108 出会った当初もクソガキだと思っていた件については別紙記載予定です
「強がらなくていい。誠太郎は限界なはずだ」
冬至は止まっていた足を動かす。それに対し前進も後進もできない誠太郎は、冬至の挙動に意識を研ぎ澄ませた。
「俺のエラーはお前には似合わない。やめろ、こんなゴミみたいな力なんて知らなくていい」
冬至の本心か、それとも人心を掌握する為の口上か。見分けがつかないまま、誠太郎の指示語は強制的に解除された。
戸田冬至という人間の心をコントロールすることは叶わなかった。誠太郎の心が飲み込まれる。薄っぺらい虚勢が剥がれ落ちそうになる。
体の力が抜け、意識がぼうっとしてきた。
そんな中、漠然と思った。
このまま戦線離脱になるなんてカッコ悪くてあり得ない。
「こっちは冬至君のこと、師匠から任されてんだよ」
そう言うや否や、心の奥底がもやもやする奇妙な感覚があった。
今すぐこの場から逃げ出したいという悲観的な感情が浮かんできたのだ。これは冬至によって変えられた偽りの心だ。飲み込まれないように足に力を入れた。そして顔を上げる。
「だから俺はやめない。さっきも言ったけどさ」
誠太郎の周りには仲間がいた。
次から次へと湧いてくる敵を蹴散らしている地原が、にいっと口角を釣り上げて誠太郎を見た。
「あひゃひゃ! こっちのゴミ共はあらかた倒した!」
誠太郎は無言で親指を立てて応えた。
ぐるりと周囲を見渡す。
冬至と誠太郎の二人を囲むようにして、景吾や湧をはじめ仲間たちが立っていた。
「もう一回やってやる」
誠太郎は再び指示語を発した。
それと同時に動きがあった。今度は景吾を筆頭に、冬至目がけて一斉攻撃を仕掛けたのだ。
冬至が苛立たしそうに舌打ちをするのが聞こえる。
「誠太郎、俺にこんな単調な攻撃は効かないよ」
きゅん、とどこからか可愛い鳴き声が聞こえた。それは空気を切り裂いて一直線に冬至を狙う。その風圧で前髪が大きく乱れていた。
それを気にする暇もなく、火柱と濁流までもが押し寄せてくる。それらが揃って冬至へ届くまであと一ミリというところで、忽然と全ての攻撃が消えた。
「俺に敵意を向けるな」
威圧感に満ちている冬至の声が響いた。
誠太郎は、周囲の状況を見て僅かに目を見張った。
景吾や湧、地原までもが地に膝を付けて首を垂れていた。まるで主人に忠誠を誓う騎士のような光景が広がっている。
これが冬至の指示語によって、強制的に攻撃を封じられた結果だ。
「みんな」
誠太郎は顔を伏せ、ひくひくと肩を震わせる。それから、静かにそうっと笑みを漏らした。
仲間の協力のおかげで、ようやく冬至が誠太郎から注意を外してくれた。
「別に冬至君を力技でねじ伏せようなんて、端から思ってなかったよ。一瞬でいいから、俺が優位に立つための時間が欲しかっただけ」
最初に冬至の力を真似た時、誠太郎よりも先に相手をコントロールできた冬至に分があった。
「相手の心を先に支配した方が当たり前だけど有利だもんね。馬鹿な俺だってすぐに分かったから、ちゃんとやり直したよ」
冬至の注意が誠太郎から外れた瞬間、先に指示語を発して人心を掌握した。そうして優位に立った誠太郎に支配権が移った。
「このクソガキ」
「一週間、冬至君は霊力を使わないでね」
人心を掌握できる範囲は霊力や指示語のコントロール技術に比例する。誠太郎にはこれが精いっぱいだった。
力なく地べたにしゃがみ込んだ冬至を確認する。
誠太郎は肩で荒い息を零しながら、冬至に人心を掌握されたままの彼らの元へ向かう。緻密なコントロールは骨が折れたが、助けることが何よりも先決だ。
ぼうっと虚空を見つめている地原に語り掛ける。
「冬至君の指示語の影響は無くなったからもう大丈夫だよ。本当に俺の指示語があってよかった。じゃなきゃどうにもならなかった」
ぱちぱちと瞬きが徐々に増える。地原の視線が誠太郎に定まってくると、不思議そうに小首を傾げた。
「何があった?」
「みんなのおかげで冬至君を止められたんだ」
きょとんとした表情のまま、脱力している冬至を見つけた地原は、未だに何が起こったか分かっていない様子だった。その間に、景吾たちを順に助けていく。
依然として周囲では激しい戦いが繰り広げられていた。
肩を回してバキボキと骨を鳴らした景吾が誠太郎に問う。
「このまま戸井さんの元へ向かおうか」
「だな」
「待ってくれ」
冬至から制止の声がかかった。
「もう行く意味がなくなる。桜木副隊長を止めることは誰にもできない」
※
巨大で肉厚な花びらを持つ毒々しい紫色の花に、下半身をすっぽり飲み込まれてしまった。
手を花びらの縁にかけて這い出ようと藻掻くがびくともしない。
堂前は焦る。桜木を止めなければいけないのにと。
業火の目前に立った桜木は無感情に言い放った。
「保留は終わりです。まずはこの場所であなたを殺しましょう」
光る玉がふよふよと三人の周囲を自在に舞っている。その一つが業火の肩に止まった。桜木はそれを見て鼻で笑った。
「あなたに不老を与え続けていたこの場所で死のうとしている今、一体どんな気分ですか?」
「僕は死なない」
業火が即答する。
張り詰める緊張感の中、勢いよく飛び込んできた二人がいた。
「隊長、生きてますか?」
「下半身が今にも死にそうだ」
堂前は顔を上げた。
〇番隊の部下二名がそこにいた。