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#16 侵入

「アルトマイヤー様! いよいよ今日ですわよ!」

 カタリーナが嬉しそうに僕にそう告げる。何が今日なのかと言えば、つまりカタリーナと共に宇宙へと出かける日である。

 あの大規模会戦の勝利から二週間、久しぶりに宇宙へ出て、第二艦隊の旗艦である戦艦ハンブルグに寄る用事ができた。

 その戦艦ハンブルグに、カタリーナが行きたいと言いだした。僕は最初、反対した。別に面白い何かがあるわけでもなし、いちいち軍艦に乗り込む必然性がない。なのだが、

「なんですか、もしや(わたくし)には見せられぬ何かがあると申されるのですか!?」

 と言い出したので、結局は連れて行くことになった。

「両舷微速上昇! 駆逐艦〇〇〇一号艦、発進する!」

 バルリング艦長の号令と共に、上昇を始める前線旗艦。徐々に高度が上がるにつれて、帝都ヘテルニッツの全貌が見え始める。好奇心旺盛なカタリーナは、窓の外をまじまじと見つめている。

 が、今日はあいにくの雨で、少し高度が上がったところで黒い雲に覆われ、見えなくなる。それをつまらなさそうに呟くカタリーナ。

「ああ、せっかく帝都を見下ろせるものと思っておりましたのに……」

「うーん、天気ばかりは仕方がない。帰りには見ることができるだろうよ」

 ところがである。雲で覆われた雲海の光景というのも、それはそれでまた面白いらしく、関心はそちらに移ってしまったようだ。港に着くまでのうちに夏の雨雲で覆われて、時折雷が光っていたのだが、それを上から眺めていると、パチパチと地上よりも頻繁に光るので、それがツボにハマったようだ。

「アルトマイヤー様! あんなに雷が光ってますわ!」

 赤いワンピースドレスに身を包んだこの伯爵令嬢の姿と、「様付け」で自身の名前を呼ばせていることが相まって、僕には乗員たちから冷たい視線が注がれているのを感じる。いや、別に僕がそう呼ばせているわけではなくて、貴族令嬢というものはそういう呼び方をするというだけに過ぎないんだが。

 さらに高度を上げて、大気圏離脱時の規定高度である高度四万メートル近くに達すると、もう空が真っ暗に変わり、昼間とは思えない光景が広がる。遠くには薄い大気の層が見えており、その空の果ての光景をただただ呆然と眺めるカタリーナ。

 しばらくは静寂なまま上昇を続ける駆逐艦であったが、ここからは本来の力を開放する。

「規定高度、四万メートルに到達!」

「了解。各部最終点検、順次報告せよ」

『機関室より艦橋! 機関正常、問題なし!』

『CICより艦橋! 短距離レーダー圏内、進路上に障害物なし!』

「航海科、各種センサーに異常なし!」

「了解。これより最大船速にて大気圏離脱を行う。両舷前進いっぱい!」

「はっ! 両舷前進いっぱーい!」

 それまで比較的静かだった駆逐艦内が、急にけたたましくなる。ゴォーッという機関音に、ビリビリと震える床。そして、勢いよく流れる外の風景。

 あっという間に、真っ暗な闇の中に突入する。そこはもう宇宙。高度はすでに数千キロを超える。

「高度1万! 転舵、回頭!」

 だいたい高度1万キロに達したところで艦首を回頭し、地球(アース)に向ける。スイングバイによる加速を行うためだ。

 そしてこの時が、地球(アース)の全貌を見ることができる時間である。

「あ、青い……」

 真っ青な星が今、目の前に広がる。僕らには見慣れた光景だが、カタリーナにとっては初めての地球(アース)。それはみるみるうちに接近し、大陸上空を通過しつつ、あっという間に通り過ぎる。

 そこから先は、ただの真っ暗闇が続く。

「巡航速度に入りました。進路クリア」

「了解、進路そのまま、両舷前進半速」

「両舷前進はんそーく!」

 航海科と艦長とのやりとりの後、けたたましい機関音は鳴りを潜め、再び静けさを取り戻す。窓際に立つカタリーナは、星が散らばる真っ暗闇を眺めつつ呆然としている。

「カタリーナ、ここにいてもしばらくはこの光景が続くだけだ。食堂にでも行こうか」

「は、はい……」

 目まぐるしく変わる光景から続く底知れぬ深い闇、この上から下まで無限に続く真っ黒な空間は、初めて見るものに文字通り底知れぬ恐怖感を与える。カタリーナにとっては少し刺激が強過ぎたようだな。

 で、食堂へ向かうため、艦橋を出る。通路を歩くと、向こうからどこかで見たような悪友が近づいてくる。

「おうフリッツ、お嬢様を連れてどこへ行くんだ?」

 ヨーナスめ、相変わらずこいつだけは僕にため口だ。が、ふと気づくとこいつの後ろに、誰かがいる。

 ヨーナスの影に隠れているが、脇からはみ出して見える青っぽいワンピースドレス。その服装からは、それが貴族令嬢であることが分かる。しかしこのドレス、どこかで見覚えがあるような……僕よりも早く、その正体に気づいた人物がいる。

「ルイーゼ!」

 カタリーナのこの声に、ビクッと肩を震わせるその青ワンピース。そして、恐る恐るヨーナスの影から顔を覗かせる。

「あ……カタリーナ様……」

 やっぱりそうだ。いつもカタリーナがはべらせている三人の取り巻きの一人、ルイーゼ嬢だ。しかし、どうしてヨーナスと一緒にいる?

「なあ、ヨーナスよ、なぜ彼女がここに?」

「あれ? お前に言わなかったっけ。俺とルイーゼは今、お付き合いしてるんだぜ」

 その一言に衝撃を受けたのは、僕だけではない。カタリーナはもちろん、通路を歩く他の士官がヨーナスのこの発言で立ち止まるほどだ。

「はぁ!? ルイーゼ、こんな男と付き合っているというのですか!」

「ももも申し訳ございません! ですが、先の戦で一番槍を入れられたと伺い、それを聞いた父上がいたく気に入りまして、それで……」

「いやあ、それでブリアン男爵様から娘を是非にっていわれちゃって。んで、もう願ったり叶ったりですよって答えたら、ますます大喜びでさ」

 なんてやつだ。この短期間のうちに、まさか貴族令嬢とお付き合いし始めていたとは。しかも駆逐艦にまで連れ込んで、どういうつもりだ。

「それでこの船にまで連れ出してきたっていうのか?」

「おう、そうだぜ。俺が宇宙に出かけるって言ったら、ぜひ同行したいって」

「なんだ、そんな理由で連れてきちゃったのか」

「よくいうぜ、お前も人のこと言えねえだろう」

 うっ、痛いところを突いてくるな。確かにその通りだが、しかしこっちは婚約者だ。お前はまだ付き合い始めて二週間と経っていない相手だろう。いささか性急過ぎやしないか?

「まあ、お父様が認めていらっしゃるというのなら、仕方ありませんわね」

 ところが、カタリーナはこの二人の関係をあっさりと認めてしまう。貴族社会では、当主の意向は絶対のようだから、さすがのカタリーナといえど、それ以上は介入できないようだ。

「で、ルイーゼ。あなたこの先は、どうするおつもりなの?」

「そ、それはですね、この先にあるハンブルグというところに、お裁縫の大きな店があると聞きまして」

「そうなんだよ、こいつ裁縫が得意で、そういえば裁縫の店が戦艦ハンブルグの街にあったぜって話したら、どうしても連れてけって詰め寄ってきてさ。それで連れてきちゃったってわけだ」

「ちょ、ちょっと、エーベルス様、(わたくし)はそこまで強くは言ってませんですよ!」

 ふうん、そうなんだ。ヨーナスの話を聞く限りは、顔を真っ赤にしている一見大人しいこの御令嬢も、裏の顔があるんだな。

「ともかく、こうなったら(わたくし)と共にその街へと参るのです」

「は、はい、カタリーナ様」

「ちょっと、カタリーナ。まさかルイーゼさんも同行させるの?」

「それはそうですわ、お出かけの時はいつも私のそばにいるのですから」

「それじゃあ、俺も一緒にいくこといなるな。ま、そういうことだから、ハンブルグの街でまた」

 と言いつつ、ヨーナスはルイーゼ嬢を連れて、エレベーターへと向かった。

 とまあ、そんなサプライズなカップルをも乗せて、駆逐艦〇〇〇一号艦は戦艦ハンブルグへと向かう。


◇◇◇


「えっ、潜入調査ですか?」

「そうだ」

「ですが、私は諜報員ではありませんよ」

「別に諜報員でなければできない仕事というわけではない。これから戦う敵の姿を、一度じっくり見ておいた方がいいだろう」

「はぁ……」

 私は突然、パザロフ大将に呼ばれた。てっきり進退が決まってそれを告げられるのかと思いきや、とんでもないことを命じられる。

 それは、私に地球(アース)一〇四五へ潜入せよ、というものだ。

「まさか、強襲艦で潜入するのでありますか?」

「そんなわけないだろう。以前、拿捕した連合側の民間船を使い、民間人を装って潜入するんだ」

「あの、うまく行くんでしょうか?」

「大丈夫だ。プロの同行者もいる、その辺りは任せておけ」

 どうして強襲艦隊の指揮官が、敵地に潜り込む必要性があるのか理解できないが、パザロフ大将直々のご命令だ。断るわけにも行くまい。

「そういうことだからスクリャロフ少将よ、直ちに準備にかかれ。出発は三日後、必要なものがあればすぐに手配しよう」

「はっ、承知しました! では、失礼いたします!」

 司令官室を出る。今のところはまだ、パザロフ大将を罷免する動きはない。だが戦闘に負けて、連盟の勢力圏を奪われた以上、なんらかの処分が下ることは避けられそうにない。だからこそ、パザロフ大将は自身の権利が及ぶ限り、やれるだけのことをやろうとしている節がある。

 しかし、それが敵地侵入とはいかがなものか。危険と引き換えに、何か得られるものがあるというのか?

 腑に落ちない任務ではあるが、ともかくパザロフ大将からの最後の命令となるかもしれない。ならば、最善を尽くしその任務をまっとうするつもりだ。


◇◇◇


 数時間で、小惑星帯(アステロイドベルト)軌道上にいる戦艦ハンブルグにたどり着く。僕はそのまま艦橋にある司令官室へと向かい、用事を済ませる。

 面着が必要な決裁があると聞いてやってきたが、ものの数分でその用事は終わる。こんなことのために、わざわざ僕は呼び出されたのか、と少し嘆きたくなる。

 が、逆にいえばその後は、お楽しみの時間が待っている。部屋を出た僕を、赤いワンピースドレス姿のあの伯爵令嬢が満面の笑みで迎えてくれる。うん、こういう素直なカタリーナは、たまらなく可愛い。

「アルトマイヤー様! あのお店に参りましょう!」

 で、ショッピングモールに初めて行った時のように、街中でめざとく見つけた店に入りたがる。そこもまたカフェだ。船歴二百年のこの艦にしては新しい店がそこにあった。

 で、コーヒーとケーキのセットを注文して中に入ると、そこにはある人物がいた。それを見た瞬間、カタリーナの口調が変わる。

「る、ルイーゼではありませんか。あなたここで何を?」

「か、カタリーナ様……」

 お嬢様口調に逆戻りだ。やはり、取り巻きの前では体裁を取り繕う必要があるのだろう。急に現れた伯爵令嬢を前に、凍りつく男爵令嬢。

 が、当然、彼女一人でここにいるわけではない。向かいに座る人物がカタリーナの問いに答える。

「おう、お嬢様。見ての通りコーヒー飲んでケーキ食ってるところだ」

「そ、そんなことを聞いているのではありません! なぜここにいるのかと聞いているのです!」

「そりゃあ、あんたと一緒だ。ここにケーキがあるから、さ」

 どこかの登山家が口にしそうなセリフで返すヨーナス。返す言葉もないカタリーナ。で、僕らは黙ってそのままヨーナスのペアのすぐ横の席に座る。

 このままお嬢様口調で乗り切るのかと思いきや、ケーキを目の前にしたカタリーナがそのままでいられるわけもなく、いざコーヒーセットに手を出し始めると、つい本性が出る。

「アルトマイヤー様、このケーキ、少し頂きますわ!」

 といつものように僕のケーキが気になったカタリーナは、ごそっと僕の皿にあるケーキを三分の一ほど奪っていく。それを口に入れて、これまたいつものように満面の笑みを浮かべる。

 が、それを見ていたヨーナスが言う。

「へぇ、このお嬢様、こう言う顔もなさるんで」

 急に我に帰るカタリーナは、顔を赤くしつつ反論する。

「し、仕方ありませんわ。ここのケーキは、なかなかの絶品ですもの」

 そうかぁ? 普通のケーキだと思うがな。もっとも、帝都にあるどの菓子よりも甘味が強いのは認めるが。

 と、そんな会話に、さらに一人が加わってくる。

「あれぇ、お嬢様、まさかこの程度のケーキを絶品などと言われるんですかぁ?」

 やや煽り気味のセリフを吐くのは、ヴァルター中尉だ。カタリーナは、さらに顔を赤くして答える。

「な、なんですかあなたは! そうおっしゃるからには、この上をいくケーキを知っているとでも言うのですか!」

「当然ですよぉ。なんなら教えて差し上げましょうかぁ、この街一番の、ケーキ屋のケーキとやらを」

「えっ、この街、一番ですって!?」

「創業二百年のそのお店は、ケーキに加えて、高級茶葉の紅茶が有名ですよぉ。それをお飲みになれば、お嬢様もきっと考えが変わるかと思いますよぉ」

 これがカタリーナの好奇心に火をつけてしまった。すぐさまここでの食事を終えると、なぜかルイーゼ嬢とそのおまけのヨーナスまで引き連れて、その店に向かうことになる。

「あのさ、お嬢様よ、俺らは裁縫の店に用事が……」

「そんなものは、後でよろしいですわ! まずは街一番とやらにいくのです!」

 別にヨーナス達を巻き込まなくてもいいと思うのだが、なぜか巻き込みたいこのお嬢様の気迫に押されて付き合う羽目になるヨーナスとルイーゼ嬢。そして、この四人を引き連れるヴァルター中尉。

 で、そのお店でもまたケーキと紅茶のセットを頂く。素人でもわかるほどの、濃厚で上品な味のケーキ、やや渋みのある紅茶との絶妙な組み合わせが、それをより引き立てる。

 で、当然この一軒で終わるわけもなく、それから三軒ほどハシゴする羽目になった。結果的にカタリーナがヴァルター中尉への見識を改めたのは、言うまでもない。


◇◇◇


「では閣下、出港します」

「了解だ。あとは任せる」

「はっ! 機関始動! 両舷前進微速!」

 旗艦ペレスウィートを発進する民間船。連合側の星である地球(アース)二一五の船籍を持つこの船に乗えい、やつらの星に乗り込む日がやってきた。

「これより、地球(アース)一〇四五に向かいます。やや遠回りの航路で接近するため、ここからは三日間の行程となる予定です」

「そうか、承知した」

「その際、我々は交易業者ということで乗り込みます。閣下は船長ということで、よろしいですか?」

「ああ、構わない」

「へぇ、船長さんね。よろしく」

 潜入のプロであるウスチノフ大尉から説明を受けているというのに、いまいち緊張感がないのは、エカチェリーナだ。

 どうせなら、夫婦同伴の方が怪しまれないだろうということで、彼女も来ることになった。さほど効果があるとは思えないが、特に本人が強く希望したため、同伴を認めた。

「いいのか? もしバレたら、生きて帰れないかもしれないんだぞ」

「だったらなおのこと、一緒がいいわ。向こうに残って未亡人なんて嫌よ」

「そうか」

「それにしても、楽しみね。その地球(アース)一〇四五って星、つい一年前までは、まだ宇宙進出を果たせていない星だったんでしょう?」

「まだ発見されて一年ほどの星だからな。元々は、我々でいうところの近世に相当する文明レベルだと言われている」

「へぇ、それじゃあ貴族とか奴隷とかもいるのかしら」

「いるだろうな。だが、私は貴族だけは会いたくない」

「えっ、どうして?」

「どうせ威張りくさっていて、鼻持ちならないやつばかりだ。会ったところで気分が悪くなるだけだろう」

「でも今回の任務は、その星の実態調査でしょう? なら、その鼻持ちならない相手にも接触する必要は、あるんじゃないかしら?」

 半ば浮かれ気味なエカチェリーナが、嫌なことを言い始めたな。我々は軍人だ。相手の兵力やその編成などを調べるのが主な目的であり、貴族などと接触する必要はないだろう。

「進路そのまま、両舷前進はんそーく!」

 やや不安な女性士官と、まだ腑に落ちていない私を乗せて、この偽装民間船は敵地へと向かう。何が得られるたびになるのか、もしかすると、二度とここに戻れないなんて事態もありうるかもしれない。不安と不満とわずかな期待を乗せて、船は漆黒の闇の中へと向かっていった。

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[良い点] 乗員a「御主人様プレイかよ、ケッ!」 乗員b「一人のときは背中に気を付けな」 整備員「隊長の機体のネジ、何個か抜いておこうか」 パイロット「どうせならナビシステム、いじっておこうぜ」 …
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