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よくある異世界っぽいところ

「どうして先輩がこんなところに? っていうか、その格好は? さっきの魔法みたいなのは?」


 腰が抜けたまま、おれは言った。周囲は木がなぎ倒され、黒くなった岩が飛び散り、少し焦げた匂いがする。

 追いかけてきた黒いもやの姿は消え、おれの命を狙っていた誰かの声も聞こえなくなった。


 一体、自分の身に何が起きているんだ? 頭が混乱していて先輩との思わぬ再会に喜んでいる余裕はなかった。


 たった今見せられたあの魔法みたいなものもそうだし、格好だって先輩はおれと違って制服姿ではなく、一般的な洋服とも違う、まるで騎士のような服を身につけていた。

 それは柔らかな印象の先輩とは対照的なのにすごく似合っている。

 似合ってはいるが、それは同時にあまりにも非現実的な姿だ。


「説明は後で。まずはここを離れましょう。近くに村がありますから、案内します。歩けますか?」


「大丈夫です、歩けます」

 差し出された先輩の手を借り、立ち上がる。そして、こっちですと言う先輩の後をついて行く。


「ほら、あそこです」

 少し歩くと先輩が言った。彼女の指さすほうを見ると木々の間から建物が見えた。


「あそこで宿を借りています。そこで休みましょう」





 開けた草原にその村はあった。村にある建物はどれも石と木でできたなんちゃって西洋といった雰囲気で、村の人たちの服も決して和風ではないが、本当の西洋に存在していたものとも違うように見えた。


 すでに先輩はこの村の人と親しくなっているらしく、村の入り口で守衛を務めている男が先輩に笑顔を向け、中に招いてくれた。村の向こうにはたくさんの牛がいて牧歌的な景色が広がる。

 素朴でかわいらしい服を着た子供がこちらに向かって手を振ってきて、先輩はそれに応えた。


「なんか、すっかりなじんでますね。先輩はいつからここに?」


「黒木君と出会う少し前くらいです。私、気がついたらさっきの森の入り口にいて、それでとりあえずこの村に来たんです」


 たったそれだけの時間でこれほどの人と親しくなれる先輩におれは素直に感心した。


「それにしても、なんか、創作物でよく見聞きする異世界って感じの村ですね、ここ」


 これはもしや俗に言う異世界転生というやつではなかろうか。いや、おれの場合は転移か?


「はい、私もそう思っていました。とても興味深いので、いろんな方にお話を聞いたりしたんですが、やはりここは少なくとも日本ではないようです。でもとても良いところです」


 先輩は楽しそうにそう言うと足を止めた。


「はい、到着です。ここが私の借りた食堂付きの宿ですよ。ふふっ、さあ入りましょう」


 想像よりもひとまわり残念な感じの小さな建物がそこにあって先輩は意気揚々とドアを開けた。


 中は食堂らしく、テーブルと椅子があった。キッチンの奥から頭のはげたおじさんが出てくると、先輩はおれの部屋を借りる手続きをしてくれた。おれはその借りた部屋にリュックを置いてくる。


 食堂に戻ると先輩はすでにテーブルに着いていた。さっきの店主とおぼしきおじさんと自分たち以外に人はいなかった。


「黒木君、お腹すいてませんか? ここのご飯おいしいですよ」


「じゃあ、何か食べようかな。何かオススメあります?」

 おれは先輩に尋ねた。


「ありますよ、それでいいですか?」


「好き嫌いとかないんで何でも大丈夫ですよ」


 先輩は分かりましたというと、手を挙げ、カウンターの向こうにいる店主に注文を告げた。


「すみません、クロゲワギューのステーキひとつお願いします」


「え、黒毛和牛って、あの黒毛和牛ですか?」


「おじさんから聞いたんですが、村の周りにいる牛さんがクロゲワギューという名前だそうです」


「なんだろう、この世界観に合わない料理は。牛の名前も偶然の一致ですかね?」

 初めての異世界料理だとワクワクしていたのになんか想像と違う。


「名前もそうですが、確かに味はよく似ていると思います」


「はい、クロゲワギューのステーキひとつ」


 店主が持ってきてくれたのはまさに和牛のそれだった。


 目の前にあるのが高級ステーキとはにわかに信じられなかったが、とりあえずほかほかと湯気の立つ厚い肉にそっとナイフを入れ、一口食べた。


「うまいっ。今までの人生で、高価なステーキなんて食べたことないけど、なんかすっごくおいしい。本物の高級な肉って感じがする」


「でしょう?」


「おじさん、これ最高においしいです」


 店主は静かに笑ってうなずいた。おじさんには悪いが、このこじんまりとした佇まいの店とは不釣り合いなくらいおいしい料理だ。


「ここ、ほかにどんなメニューがあるんですかね」


「私はまだ食べてませんが、センダイという料理もありました」


「それ、絶対、牛タンですよ」


「私もよく家で食べてました。仙台の牛タン」


「そういえば先輩、元の世界っていうのかな、記憶、あるんですか?」

 おれはふと気になって尋ねる。


「はい、自分が学生だったことも、家のことも覚えています。私が文芸部の副部長で黒木君と会ったことも」


 先輩の話すそぶりを見る限り、あの事故のことは覚えていないように思えた。

 おれが死んだときに泣いていた先輩のことだ。覚えていたら、こうして笑顔で話をしたりはしないだろう。


 でも、どうしてそのことを忘れているのだろう?


 おれは疑問に思ったが、わざわざ先輩に事故のことを聞き出す気にはなれなかった。彼女が顔を曇らせるようなことを思い出させたくはない。先輩があの事故のことを覚えていないのならそれでいい。


 しかし、一番の謎はこの状況だ。普通の高校生活を送ろうとしていたおれは、先輩を助けたくて道路に飛び出して、死んだはずではなかったか? そしておれは願いごとを叶えてあげると言われて先輩が幸せになれるようにと頼んだ。


 なのに、おれと先輩はなぜかこうして異世界にいる。


 もしかすると、おれの願いごとは間違った処理をされたのではないだろうか?


 ああ、なんだか、そんな気がしてきた。あの受付の人、すっごい適当な感じだったし。

 となると、もしかしたら、おれは先輩をおかしなことに巻き込んでしまったのかもしれない。


「なんだか不思議なこともあるんですね」


 なにも知らずに先輩はにこにこしている。なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


 おれはポケットに突っ込んでいたメモ書きとスマホを取り出す。


 あの世の手前課。


 それが事故にあった後にいたあの場所のことならば、ひとまず、唯一の手がかりであるここの連絡先に電話をかけ、この状況について話を聞いたほうが良さそうだ。


 おれはスマホを見る。やはりここも圏外だった。

「あの、先輩、この辺りでスマホの電波がつながるところ知ってます?」


「私はこちらに来たときはスマホも何も持っていなくて、ちょっと分からないです」


「じゃあ、ちょっと、おれ、電話したいところがあるんで通話できる場所探してきますね」

 おれは急いでステーキを口の中に詰め込んだ。


「あ、待ってください。私、ここの村の人たちと約束したんです、今、村を困らせている怪物の問題について一緒に解決すると。実は、今からその怪物について詳しい話を聞きに行くことになっているんです。よかったら黒木君も一緒に来てくれるとうれしいのですが」


「な? 怪物?」

 おれは口から肉が飛び出そうになるのをどうにかこらえた。


「話によるとその怪物は大きな鳥とのことです。私は今、魔法も使えますし」


「いやいや、ダメですよ、怪我したらどうするんですか。自分たちの状況すらよく分からないのに」

 おれは先輩の話を遮るように言った。


「でもこの村の皆さんがとても困っているようなので」


「ダメです。そりゃあ、先輩に助けられた身でこんなこと言うのもあれですけど、これ以上、先輩に危険が及ぶようなことは絶対にダメです」

 これで万が一、先輩が死んでしまうなんてことがあったらどうするのだ。


「でもせっかく不思議な力が使えるようになったんです。この力で誰かを助けられるのはとても素晴らしいことだとは思いませんか」


「でももへったくれもありません。さっきのよくわかんない岩の塊だって、運が良かっただけで、あんなの普通に当たったら大怪我どころじゃすみませんよ。ただでさえさっきみたいな危ない目に遭うのに、わざわざ怪物に関わるなんて、なおさらダメです、危険です」


「でも、問題解決に協力する代わりに宿とご飯の代金は無料にするという約束なんです。協力しなかったらお代を請求されるかもしれません」


「ん?」

 おれは肉を頬張る口を止めた。


 先輩はひどく言い出しづらそうに口を開いた。

「その、私、この世界のお金は一銭も持っていないんです。黒木君は持っていたりしませんか?」


 ゆっくりと最後の一切れだった肉をおれは飲み込んだ。皿はきれいにからになっている。


「持ってないです、一銭も」


 おれは店主を見た。店主は穏やかな表情で静かにうなずいた。


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