表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/16

金欠問題

 嵐で空は荒れに荒れていた。重たい鈍色の雲は辺りを暗くし、吹き付ける風は木々を根こそぎ倒さんばかりの勢いだった。


 男はどうにか川の濁流の中から岸へと這い上がった。ぜいぜいと肩で息をしながら顔を打ち付けてくる大きな雨粒を拭う。


 よかった、生きている。


 そう安堵したのもつかの間だった。男は目の前にあるその存在に気づき、戦慄する。


 逃げられないのか、俺は。こいつから。


 そう悟って男は叫んだ。彼の声は吹き荒れる風で瞬く間に消されていった。




 目の前に置いてある短剣は実に扱いやすそうだった。とりあえず振り回せば、襲ってきた者に対してわずかながら抵抗にはなるはずだ。刃物という刃物は今まではさみとかカッターみたいな文具のほかに三徳包丁くらいしか握ったことはないし、これといって武芸に秀でているわけでもない。

 だから剣なんてまっとうに扱えるのかは分からないが、それでもおれには剣を振り回す攻撃くらいしかできないことも事実である。


 しかし、それにしたって。


「高い」


 おれは値札をもう一度見た。書かれている算用数字の桁を確認する。うん、高い。そしてこの店にある対獣用と書かれた武器っぽいものはさらに高い。対ドラゴン用と書かれている槍や盾はもっともっと高い。っていうかこの世界にドラゴンがいるのか。


「お客さん、何時間見てるつもりだ? 買うの? 買わないの? 悩んでるなら相談に乗るよ?」


「あ、すいません」

 店の男に声をかけられておれは慌てて外へ出た。武器、護身用と書かれた吊り看板を見上げるとため息が出た。


「あれ? 黒木君?」

 振り向くと顔に泥汚れを付けた先輩がこちらを見ていた。




 今回、借りた宿はそこそこ良いところで窓から石畳のきれいな街の広場が見えた。今日は朝から雨に濡れた枯れ葉を片付ける街の人の姿があった。


 一枚、二枚とおれはユキチの枚数を数えた。


「これなら三日分の生活費になりますよ、助かります」

 おれが言うとテーブルの向こうに座っていた先輩はにこりとした。シャワーを浴び終えたこともあってか、さっぱりした笑顔だ。


「それは良かったです。土砂の崩れたところに行ったらすぐに雇ってもらえました。少しでも人手がほしいみたいで。黒木君はどうでしたか?」


「それが、スマホの電波もマオーのいどころもつかめずじまいです」


「そうでしたか。私が今日見た現場の様子だと完全に土砂が道も川も塞いでいましたので、もうしばらくはここで足止めになりそうです」


「予定以上の長居だからって旅費がこんなにすぐカツカツになるとは」

 おれは頭を抱えた。


「町に着いて早々、嵐に遭遇してしまったのは、もう運が悪いとしか言いようがありません。これは仕方のないことです」


 おれと先輩が町を出るつもりだった日からすでに一週間は過ぎていた。本当ならちょっと町を楽しんでスマホやマオーについて調べ、次の町に行くつもりだった。


 しかし嵐が近づいたことで、連日、隣町への馬車の運行が中止。おれたちは宿の中から横殴りの雨を眺めて数日過ごしていたが、その大雨によって土砂崩れが発生していたことが判明。その影響で道は封鎖。嵐がおさまったにも関わらず、町から出ることができないため、想定していた以上の宿代を払うことになり財布は火の車。


 おれとは別行動をとっていた先輩は何か少しでも稼ぎになればと仕事探しで町に出ていた。そこで道の復旧作業のための人手を集めているという話を耳にしたらしい。


「おれも明日、その土砂崩れの現場に行きますよ、早く次の街にも行きたいし、お金にもなるし。現状打破するにはそれしかなさそうですし」

 先輩が持ってきたユキチを見ておれは言った。


「そうですね、明日一緒に行きましょう」




 翌日、おれは先輩に連れられて土砂崩れの現場に向かった。山がえぐれるように崩れ、道を塞いでいた。


「これは結構な惨状ですね」

 目の前の光景はそうとしか言いようのない状況だった。


 そこで街の人たちが日雇いの労働者として泥やら岩やら倒れた樹木の片付け作業にあたっていた。ざっと百人くらいはいるだろうか。ぞろぞろと動く人々は、なんだか崩れた巣をせっせと直す蟻の姿に似ていた。

 そこには作業の指示をもらうための人の列ができていて、とりあえずおれと先輩もそこに並んだ。


「お、昨日のお姉ちゃんか。今日も派手に頼むぜ」


 現場を取り仕切っているらしいもじゃもじゃ髭の男がこちらを向いた。太い腕を胸の前で組んでいる。


「今日はどこを?」


「川を塞いでいるあの木を頼みたい。細い枝なんかはよけたんだが、あの一本は重くて動かん。昨日みたいにサクッとできるかい?」


 男の視線の先にあったのは川に横たわる一本の木。こちらの岸には根があり、向こうの岸には葉が茂っている。


「やってみます」


 先輩は列から出ると、靴が濡れることも気にせず川にジャブジャブと入っていく。それほど深い川ではなさそうだった。


「皆さん、川から離れていてください」


 先輩は魔法陣を作ると、それは巨大な斧となった。おお、というこの場にいる人たちのどよめく声が聞こえた。


 先輩が斧を宙に浮かせて横たわる木に狙いを定める。丸い魔法陣と同じように、武器の形になった魔法も今や手に取ることなく操れるようになったらしい。


「それっ」


 そのかけ声とともに斧が振り下ろされた。ドス、ドス、ドスと何度か斧の刃がたたきつけられる。そして最後の一振りで、高く水しぶきが上がり、巨木は真っ二つになった。木は川の水で押され、観音扉が開くような動きで、半分はこちらの岸に、もう半分は向こう岸へと流れた。


 今度はおおーっと驚きの声が上がる。


 歓声や拍手に先輩は笑顔を浮かべ岸へと戻って来る。照れ笑いではないのが、どこか強者の貫禄を感じさせる。きっと賞賛されることに慣れているのだろう。


「もう半分の、半分くらいにしたら運びやすくなりますかね」

 岸で見ていたひげもじゃの現場監督に先輩は言った。


「ああ、そうしてくれるともっと助かる。いやあ、お姉ちゃん一人でだいぶ作業がはかどるな」

 先輩はああしようかこうしようかとひげもじゃ監督と話し始めた。


「おーい、そこの君」


 呼ばれた気がして正面を向いたら、おれの前に並んでいた人たちはもういなくなっていて。おれは慌ててそこに駆けつけた。名前を聞かれておれは答えた。


「えっと、くろきつばさ、ね。君はひょろひょろで川に入ったら流されそうだから、向こうで流木を集

 めて運んでもらうかな。あの男に声かければ指示をもらえるからね」


 そう言った男は小柄で、少しなまったような話し方をした。


「あの、でも自分、こう見えて結構、力もあったりしますよ」


 そりゃあ、筋肉がついているわけでもないし、身長だって先輩よりは低いしで、非力な見た目であることは自覚しているが、あまりにふがいない評価を覆したくておれは少し見栄を張った。なによりやる気はあるので、服が汚れることを見越して学校指定ジャージを着てきたくらいだ。どうせなら派手に汚れるくらいの大仕事を任されたい。


「いや、無理そうなことは素人さんには頼めないのね、これ下手したら命に関わることでもあるから。無理しないで身の丈に合ってることで頑張ってくれればいいんでね」


 男のまっとうな返答に対して、おれは素直に現実を受け止めるしかなかった。


「あ、はい」

 おれは大人しく作業場に向かった。





 太陽が真上に昇った頃、空に休憩だよーと間延びした声が響いた。昼食が欲しい人はこっちに集まれと声が続く。手を休めて顔を上げると風に乗って良い香りが漂ってきた。どこかで炊き出しをしているらしい。

 作業を切り上げて町の人たちが歩き出したので、おれもそれにならう。


 河原にはたき火をしている一角があった。その輪の中にいる先輩を見つける。火の前で脱いだ靴を乾かしている。


「先輩」

 おれは声をかけて先輩の隣で火にあたる。


「黒木君、お疲れ様です、そちらの作業は順調ですか?」


「えっと、まあ、ひたすら運ぶだけですからね。そういう先輩はすごい活躍してたんじゃないですか? あの爆発音みたいなの先輩でしょう?」


 おれが濡れた枝をひたすら運んでいる間、先輩の魔法とおもわれる爆発音がドゴン、バゴンと聞こえていた。


「そんな、活躍なんて言うほどのことでは」


「そんなことはないよ、あれはすごかった。君みたいな人は初めて見たよ」


 男の声が謙遜する先輩の声を遮った。


「あんな大岩を粉砕したり持ち上げたりなんて、普通の人間ができることじゃないさ。この調子ならあっという間に道が通れるようになる。


 声の主である首にタオルを巻いた優男が、二つの皿を差し出してきた。何かを煮込んだもののようで甘い香りがした。


「これ、うちで育てたリンゴ、ぜひ食べて」


 先輩とおれは木のスプーンが添えられたその皿を受け取った。


「ありがとうございます」


「どうも。えっと、農家の人なんですか?」


 ここで作業をしていた様子のない男におれは尋ねた。


「そう、本当は採れたリンゴを隣町に売る予定だったんだけど、この土砂崩れじゃ持って行けないからね。痛んでしまうより食べてもらったほうがいいと思って持ってきたんだ。あっちには生のリンゴもある。好きなだけ持っていって」


 男の言うほうを見るとたくさんの鍋や袋からあふれるほどの真っ赤なリンゴがあって、女の人や子供が作業員たちに料理を振る舞っている。


「これ、甘くてとってもおいしいです」

 もらったリンゴ料理を食べて先輩は目を輝かせた。おれも一口食べる。暖かくて甘くて優しい味がした。


「そうでしょう、あの木の葉の乾燥させたものを入れて煮込むとね、甘い香りが立つんだ。この白いのはそこの山に自生してる花」


「この辺りはおいしい自然の恵みがいっぱいなんですね」


「ああっ」

 おれは先輩の一言であることを思いつき、声を上げた。


「どうしたんですか、黒木君?」


「なんだ? クルミの殻でも入ってたか?」


 二人が目を丸くしてこちらを見ていた。おれは男に言った。


「あの、ほかにも食べれるものってこの辺にたくさんあったりしますか?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ