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101 カレーパンからの散歩

 いつの間にか桜木の寝息が止まっていた。そろりと見ると、不機嫌な顔をした桜木にしっかり顔を見られていた。


「そんな祈りなんて無くても芽衣は生きるよ。これからもずっとずっと長くね」

 

 シャワー浴びてくる、と言い残した春生を無言で見送る。

 その間に、パンを咥えてご機嫌な様子の堂前が部屋へやってきた。大きなビニール袋で両手が塞がっている。

 芽衣と目が合うなり、もぐもぐと凄まじい勢いでパンを咀嚼し嚥下した堂前は、それからやっと口を開いた。


「おはよう。春生もいると思って、いっぱいパンを買ってきたぜ」

「こんなにたくさん。ありがとう、堂前さん」

 

 芽衣はうっすらと頬を染めて、きらきらとした目を堂前に向けた。

 堂前治良。〇番隊隊長に就任したばかりの年若く溌溂とした男性だ。春生の二歳上だと聞いている。どうやら最近は、朝から晩まで春生に付きまとって副隊長に勧誘しているらしい。


「げ、あんたまた来たんですか」

 

 烏の行水の如き速さでシャワーを終えた桜木が戻ってきた。ラフなTシャツとジーパンに着替えている。


「何だよ、いちゃ悪いか?」

「人の休日を土足で踏みにじるのは言語道断でしょう」


 堂前がいると分かって、あからさまにテンションが落ちている。

 濡れたままの髪などお構いなく、ぐたりとソファに寝そべった。


「こら春生。せめてドライヤーはしなよ」

 

 芽衣から声がかかる。


「僕は自然乾燥派だから」

 

 そう言ったきり黙り込んでしまった。堂前は桜木の背中を指先でつつく。無視される。もう一度つつく。その繰り返しはすぐに終わった。


「本当にうざい。用がないなら帰ってくれませんか?」

 

 苛立ち紛れにバスタオルを堂前の顔面に投げつける。


「あるある! ほら、パン買ってきたんだって。春生はカレーパンが好きだろ」

 

 春生は差し出されたパンを取るとおもむろに食べ始めた。パンに罪はないと自分を納得させる。


「腹ごしらえしたらさ、みんなで散歩でもしようぜ、なあ」

 

 勝手に予定を立てられていく。芽衣と二人でゆっくり寛ごうと思っていたが、そうはいかないだろう。

 桜木は芽衣を横目で見る。嬉しそうに笑う彼女を見て、異論を唱えることは到底できそうになかった。

 芽衣は堂前を見ると元気になる。傍で見ていると良く分かった。


「ああもう、仕方ないな」

「ところで春生君、そろそろ〇番隊へ来る気になったかね?」

「一ミリとて」

 

 途端に目を潤ませる堂前を無視して、てきぱきと車椅子の準備を始める。芽衣を抱えるためにベッドに向かうと、申し訳なさそうな顔を浮かべていた。


「どうしたの」

「せっかくの休日なのに、春生が休めないでしょ」

「気にしないで。気晴らしに丁度いいから」

 

 簡素なコンクリートの建造物が立ち並ぶ単調な景色が外に広がっていた。それでも当たり前に部屋より広い。広い空間で過ごすのは大事だ。何となく淀んでいる思考がクリアになる気がする。


「芽衣ちゃんの調子はどうだ?」

「いつもと変わらないですよ」

 

 車椅子で思いっきりスピードを出したいと申し出た芽衣は、颯爽と一本道を進んでいった。

 その後を二人でゆっくりと追う。


「なら良かった」

「芽衣のことで何かあるんですか? あなたがわざわざバグ隔離施設まで来るなんておかしいと思ってたんですよね」

 

 桜木と芽衣、そして芽衣の担当医以外は知らない情報。芽衣の特異体質について感づかれたかもしれないと不安が募る。


「さすが話しが早いね。どうやら芽衣ちゃんのカルテに上層部が興味を持ったらしい。だから忠告しに来た」

 

 桜木は小さく息を吐いた。どうやらまだ変異については露呈していないらしいと安堵する。それでも厄介なことには変わりないが。


「それってバグの暴走には至らなかったけど、芽衣のバグが発露した時のことですか?」

「そうそう」

 

 芽衣のバグは温かい。芽衣を中心にして広がる霊力でできた壁の範囲内にいる者を保護できる。しかし、バグであるが故にコントロールは皆無。続けると保護範囲に居る者達にも危険が及ぶ。


「春生が怪我したままここに来た時だろ。記録にあった」

「ええ、まあ」

 

 久しぶりに情報班の潜入捜査で大きなミスをした後、芽衣の顔が見たくなってここに来た時のことだ。桜木の姿を見るなりパニックになり、その延長線上でバグが発露してしまったのだ。


「芽衣ちゃんらしい優しい力だよな、本当に。そんな子が上層部に利用されるなんてことあったら駄目だ。おかしいだろ、そんな世界。だから春生も十分芽衣ちゃんの身辺には気を付けろよ。上層部は結界やら治癒の力やらを異常に欲しがる。自分の身の安寧にとことん貪欲な奴らばかりなんだから」

 

 堂前の言葉には重みがあった。

 彼自身、治すことに特化したエラーだ。実際、何度も上層部入りを勧められていたようだが、その度に拒絶しているのを大勢が知っている。


「堂前さんは、とことん上層部が嫌いですよね」

「当たり前だろ。あれは四大一族と複数の特権階級の奴らで成り立っている組織。あいつらは外のことを気にしない。俺らが命がけで救っている数多の人々も、バグだからと殺してきた数多の人々も、あいつらから見ればゴミより軽くなってしまう」

 

 堂前の眼差しに陰りは無い。

 はっきりと未来を見据えている迷いのないその目が、たまに羨ましくてたまらなくなる。


「そんな組織をぶち壊すのが俺の目標だ」

 

 桜木は思わず口元を緩めた。目尻が自然と下がる。


「ずいぶん大きく出ましたね」

「大きいとは思わないさ。俺はただ、どんな命であれ尊く重たいってことが当たり前だと分かる人々と、共に生きたいってだけなんだよ」

 

 堂前の真っすぐな思いが桜木に刺さる。彼を嫌いだと言い切れないのは、こういう所があるからだと改めて思った。

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