13ワン目 リュヴァルクの子
翌朝、居候先の玄関を開くと、傭兵部隊のおおよそ七割が不在のホームはいつもの賑やかさが消えていた。どの家にも人気がなく、いつも家々から立ち上っている朝食の煙も少ない。人気がないとこうも違うもんか。
 
玄関先からちらりと外の様子を眺めて、オレは足元に触れた柔らかな温もりに目を落とす。ダイキチだ。昨日さんざん言い聞かせたから理解はしているらしく、主を見送りに来ているみたいだ。尻尾を緩く振るダイキチの鼻筋を掻いてやりながら、オレは言い聞かせておく。
 
「お前は留守番だ。放し飼いでも平気な世界とはいえ、街の治安はこの目で見ないと判断がつかないからな。今日からしばらくはアディアもガオスもいない。ダイキチ、家の守りはお前にかかってるぞ」
 
「ワォンッ」
 
「任せとけって? じゃあ頼むぞ、ダイキチ。行ってくる」
 
オレはお座りしたダイキチに手を上げて玄関を出た。ゆるく周囲を見回して、なんとなく物足りなさを覚えたまま、足早に集合場所へと向かう。
 
リュヴァルクのホームは周囲を灰色の煉瓦調の壁で覆っているだけで出入り口には門がない。それは誰に侵入されても撃退するだけの力があるからだという。大した自信だよな。とはいえ、魔法が往来する世界だ。用心の為に門を閉めたとしても、ぶっちゃけ、ゴズバルのように魔法を使われたら、一発で肝心の門が終わりそうではある。
 
気を取り直して視線を前に向けると、集合場所としたホーム前には、すでにジュライとカナンがおり、ブンブンと手を振っていた。
 
「早いな、二人とも。そういえば、二人は同じ家に住んでいたな。一緒に来たのか?」
 
「オレが一番だぜ。ソージ、お前さては今日が楽しみで眠れなかったんだな!」
 
「そんな無邪気な時代はとっくに過ぎ去ってる。普通に熟睡してたんだよ。待たせて悪いな」
 
「無邪気な君って……ふふっ」
 
「その笑い方で、オレのことをどう見てるのかがよくわかるな」
 
「違うよっ、馬鹿にしたわけじゃないからね!? だって今の落ち着いた君には、無邪気って言葉が似合わなくてさ。でも、あれだけ毎日厳しい鍛錬をしているんだから熟睡しても無理もないよね。僕も兄さんに起こしてもらって目をしょぼつかせながらようやく起きたもの」
 
「そりゃあよ、カナンが甘ったれた弟なだけだろ」
 
「ううっ、ジュライだっていつもは寝ぼけまなこじゃないか。今日に限って誰よりも早起きしていたのは、君こそ楽しみで眠れなかったせいだろ?」
 
「ふんっ、オレはそんなにガキじゃねぇ!」
 
「そうか? オレの目には二人とも今朝は浮足立っているように見えたが」
 
当然のように四つ目の声が混じり、二人の後ろから現れた影が現れる。カナンの兄オーディスだ。
 
「なんであんたがここに? リュヴァルクの傭兵部隊はほとんどが討伐任務に出たぞ。あんたはなんで行かなかったんだ?」
 
「頭から頼まれごとをして残った。今回は、お前達と一緒に行動する。よろしく頼む」
 
カナンと似た面差しをしているが、目の色が違う。こっちは赤い瞳の持ち主で、傭兵部隊きっての美形野郎だ。顔立ちがいいってので、ところかまわず女に騒がれているらしい。悔しそうにライズがぼやいていた。そんなオーディス自身は真面目な堅物で、弟を非常に大事にしている。
 
「あんたが監視役ってわけか」
 
「いいや、どちらかと言えば保護者だろう。それに今回は──……」
 
なにかを言いかけたオーディスをジュライが語気荒くさえぎる。
 
「保護者なんかいらねぇよ! オーディスだってオレ達のお守りなんて役目はごめんだろ? それにこれまでだってオレは一人で街に行ってたぜ。あんたこそ、今からおっさん達を追いかけちゃどうだ。オレ達は別にやましいことをする気はねぇからよ」
 
「そこは信用している。しかし、お前達三人の現在の立ち位置は【リュヴァルクの子】なんだ。そのことをよくよく理解しておいたほうがいい」
 
「……オレ達になにかあった時はリュヴァルクが表に立つということか」
 
「そうだ。お前達が【子】ならリュヴァルクは【親】となる。ここではそういう決まりなんだ」
 
「なるほどな。だから、あの反応になるのか」
 
傭兵部隊のほとんどの人間が親しげに話しかけてくるのも、なにくれとなく世話を焼こうとするのも全員の意識がオレ達を守るべき相手として見ているからだろう。なんつーか、気恥かしいような、むず痒いような妙な感じだな。元の世界でだって家族以外にこんな感覚を覚えたことはない。友達や他人と接するよりも距離感も近いのだ。
 
「リュヴァルク傭兵部隊は全員が仲間であり友であり家族だ。そういう考え方の頭を中心に成り立っているから、ここでは誰かが困っていれば全ての仲間が助けようとする。もちろん個々が自立した人間だから、甘えを許しはしないが。お前達が理不尽な理由で傷を負えば、オレ達は剣を手にして助けに向かうだろう」
 
「わっけわかんねぇわ。ずっと思ってたんだけどよ、なんでそこまでするんだ? 子だなんだと言ったって所詮は他人の寄せ集めじゃねぇか」
 
「その言い方は酷いよ、ジュライ!」
 
「じゃあ、違うって言うのかよ? 全部本当のことだろうが」
 
実の親に売られそうになったジュライからすれば、他人の寄せ集めなのに実の親よりも気にかけられているということが信じられないのだろう。馬の上にいるため、余計に顔が見えないが、カナンの言葉に噛みつくほど気が立っているようだ。
 




