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21ワン目 おもちゃの剣

 香ばしい匂いににんまりしながら、オレはフライパンのベーコン華麗にひっくり返した。


「こいつはいい感じに焼き上がったな。そんじゃあ、次は目玉焼きにチーズをのせてっと」


「キュフッ、フスッフスッ」


「なんだ、早く欲しいって? ダイキチの分もちゃんとあるからな、今は待て、だ」


「ワフンッ」


 ダイキチが自分用の皿をくわえてくると床に置いて、行儀よくお座りをした。匂いに煽られて腹が空いてるらしい。朝から食欲旺盛なのはいいことだが、早起きをしたせいでキッチンからかすかに見える窓の外には夜の色が残っている。体感的には四時くらいだろうか。昨日はあのまま風呂にも入らずに爆睡したから、変な時間に起きてしまった。ジュライとカナンはまだベッドの中だろうな。


 オレはダイキチ用に水を注いだ小皿を隣に置いて、焼いていた骨付き肉を皿に入れてやる。異世界産だから鳥の種類はさっぱりわからん。だけど、味はイケる。ダイキチがもういい? というように視線を上げてきた。正直な尻尾がパタパタと床の上をモップがけしていて、笑っちまう。


「ダイキチ、よし! オレも食うかな。……いただきます」


 合図してやるとダイキチは喜んで皿に頭を突っ込んだ。ガツガツ食べているのを横目に、オレは食パンにスライスしたトマトとベーコンに、チーズがとろけた目玉焼きを挟む。ハンバーガーもどきの完成だな。ついでに半分残ったトマトときゅうりを食べやすく切って、ダイキチにも出してやる。野菜も食わせないと健康に悪いしな。


 オレは両手を合わせて食事の挨拶をすると、片付けの手間を考えて行儀が悪いが、キッチンでキューリをボリボリやりながら、ハンバーガーもどきにかぶりつく。ベーコンの塩気とチーズ、それにトマトの酸味がいい感じに交わって口の中を刺激する。


「おっ、我ながら美味いな! 料理は母さんに任せっきりだったけど、少しは腕があがったか。毎朝アディアの手伝いをしていたおかげだな」


「わふっ」


「いい出来だって? ありがとな」


 オレはダイキチに冗談交じりの返事を返しながら、朝食をたいらげていく。腹が満足すると、きっちり食後の挨拶をして頭を回し出す。


 さて、せっかく早起きしたわけだから、こう言う時こそやるべきことをやっときたいところだ。オレにとって生きるということは最優先すべきことだ。つまり、文字を覚えることは絶対に必要だよな。けど、師匠であるゴズバルが口煩く言っていたように、体力づくりだって二の次に出来ない。


 この異世界では自分の身体さえ一つの武器となる。今のオレの身体は、玩具の剣みたいなもんで、振り回すだけで簡単にぶっ壊れる使えない武器だ。だからこそ、鍛え上げて、玩具の剣から本物の剣に進化しなきゃいけないわけだ。


 それに、ジュライやカナンと同じ量だけ鍛錬しているだけでは、いつまで経っても二人には追いつけないだろう。スタート地点が違うのだからこれは当然のことなんだけど、いつまでもそれを理由にするのは、ただの言い訳だ。


「今まではそれでもよかったけど……この世界ではこれが一番ダメな考え方だよなぁ」


 オレはぼやきながら振り返る。今まで、努力って文字が浮かぶほど、全力でなにかを頑張った記憶は正直言うと、あんまりない。兄貴と弟が喧嘩したり競ってたりしてたから、オレ自身は逆にそういうのが面倒倒臭くて避けていたんだよな。いつも、この程度でちょうどいいだろって感覚あって、それ以上を望むことがなかった。


 この考え方を変えるべきなんだよな。物凄く客観的に判断して、オレには似合いもしないが、努力ってもんが今こそ必要だ。オレはう~んと悩みながら腕を組む。やることも考えることも山ほどある。どこから手をつけたもんか。


 ダイキチがなにを思ったのか、骨の残った皿をためらいがちに鼻先でそっと押し出してくる。いつもは骨にも噛みついているから、オレを元気づけようとして差し出してるのか? 


「気持ちだけもらっとくから、お前がかじっとけ」


「アフッ」


 そう声をかけてやると、ダイキチが上機嫌に骨を抱え込んでかじり出す。そのとぼけた顔を見ていると、ひらめいた。──……そう言えば、体力を増やすには走るのがいいって、サッカー部の友達に聞いたことがあったな? だから、野球部とかサッカー部の奴はグランドの中や校舎の外をいつも走っているんだって。


 オレは自分の記憶を掘り返して総合的な判断をする。そこに希望交じりの楽観的な予想はいらない。欲しいのは客観的であり純然たる事実の組み合わせから成る結果だ。目を閉じて記憶の底を探っていると、友達の言葉を証明するように、テレビで見たプロスポーツ選手のトレーニングにランニングマシーンを使っていたことを思い出す。



「どういう内容だったっけ? なんかサッカー選手の密着取材みたいなやつで……え~っと、確か……あっ! 【一定の速度を保った状態で走る】って話してたんだ。いや、待てよ? それってどんくらい走ればいいんだ?」


 しかし、一番肝心なところが、ぼやけてる。そもそも話していなかった可能性もあるな、これ。仕方ない、物は試しだ。ひとまず出来るとこを繋いでやってみるか。

オレは皿とフライパンを片付けて、着替えとタオルに水筒をリュックに突っ込むと、ダイキチの背中にくくりつける。


「自分の身体で実験だ。いくぞ、ダイキチ」


「キャフンッ!」


 風呂はその後だ。オレは玄関で軽く準備体操をすると、明るくなり始めた空を見ながらダイキチと一緒に走り出した。とりあえず、第一実験として、森を二時間走ってみるか。

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