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2ワン目 少年、食いしん坊犬と異世界に落っこちる

「ワフッ」


「果物? 見たことない形だな」


 大きさは片手でつかめる程度で、表面がすべすべしている。だが、土の中に埋まっていたわりには根っこらしきものがない。まさか、誰かが埋めたのか? そんなわけないよな。


 果物を手にとって眺めていると、再び自分の掘った穴に下りたダイキチは、また新しい果物を加えて戻ってくる。そして、勢いよくかぶりつく。


「ダイキチ!? バカッ、止めとけっ、毒があるかもしれないだろ!」


「ワフン?」


 オレが止めたら不思議な顔をして、一瞬止まるものの、再びむしゃっと食いついく。そして、オレの顔を見てまた止まり、ちょっとだけというようにぺろりと舐めている。


「意地汚いぞ、つまみ食いみたいにすんな!」 


 犬や猫には食えないものがあるからこっちは心配してるのに、ダイキチはとぼけた顔で未知の果物を貪るのに夢中だ。果汁のかすかな甘い香りが辺りにふわりと漂う。


 ごくり。唾液を飲み込んだオレは、思わず手の中の実を見つめた。これだけダイキチが夢中ってことは、ものすごく美味いんじゃ……。迷ったものの、結局は喉の渇きに負ける。


「……一口だ。一口だけかじって、まずそうなら止めよう」


「ワフッ!」


 このまま飲まず食わずでは遠からずぶっ倒れる。オレは思い切って、未知の果実に食いついた。ダイキチも同時にかじりつく。途端に口の中に溢れる濃厚な果汁に我を忘れた。りんごみたいな食感なのに水分は豊富なようだ。渇きを十分すぎるほど満たしてくれる果汁をごくりと飲み込む。


「なんだこれっ? うまっ」


 疲れがとれて、不思議なほど身体が楽になる。失っていた水分が全身にいきわたっていくようだ。夢中になって貪ると、あっという間に未知の実は薄皮一枚になる。オレは果汁でべたつく口を手の甲で拭うと、ようやく一息つく。


「やばいな。マジで美味かった。もっとないのか?」


 皮を捨てて、オレはダイキチが掘った穴に下りてみた。腹は少し落ち着いたが、今日の飯さえあてがないのだから、謎の実をあるだけ取っておきたい。


「ダイキチ、それ食っちまったら手伝ってくれよー?」


「ワフンッ」


 穴を覗き込んでみる。灰色の砂漠の下は渇いた茶色の地面があり、その下は柔らかな土質のようだった。不思議なのは、なぜ砂漠の砂が灰色なのかということだ。灰色の砂漠なんて聞いたことがない。胸を乱す疑念を無理やり頭の隅に追いやり、オレはひとまず食料の入手を目標にする。


「う~ん、手で掘るしかないか。お前の鼻が頼り──……なんだ?」



 音が聞こえたわけではない。気配を感じたわけでもない。しかし、オレは周辺の空気にどことなく違和感を覚えて、穴の底で空に顔を上げた。雲が薄く広がった空は晴天。太陽の位置は傾いているから、昼過ぎだろう。空気が妙に静かだ。


 先ほどもけして騒がしかったわけではないが、生き物が息をひそめているような感覚がある。すると、ゴゴゴゴゴッと重い石を動かすような音と、地面が小刻みに揺れ動く。


「ウウーッ」


 地震!? ……いや、違う! 滅多に威嚇なんてしないダイキチの唸り声を出している。おまけに震動で砂が頭にパラパラ降ってきた。オレは埋まる前に慌てて穴を這い出すと、音が聞こえる方向に顔を向けて耳をそばだてた。


「砂漠に放り出されたと思えば、今度はなんだよ……っ?」


 目の上に手をかざして目を眇める。目はいい方だ。遠くからもうもうと砂煙が上がっているのが見えた。その中でなにかが急激な早さで近づいてくる──……って、


「はぁっ!?」


 砂煙の中から飛び出してきたのは、巨大なワニだった。飛んでもない速さでこちらに向かっている。


「はああああああーっ!?」


 腹の底から全力で叫んだ。ワニが砂漠を爆走しているのだ。……いや、待て。オレが知らなかっただけで、そういう進化をしていたのかもしれない。ワニの生息地は沼地なはずだ。だからもしかしたら、近くに沼地があるだけで、こいつはたまたまそこから出て来たと考えれば、どうだ!? 混乱しながらも、なんとか落ち所を探していると、ダイキチが激しく吠えたてた。


「ワンッ、ワンワンッ」


「考えてる場合じゃない、マジでやばいぞ! 戻れっ、ダイキチ!!」


 オレを守ろうとしたのか、ダイキチがワニの前に飛び出していく。勇ましく吠えたてているが、体格差は相当なものがある。オレはダイキチを連れ戻そうと後を追いかける。ようやくダイキチの首を掴んだところで、目の前には、オレ達を喰う気満々のワニの巨大な牙が迫っていた。


 このままじゃ、まとめて喰い殺される! オレはダイキチの首をつかんで自分の後ろに引っ張り込むと、来るだろう激痛に身を固くして目をきつく閉じた。


 その瞬間、瞼の裏に閃光が弾け、バリバリバリバリッと鼓膜が破れそうな音が響いた。


「……今のは……っ!」


 音が消えたのでおそるおそる目を薄く開くと、オレとダイスケの足元からほんの五十センチほど手前で、巨大なワニが口を閉じて動きを止めていた。その全身からバチバチと青い電撃が走っている。この晴天にどこからか雷でも落ちたのだろうか。なんにせよ、間一髪で助かったようだ。


 安心して思わず砂漠にへたり込む。心臓がぶっ壊れそうだ。思わずダイキチを抱きしめる。


「……ダイキチ、お前なぁ、危ないことをするなよ」


「ワフ?」


 オレが心配しているのに、ダイキチときたら不思議そうな顔をしている。……わかってるよ、お前はオレを守ってくれようとしたんだよな。ダイキチから手を放したオレは、身ぶるいを隠せなかった。ワニのデカイ口から覗く凶悪な牙を見れば、運よく助かっただけで、死んでいてもおかしくなかったのだ。今さらになって、恐怖がじわりと頭に沁み込んでくる。 


 わしわしとダイキチの首を掻いてやりながら、そっと安堵の息をつく。すると、耳がなにかを砂に打ちつけるような音を拾う。オレとダイキチが警戒していると、巨大なワニの後ろから派手な髪色の逞しい身体つきの男達が馬に乗って現れた。

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