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謎の襲撃

 村の長が電波もスマホも知らないというのはなんとなく想像していたし、実際、この村には電波どころか電話もなかった。しかし、無いからと言って、はい、そうですかというわけにもいかない。


 自警団長と先輩が見張り台で話し込んでいるときも、おれは話の合間に電源を入れたスマホを空高く掲げて電波の有無を確認し、村を歩けば通話可能な状態になることを祈りながらひたすら画面をにらみつけ、先輩が草をはむクロゲワギューとたわむれていた時には電波を求めて村のはずれの小高い丘まで歩いた。


 しかし、スマホはつながる気配も見せないまま、すっかり陽が傾いた。おれと先輩は宿へと帰る。


 動き回ったせいか、それほど遅い時間でもないのにおれはもう眠かった。借りた部屋に行く途中で大きなあくびが出る。


「今日はたくさん歩きましたね。スマホがつながらないのは残念でした、充電は大丈夫ですか?」


「一応、モバイルバッテリーは持ってますけど、ずっと使い続けるのは厳しいですね。すみません、鳥のことよりこっちに夢中になってしまって」


「いえいえ、私が受けた話ですから。黒木君は黒木君でやりたいことをやってください」

 そう言って先輩は部屋のドアノブに手をかけた。


「あとは夕食を食べて早く休みましょう。荷物を片付けたら食堂で待ってますね」


「はい」

 おれは先輩の隣の部屋のドアを開ける。借りている部屋はこぢんまりしているが、最低限のベッドやテーブルは置いてある。ほとんど着の身着のままみたいな自分には十分すぎる部屋だ。


「ん?」


 ふと、ベッドの下の辺りで何かが動いた気がした。何だろう、ネズミだろうか。部屋は薄暗いから、見間違いかもしれない。そう思いつつ、ベッドから距離を保ったまま、そっとしゃがみ込んで下をのぞいた。


 その瞬間、ベッドの下からあの森で遭遇したもやと同じものが飛び出てきた。人の頭くらいの大きさがある。


「うわっ」


 おれは驚いて体勢を崩した。背後でバタバタと音がする。


「黒木君? どうしたんですか?」


 先輩の声が聞こえた瞬間、もやはさっと身を引いた。そして壁を這い上がると窓の隙間でもぞもぞと動いた。


「先輩、危ないから来ちゃダメです」

 そう叫んだが、そのもやはおれが瞬きしている間に窓から消えていた。


「あれ」

 おれは窓に近寄ってもやが消えた窓枠を見た。しかし、何もいない。今度はベッドの下をのぞいた。


「蜘蛛でもいましたか?」


 部屋に入ってきた先輩がおれの隣にやってきてベッドの下を見つめる。


「いえ、森にいた黒いもやもやしたものが、今ここにいたと思ったんですけど」


「それは気になりますね」


 先輩とおれは一通り、部屋の中を確認した。しかし、部屋全体は何事もなかったかのように整然としている。


 見間違いだったのだろうか。


「一応、宿の人には話しておきましょう。不安であれば私のお部屋と交換しましょうか? もしくは私が黒木君の護衛を務めますので、私の部屋で一緒に」


 真剣に話す先輩の言葉をおれは遮った。


「いっ、一緒の部屋って、いやいやいや、そんな滅相もない。大丈夫、大丈夫ですよ、あのもやはきっと見間違いです、はい」


 先輩と同じ部屋だなんて想像しただけでおれには刺激が強すぎる。得体の知れないもやより危険な気がする。


「しかし」


「ほんと、本当に大丈夫ですから、それよりも早く飯が食べたいです、先輩」


「分かりました。黒木君が問題ないというのであれば、そうしましょう」



 夕食の時、この出来事を店主に話したが彼も村の長と同じく、もやについて何も知らないようだった。その後、おれの部屋は店主が異変はないと確認したが、念のため、もう一つある部屋を使うよう鍵を渡された。


 夜も更けておれは新しい部屋のベッドで横になった。しかし夕方、あれほどくたくたで眠かったのに、今ではすっかり眠気はひっこんだ。あの憎きもやのせいだ。


 カタッと部屋のどこかで音がして、おれの心臓は飛び跳ねる。上体を起こして暗い部屋に目をこらす。なにもいない。そうだ、今のは窓の外で吹いてる風の音だ。


 なんでもない、なんでもない。冷静に務めようとするおれの脳裏に数時間前の先輩の姿がよみがえる。


「何かあったらすぐに言ってくださいね」


 夕飯を食べて部屋に戻る別れ際、先輩は念を押すように言った。


「分かりました。先輩も気をつけてください」


 おれは答えて先輩の部屋の隣のさらに隣にある部屋に入った。


 今、先輩のところに行ったら、この哀れなびびり屋のおれに当然のごとく手を差し伸べてくれるだろう。いや、だからって寝ている先輩を起こすか? そんなの気が引ける。


 あのもやは一体何なのだろう? おれを怖がらせて何をしたいんだ? もしかして巨大な鳥と何か関係があるのだろうか。


 カタッ。


 ひときわ大きな音がしておれは起き上がった。もう、ダメだ、怖すぎる。


 おれは決心すると速やかに部屋を出て、通路をずんずん進み、ドアをノックした。

 ドアがゆっくりと開くと、中から宿の店主が顔を出す。目の開いていない店主におれは事情を説明した。


 その日の夜、おれは店主の部屋の隅にある小さなソファを借りて眠った。


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