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105/111

105 幻覚の中は彼女のテリトリーです

 一瞬の浮遊感すら自覚せぬ間に空間が変わる。

 血生臭い戦闘に身を投じていた未散たちを嘲笑うかのような、広々としたリビングに降り立ったのだ。

 目の前にある大きなソファから、和装の女性がゆっくりと腰を上げた。

 みこしだ。景吾とまつりが即座に反応を示した。


「こんなにまあ、大勢でお出ましかえ」

 

 袖を口元に当て、視線をねっとりと這わすように横へ動かす。そう余裕ぶって未散たちを出迎えたものの、みこしは内心、動揺を悟られまいと慌てて笑みを取り繕った。


「まだ隠されている場所があるみたいだ」

 

 未散はふい、とみこしから視線を逸らす。

 エラーのコントロールを微調整し、無囲が厳重に作り出した知らない場所を新たに特定する。

 その一連の流れに目敏く気づいたみこしは、半分は諦めの境地に立っていた。

 未散がこの本拠地を見つけてしまった時点で、隠し通せることは何もない。だから、後は体当たりで時間を稼ぐだけだ。


「目的を果たせば、わらわの仲間がここへ戻って来よう。いくら其方でも、戸田冬至をはじめ多数を相手に優位を取れるはずが無いよのう。わらわはそれまでの、ただの時間稼ぎに過ぎぬのじゃ」

 

 みこしにとって脅威は未散のみだと判断した。

 バグを発動させる。


「わらわの幻に溺れるがよい」

 

 久方ぶりの妹と景吾が視界に入る。二人の顔が、周囲にいる人と空間そのものが、ぐにゃりと渦を巻くようにして歪んだ。


「よい夢を」


 二人が生きていて良かった、と零れる本心は袖の下に隠した。

 ざわざわと風が鳴る。

 遥か上空では鳥のけたたましい鳴き声が轟いている。


「ここってもしかして」

「山だな。それもすげえ見覚えがある」

 

 真っ白になった意識が戻ったかと思えば、鼻いっぱいに木々の匂いが届いた。

 誠太郎はきょろきょろと辺りを見回して確信した。ここはバグ討伐部隊の山登りで一度訪れたことがある、あの山だと。

 まつりが注意深く辺りを警戒しながら口を開いた。


「なるほど。この場にいる八人中六人に共通する記憶にあたる場所。情報量が多い分、幻覚をより立体化しやすいのでしょうね。気を付けましょう、見知った場所ですがここは彼女が作ったまがいものの世界。彼女のテリトリーです」

 

 いつの間にか鳥の鳴き声が消えていた。

 爽やかな風が静まった。

 日が急速に傾き、肌寒さを感じる。


「ここから出る方法は?」

 

 誠太郎が問いかけると、地原が手を上げた。


「襲撃された時に戦ったことがある。あの時は力で押した。あいつが幻覚を修正する前に攻撃を続けて、歪ませたんだ」


 単純な根競べなら人数の多いこちらが有利だ。

 陽炎がおもむろにウォーミングアップを始める。地原の目は依然として血走っているし、景吾は早くも鼬を召喚した。

 そんな若い衆に苦い笑みを浮かべたのは未散だった。


「目的はここで力を使い果たすことじゃないんだけどな。私がここから出れば良いんだろうけど、ちょっとなあ」

 

 誠太郎がすぐさま詰め寄る。


「そうじゃん。師匠なら出れるじゃん。何か問題でもあるの?」

「コントロールがしにくいんだよね。今の私じゃ、みんなを連れて出られない」

 

 エラーの力が思うように出せない。百パーセントを出したいのに、八十パーセントのところで見えない壁に疎外されているような気持ち悪い感覚がする。

 その原因に心当たりがあったところで、すぐにどうこう出来る問題ではない。


「みんなを置いて行くリスクは取りたくない」

「じゃあ、早くみんなでここを出よう。師匠が俺らのことを心配してくれてるのは分かるけどさ、俺らも同じ隊員だよ。大丈夫だって」

 

 思っていたより大きな誠太郎の手が、力強く未散の背中を押した。

 かつて堂前に言われたことを思い出す。


「子供はすぐに成長する。大人が思っているよりもずっと考えているし賢いよ。だから大人はその成長を見誤らないように接しないといけない」

「どうやって?」

「よく見とけばいい。危なくなったら助ける。出来ないことが出来たら褒める。反抗期はとことん言い合う。出会った時は未散ちゃん子供だったから、そういうとこ気を付けてたなあ」

「ああ、それであんなにしつこく絡んできたのか。あれはマジでうざかったです」

「ちょっと泣いてもいいかな」

 

 未散はくすりと笑った。

 本当だった。思った以上に子供の成長は早いみたいだ。


「じゃあ早速、お手並み拝見といこうかな」

 

 殺意は感じないが敵意を感じた。

 未散に向かって飛んできた鋭い先端を有する簪が、背後にある木の幹に深々と刺さった。


「絶対倒す」

「おお、怖い怖い」

 

 コロコロと笑いながら姿を現したみこしが、再び簪を放った。

 水で形成された壁が未散たちとみこしを隔てる。簪は自我を失ったかのように地へ落ちた。


「湧、ナイス!」

「これくらいは任せてよ」

 

 髪から一束だけ飛び出した寝ぐせがぴょこんと揺れた。

 たった一人の敵だ。侮るわけではないが、このメンバーで負ける気がしない。

 景吾と鼬による連携プレーの後、畳みかけるように全身が炎に包まれた陽炎が特攻を仕掛ける。みこしは簪で攻撃するか守りに入るかの単調な動きしかしない。こちらの消耗を狙っているのかと未散は邪推する。


「完全に時間稼ぎに撤していますねえ」


 まつりが未散に声をかけた。


「これだけ時間稼ぎに振り切れるなんて、戸田冬至が戻ってくる時間が近いのでしょうか」

「それは困る。善二のところへリンを連れて行かないと。それに、私も個人的に頼みたいことがあるからね」

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