11ワン目 三人と一匹の約束
「兄貴ってのは、やたらと大きく見えるもんだよな。オレにも兄貴がいるから気持ちはわかるよ。追いかけても追いつけない背中を見てると、悔しくなるんだ」
「ソージも僕と同じようなことを思ったりするんだね」
「そりゃあな。けど、お前と兄貴は同じ人間じゃないんだから、同じようにする必要はないだろ。オレ達はオレ達のやり方を探せばいい」
「うん、そうだね。……あのさ、ソージにずっと聞こうか迷っていたことがあるんだ」
躊躇いを滲ませながら切り出したカナンに、オレは気だるい目を向けた。男にしちゃ優しい顔が真剣だ。こいつは思慮深い部分があるから、オレの最大の隠しごとにうっすらと気がついていたのかもしれない。
ソージもジュライもいい奴だ。鍛錬中には助けられることも多い。だから、この二人になら事情を説明してもいいと思っていた。ガオスに相談して許可は得ている。オレは、肯定の視線をカナンに向け──かけたところで、ジュライが話をさらっていく。
「そういえばよ、明日は鍛錬が休みだしみんなで街に行かねぇか? ソージはホームに来てから一回も外に出てないだろ」
「正確には、休みの日に動けるだけの体力が残ってなかったんだよな」
「今ならいけるだろ。たまには一緒に遊ぼうぜ!」
「ちょっと! 僕が話してるのに横入りはずるいよ!」
「なんだよ? もう終わってたんじゃねぇの?」
「どこを聞いてたのさ。今まさにこれからだよ!」
「だったらさっさと話せよな! ぐだぐだしてんじゃねぇよ。面倒くせぇ奴」
「ジュライなんて、僕やソージより絶対に脳みそ少ないくせに!」
「どんな暴言だよ! お前よりあるわ!」
「ないね! 絶対に君の方が一周り小さい!」
「やーめーろーっ、どっちの脳みそも同じくらいだ!!……いや、オレも言ってることおかしいな」
「ワフゥ」
ダイキチが返事をするかのように鳴く。不思議なことだが、最近はオレの言葉を理解している気がする。鬼軍曹の鍛錬でダイキチの頭も鍛えられてるのか? さすがに、そんなわけないよな。
「とにかく、二人ともお互いに手を出すのはなしだぞ。ボコボコになるのはお前らじゃなくて、間に挟まれたオレだからな! カナンの話なら風呂で聞くよ」
「話してくれるんだね?」
「ああ。二人には元からそうするつもりでいた。だけど、オレがする話は他の奴には言わないでほしい。お前達二人を信頼して打ち明けることだからな」
「そんなに大事なことなのか?」
「聞けば驚くこと間違いなしだぞ。世界がひっくり返った話だよ」
「よくわかんねぇが、すごそうだな。わかった。オレは絶対誰にも言わねぇ。カナンもそうしろよ?」
「僕は口が固いからね。うっかり言いそうなのは君の方でしょ」
「オレは言わんと決めたら死んでも言わねぇわ!」
今にも髪の掴み合いでも始めそうな光景にデジャブを覚える。……ああ、そうか。わかったわ。まだ、たった三カ月なのに、二人に兄貴達を重ねて見ていたんだ。なに懐かしがってんだよ、オレ! これじゃあ、まるで帰るのを諦めてるみたいじゃないか!!
オレは両腕を二人に預けたまま、夕暮れから夜へと変わり始めた空を睨む。自分に腹が立ったのだ。なんにもせずに諦めることは絶対にしない。諦めるのは、オレがそれに納得した時だけだ。自分自身にそう言い聞かせて、腕に添う温もりに意識を向ける。この二人はオレとダイキチが違う世界から来たって言ったら、信じてくれるだろうか?
獣道を抜けると、硫黄の香りが鼻に届く。その先には、天然物の温泉のお目見えだ。リュヴァルク傭兵部隊はこの温泉を風呂として利用している。もともと風呂好きなオレにとっては、毎日温泉に入れるこの状況だけは最高と言えるものだった。
ガオスは温泉があったからここに拠点を構えたらしい。と言っても傭兵だからずっと同じ場所には留まらずに、何年かすると違う街に移動を繰り返しているようだ。
男湯と女湯が分けられているわけではないので、時間を分けて入浴する決まりだが、この時間帯はだいたいいつもオレ達の貸し切りとなる。
ダイキチの背中から荷物を解くと、オレ達はさっそくアディアに貰った固形石鹸で頭と身体を洗った。普通の石鹸ならギシギシしそうなのに、この世界の石鹸は特別なのか、髪が軋まない。便利なもんだな。
ついでに、ダイキチの身体もお湯で流してやって、オレ達三人は温泉に飛び込む。全身の疲れが湯の中に溶けだしていくような気持ちよさだ。
ダイキチは温泉には入らずに、ぺたりと身体に張り付いた毛をブルブルと身体を震わせて水気を払い、離れた草の上で伏せの姿勢を取る。硫黄の匂いは平気でもお湯は苦手だからだ。
そういえば、ダイキチを洗う時はいつも大仕事だったな。兄貴が逃げ出そうとするダイキチを押さえて、オレが身体を洗って、弟の誠也がタオルで拭く。そうやっていつも兄弟で協力していたのだ。
温泉の中で身体が温まったせいか、頭もほぐれたらしい。とりとめのないことばかり思い出す。センチメタルに浸るような繊細さは持ち合わせてなかったはずなんだが。オレは肩まで湯につかりながら縁部分となっている丸い石に頭を乗せた。上向けば、星がよく見える。
一番強く輝く青い星はなんて名前だろう。そんなことをぼんやりと考えていると、お湯を掻くように寄って来た二人が物言いたげな視線を向けてきた。オレがくつろげる時間はまだお預けか。
「……質問なら受け付けてるぞ」
「それなら僕からいいかな? ソージ、君はどこから来たんだい?」
「砂漠でガオスに拾われた」
「オレもその口だぜ! オレの生まれはラウス山脈の麓の田舎町。去年口減らしで捨てられそうになったから、自分から家をおん出てやったんだ」
「口減らしってのはよくあることなのか?」
「ううん、今はそうそうないと思うよ。だって、減らすより働かせた方が家の為になるでしょ? ジュライの場合も口減らしって言うのは口実で、本当は別の理由があったんじゃないの?」




