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103 ふよふよな物体と会う

 辿り着いて分かったことがある。

 この建物には強力な結界が張られていた跡があった。今は重たい霊力の名残が、べったりと全体を覆っているような感じだ。


「こちらです」

 

 桜木が正面に立つ。指示語を発し、出現した植物を使って鉄扉を押した。

 金切り声のような音を立てて扉が開く。その中には、現実のものとは思えない幻想的な空間が広がっていた。

 当たりを見渡しながら堂前が進むと、背後で扉が閉まった。


「これは何だ」

 

 呆然としながら、堂前が片手を前に差し出す。

 この空間には、いくつもの光の玉がふよふよと浮いていた。手のひらほどの大きさだ。それが何百個もあるとなれば、本来は窓がなく真っ暗なはずのこの空間も、眩しい程に明るかった。


「温かい」

 

 堂前の手のひらに光の玉が乗った。柔らかな温もりを感じるが重さは無かった。光の玉は気まぐれに点滅している。

 堂前の隣に桜木が並んだ。そこから数歩離れたところに、根っこに囚われたままの業火がいる。

 桜木が口火を切った。


「綺麗でしょう。綺麗ですが、これは愚かさの象徴です」

 

 きっぱりとそう言い切った桜木は、堂前の手のひらに乗る光の玉を払い落とした。

 少し昔話をしましょう。そう続けた桜木を遮るように業火の鋭い視線が飛んだが、ものともしなかった。


「まず初めに謝ります。芽衣は病死したと伝えましたが、あれは嘘です」

「どういうことだ」


 芽衣が消えたあの日。桜木の人生にとって最悪の日、たった一つ決意したことがある。それはこの馬鹿げた世界への復讐だ。


「あの日、芽衣がいないと堂前隊長から連絡があった時に察しました。とうとう芽衣が上層部の手に渡ったと。帰って来ることはないだろうとも思いました。情報班に所属していたから、堂前隊長に警告された後に調べていたんです。上層部が気に入りそうなエラーやバグを持つ者達を。そしたらまあ、行方不明者のなんと多いことか。一つや二つではありませんでした。全データが正しいとは思いませんが、それでもぞっとしましたよ」

「それが事実だとして、病死じゃないなら芽衣ちゃんはどこにいるんだ」

 

 桜木は強張った笑みを堂前に向けた。それからゆっくりと、指先を数多にある光の玉へと向けた。


「この中のたった一つが、肉体を無くしてしまった芽衣ですよ」

 

 ふよふよと浮かぶ光の玉が堂前の目の前を通過する。

 絶句する堂前の背後で、業火が力なく首を垂れていた。

 光の玉を蹴散らすように、桜木はこの空間を闊歩する。


「肉体から純粋な霊力だけを取り出してこの場所に保管している理由。芽衣や堂前隊長のような特性を持つ霊力を上層部が気に入る理由」

 

 二本の指を折り曲げた桜木は、業火の目の前で立ち止まる。


「それはね、老いと死への恐怖を無くすために、愚かな人間が集まって考えた、クソみたいなこのシステムを問題なく稼働し続けるためですよ」

 

 業火は口をぱくぱくと動かすだけだった。堂前の背筋にはびっしりと汗が浮かぶ。けれど聞かねばならないことだけは分かっていた。

 桜木はこうも言った。ここへ種を撒けたのは最近だと。それまでは芽衣がこんな有様になっているとは思わなかったと。


「ほんの一ミリ、もしかしたら、生きているんじゃないかと思ってたんですけどね」

 

 桜木は芽衣が生きている僅かな可能性に賭けていた。それが打ち砕かれた時、どれほどの絶望を感じたのだろうか。この空間を目の当たりにして、どんな感情を持ったのだろうか。

 桜木ではない堂前には分からなかった。けれど、堂前自身が感じているのは途方もない無力感と、じわじわと燃えるような怒りだった。


「桜木春生の狂言を信じるな」

 

 業火が身を捻りながら抗議してきたが、その発言に心を動かされることはなかった。

 はあ、と重たく長い溜息を吐いた堂前は、侮蔑に満ちた目で業火を睨んだ。


「春生が嘘を言ってないことくらい分かる。馬鹿にすんな」

 

 堂前は親指を真下に向け、舌を出して挑発する。なおも食い下がろうとしてくる業火から視線を外し、再び桜木へ意識を向けた。


「なあ春生、教えてくれ。どうして芽衣ちゃんが消えた日、俺には病死だって言ったんだ?」

「僕は芽衣が生きている可能性に縋っていましたが、実際、芽衣が長く生きられる可能性はほぼ無かった。なのに事実を言ってしまったら、優しいあなたはきっと上層部に乗り込んで暴れていたでしょう。目に浮かぶようです。そうなってしまうと、バグ討伐部隊を変えるあなたの夢を白紙にさせてしまうリスクが高まる。それが嫌だっただけですよ」

 

 そうでなくてもあなたは上層部への当たりが強かったですからねえ、と桜木は笑った。堂前は熱くなる目元を押さえて異論を唱える。


「勝手に判断するなよ。ちゃんと報告しろっていつも言ってる」

「すみませんね、当時はまだしがない情報班でしたので」

 

 鼻をすする堂前に向かって、桜木は問いかけた。


「おかしいとは思いませんでしたか? 最先端技術を常に享受できるバグ討伐部隊が、創世の会に実験結果で後れを取っている有様を。そもそも、何年経っても発展しないバグの暴走を抑える技術を。全部、現状維持で良かったからですよ。彼らの最優先はそこでは無いのだから。この事実を知って、堂前隊長の考えは変わりましたか?」

 

 光る玉がふよふよと漂っている。

 眩しいくらい光に満ちた幻想的な空間なのに、今となっては吐き気すら覚える場所となった。

 堂前は目を瞑って遮断する。

 桜木はこの世界を見限って捨てようとしているのだろう。けれど、その中に堂前が大切にしているものがある。それを無視するつもりはなかった。


「ごめんな、春生。俺はお前のように考えられない。でも、俺は俺なりの考えで世界をぶっ壊すと決めた」

「そうですか。それは残念だな」

 

 桜木は言葉とは裏腹に満足気な顔をしていた。

 それから、指示語を先に発したのは桜木だった。

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