4ワン目 自称親父の人攫い
砂漠を馬で抜けると、次第に大小の石が目立つようになった。その先で地面の質が目に見えて変わり、草木が現れる。視界の激しい揺れを我慢していれば木々の隙間に茶色の建物も見えてきた。
近づくと、それが城壁に守られた街であることがわかる。……マジで異世界だな。オレは落胆と感嘆を同時に味わうという珍妙な気分に陥っていた。
門に近づけば、街の奥に巨大な白い城の姿が見えた。城があるってことは当然、王とかが存在するはずだ。つまり、残念過ぎることに貴族階級が存在するのは事実らしい。慎重に動かないと、オレみたいな無力なガキは速攻で死ぬだろう。
この世界の時代が中世寄りであるのなら、人の命が軽く扱われている可能生は大だ。それに比べて、こちらは力も金もない現代っ子。中世時代の歴史なんてテストさえなんとかなりゃいいという意識でいたんだ。ろくに覚えてやしない。
記憶の網に残っているものと言えば、授業で習った内容やテレビで見た知識、漫画や小説、オンラインゲーム、RPG、FGの育成ものから得た知識だろう。そうは言っても、合っているのかどうかさえわからない中途半端な情報だ。
それでもって……オレは後ろに同乗している男に意識だけを向ける。傭兵部隊を名乗る不審者共に連行されてるわけだ。いや、まだ判断するには情報が足りない。
白く頑丈な石作りの城壁は門が開かれ、マントを纏った旅人風の男達や、商人らしき長衣を着た人々を受け入れている。門が近づくと、そのままぞろぞろ歩く人に従って中に入ろうとすると、門の左右に二人ずつ立つ黒い鎧を纏う門番とは別に、門の内側から銀の鎧を着た男が現れて声をかけてくる。
「──待て。その変わった服を着た少年はなんだ?」
「オレの息子だ。仕事に連れて行ったんだが、さすがにまだガキだからなぁ、無理があったみたいで、ごらんの通りくたばってる。道中で吐いちまったもんだからよ、服は仕事先で売っていたのを着せてるんだ」
誰が息子だよ! そう文句をつけたいところだが、ぽんぽんと頭を叩かれる。黙っておけということだろう。というかな、止めろ。ただでさえ慣れない馬に乗せられて酔っているのに、余計に吐き気が……くっそ、誰か水をくれ。げんなりして吐き気を我慢していると、門番の声が少しばかり心配そうに変わった。
「そうか、随分と具合が悪そうだな。まだ子供だろう? 仕事を教えるのは早いのではないか?」
「まぁ、ちっとばかし気が早かったかもしれないな。これからお使いにこの街に来させることもあるだろうから、一つよろしく頼むわ」
「……わかった。気にしておこう。ん? なんだ、犬まで連れているのか?」
真面目そうな兵士は不思議そうにマジマジとダイキチを見つめて、手を差し出した。ダイキチはオレの顔色を伺うように見つめてくる。大丈夫だ、この男は敵じゃない。……少なくとも今のとこはな。
オレがなんの指示もしないので、ダイキチは男の手を嗅いでぺろりと舐める。もともと人懐っこい奴なので、なにもされなければ噛むことはない。
自称オレの親父を名乗った男は、ダイキチと銀甲冑の兵士のやり取りに豪快な笑い声を上げて、スラスラと嘘をつく。
「ふっはははっ、そいつは息子が拾った犬でな。懐いてついて来ちまったんだ」
「……うむ。人慣れした犬のようだが、飼うのなら躾はしっかり行うように。──いいだろう。通ってよし!」
目つきは鋭いが以外と犬好きなのか、銀甲冑の兵士はダイキチの頭をわしゃわしゃ撫でて許可を出す。ダイキチの愛想がよかったおかげもあるかもな。
男達は巨大な門を通り街に入った。そこには中世ヨーロッパのような街並みが広がっていた。赤茶色の煉瓦を重ねて作られた建物が雛段のように連なっている。奥には巨大な白い城も見えた。
オレは揺れる視界の中、街中をつぶさに観察する。歩く人々の恰好は、剣や弓などの武器と簡易的な防具をつけた身に着けている者が多い。人の出入りしている店にはそれぞれ売り物となるマークが掲げられており、一目でわかるようになっていた。それは皮肉にも、兄弟揃ってハマっていたRPGオンラインに出てきたものとそっくりだった。
「あっ、リュヴァルクだぁ!」
「こらっ、失礼でしょ! 家の子がすみません」
好奇心の混じった好意的な視線が男達に向けられている。子供が指をさしたのを母親が苦笑して窘めれば、男達は笑って手を振った。ひっそりと観察していれば、お頭と呼ばれる男が、オレの頭を掴んで左右に揺らす。
「お前もあの元気を見習えよ」
「ぐっ……揺らすな……っ」
「お頭、可哀想だから止めてやれ。こんなとこで吐かれちゃ目も当てられん」
気分の悪さがプラスされて口元を手で押さえていると、ハゲ頭が止めに入ってくれた。というか、どうせ連行するならそっちに乗せてほしい。
「リュヴァルクの皆さん、またお店に遊びに来てちょうだいねぇ」
「いつもご贔屓にしてくださるから、サービスするわよ?」
「オーディスさぁん、待ってますから!」
「おおっ、綺麗どころのお呼びだぜ、オーディス。声をかけてやったらどうだ?」
「……オレは早く帰りたい」
「かぁーっ、余裕見せつけやがって。これだから面のいい奴は!」
気さくに手を振ってくる女達に、傭兵達がにぎやかになった。成金男の荷馬車をまん中にして、周囲を囲んで進んでいるのに陽気な声が飛んでいる。男達は街の住民から好意的に受け入れられているようだ。
馬の歩みは大きな商店の前で馬が止まる。ここが目的地だったようだ。傭兵達に守られていた荷馬車から、男が下りてくる。
「ふぅ、ご苦労だった。ギャングワニが出た時はどうなることかと思ったが、腕は確かなようだな。次があったらまた頼んでやらんでもない。──おいっ、この者達に報酬を渡せ。それから、荷物を下ろす人手を集めて来い!」
「はいっ、旦那様。すぐにご用意を!」
店のガラスを拭いていたようで、汚れた布を持った使用人が慌てて店の中に入っていく。それにしても大きな店だな。周囲の店と比べても二倍の大きさはある。この男はただの成金ではなく商人としてそれなりの力があるのだろう。
使用人が布袋を持って戻ってきた。その後ろからぞろぞろと質素な服を着た男達が現れる。さっそく荷を下ろす作業に入った男達に指示を出しながら、男はさっさと店の中に入っていく。
「こちら、報酬となります。主をお守りくださり、真にありがとうございました。またご依頼するやもしれませんが、その時はどうぞよろしくお願いいたします」
「そいつは報酬料と依頼内容次第だな。さぁ野郎共、ホームに帰るぞ!」
【おおっ!】
野太い声が上がり、再び馬が動き出した。道なりに馬が進んでいく。走り出さないので揺れが軽くて助かる。口元を押さえていた手を外して空を見上げる。そのまま深く呼吸を繰り返していると、そこにあるはずのものがないことに気づく。
ここには地上三十階なんていう高いビルも、空を遮る電線もない。唐突に腑に落ちた。そうか。ここは……本当にオレの知らない世界なんだな。
「どうした坊主?」
「……いや。あんた達の家ってどこなんだ? まっさか山ん中で人を襲う山賊みたいなことをしてるんじゃないよな?」
「こらこら、まったく口の悪い坊主だ。オレ達は人様に迷惑かけるような暮らしはしてないぞ。いいとこだから楽しみにしとけ。オレ達のホームを見せてやる!」
にかっと笑いながら顔を覗き込んでくる男に、オレは冷凍庫並に冷えた目を向けてやった。