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#1 戦死

「敵艦隊、まもなく射程内! 距離三十一万キロ!」

 ついに、戦いの火蓋が切られる。銀河開放連盟、通称「連盟」と呼ばれる敵陣営の艦隊はおよそ一万隻。一方の我が軍、宇宙統一連合、通称「連合」側の地球(アース)一〇七の艦隊も総数一万。互角の勝負だ。

 だが、我々の目的はこの第二一〇五中性子星域の奪取だ。つまり敵は守り、我々は攻め側。攻守の関係でいけば、我々の方が不利な状況にあると言える。つまり、我々は相手を追い出さなくては勝利にはならないが、あちらはただその場を守り抜けば、つまり引き分けにさえ持ち込めれば、それがすなわち勝利である。

 しかも、あちらもこちらもほぼ同じ兵装。なればこそ戦術の差が勝敗を決める。無論、それは総司令官であるグートハイル上級大将もご存知だ。

 なので、このような奇策を我々は講じている。講じているのだが……

「距離三十万キロ! 射程内!」

「第一陣、砲撃開始!」

 ついに、砲撃戦が始まった。が、僕のいるこの場の艦艇はまだ、砲撃を始めていない。

 というのも、我が艦隊は三隊に分かれ、左翼側をやや前進させた斜線陣を敷いているためだ。具体的には、我が遠征艦隊一万隻を左翼四千、中央、右翼三千づつに分け、左翼側から順に二万キロの間隔で後方へずらしている。艦隊の上から眺めれば斜めの陣形、斜線陣となる。これによって、敵の砲火は突出した左翼に集中する。

 が、やがて中央、右翼も前進を続け、やがて敵艦隊を射程に収める。この時、左翼へ攻撃を集中させた敵艦隊は中央、右翼からの砲撃に対処できず、やがて瓦解する……というのが、グートハイル上級大将の考えた作戦である。

 だが僕は唯一、この策に反対した。高々二万キロのオフセットなど、三十万キロも離れた相手を瓦解させるほどのインパクトはない。しかも突出した左翼側が先に崩壊の危機に瀕する可能性の方が高い。つまり、ハイリスク、ローリターンだと。

 しかしこの作戦は、その左翼艦隊にグートハイル上級大将が直接参陣されることを条件に了承さてしまった。

 僕の名は、フリッツ・アルトマイヤー。階級は准将。我が地球(アース)一〇七遠征艦隊総司令部付きの参謀長を拝命している。

 ゆえに参謀長として意見具申をしたが、百戦錬磨と称えられるグートハイル上級大将の作戦に反対する艦隊司令などいない。分艦隊司令を務める左翼のユルゲルス中将、中央のエンゲルハルト大将、そして右翼を指揮するシュルツェ中将は、こぞって上級大将閣下の作戦案に諸手を挙げて賛成した。

 階級がものをいう軍組織において、いくら参謀長とはいえ准将である僕の意見など通るはずもない。まだ三十歳にも満たない若造の意見よりも、最前線指揮官として勇名を馳せてきた上級大将閣下の言葉の方が受け入れられるのは当然だろう。

「中央艦隊、まもなく敵を射程に捉えます!」

「分艦隊司令のエルゲンハルト大将に打電、砲撃を開始せよ、と」

「はっ!」

 ということで、僕はただ作戦命令書通りに事を進めるするだけだ。僕の乗艦する駆逐艦三一〇〇号艦は中央艦隊に所属しており、この時点でようやく砲撃を開始する。

「艦橋よりCIC(戦闘指揮所)! 主砲装填、ナンバー二七一八に照準!」

『CICより艦橋! 主砲装填開始!』

「装填完了、撃ちーかた始め!」

 司令部エリアのすぐ脇に座る艦長の号令と共に、この艦も砲撃を開始する。キィーンという甲高い音がしばらく聞こえたかと思うと、直後にバリバリと雷鳴のような砲撃音が轟く。と同時に、敵の砲火も届き始めた。正面窓を、敵艦隊から届いた無数の高エネルギービーム光の青白い筋が照らす。

「ヒンメル少佐、戦況を報告せよ」

「はっ、敵艦隊の中央部は、徐々に砲火をこちらに向けつつ砲撃を続行。陣形と照準を修正しつつあります」

 参謀補佐のヒンメル少佐に、状況を尋ねる。思った通りの展開になってきた。斜線陣を敷いたからといって、いつまでも突出する分艦隊にのみ攻撃を集中させる必要などない。後方が追いついてくれば、それに見合った攻撃に転ずるだけのことだ。だからこの陣形には意味がないと、あれほど言ったのに。

 やがて右翼側も追いつき、モニター上の陣形図を見ればごく普通の一個艦隊同士の正面の撃ち合いになりつつある。やや違う点があるとすれば、こちらがやや斜めの陣形をとっていることくらいだ。

 に、してもだ。毎回思うことなのだが、どうして同じ総司令部なのに、総司令官と参謀長が別々の艦に乗っているのか?

 通常なら後方に控えている戦艦内に総司令部を置いて、そこから指示を出すというのが普通の艦隊運用だ。しかしグートハイル上級大将は、この戦い方を嫌う。

 指揮官とは常に最前線に飛び込み、戦闘を肌で感じつつ指揮をするものだ、という。それゆえ上級大将閣下自身も最前線に出るし、他の分艦隊司令官や、参謀長である僕にすらもそれを強要する。

 だが、最前線に出るのはいい。しかし、参謀長である僕が総司令官のそばにいられないなんて、何の意味があるのか。

「うう、やりにくいな……」

「准将閣下、どうされましたか?」

「あ、いや、何でもない」

 思わず声を漏らしてしまった。脇に控えているヒンメル少佐が、こちらを怪訝な表情で見つめる。

 だから事実上、司令部は分解状態だ。これでは僕は参謀長として、状況変化に対応した意見具申ができない。

 いや……そもそも上級大将閣下は意見具申を必要としていないな。最前線で戦況を感じ、臨機応変で戦い方を変えていく。それがあのお方の指揮官としてのスタイルだ。

 長年、それでやってきた。今まで、勝利を重ねてきた。上級大将という、わが軍唯一の地位にいるのもそのためだ。だから今度も、それで戦う。

 しかし、なぜか今度ばかりは不安がつきまとう。

 それは、この宙域に現れる敵艦隊が行う特殊な戦術のことを事前に聞いているからだ。その戦術に対し、今の我が軍の陣形はあまりにも弱点を曝け出しすぎている。

 今度の敵が、それを使う奴らでなければいいが。


◇◇◇


「敵艦隊、依然として斜線陣のままです!」

「そうか」

 パザロフ大将は参謀長からの報告に、ただうなずく。しかし敵は今、分散した陣形攻撃を続けている。このチャンスに、私は思わず叫ぶ。

「副参謀長、意見具申!」

 そんな私の顔を、半ば待っていたかのように少し微笑みつつ見る大将閣下。

「そろそろ、口を開くと思っていたよ、スクリャロフ少将。意見具申、許可する」

「はっ。敵は今、自軍の一万の艦艇を三等分にして、二万キロ以上もの落差のある斜線陣を敷いております。このアンバランスな陣形で突出している敵の左翼側を、強襲艦隊にて急襲すべきと考えます」

「なるほど、戦闘に先立ち発進させた、あの五百隻の強襲艦隊を使おうというのか」

 この大将閣下は、すでに私が何を言い出すのかを心得ている。

「強襲艦隊の運用については、すべてスクリャロフ少将に任せるよ。いつも通り、やってくれればいい。で、突入のタイミングは?」

「はっ、あと二十分で人型重機隊一万機が敵艦隊左翼に到達。まもなく敵の艦隊の三分の一を、混乱に陥れることになろうかと考えます」

「うむ、承知した。では参謀長、強襲艦隊による攻撃と同時に、こちらの艦隊戦もそれに呼応して戦術転換を行う」

「はっ!」

 この報告を受けて、私は敬礼して下がる。強襲艦隊の指揮は、この中央指揮所ではなく隣に設けられた小さな部屋で行うことになっているからだ。

 私の名は、メレンチェヴィチ・スクリャロフ。階級は少将。地球(アース)三一五遠征艦隊の総司令部に所属し、副参謀長をしている。

 我が艦隊の総司令官、パザロフ大将は放任主義だ。いや、部下に裁量をゆだねるという点では、度量のある指揮官と言った方がいいかもしれない。かくいう私も五百隻の強襲艦隊を任されており、その結果として多くの武勲を挙げることができ、今の地位を得た。

 パザロフ大将自身は、決して有能というわけではない。が、それゆえに秀でた人物をうまく使って勝利を得る。そういう戦い方をする総司令官だ。

 そんな指揮官の元に配属された私は、運が良かったと言えるだろう。

 さて、私は「強襲艦隊指揮所」と銘打たれたその部屋に入る。中にはすでに数人の士官が行動を始めている。

「副参謀長閣下、いや強襲艦隊司令官閣下、ご指示を」

 参謀役のドルジエフ大佐が、ありもしない職名で私を出迎える。

「大佐、狙いはすでに分かっているな?」

「あれほど露骨な獲物を、狙い違えるわけがありません」

 自信満々に答えるドルジエフ大佐。それはそうだろうな、まさに我々の人型重機隊の手柄をくれるためにやってきたような艦隊だ。これほど警戒心のない敵を相手にするのは、随分と久しぶりだ。

 敵とはいえ、正直、私にはさほど恨みはない。

 ただ「連盟」側の星に生まれたがゆえに、対立陣営である連合との戦争に身を投じているというだけだ。

 連合の事実上の筆頭星である地球(アース)〇〇一は、今から三百年ほど前にとある星を壊滅状態に追い込んだ。その時の恨みが銀河開放連盟を生み出し、そして地球(アース)〇〇一を殲滅すべくずっと戦争を続けている。

 というわけで、私もその一端を担い、こうして今、連合側の連中を叩くべく作戦を実行する。

「強襲艦隊に打電。敵左翼艦隊に向け、人型重機、全機発進せよ、と」


◇◇◇


「哨戒機部隊より入電! 左翼艦隊側面に、機影多数!」

 この報告に、僕は一瞬、心臓を掴まれたようなショックを覚える。恐れていた事態が、正に起ころうとしていたことを悟ったからだ。

「数は!」

「はっ! 数はおよそ一万、速力から人型重機と推測されます! 接触まであと三分!」

「上級大将閣下に打電! 全速後退を具申する、と」

 大急ぎで僕はグートハイル上級大将へ連絡を試みる。が、距離が離れすぎており、砲撃による電波障害などでなかなか電文が届かない。苛立ちが、募る。

 が、考えてみれば臨機応変に関しては、あのお方はプロだ。この程度の異変を何度も経験済みだろう。当然、敵の人型重機隊を捉えているだろうし、そのための戦術も考えているはずだ。どのような戦い方をされるのか、見ものだ。

 どのみち、参謀長は司令官抜きに作戦指示を出す権限はない。ただ司令官に対し、起こりうる事態を伝えて判断を仰いでもらう。ただそれだけだ。結局は、総司令官がどう判断されるかが勝敗を左右する。

 モニターに映る斜線陣、とりわけ前方に突出した左翼艦隊を見つつ、僕はただ願う。この危機的状況を、どうにか切り抜けてほしい、と。

「敵艦よりロック! 砲撃、来ます!」

 ところが、人型重機隊がいよいよ左翼艦隊と接触しようというそのタイミングで、直撃予測の報が飛び込んでくる。艦長が血相を変えて叫ぶ。

「砲撃中止、シールド展開!」

 その直後だ。窓が一面、真っ白になる。と同時に、ギギギというグラインダーで鉄塊を削り出しているような不快な音が、この艦橋内にこだまする。シールドからの反作用による揺れがドーンという音と共に襲ってきたたため、立っていた僕は倒れ、床に伏せた。

「だ、ダメージコントロール! 艦内の被害状況を、報告せよ!」

 立ち直りが早い艦長だ。すぐさま、被害状況を把握せんと声を上げる。階級だけは上で、実戦経験の乏しい僕なんかよりも、よっぽどか肝が据わっている。

『CICより艦橋! 主砲および対空機銃に損傷無し!』

『機関室より艦橋! 各部動力、問題なし!』

『主計科より艦橋! 艦内気圧正常! 気密、各部電力正常!』

 次々と報告が上がるが、どうやら無事にシールドが機能したようだ。あの直撃を、はじき返した。

「艦橋よりCIC、砲撃を続行!」

 艦長が攻撃続行を指示する。キィーンという甲高い音が鳴り響き、再び雷鳴のような音を奏でつつ攻撃が再開される。

 ふぅ、一時はどうなるかと思った。が、無事に乗り切った。だが、あんな不快な音はもう二度と聞きたくないものだな。

 だがその直後、僕はさらに不快な報告を、聞くことになる。

「左翼艦隊、ユルゲルス中将より入電!」

 前方に突出する左翼艦隊司令官であるユルゲルス中将から通信が入る。が、おかしなことだ。左翼艦隊にはグートハイル上級大将がいらっしゃる。事実上の指揮官は、上級大将閣下のはずだ。どうして中将閣下から通信が来る?

 先ほどの直撃弾の直後だからだろうか、極度の不安が襲う。いや、それは決して杞憂ではなかった。

 通信士官が読み上げる電文を耳にして、僕は凍り付いてしまう。

「グートハイル上級大将乗艦の駆逐艦一〇〇一号艦、通信途絶、撃沈された模様! 以上です!」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 一話目から不穏なタイトルと思ったらまじでやばい事態に…。 最高指揮官自ら最前線って、某赤い人じゃないんだから(;一_一) 兵隊からは、危険な最前線にでてくれる心強い上官でしょうが、幹部は…
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