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呪いの噂

「それにしてもすげえ岩だったな。変というかなんというか」

「転がるって言うより走ってるって感じだったな」

「おかしなことが起きるもんだ」


 ひげもじゃの現場監督たちが岩の様子を確認している間、町の人たちはリンゴ農家の人が入れてくれたお茶を飲んで、今しがたの出来事について口々に語り合っていた。


「それにしても力持ちだな、お姉ちゃん、あんなもの止めるなんて」

「いっそ、川塞いでた木とか岩みたいに粉々にしてしまえば良かったのに」


「今、あの山の近くで私の乱暴な魔法の衝撃を与えてしまったら土砂を誘発させてしまう危険性があるのではないかと思いまして」


 岩を止めた先輩はあっという間に町の人たちに囲まれ、賞賛を浴びていた。この町の人たちよりも少しだけ付き合いの長いおれは労をねぎらおうと二人分のお茶を手に、先輩がその人の輪から出てくるのを待っていた。


 それにこの町の人たちの耳にはあまり入れたくない話もしたかった。


「黒木君、ここにいましたか」


 こちらにやってきた先輩におれはお茶の入ったカップを差し出した。


「はー、温まりますね」

 カップを手で包むように受け取ると、先輩はお茶を一口飲み、目を細めた。


「怪我してませんか? 先輩」


「ええ、黒木君は?」


「俺も大丈夫です。先輩、さっき魔法陣五つも出してましたね」


 そうですね、と言って先輩は宙に五つの魔法陣を浮かせた。


「この魔法陣は手や足に付けていると、その箇所の力が増幅されるみたいなんです。足に付ければちょっとジャンプしただけでも遠くまで飛べますし、腕に付ければ重いものでも簡単に持てるようになるんです。でもさすがに今回はあの岩のほうの力が勝っていたみたいで、必死に押し返そうとしたら、いつの間にか魔法陣がたくさん出せるようになりました。今までは手足のどれかしか力を強化できませんでしたが今では両腕、両足、すべてを強化可能です」


「魔法を使った先輩でやっと止められるってことは、やっぱりあの岩は転がり落ちる力だけで動いていたわけではないみたいですね」


「そう言われれば、そうかもしれません」

 先輩はぱっと魔法陣を消した。


「おれ、ちょっと思ったんですけど、あの岩はおれをめがけて転がっていた気がするんです」

 周囲を気にしながらおれは声を小さくした。


「黒木君にですか?」


「気のせいだといいんですけど」


 先輩は何か考えるように少し黙り込んだ。すると町の人間が一人、こちらにやってきた。


 泥かきだけの汚れとは思えないボロボロの服とボサボサ頭で清潔感のかけらもない、地声がやたら大きい男だった。


「あれ、このナイフ誰んだ?」


 リュックから飛び出していたナイフを指さして言うのでおれは素直に名乗り出た。


「えっと、おれのです」


「もしかして、こいつ古道具屋にあったやつじゃねえか?」


「えっと、そうです」


「ははあー、やっぱりな」


 男の大きな声に周りの人たちの視線が集まる。


「おい、そのナイフがなんだって言うんだよ」

 こちらを見ていた誰かが男に言った。


「これはあれだぜ、呪いのナイフってやつだ」


 男の言葉に、あきれるような笑い声が上がった。


「それが、本当なんだって。俺の聞いた噂ではな、なんでもこの町に来た旅の人間が古道具屋に置いていったものらしいんだ。どうやらそいつはこのナイフを手にしてから怪我やらなにやらで、良くないことばっかり起きてよ、気味悪くなってこのナイフを川に捨てたらしい。そうしたら、空模様が変わって、嵐が起きたんだと。それがこのあいだ町を襲った大雨と大風よ。男は町を目指し焦る気持ちでこの川を渡ろうとした。すると山が崩れて橋は落ち、男は濁流にのみ込まれた。そして命からがらどうにか岸に這い上がった男は見つけたんだよ。そこで、さも自分を待ち構えていたと言わんばかりに落ちているこのナイフを」


 男が話し終えた後、周囲の人たちはすっかり静まりかえった。


「そんな、呪いだなんて。ましてこの災害もナイフの仕業とかそんなのあるわけ」


 黙っているとなんだか呪いなんて時代遅れなものを認めてしまうようで、おれは笑い飛ばそうとしたが、最後まで言い切ることができなかった。


 口だけ強がってみても、気休めにもならない。それ以上茶々を入れることもできなくておれは押し黙った。


「旅の男はあの古道具屋で発狂していたらしいぜ、あの嵐はこのナイフのせいだって」


「そう言われれば確かに黒木君はこのナイフを手にしていた短い間にたくさんの不幸に見舞われているような気がします」


 先輩がおれに追い打ちをかける。


「俺もそんなわけあるかって思ってたが、あの古道具屋も最近なにか異変を感じてたみたいでな。それにさっきみたいなことが、目の前で起きたんだ。さすがの俺も信じる気になっちまう。だってよ、さっきの岩の暴れようなんて落石なんてもんじゃなかっただろ?」


 度重なる小さな災難とナイフを手放そうと必死の店主、あの岩のことについてはもはや、否定できないほどの不自然さ。信じたくなかったけど、ここまで出そろったらもう嫌でもそういう結論に至ってしまう。


 これは本当に、不幸を招く呪われたナイフなのかもしれない。


 顔を上げると崩れて土がむき出しになっている山が見える。もう、ナイフが嵐を起こせると聞いても、もう驚く気にならなかった。


 気づくとおれは自分の頬に手を当てていた。顔はまだ熱も痛みもあった。


「ちょっと、あの、おれ、急用を思い出したんで」


 いてもたってもいられなくなり、おれはリュックをひっつかむ。


 すると柄を覗かせていたナイフがケースから飛び出しておれの足下に落ちる。

 ストッと小気味よい音を立てておれのつま先すれすれのところで地面に突き刺さった。


「逃がさない」


 そんな声が聞こえるようで俺は背筋が寒くなった。


「あは、あははは」


 黙り込んでこちらを見守る町の人たちにおれはへらへらと笑いかけながら、ナイフを拾い、ガクガク震える手でどうにかケースに刃を収めてリュックにしっかりしまい込む。


 そしてあの古道具屋に向かっておれは全力で走った。


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