罠の存在を警戒してのことでございますか?」
「いや、単純に体勢の立て直しに専念しているだけじゃないのかな。前回の大敗の影響はまだ続いているだろうし」
「左様でございますか。その連盟とやらは案外、だらしないのでございますわね」
そう言い切るカタリーナだが、僕はむしろこの静けさこそが怖い。明らかにこれは、味方の油断を誘っているような気がしてならない。いくら大敗した後とはいえ、敵だってこちらが浮遊砲台を仕掛けていることくらいは察知しているはず。まだ砲台の数が少ないうちに、何か仕掛けてくるんじゃないか?
少なくとも、僕があちらの総司令官ならばそうするだろう。敵が防御を固めるところをただ眺めているなんて、許容できるわけがない。
◇◇◇
「哨戒部隊からの報告だ。敵があの宙域に、何かを設置しているらしい」
パザロフ大将が軍司令部の幹部を集め、第一声にこう告げる。
「何かとは、なんでございましょう?」
「さあな。だが、要塞のような大きなものではない。おそらく、浮遊砲台クラスの小型のものだと推測される」
議場内はどよめき立つ。かつてこちらが使った手段を、あちらも使い出したというのだ。驚くというより、私は呆れの感情の方が強い。
「ということで、こちらも黙って見ているわけには行かんだろうな。まださほど本格的な設置は行われていないようだ。今のうちに、これを叩こうと思う」
と、パザロフ大将はそう宣言する。そしていきなり、私の名が呼ばれる。
「スクリャロフ少将」
「はっ!」
「というわけだ、貴官の強襲艦隊をもって、これを殲滅せよ」
「はっ、承知いたしました!」
実は事前に、このことをパザロフ大将よりうかがっていた。そこで私自身に、出撃命令が降ることも承知していた。知らぬのは、ここに居並ぶ多くの司令官たちだけだ。
哨戒部隊からの報告書によれば、その物体の推定設置数はおよそ三百から五百程度。元々あそこは我々の庭のようなところだ。分布する小惑星やデブリの密度に至るまで把握している。そこに加わったノイズから、敵がどれだけのものを設置したかを推察することはさほど難しい話ではない。
とはいえ、浮遊砲台の厄介さは重々理解しているつもりだ。かつてそれに頼っていたからこそ、それを攻略する困難さを嫌というほど心得ている。
だが、あのアルトマイヤー少将がそれを攻略した。しかしあの指揮官が使った手は当然、使えない。敵も同じ手に引っかかるわけがないだろう。それゆえに別の方法であれを攻略せねばならない。
そこで、私はパザロフ大将からその攻略法について事前に相談されていた。これに対し私は、ある提案をした。
それを今回、実行することになる。
軍司令部内での出撃命令から三日後。私は五百隻になった強襲艦隊を率いて出撃する。
「全艦、前進半速! 目的地は、敵浮遊砲台設置宙域!」
「はっ! 全艦、前進半速!」
中性子星域内で集結した五百隻は、一斉に攻略対象のあるあの宙域へと向かう。哨戒艦の報告によれば、現在あの宙域には百隻程度の小規模な艦隊しかいない。まさしく今がチャンスだ。
「敵の浮遊砲台は、ワームホール帯を中心におよそ一万キロの範囲に分布しているものと推測されます」
「そうか。わずか五百基程度と考えると、かなり広範囲だな」
「その通りです。いかがいたしましょう?」
「作戦に変更はない。進路そのままだ」
「はっ!」
私は艦隊を前進させる。私の今回の任務は、浮遊砲台の撃滅だ。かつて我々がやられたことを、奴らにも同様に味合わせてやる、それが私の狙いだ。
実は浮遊砲台の攻略はさほど難しくはない。隠密性の高い強襲艦隊であれば簡単なことだ。もちろんそれは、浮遊砲台の場所が分かれば、という前提があっての話だが。
その浮遊砲台の場所を明らかにする方法こそが、この作戦最大の肝である。
そのための秘策を、私はすでに講じている。
「浮遊砲台想定宙域まで、あと三十三万キロ!」
レーダー手のエカチェリーナが叫ぶ。こいつ、旗艦ペレスウィートで待てと言っていたのに、未亡人になるくらいなら、一緒に死んだ報がマシだと言ってついてきた。不吉なことを口にするやつだな。私は別に、死ぬつもりはない。
「そろそろ、作戦を開始する。まずは浮遊砲台群の姿を我々にさらけ出すぞ」
「はっ!」
参謀役のドルジエフ大佐が私の命令に呼応し、作戦開始の指示を出す。直後、正面モニターには、一斉に光点が現れる。
「艦影多数、出現! 数およそ一千!」
エカチェリーナもそれを捉えて報告する。それを受けて、ドルジエフ大佐が呟く。
「予定通りですね」
「ああ、そうだな」
出現した艦影は、徐々に前進を開始する。その一千隻の向かう方角はまさに浮遊砲台群がある場所。
当然、浮遊砲台はそれを見逃さない。
「現れました! 高エネルギー反応、多数!」
その一千隻に反応して、敵の浮遊砲台が姿を現す。真っ暗な宇宙空間をビーム光が照らす。私は、モニターに目を移す。
一千の影が、徐々に失われていく。相対して高エネルギー反応源がそのモニターの上に現れた。あれはつまり、浮遊砲台の位置をあらわしている。やがて、一千の影はすべて消滅する。
「やはり、所詮は無人の兵器ですな」
ドルジエフ大佐が叫ぶ。私も何か叫びたい気分だが、まだ作戦は始まったばかり。私は号令する。
「強襲艦隊、突入せよ!」
それを受けて、私の乗り込むこの〇〇一番艦は唸り音をあげる。一気に砲台殲滅に向けて動き始めた。
「しかし閣下、まさかあれほど簡単な手に引っかかるとは、思いもしませんでした」
ドルジエフ大佐はそう渡辺に告げるが、私は返す。
「まだ終わってはいない。振り返るのは、全てが終わってからだ」
「はっ! 申し訳ございません!」
大佐はそう応えるが、しかし大佐の言う通り、ほぼ終わっている。浮遊砲台が姿を現した時点で、もう彼らに勝ち目はない。
先に現れたあの一千の影、あれは艦艇ではない。そこらで集めた小惑星を赤褐色に塗って機関を付けてこしらえた、偽装艦隊だ。
これが人間相手ならば引っかからないだろうが、相手は無人の浮遊砲台だ。だから、こんな簡単な仕掛けにも引っかかってしまう。
ずっと以前に、我々連盟側が浮遊砲台を設置した際に、これらを突破するならどうすべきかを検討したことがある。そこで出てきたアイデアがこれだ。だから、我々の浮遊砲台にはあらかじめ対策が施されたのだが、連合のやつらにはそこまでの想像力はなかったようだ。
「浮遊砲台は、全部で五百基か」
「はっ、ちょうど一基当たり一艦で相手することになります」
「ならば各砲台に接近して、同時にこれを破壊する。奴らに二度と、浮遊砲台を作らせまいと思わせるだけの派手なダメージを与えてやろう」
一応、百隻の護衛がいるようだが、まったく動きがない。まさか我々、強襲艦隊が接近しているとは思ってもいないのだろう。接近してきた偽装艦隊を殲滅できて安心したと見える。だが、その後に何が起こるかまでを想像していないようだな。
つまり、アルトマイヤー少将はこの前線にはいない、ということか。
「全艦、各浮遊砲台に取り憑きました!」
「よし、一気に殲滅する。重機隊、全機発進!」
で、それからものの十分で、浮遊砲台群を殲滅する。ついでに百隻の護衛艦隊も攻撃して、打撃を与えておいたのは言うまでもない。
こうして我々は、二度とここに妙な仕掛けをしないよう、やつらを躾けることに成功した。
◇◇◇
「で、浮遊砲台群は全滅し、護衛も十隻以上が失われたと?」
「そうだ。やつらめ、偽装艦隊を使って浮遊砲台の位置をあぶり出し、強襲艦隊で襲ってきたそうだ」
実に簡単な手でやられたものだ。考えてみれば、浮遊砲台は連盟側のアイデアだ。当然、対抗手段を検討しててもおかしくはない。
相手のアイデアを何の捻りもなしに真似るからこういうことになる。とんだしっぺ返しだ。だからやめた方がいいと言ったのに。バーナー中将は今ごろ、この敗退をどう考えているのだろうか?
「で、いかがなさいますか。また浮遊砲台を設置なさるので?」
「いや、浮遊砲台群の設置はしない」
「やはり、今回の結果を受けてのことでしょうか?」
「そうではない。実は昨日、バーナー中将からある報告を受けて、それで決定した」
「報告とは?」
「浮遊砲台群の設置と維持費用に関するものだ。実際に五百基を設置してみた結果、もしあれを三千基設置する場合には思いの外メンテナンスに費用がかかる。このため、有人の要塞を作った方が安上がりだという結論になったそうだ」
これを受けて、結局は僕の提案通りに要塞を建設することとなる。のではあるが、それを聞いた瞬間、僕はあの中将閣下を殴り倒したくなった。




