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連続令嬢誘拐事件

作者: 明之 想

こちらも思いつきで書いた作品です。

気楽に読んでいただければ幸いです。



「ぐっ! うぐっ!」


 私の身体を抑えるその力の強さに思わず声が漏れてしまう。

 分かっていても痛いものは痛いのだ。


「うっ」


 苦しさを消すことはできないけれど、ようやく一歩を踏み出せたという高揚感も私の内には芽生え始めている。


 そう……。


 対象の頭から袋を被せ強引に連れ去るというこの手際。

 間違いない。

 連続誘拐犯の犯人だ!


「くっ! 痛っ!」


 そんな高揚感、そしてささやかな達成感も、暗中の直接的な痛みの前では無力に近い。

 乱雑に扱われ、連れ去られていく道中で感じる不安、恐怖……。


 ……。


 これは覚悟していたこと。

 なのに、こうして恐慌状態に陥ってしまう。


 全ては己の未熟さゆえ。

 情けない……。


「うっ!」


 痛い!

 なんて、乱暴な!


「うぐっ!!」


 その痛みと恐怖で、呆気なく私は意識を手放してしまった。


 ……。


 ……。




「大丈夫? 貴女、大丈夫?」


 投げかけられた優しい声音に、意識が浮上する。


「うぅ……ここは?」


 身体の痛みは消えている。

 けど、これは……寒い!?


「犯人の隠れ家だと思います。私たちもここに閉じ込められて」


 そうだった。

 私は誘拐犯に連れ去られ……。

 ここに運び込まれたのか?


 覚醒に伴う頭脳活動の再開により、徐々に状況が見えてくる。


「……あなたは、グリーン家門の」


「はい、メローネです」


 グリーン家門のメローネと言えば、数あるグリーン家門の中でも本家に近い筋の娘だ。

 そんな娘までこのような場所に……。


「貴女は?」


「……5と呼んでくれ」


「5さんですか?」


「ああ」


 私の名前、いや、私のコードネームは10000―5。

 今回の連続誘拐事件を解決すべく、おとり捜査を任されたエージェントだ。


 つまり、ここに連れ込まれ監禁されているという状況は私の狙い通り。

 思惑通り事が進んでいると、そういうことになる。


「5さん、お身体は大丈夫ですか?」


「……問題ない。あなたは?」


 監禁生活で身体に変調をきたしていても不思議じゃない。

 特に彼女のような名門の子女は。


「私も平気です。まだ……」


 そう言って、周りに目をやるメローネの表情は曇っている。


「……」


 なるほど。

 私たちから少し離れた位置には、同じく誘拐された複数の子女。

 不安と恐怖で色を失った顔のまま、こちらに近づいても来ない。


 無理もないな。 

 彼女たちは特殊な訓練を受けた私とは違う。

 普通の令嬢なのだ。


 そんな彼女たちがこのような暗く狭い密室に監禁されて、平気でいられるわけがない。


 むしろ、こうして平気だと言えるメローネ嬢の方がおかしいのだろう。


「メローネ嬢?」


「はい?」


「ここに監禁されているのは私たちと彼女たちだけかな?」


「……今はこの部屋にいる者だけです」


「今は?」


 ということは?


「何人かは、ここから連れ出されて……」


「戻って来なかったと?」


「……はい」


「……」


 既に何人かの犠牲者が出ている。

 そういうことだろう。


 ある程度分かってはいたものの、実際にその事実を突きつけられると……。

 憤り、後悔、焦り、そんなものが一気に胸を締め付け、言葉に詰まってしまう。


「でも、無事かもしれません。私もこの部屋に移される前は、他の部屋に監禁されていましたので、もしかしたら皆さんはそちらにいるかも」


 他にも監禁場所がある!

 ということは、誘拐された令嬢の数は何人になるんだ?


「メローネ嬢、あなたがいたその部屋には、他の令嬢も監禁されていたのか?」


「今ここにいるナナ様とその姉妹の方々がいらっしゃいました。そちらはここより暖かくて多少はましだったのですが……」


「確かに、ここは寒くて暗くて不快な部屋だな」


「はい。こんな部屋にずっといたら身体を壊してしまいます」


 その通りだ。

 この寒さは南で育った私にはかなり堪える。

 こんな部屋で長く暮らせるものじゃない。


 とはいえ……。

 身体を壊す前に、命を失う可能性の方が高いかもしれないが。


 とにかく、何とかして脱出の方法を考えないといけないぞ。

 ただ、問題は今の私には外部と連絡を取る手立てがないということ。

 おそらく拉致された時に所持品を回収されたのだろう。


「……5さん?」


「ああ……。それで、今現在ここにいるのはジョーヌ家門に、レッド家門、イエロー家門の娘たちか」


「はい。ジョーヌ家のシトロン様、レッド家のアポ様、イエロー家のナナ様とその妹になります」


 いずれも名の知れた家の娘たち。

 このような場所に閉じ込められなんて、許されることじゃない。

 早く陽のあたる世界(・・・・・・・)に戻してやらないと!






 監禁されて5時間が経過。

 状況に変化はない。

 脱出の目途も立っていない。


 犯人逮捕のためのおとり捜査だというのに、全く手が出せない現状に焦りが募ってくる。


「5さん……大丈夫ですか?」


 私に話しかけてくるのはメローネ嬢だけ。

 他の者はやはり近づいても来ない。


「私は問題ない。あなたの方こそ大丈夫なのか?」


 さっきより元気がないようだが。


「私も平気です。ナナ様たちに比べると私はまだまだ」


 イエロー家門のナナ嬢とその妹たち。

 確かに、かなり顔色が悪いな。

 もちろん、この状況に対する不安もあるだろうが、それだけじゃないだろう。

 明らかに体調不良に見えるぞ。


 このまま放置もできない、か。


「少し話してみよう」


「はい」


 ということで、イエロー家姉妹の近くに近づこうとした、その時。


 ゴゴォォ!


 大きな音を立て扉が開かれ。

 そして……。


「きゃあぁぁ!」


 イエロー家の妹が!


「ナナお姉さま助けて、お姉さま!」


「離しなさい! 妹を返して!」


「お姉さまぁぁ!!」


「やめて、妹を離して!!」


「ああぁぁぁ」


 ……連れ去られてしまった。



「妹が! 妹がぁ!!」


「……」

「……」

「……」

「……」


 動けなかった……。

 一歩も。


 ふたりの関係が断ち切られ(・・・・・)ようとしているその時に、何もできなかった。

 恐怖で身がすくんでしまった。


 私はエージェントなのに……。

 捜査官なのに!


 ……。


 ……。


 はは……。

 呆れてしまう。

 こんな私がおとり捜査官だなんて。




「ああぁ、中の妹が……」


「ナナ様……」


 呆然と立ち尽くす私の目の前には、泣き崩れるナナ嬢。

 そんなナナ嬢にメローネ嬢が寄り添っている。


 ……。


 優しい娘だ。

 何もできなかった私とは大違いだ。


「下の妹に次いで中の妹まで……」


「ナナ様、大丈夫。大丈夫です」


「……」


「必ず助かります」


「……メローネ様」


「大丈夫ですよ、ナナ様」


「……助かるの? 妹たちも、私も?」


「助けが来るはずです、きっと」


「ほんと? 信じていいの、メローネ様!」


「……はい」


「……」


 その言葉が嘘だとしても、ナナ嬢はそれにすがるしかない。

 私がここに来る前に下の妹が連れ去られ、今またもうひとりの妹を連れ去られたのだから。


 助かるという言葉を信じないと、今にも正気を失ってしまいそうな顔をしている。

 メローネ嬢もそれが分かっているからこそ、かけた言葉なのだろう。






 半日が経過した。

 相変わらず手掛かりも何もない。


 ……。


 このままでは、犯人確保も脱出も絵空事だ。

 どうにもならない。


 何とかしないと!

 この状況を打破するために動かないと!


 けれど、手段が……。


 監禁されているこの部屋は窓ひとつない堅牢な造り。

 とても短時間で破壊できるような壁ではない。

 もちろん、色々と試してみたが全て徒労に終わっている。


 その上、この寒さだ。

 身体も思考も停滞してしまう。


 せめて、私の所持品が手元にあれば何とかなったかもしれないのに……。


 拉致される際に奪われてしまった。

 今は、その迂闊さが悔やまれてならない。





 さらに半日が経過。

 私がここに監禁されてから1日以上が経過したことになる。


 状況は……悪化の一途。


 ……。


 昨日は悲嘆に暮れていたイエロー家のナナ嬢。

 今は部屋の片隅で横になったまま身動ぎもしない。


 ジョーヌ家のシトロン嬢は黙然と座っている。

 レッド家のアポ嬢は時折メローネ嬢と話をしているが、それ以外の時間はやはり静かに座っているだけ。


 ただひとり、皆に気を使うように話しかけているのがメローネ嬢。

 彼女はそのふくよかな身体と優しく穏やかな性格で、ここにいる皆の癒しになっている。

 とはいえ、そんなメローネ嬢もさすがに疲れの色は隠せていない。


 ……。


 当然だな。

 こんな極限の監禁生活を強いられているのだから。


 皆、口にはしないが最悪の未来を想像している。

 それだけは間違いないだろう。


 ただただ重く陰鬱な空気が支配する空間。

 そこに再び。


 ゴゴォォ!


 扉が開かれた。

 恐怖の時がやって来た。


「!?」


 犯人の登場に、背筋が凍りつく。

 膝が震えだす。


 どうして?

 どうして、こんなに恐怖を?


 けど……。


 今度こそ動いてやる!

 前に、前に!


 襲ってくる怖気を無視し、心を体を奮い立たせ!


 そう思った私の眼前に。


「きゃあぁ!」


 ひとりの令嬢が投げ込まれてきた。

 彼女は……グリ-ン本家の!?


 と、さらに、レッド家のアポ嬢が……。


「アポ様!」


「メローネ嬢、わたしの番が来たようだ。先に失礼するよ」


「アポ様ぁぁ!」


 連れ去られてしまった。

 そして、私は……。


 またも、動けないまま。

 立ち尽くして……。




「……」

「……」

「……」


 沈黙するナナ嬢とシトロン嬢。

 メローネ嬢まで言葉を失っている。


「痛い、寒い! ……ここはどこなの?」


 そんな凍りついた室内に響き渡るのは、グリ-ン本家令嬢の悲鳴。


「えっ!? あなたたち?」


 こちらに気付いたようだ。


「シトロン嬢にナナ嬢、それにメローネも。あなたたちも連れて来られたの?」


「はい。ククミス様……」


「メローネ、あなたがこんな所にいたなんて! あっ、痛い」


「ククミス様、怪我されているのですね。お見せください」


「メローネ……」


 権門勢家たるグリ-ン本家のククミス嬢。

 その寄り子でもあるグリーン分家のメローネ嬢。


 ふたりの間には、歴然たる格差が感じられる。

 振る舞いひとつとっても全く違う。


 これが本家と分家の関係というものか……。





「と、そういう状況なんです、ククミス様」


「……最悪の状況ね」


「……はい」


 メローネ嬢の現状説明に顔をしかめるククミス嬢。

 この状況だ。

 それも仕方ない。


 しかし……。


 グリ-ン家門は血統的に大柄な者が多いと聞くが、このククミス嬢はひと際大きな体を誇っている。隣のメローネ嬢が小柄に見えるくらいなのだから、相当なものだろう。



「そこのあなた、5さんでいいのかしら?」


 家格も体も並ではないククミス嬢。

 彼女がこちらに話しかけてきた。


「ああ、5と呼んでくれたらいい」


「変わったお名前ね」


 コードネームだからな。


「それで、あなたがここからの脱出方法を探っているのかしら?」


「そう、だな」


 手掛かりひとつない状況だが、探っているという事実に偽りはない。


「方法は見つかりそう?」


「……難しいな」


「やっぱり、そうなのね」


「残念ながら」


「……」


 ククミス嬢とメローネ嬢に私が加わった形での会話。

 そこに。


「見つかるわけないわ。もうみんな、お終いよ」


 ナナ嬢が諦めきった表情で呟いてくる。


「妹たちも、アポ様も、私も、あなたたちも! みんな死ぬのよ!」


「ナナ様……」


 少しましになったと思っていたナナ嬢の精神状態。

 また悪化したようだ。


 精神状態だけじゃない、か。

 顔色も相当悪いぞ。

 青を通り越して、どす黒く(・・・・)さえ見える。


「ナナ嬢の言う通りだ。我々に未来などない。このまま座して最期を待つ他あるまい」


 ずっと沈黙を守っていたシトロン嬢が口を開いた。

 と思ったら、諦観の言葉。


「シトロン様……」


「メローネ嬢も分かっているのであろう?」


「……」


「ここからは誰も生きては出られぬ。諦めてその時を待つしかないのだ」


「そんなこと……」


 言葉は違えど、覚悟を決めたかのような態度のナナ嬢とシトロン嬢。

 対して、メローネ嬢はまだ諦めていない。


「シトロン、それは真なのですか?」


「ええ、そうですよ、ククミス様」


「ククミス様、もう終わりなんです。みんな殺されるんです! 死ぬんです!!」


 この顔色に、この声。

 ナナ嬢は正気を失いつつある。


「ナナ、少し落ち着きなさい」


「落ち着いてなんていられません。私は妹ふたりを奪われているんですよ!」


「ナナ様、大丈夫ですから」


「メローネ様、あなたは昨日もそう言ったじゃないですか。それなのに、何も……」


「……」


「もう嫌! もう、もう、いっそ……」


「……」


「……」


 ナナ嬢の鬼気迫る勢いに、皆が口を閉ざしてしまう。


 ……。


 ……。


 室内に漂う気まずく重い空気の中。

 時間だけが過ぎていく。





 おとり捜査として潜入に成功したところまでは悪くなかった。

 所持品を全て奪われたのは誤算だったが、ここに上手く入り込むことができたのだから。


 なのに……。


 今や私の中に存在するのは不安と焦りばかり。

 その上、恐怖まで。


 これでは、エージェントとして失格だ。


 ただ、あの魔手を思い出すと本能的に恐怖を感じてしまう。

 身体がすくんでしまう。


 はぁぁ。


 この感情、自分でもどうしようもない。

 情けない……。


 けど、私はおとり捜査官。

 選ばれたエージェント。


 だから、諦めちゃいけない。

 最後まで投げ出しちゃいけない。

 何とかしないと駄目なんだ。


 そう……。


 弱気になりそうな心を奮い立たせ!

 好機を待つ!



 と。


 ゴゴォォ!!


 恐怖の扉が開かれた。


「ああぁ」


「来たか……」


 ナナ嬢とシトロン嬢は観念した表情。


「メローネ!」


「はい、私たちを連れ出しに来たんです。ククミス様、私の後ろにお隠れください」


「え、ええ」


 メローネ嬢はククミス嬢を庇っている。


 私は……。


「っ!」


 また動けない。

 腰が引けてしまう。

 体が固まってしまう。


 恐怖が覚悟を凌駕して……。



 そんな私たちの間を縫うように犯人の手が!

 恐ろしく強靭な腕が伸びてくる!!


 メローネ嬢、ククミス嬢、シトロン嬢、ナナ嬢、そして私。

 犯人は誰を?


 誰を??


 ……まるで、こっちをなぶるかのように、選別している。


 ……。


 ……。


 怖い!

 身の毛がよだつ!!

 血の気が引いていく。


「あっ!」


 ナナ嬢の体に魔の手が!


「……これで私も楽になれるわ」


 諦観の声を漏らすナナ嬢。

 イエロー三姉妹の長姉が部屋から連れ出される。


 そう思った次の瞬間。


「……えっ??」


 ナナ嬢がそのまま投げ捨てられた!


 そして、恐ろしい魔手は……。

 再び、部屋を彷徨い……。


 ……。


「!?」


 私のもとに!

 犯人の手が迫ってくる、連れ去られる!!


 なのに、身はすくんだまま。

 力が抜けていく。

 汗が噴き出してくる。


 こわい!


 怖い!!


 ああぁ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。





『お母さん、これ腐ってるわ』


『ホント! このバナナ真っ黒になってるわね』


『冷蔵庫に入れるからだよ』


『そうね……。もうバナナは捨てちゃって、他の果物にしなさい』


『うん。じゃあ……マンゴーにしよ!』






***********************


〇登場人物


・主人公 10000-5 : マンゴー

・グリーン分家 メローネ : メロン(少し安めの品種)

・グリーン本家 ククミス : 高級メロン(ククミスはラテン語でメロンの意)

・レッド家   アポ   : りんご

・イエロー家 長姉ナナ  : バナナ

・ジョーヌ家(仏語で黄色): シトロン(仏語でレモン)


本日、もうひとつ短編を投稿しました。

読んでいただけると嬉しいです。


https://ncode.syosetu.com/n6836hv/


こちらの連載作もぜひ。


https://ncode.syosetu.com/n4520hd/

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― 新着の感想 ―
[一言] 最初ジャンル指定間違えた?と思ったけど予想外のどんでん返しが起こったw
[良い点] 最後に書いてある果物と名前を見て、一瞬「??」となりましたが、次の瞬間、笑ってしまいました! ((ノ∀`)・゜・。 アヒャヒャヒャヒャ [一言] 発想が凄い!
[良い点] あー、だから断ち切るなのね、と納得! というか他の感想にもありますがまずリンゴを混ぜるなと!w ……半玉のスイカさんとかいなくてよかった?
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