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8 景吾先生からのレクチャー

 誠太郎は指示語探しの難易度の高さにようやく気づき始めた。

 グラウンドに向かうまでに、幾人もの候補生たちとすれ違う。

 ある者は書物を読みながら、またある者は視線をあちこちに走らせながら、とにかくぶつぶつと指示語を呟いては落胆している。


「俺にはハードルが高いかもしれない。全く思いつかないんだけど」

「エリートが弱気になってどうする。コツくらいなら教えてやるから、根気よく向き合っていけよ」

 

 景吾に励まされ、何とか己を奮い立たせる。

 そこでふと疑問が湧いた。


「コツって、何で景吾が知ってるんだ?」

 

 もしや誠太郎がここに居ぬ間に、すでに指示語を習得したのだろうか。

 誠太郎の疑問には、まつりが得意げに答えた。


「景吾は風見家の人間ですから、エラーの知識は幼少の頃から叩き込まれているんですよ」

「嫌と言うほどな」

 

 おえ、と気持ち悪そうに顔を歪めた景吾は、誰も使用していないグラウンドの片隅へずかずかと進んでいく。


「風見家と言えば、優秀なエラーが続く名門なんですけどね、景吾は自分の家が大嫌いなんですよ。折り合いが悪いらしくって」

 

 こっそりとまつりが耳打ちしてきた。


「ふうん」

「あれ、あまり気にならない感じですか? 私、幼馴染なのでけっこう詳しく語れちゃいますよ?」

「別に気にならないよ。指示語探さないとだし。それに、気になる事があったら直接本人に聞くから大丈夫。さ、行こ!」

 

 ててて、と景吾に駆け寄って行く背中に、くすりと楽し気な笑みを向けたまつりは呟いた。


「〇番隊のお気に入り、指示語を知らない、景吾の家に興味なし。うーん、途中参加の候補生だから何か裏があると思ったのに、綺麗さっぱり真っ白ですねえ。ま、嫌いじゃないですけど」

 

 誠太郎は楽し気に景吾の周りを駆け回る。

 その姿はさながら子犬のようだ。


「あの無邪気さで裏があったら逆に怖すぎますか。あははは」

 

 遠くから誠太郎がぶんぶんと手を振ってきた。


「まつりちゃんも早くおいでよ! 景吾先生が待ってるよ!」

「先生じゃねえ」

 

 まつりは誠太郎に手を振り返す。


「景吾先生! 私にも指示語を伝授してくださいませ!」

「だから俺は先生じゃねえ」

 

 グラウンドには続々と候補生たちがやってくる。

 指示語によりエラーの能力が発動した場合、その規模によっては、屋外の方が適している場合があるからだ。


「俺は大体当たりが付いている。それでも量が多いから、後はひたすら指示語を言っていくだけだ。で、まつりは攻撃系では無さそうだな。援護とか保守系の指示語を中心にやってみるといい」

「了解!」

 

 誠太郎はキラキラと目を輝かせる。


「嘘でしょ。景吾ってそんなことも分かっちゃうの?」

 

 何で、どうやって、と好奇心に塗れた誠太郎の目には、呆れたような景吾が映っていた。


「真倉先生が言ってただろ。自分と対話しろ。指示語は個性だ。・・・つまり、自分に元々備わっている気質に関係する訳だ。ま、荒削りの消去法ってやつになるけど」

「すごい。俺の気質も教えていただきたい!」

 

 お願いします、と綺麗なお辞儀を披露する。

 頭を上げると、目と鼻の先に景吾の顔があった。


「近いな!」

 

 景吾は顎を指でさすりながら、ひたすら無言で誠太郎を見る。

 たらり、と誠太郎の米神に一筋の汗が流れたところで、ふと顔は離れていった。


「まつりは幼馴染だし、性格ひっくるめて大体知ってるから分かりやすいんだ。でも誠太郎はさっき出会ったばかりだしな」

 

 うーん、と考え込む景吾に落胆する。


「ま、そんな簡単にいかないよな。よし、気合い入れて己と対話して見せるぜ」

 

 両頬を思い切り叩いた痛みで、頭が僅かにすっきりした。

 だだっ広いグラウンドを見渡す。

 ひたすら指示語を紡いでいる候補生が大半だが、中には手から水を噴射している者や、全身を発火させている者もいた。


「もう習得してるじゃん」

「あれは俺みたいな一族の奴らだろうな。風、火、水、地が関係する能力は、エラーの四大一族特有の気質なんだ」

「・・・へえ。元々エラーの教育を受けてたから、指示語の習得も早いって訳ね」

 

 誠太郎はこれまでエラーと全く関わらず生きてきたので、もちろん四大一族なんて仰々しい存在も知らなかった。

 知らないことが多すぎる。しかし、そんな環境にも慣れてきた。


「じゃ、俺は自分の性格を分析してみるところから始めるよ」


 近くにあった錆びれた鉄棒に飛び乗る。

 すると、間髪入れず両隣に景吾とまつりも飛び乗ってきた。


「出会ったばかりだけど、俺らから見て誠太郎は良い奴って思う。素直、元気、取っつきやすいって感じだ」

「うんうん。見た目がチャラいけど優しいですしね」

 

 チャラいけど、と繰り返すまつりに、誠太郎は複雑そうな表情を浮かべる。


「俺はまつりちゃんを同じ穴の狢だと思ってたんだけどな」

 

 でもさ、と誠太郎は照れくさそうに笑った。


「嬉しいよ。景吾、まつりちゃん、ありがとうな」

 

 誠太郎は居住まいを正し、自分の気質について思考を巡らせはじめた。

 二人の誠太郎に対するイメージを、もっと主観的に置き換えていくのだ。

 素直、元気、取っつきやすい、優しい。

 どれも嬉しい言葉たちだ。それをエラーの能力に関連させていく作業を繰り返す。

 誠太郎はあっという間に思考の海に飲まれた。


「良い奴、か。俺にとっての良い奴は、困ってる時に助けてくれる人だな。強くて頼りになる人。例えば、近所に居たかっこいい兄ちゃんみたいな」

 

 強くて、優しくて、誠太郎が一番憧れている人だ。

 頭にその人物を思い浮かべた途端、急速に思考がまとまっていくような不思議な感覚がした。

 まるで、頭の中を覆っていた濃霧が一瞬にして散ったような。


「何か、掴めそうな気がする」

 

 まるで頭の奥から言葉がせり上がってくるような。

 思いのままにその言葉を吐き出そうとしたその時、カキン、と金属音が耳に響いた。


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