12ワン目 三人と一匹の約束
「オレが母ちゃんの再婚相手と上手くいってなかったせいだろうな。小金持ちの弱っちい男でよ、オレに力では勝てねぇからって、言葉遣いがどうの躾がどうのと偉そうに説教垂れてくるから嫌いだった。……それで、ある夜に喉が渇いて目が覚めたら、母ちゃん達がこっそり話してるのが聞こえてきた。義理の兄貴に薬代がかかるから、オレを捨てるべきだとよ。母ちゃんはそれを拒否しなかった。だから、お望みどおりに出て行ってやったまでよ」
強がっていても家族に捨てられそうになったのだ。なにも感じないはずがない。オレは慰めと称賛を込めてジュライの肩を叩く。
「よく耐えたな。お前は強い奴だ」
「ふんっ、これからもっと強くなってやるぜ」
「その状況じゃあ、持ち出せる金もろくになかったんじゃないか?」
「あの男のコレクションから金目のもんをぶんどってやってな、それを売った金と野草とかかかじって道中はなんとかしたんだ。でも、街に着く頃には、ふらふらだったぜ。それで、腹が減って死にそうだったから、おっさん達が通りかかった時に、ガオスの財布を狙ったんだ」
「よくあいつを狙おうと思ったな? オレなら絶対に避ける相手だぞ」
「腹が減り過ぎてて、そこまで頭が回ってなかったんだよ! 今思えば当然だけど、やっぱ初めてやるわけだし、上手くいくわけねぇよなぁ。そんで捕まって、ここまで連れてこられたってわけだ」
「ある意味運がよかったんだね」
「そうだな。……もし、他の奴を狙っていたら、お前は死んでいたかもしれない」
「ハゲ師匠にも同じことを言われたぜ。だが、オレは死なん。リュヴァルク傭兵部隊で名を上げてオレを捨てようとした奴らを見返してやる!」
「そっか。それが君の目標なんだね。僕と兄さんは商家の生まれだけど、両親が亡くなった時に店も土地も全部借金で取られてしまったんだ。それで、兄さんと外に働きに出ることにしたんだよ。だけど、勤め先のご主人と上手くいかなくてね」
「なにがあったんだ?」
「僕は要領が悪いから、人目のないところで殴られていたんだ。それを知った兄さんがすごく怒ってね、ご主人をボコボコにしちゃったんだよ。当然仕事はクビ。そういう理由があったから、次は雇い主が一つにならないギルドで働くことにしたんだ。そこで初めて一緒に仕事をしたのがリュヴァルクの人達でね、僕らの事情を知って仲間に誘ってくれたんだよ。あの人達には本当に感謝してる。鍛錬は死にそうなくらいきついけどね?」
カナンが柔らかな表情で肩を竦める。苦労してきた分だけ、リュヴァルクという居場所が救いになっているのだろう。
オレは納得して深く頷いた。
「カナンもジュライもそうやって生き抜いて来たんだな」
「ソージは? 君はここに来る前はなにをしていたの?」
「……ここじゃない世界で、戦いや魔法とは無縁の中学生活を送っていたよ」
出来るだけさらりと伝えれば、二人の顔がポカンとしたものに変わった。それが当然の反応だよな。オレが二人の驚きの波が治まるのを待っていると、ジュライが怪訝そうに首をひねり、口をもごつかせる。
「ちゅーがくせいって、なんだ?」
「僕も聞いたことがない。それに違う世界って……? えっと、つまりどういうことなの?」
「頭から否定しないだけ柔軟だな」
オレは元の世界のことを二人に話して聞かせた。ここにはないルールによって成り立つ世界。魔法は存在しないが電力というものがあったこと。飛行機や電車という乗り物のこと、人々の暮らしぶり、子供が通う学校について、そして、オレが暮らしていた国が平和であったことを。
「魔法がないのに空を飛ぶ乗り物があって、三十階も部屋がある建物があるのか!? すげぇなっ、お前の世界!」
「まったく違う世界が存在するなんて……」
「とても信じられないか?」
「いや! いや、信じるよ。ソージはこういう嘘はつかないでしょ? 短い付き合いでもそのくらいはわかる」
「根が正直者なんでね」
オレは温泉のお湯で顔を洗って一息つく。……信じてもらえたんだな。それでオレの状況が変わるわけじゃないが、信じてくれる相手がいるだけで肩の荷が少しばかり下りた気分になる。
突然、ジュライが勢い余ったように温泉から立ち上がった。目を剥くようにオレを凝視してくる。
「お前っ、もしかして帰れないんじゃねぇの!?」
「正直なところ、わからないんだ。唐突にこっちに来たからな、明日帰れるかもしれないし、一生こっちで生きていくのかもしれない。ガオスもオレに起こった現象は聞いたことがないらしい。けど、リュヴァルクはいろんな場所から仕事受けるから、どこかで手がかりがつかめるかもしれないとは言われた」
「じゃあ、ソージもその情報を探すつもりなんか?」
「オレの問題なのに人に任せて放置はなしだろ。まずは準備だ。身体を鍛えて仕事について行けるようになったら、どこにだって自分で行けるからな」
「それなら僕も一緒に探すよ」
「オレもやってやる!」
「ありがたいけど、いいのか?」
「まだ正式にリュヴァルク傭兵部隊に入ったわけじゃないけど、僕はソージとジュライのことを仲間だし友達だと思ってる。だから、君の助けになりたいよ」
「あのハゲに一発いれることだって出来たんだ。オレ達三人が揃えば、なんだってやれるだろ! なぁ、この話はオレ達だけの秘密にしようぜ。仲間と秘密ってなんか楽しいだろ?」
ジュライが歯を見せて笑う。悪ガキめいた笑顔にカナンが楽しそうに頷く。そこにダイキチが傍によってきて寂しげに鼻を鳴らした。
「キュヒンッ」
「ダイも仲間に入れてほしいの? じゃあ、三人と一匹の秘密だね!」
「……ダイキチ共々これからよろしくな、カナン、ジュライ」
オレは顔を寄せてくるダイキチの首筋を撫でながら、二人に笑いかける。それは、異世界で心強い味方が出来た瞬間だった。




