#17 接触
「ん~っ、この香り、最高ですわ」
ヴァルター中尉から教えてもらったこだわりの紅茶とやらを一口飲み、満足げなカタリーナ。
「そのダージリンティーには、意外にもこのお菓子がよく合うんですよぉ~」
と、さらにその心の火に燃料を投下し続ける中尉。だが、出されたお菓子のあまりの奇妙さに、カタリーナの顔色が変わる。
「……なんですの、これは?」
「これは、かの地球〇〇一より伝わってきたお菓子で、なんでも『オオアンマキ』と呼ばれるものですよ」
「なにやら茶色い皮に、品のない真っ黒でぶつぶつな何かが見えますけど……それ、本当に食べる物なのですかしら?」
「まあ、だまされたと思って、一口召し上がってみてくださぁい」
ヴァルター中尉が勧めるものに、今のところハズレはない。しかしこれはさすがに見た目が、と思うが、カタリーナは果敢にもそれに挑む。
一口それを、口にする。するとカタリーナの顔色がぱあっと明るくなる。つまりそれは、大当たりだったということなのだが、しかしこんな見た目のお菓子が、どうして?
「この『アンコ』と呼ばれる黒い甘味が、ダージリンティーとよく合うんですよぉ。意外ですよねぇ」
「ほんと、意外ですわ……宇宙のもたらす食の知恵の、なんと恐ろしいこと」
感動よりもむしろ、恐怖を感じてしまったらしい。いや、カタリーナよ、たかがお菓子だぞ?
マニアな士官と好奇心旺盛な御令嬢がお茶をたしなんでいる間に、およそ五日ぶりの地球一〇四五への帰還に向けて、〇〇〇一号艦は真空の宇宙空間をひた進む。
僕は食堂のモニターに目を移す。その空虚な闇の中に浮かぶ青い星が映っている。もうまもなく、大気圏突入が行われるようだ。
『達する。艦長のバルリングだ。これより本艦は大気圏突入を行い、母港のヘテルニッツ港へ入港する。到着まで三十分、各員、入港準備となせ。以上だ』
艦内放送が流れ、いよいよ入港が近いことを艦長が知らせる。戦艦ハンブルグに留まっていた三日間、軍務らしい軍務はしていないからな。駆逐艦内のこの緊迫感で、ようやく軍人としての感性を取り戻しつつあった。
そして僕らを乗せたこの艦は、ヘテルニッツ港へと入港する。
◇◇◇
「……で、そちらが船長のメレンチェヴィチ・スクリャロフさん?」
「そうだが」
「地球二一五の交易業者で、ええと、積み荷は高級食材、と」
「なんでも、こちらの艦隊が大勝利をしたそうで、その戦勝パーティーのための食材の需要がすごいって聞いたんですよね」
「ああ、確かに。はい、人も積み荷も大丈夫ですよ、進んでください」
敢えて偽名は使わなかった。使ったところで、意味はない。連合と連盟で名前の付け方の違いなどないからだ。それならばうっかり本名を漏らしてしまい、変に嫌疑をかけられることになるくらいならば、いっそ本名のまま通した方がボロが出にくい。そう考えて、あえて本名のまま通関に臨む。
こうして通関所を難なくクリアする。にしても、ウスチノフ大尉のあの言い訳があっさりと通用するとは、ここの通関所のセキュリティは大丈夫なのか? 敵の星ながら気になる。しかし、そのおかげで我々はあっさりと入り込むことができた。だが、こんな脇の甘い連中に我々は負けたのか……やや複雑な気分だな。
このヘテルニッツ港というところは、この星でも一番大きな国の首都にある港らしい。そこで早速、ロビーから外を眺めてみる。
「うわぁ、ほんとにここ近世の国なのね。見て、馬車が走ってるわ。あ、あそこに、大きな宮殿が見えるわね」
観光気分のエカチェリーナは、遠くに見える白い古風な建物にすっかり興奮気味だ。しかしあれは、まさしく貴族や皇族が住む場所であることを意味する。そういう連中とは出会いたくないなぁ。
「にしても、全然いないわね、貴族。ほんとうにここ、貴族っているのかしら?」
「そういう連中は、こんな新しい場所に来ないものさ。来たとしても新し物好きな貴族だろうが、そういう人種はここにいる人と同じ服装をしているだろうから、区別できないだろうな」
「あら、そうなの。てっきりお姫様とか王子様が闊歩しているものかと思ってたのに」
そんな絵本みたいな展開が、現実であるわけないだろう。だいたい王子だのお姫様だのは、宮殿から一歩も出ることなく市民を見下しながら暮らしているはずだ。そんなやつが、わざわざこんなところに足を運ぶはずがないし、来てほしくもない。
「まあいい、とにかくまずはこの港を出よう。それから、交易品の引き取り先を探すぞ」
交易業者を装いここに来た以上、まずは交易業者らしく振舞うことにする。その合間に、この港の情報を得られるだけ得る。
窓からは、遠くに灰色の駆逐艦が何隻も見える。ここが連合のやつらの拠点であることは明白だ。あの艦の搭載兵装などが分かればいいが、それはさすがに民間人としては探れないだろう。もしここがあの一千隻の機動艦隊の拠点だとすれば、何か良い情報が得られるかもしれないな。
あまり期待していなかったが、いざ敵地に乗り込んでみると、私の軍人としての本能というか好奇心というか、そういうものが顔を出す。パザロフ大将が敵地を見ろと言ったのは、もしかしてそういう意図があったのだろうか?
それとなく、駆逐艦の写真をスマホに収める。その写真を拡大すると、先端側面にかかれた「一〇七 ‐ 三 ‐ 〇〇三一」という番号が書かれている。つまりあれは、地球一〇七の三番目の艦隊の船であることが分かる。ここで私は、違和感を覚える。
三番目の艦隊? 通常、どの星も普通は二つの艦隊しか持たない。防衛艦隊と、遠征艦隊だ。つまり艦隊の数は二つのはず。三つ目の艦隊を所持できる星はごくまれにしかない。だいたいこの星にいる敵の艦隊は一つしかないはずだ。その証拠に、この間の大規模会戦を除いて、二万隻以上の艦隊が出てきたためしがない。
しかし、あれは三番目の艦隊所属だという。そこで私の脳裏をある考えがよぎる。もしかするとあれは、例の機動艦隊なのではないのか?
しまったな。我が人型重機が、あの艦隊に接近した時に収めた映像を事前に見ておけばよかった。そこにかかれた艦の番号と照らし合わせれば、あれが機動艦隊の所属艦かどうかが分かったというのに。
しかし、ここがあの機動艦隊の本拠地である可能性が出てきた。ますます私は興奮する。とんでもない当たりを引いた気分だな。
「どうしたの、メレンチェ?」
そんな私を見て変に思ったのか、エカチェリーナが声をかけてくる。
「いや、今、外の駆逐艦を見ていたらだな、もしかするとここは……」
「あ、ちょっと待って!」
私が興奮している理由を言おうとしたら、今度はエカチェリーナが興奮し始めた。なんだ、まさかこいつも機動艦隊に気付いたというのか?
いや、エカチェリーナが見ている先は、駆逐艦ではない。赤いドレスを着た、どうみても貴族風な女性。その姿を見てこいつは興奮しているようだ。
「ちょっと、あの古風なドレス、長い髪、そして手に持っている扇子。絶対あれ貴族よ。ちょっと声かけてくる」
「あ、おい、待て!」
私が止めるのも聞かずに、その赤いドレスの貴族らしき人物に突撃するエカチェリーナ。突然迫る民間人を見て、あちらの御仁も何事かとこちらを見る。
「あの、もしかしてこちらの国の貴族様ですかぁ!?」
遠慮もくそもなく、興奮気味に話しかけるエカチェリーナ。が、その貴族はといえば、私の思った通り、鼻持ちならない相手だった。口元を扇子で覆いながら、そいつはこう言い放つ。
「なんですか、平民風情が私に、何の御用です?」
ヤバい雰囲気を、ビンビンと感じる。これが貴族の放つ威圧的な空気か。触れたくないものに、触れてしまった気分だ。だが、エカチェリーナはひるまない。
「ええと私、地球二一五という星から来たんです。で、こちらには優雅な貴族様がいらっしゃる星だと聞いていたので、本当に貴族様に会えて感動していたところなんですよ」
この身もふたもない返答に、なぜかその貴族は急にその表情を崩し始める。なんか少し、デレていないか?
「そ、そうなのですわね。確かに私はここグラーツェン帝国の名門貴族、アンドラーシ伯爵家の次女ではありますが、他の星の方々から見れば珍しいのですわね」
この貴族令嬢、どうやらエカチェリーナの遠慮のない持ち上げっぷりに、やや自尊心をくすぐられたようだ。面白い反応だな。少し眺めていたい気分だ。
が、そこにさらに別の人物が現れる。私はその人物の服装を見て、一気に緊張が走る。
「ああ、カタリーナ、待たせてしまってごめん」
現れたのは軍人だ。それも、あの軍服に付けられた派手な飾緒から判断して将官と思われる。そんな人物が、この貴族令嬢の元に現れた。
「いえ、アルトマイヤー様。お待ちしておりましたわ」
「ところで……こちらの方は、どなた?」
「さあ、私もたった今、お会いした方なので……」
貴族ならば、興味はない。だが、相手が将官となれば別だ。私はその将官に名乗り出る。
「私の妻が、失礼いたしました。私は地球二一五で交易商人をしております、メレンチェヴィチ・スクリャロフと申します」
「あ、交易業者の方ですか。ええと、僕は地球一〇七の第二遠征艦隊司令官をしてます、アルトマイヤー少将と申します」
今、第二遠征艦隊の司令官と言ったな。しかも少将だと。通常、少将は一千隻程度の分艦隊を率いる身分だ。これは連合も連盟も同じだ。それが独立した一つの艦隊の司令官を名乗っている。
私は確信する。一見頼りなさそうなこの将官、こいつがあの一千隻の機動艦隊を率いる指揮官だ、と。
そこで私は、さらに尋ねる。
「もしかして先日の会戦で大勝利のきっかけとなった、あの機動艦隊を率いた方ですか?」
◇◇◇
妙な交易業者だな。機動艦隊などと、あまり民間人が口にしない用語を言い出した。もしかして、軍事マニアか何かか?
「そうですが、機動艦隊とはうちでは呼んでおりません。単に第二遠征艦隊とだけ呼ばれてますね」
「なるほど。噂では、先日の戦いでは、人型重機隊を率いて突入し、連盟艦隊の一角を崩して勝利に貢献したとか」
「はい……あの、よくご存知で」
「いやあ、そんなすごい方と出会えるなんて。どうですか、もしよろしければ、あちらでお茶でも」
なぜかその交易業者は、僕をお茶に誘ってきた。まあ、さほど急ぎの用事もあるわけでもなし、僕もカタリーナもその誘いに乗る。
「えっ、高級茶葉も扱っているのですか!?」
「ええ、そうですよ。このマイスキィなどが我が星では有名なお茶で……」
その交易業者の船長の奥さんという人が、カタリーナをお茶の話題に引きずり込んでいる。その手の話に弱いカタリーナは、早速サンプル品をもらって興奮気味だ。
「あの、奥様は貴族の方なのですか?」
「ええ、そうですね。まだ妻ではないのですが、いろいろあって、婚約者ということになってまして……」
「はぁ、いろいろですか」
何で僕は交易業者に、そんなプライベートな話までしているのだろうか。というかこの業者、貴族と艦隊に興味があるみたいだ。貴族はともかく、艦艇なんてそんなに珍しいのかなぁ。
「ですが、先日の会戦では、駆逐艦で人型重機隊を輸送し突入させた。あまりに非常識な戦術かと思われるんですが、そんな戦術をどうやって実現されたのですか?」
と、再び軍事の話に戻った。この人、かなりの軍事マニアのようだな。
「いや、軍機につき申し上げられません。どのみち、その戦術はもう使えないでしょうから」
「えっ? どうしてです?」
「あんな奇抜な作戦、次に行えば、敵も何らかの対策を打つでしょう。ただでさえリスクの大きな策で、それを二度やれば次は失敗するに決まってます。だから、あれ一度きりの策と僕は思ってます」
「うむ、なるほど。さすがはあの艦隊を率いるお方ですな」
とりあえず僕は軍機ということでかわした。だがこの交易商、いやに細かい話を聞きたがるな。
「とはいえ、あれだけの作戦を成功させたのですから、もちろん閣下は英雄扱い、賞賛の嵐ではありませんか?」
「いや、それがですねぇ……怒られまして」
「は? 怒られた?」
「はい、金の使い過ぎだと」
「……妙な話ですな。でもその分、人の命が救われたのではないですか?」
「その通りです。が、命よりも金勘定が第一という人が、軍の上層部には多いのですよ。あ、すいません、つまらない話をしてしまって」
「いやあ、分かりますねぇ。ただ、私の場合は良い上司に巡り会えたものの、その上司が今、危うい状態でして」
「えっ? 交易業者さんに、そんなことがあるんです?」
「はい。私の上司が仕事で大きな失敗をやらかしまして、左遷されるかクビになるかの瀬戸際で」
「そうなのですか。それはお互い、大変ですね」
うーん、なぜかこの人とは共感しあえるなぁ。なぜだろうか。今日初めて会ったばかりだというのに、まるで旧友のように想いを語り合える。不思議と、そういう雰囲気を感じる。
が、そこに誰かがやってくる。
「あの、船長、そろそろ行かないと……」
どうやらこの業者の部下の人のようだ。それを見たスクリャロフという業者さんは立ち上がる。
「すみません、そろそろ席を外さないと。おい、エカチェリーナ」
「えっ、もうそんな時間なの?」
「お引止めしてすみませんでした。ではまた、どこかで」
「はい、ではまた」
あちらは会釈をしてその場を去る。僕は思わず敬礼して、それに応える。足早に去る業者の後ろを見送りながら、僕は二つの違和感を感じていた。
妙だな。なぜか先ほどの人物とは、初めて会ったような気がしない。一度どこかで会っているような、そんな感触を覚えた。
それよりもだ。あの駆逐艦による人型重機隊の突入作戦は、軍の中でも知る人は少ない。それをどうして、交易業者が知っているんだ?
◇◇◇
「そうなのですか、さっきのあの軍人が」
「そうだ、間違いない。あれが例の機動艦隊の指揮官だ」
交易品を適当な業者に引き渡し、船に戻った私はウスチノフ大尉にそう告げる。
「ならばあの時、始末しておけばよかったのでは?」
「いやダメだ。そんなことをしたら我々は帰れなくなる。第一、武器を持っていないから実行不能だ。それよりもだ」
「はっ」
「アルトマイヤー少将という人物について、調べられるだけ調べる。今後のために、あの人物に関するあらゆる情報を入手しておこう」
「了解です、閣下」
とんでもない収穫だ。まさかあの艦隊の指揮官と直接出会えるなどとは思わなかった。
「よかったわね。私があの貴族令嬢に声をかけたおかげで、そんな人と出会うことになるなんて」
「まったくその通りだ。しかし、なんてことだ。あんな美人で、それでいて嫌味な貴族令嬢を婚約者にしていたなんて」
「そりゃあ英雄だもん。当然でしょう。でもあの御令嬢さん、思ったより面白い人だったわよ」
エカチェリーナは能天気にもそう述べるが、私はまだ興奮が止まらない。まさか直接対決したあの指揮官と顔を合わせるなど、あまりに出来過ぎた偶然。私はその巡り会わせに、感謝せずにはいられなかった。
飄々とした人物ではあったが、並みの指揮官ではないことはすぐに分かった。あの突入作戦は、二度と使えないと言い切った。そこまで割り切った指揮官に、私は出会ったことはない。あれだけの成功を収めたならば、次もあれを使うと考えるのが普通の発想だ。成功体験にはとらわれず、絶えず次の一手を考える。実に手ごわい相手だ。それを知れただけでも、この潜入作戦には意味があった。直ちに帰還して、パザロフ大将に報告しなければ。
別れ際に私は思わず「またどこかで」と言い残した。そのどこかとは、間違いなく戦場になるだろう。次に会うときは確実に敵同士だ。
にもかかわらず、話していて妙に共感できる相手だったな。味方ならばこれほど頼りになる人物はいない。私はそう思いながら船長席に腰掛け、先ほどこの港の売店で買った紅茶を飲んでいた。




