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節約生活

 我が名案にはいくつか必要な物があった。それを買いそろえるため、おれは仕事終わりに町へと向かう。

 教えてもらった店があるのは町の外れにある少し寂れた通りにあった。古道具屋と書かれた看板と手に持ったメモ書きを何度も確認しながらその店に入る。


 いらっしゃいと覇気の無い声で出迎えたのはうだつの上がらないチンピラみたいな男でカウンターの後ろの棚を掃除していた。

 陰気な店内にあったのはこれまた陰気な雰囲気を漂わせている使い古しの商品たちだったが、品揃えは豊富で農機具や馬具から洋服に使うボタンまで何でもあった。


 ごちゃごちゃした店の中でおれはお目当てだった鍋を見つけた。


「おおっ、安い」


 立派な物ではないが、金銭にゆとりがない以上、贅沢は言っていられない。


 それからほかに掘り出し物はないかとおれは店の中を見て回る。そこで一つ目にとまった物があっ

 た。革の入れ物がついた一本のナイフだった。


「もしかしてそれ気に入った?」

 店の男がおれの隣にぬっと現れて言った。


「まあ、これから先、旅をするのにあったら便利かなと。ついでに護身用にもなったらとか」


「ああ、旅の人? だったらこんな便利な品物はないよ、ナイフって言うのは枝も裂けるし、肉もさばけるし綱も切れる。もちろん身を守るためにも有効さ」


「でも、このナイフ、すごい安いですよね。古びた感じもないし壊れかけにも見えないけど、この値段であってるんですか?」


 少々かび臭い商品の中でとりわけこのナイフは状態の良い物に見えた。革の入れ物に施された細かな装飾は上品にも見える。しかし、値段は捨てるも同然の価格だ。さっきの鍋を一つ買うお金でこのナイフは十本買うことができる。ちょっとそれはいくらなんでもおかしい気がした。


「ああ、うちはね、皆さんに良い物をお安く提供することがモットーでね」


「いや、でもなんというか不自然に安い気がするんですけど」


「それがお兄さん、あんたは運が良い。おれはな、今日、目を覚ましたときに、このナイフを欲しがる人が現れるんじゃないかって気がしたんだよ、びびっとね。大体、この店に来るやつのほとんどは、金に困ってる奴らってのが相場だ。だからおれは思ったのよ、今日、このナイフを買いに来た人が、その安さに喜んでくれたらなって。困ってるやつから金は取れねえよ」


 この店主が舌先三寸でこちらを言いくるめようとしているのは分かっている。

 しかし、おれはその安さに心引かれていた。

 普通なら店主に言動が怪しすぎて手を引くが、今の自分の金銭状況から、このナイフは非常に魅惑的な掘り出し物にも見えてくる。

 欲しいとやめておけの二択の狭間でおれの心はぐらぐらと揺れうごく。


「いや、でもやっぱりちょっとどこか不良品なんじゃ」


 いつまでもいぶかしむおれに店主の男はしびれを切らしたのか饒舌だった笑顔に余裕がなくなっているように見えた。なんだか必死の形相を笑顔で覆っているような感じだ。


「ああ、分かった、分かったよ。お兄さんがそんなに心配してるってんなら、これタダにしてもいいんだぜ。いやあ、まいったぜ。商売がうまいなあ、お兄さんは」


 店主はおれの両肩をつかんだ。その手から逃がさないという意志がはっきりと伝わってきて、少しばかり気味が悪い。


「受け取ってくれや。必要なんだろう? いらないときはそのときだ。気兼ねなく捨てちまってくれればいい」


 店主がどことなく焦っている様子は腑に落ちないが、こちらがお金に困っていることは紛れもない事実。確かにタダであれば、とりあえずもらっておいて、使えないと分かれば手放せばいい。あまり、こちらに不利益はないようにも思える。しかし、タダより高い物はないという言葉があることをおれは知っている。


「もしかして、なんかいわくつきの代物だったりして」


「まっままま、まさか、い、いくらなんでも、そんなの、う、う、売り物にしたりなんてしませんぜ。それに今どき呪いなんてものありはしませんって」


 店主の隠しきれない動揺と冷や汗。どう考えても怪しい。一度大きく咳払いをして店主は話を続けた。


「それに、たかがナイフですぜ。かさばる物でもあるまいし、とりあえず持っておきなって。うっかり、熊やオオカミに襲われてからじゃ遅いんだ。それ一つで命が助かるなんてこともあるかもしれない。飢えているときだって、そのナイフ一つで空腹をしのげるかもしれない」


「そりゃあ、死んでから後悔したんじゃ遅いですけど」


「そうだ、それ一つで大切な人を守ることができる」


 その一言で、買うことをやめようとしていた心がぐっと欲しい側の気持ちに傾いた。


 そうだ、新品の武器みたいなのを買おうと思ったら相当な金がかかることは昨日、店を覗いてはっきり分かっている。

 それでもしばらくうんうんと唸りながら考えていたが、俺はついに決断する。


「分かりました、それください。あと、そこの鍋を一つ」


「おお、良いね、お兄さん。お兄さんなら気に入ると思ってたんだ。いやあ、良かった」


 外まで出てきてにこにこともみ手をする店主に見送られ、おれは次の店を目指す。必要な物はまだまだあるのだ。





「ということで、これから我々は節約自炊生活をしたいと思います」


 今日、手に入れたあれこれを宿のテーブルに並べておれは先輩にそう宣言した。これがついさっき思い浮かんだ名案だった。


「おー、自炊ですか」


「今まで、飯はお金を払って食べてきましたが、あのリンゴをくれた人も話していたようにこの辺りは自然豊か。そこでタダで手に入る自然の恵みをちょっと拝借して一食分でも費用を浮かせてこの財政難をしのぐんです」


「黒木君が仕事終わりにリンゴ農家さんのところでお店の場所を尋ねていたのはこのことだったんですね」


「我ながら名案、というかこれくらいしか思い浮かびませんでした。安宿に泊まることも考えましたが、この土砂の影響でみんな立ち往生しているらしく、どこも空き室は無いみたいで」


「旅の資金についてはいずれ底をつくことは分かっていたことでしたから。ちょうどいい機会です。前向きに考えましょう」


 先輩はテーブルの上の鍋やら皿やら食べられる野草と書かれた本を興味深げに見つめた。


「それにしてもいろいろ買い込んだんですね。この小瓶は調味料ですか? それにまな板。ナイフは二本あるんですね」


「あ、これは一つ、おれの護身用のやつです」


「護身用ですか」


「最近変なものに遭遇することは無くなりましたけど、前の村では得体の知れない黒いもやもやに襲われましたからね。もし何かあっても先輩に頼らず身を守る方法はないかとずっと考えていたんです」

「そうでしたか。確かに私がいつでも黒木君の元に駆けつけることができるとは限りませんから、そういう場合を考えるのは大切なことです。そういえば昨日もそういうお店にいましたね」


「ずっと、そういう物が欲しいとは思っていたんです。でもさすがにあんな武器みたいなのは使いこなせる自信は無いし、値段も高くておれの金じゃあ買えないし」

 おれはナイフを手に取って続けた。


「誰かの使い古しですけど、無いよりはましかと思ったんです。本当はそんな物騒なことに巻き込まれないことが一番なんですけど、これなら武器以外の用途にも使えますし。きっと、これからの節約生活に役立ってくれると思います。それになにより、どういうわけか店の人が手放したがっていたみたいで、タダでくれましたから」


「なんと、無償で譲っていただけたのですか。それはとってもお得ですね」

「そうなんですよ。まさかのタダ。この節約生活、なかなか幸先がいいスタートだなと思います」

 おれは自然と言葉が強くなった。


 すると先輩は神妙な顔で口を開く。


「節約生活。欲しい服を我慢し、百円引きのクーポンを使い、ネットショッピングで送料に頭を悩ませたりする、あの何かのためにあらゆる物を切り詰める生活のことですね。クラスの皆さんが話をしているのは耳にしたことがありますが、私、そういうのは初めてで、なんだかとってもドキドキします」


 節約というものに対して憧れなのか期待なのか、妙に熱っぽく語る先輩におれは安堵した。とりあえずこの状況にあまり悲壮感を持ってはいないらしい。


「さほどうれしいことじゃないですが、まあ、先輩が乗り気ならおれも良かったです」


 それから、と先輩がテーブルに前のめり気味に挙手をする。


「あの、私、自炊ができるならやってみたいことがあるんです。今日、食べたあのあまーいリンゴ料理、あれを自分で作ってみたいです。これも節約になりますか?」


「おお、良いですね、それ。明日レシピを聞いてきましょう」


「やったー」


 そんな風に今後のことについて先輩と明るく語りながら、その日の夜は更けていった。



 そう、おれはこの時、つゆとも思わなかったのだ。このナイフが本当に恐ろしいものであるなどとは。


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