10ワン目 三人と一匹の約束
オレとダイキチが異世界に飛ばされて、そろそろ三カ月が過ぎる。その日の夕方、の鍛錬場では三人と一匹が息も絶え絶えに転がっていた。
「はぁ……はぁ……もう指一本……動かしたくねぇわ……」
「僕も、もう……げ、限界……」
「……情け、ねぇな……オレはまだ、いける……っ」
「ワフゥ……」
ぐぐっと体に力を入れて起き上がりかけたジュライが、再びべしゃりと地面に落ちた。全身が熱を持っていて、自分でもわかるほど汗臭い。そんなオレ達にゴズバルが激を飛ばしてくる。
「おらっ、今日の鍛錬は終わりだ! 明日は休みにするから、いつまでも転がってるな。陽が暮れちまうぞ」
「なにっ、休みだと!」
「本当にいいの、ゴズバルさん?」
飛び起きたジュライとカナンに、ゴズバルが鬼軍曹の顔に戻る。
「なんだ、ジュライとカナンはまだ余裕がありそうじゃないか。素振りをもう千本やっとくか?」
「嘘だろぉ!?」
「嘘でしょぉ!?」
「がはははっ、冗談だ! 身体を扱くだけが鍛錬じゃないぞ。たまには休ませてやらないとな。それに、オレもガキのお守りばかりをしてるわけにはいかねぇのよ。明日から、しばらく傭兵の仕事に出るんでね。その間は、これまで教えたことをしっかり繰り返しておけ。──ソージ、お前は体力がないのが一番の課題だ。わかってるな?」
「あんたが帰ってくるまで、体力づくりにも力を入れとく」
「そうしろ。さぁ、わかったら、全員とっとと湯を浴びてこい!」
ゴズバルに激を飛ばされて、オレ達は全身を夕暮れに染めながら、ゾンビみたいによろよろと立ち上がる。知らない奴が見たら、まんまホラーだろうな。オレ達は鍛錬場の片隅に置きっぱなしにしていた水袋から交代で水を飲むと、着替えの入った布袋をダイキチの背中にくくりつける。疲れているところ悪いが、オレ達は自分の身体を動かすのも一苦労なのだ。特に一番体力が貧弱なオレは、カナンとジュライに支えられながらホームの入り口側へと移動する
「あら、お疲れ! 今日も頑張ってたみたいね」
庭先に干していた洗濯を取り入れていた女──サランが声をかけてくる。今日は緑の髪を編みこんでお団子にしているようで、オレンジ色の瞳を悪戯っぽく細めている。女の中でもひときわ小柄なのが特徴で、面倒見がよさは傭兵部隊の中でも一番だろう。オレ達のことをなにかと気にかけてくれている。それにつられたように、洗濯場にいた他のやつらがぞくぞくと集まってきた。
背中を流れる豊かな黒髪に灰色の瞳の持ち主はザナ。この世界には魔道具があるため、洗濯も魔力を入れて使うことが多いようだが、彼女は水魔法が得意なので、彼女が洗濯場にいる時は、だいたい魔法で洗っていることが多い。
「ソージはまだ体力面に不安があるわね。見るからに辛そうだけど、大丈夫?」
「……はぁ、それ、おっさんにも言われてる。オレの課題だと」
「今日も面が死にかけてるもんなぁ。こんなんで傭兵部隊でやってけるのかよ~?」
ゲラゲラ笑っているのはオレとの賭けに乗った男の一人、リッカンだ。茶色の髪に灰色の瞳の皮肉屋。からかい交じりの言葉を投げかけてはくるが、オレにお古の布リュックをくれた奴だ。口は悪いけど、オレ達をよく構ってくるし、以外と綺麗好きで傭兵の仕事で留守の時は家の掃除を頼まれたりもしている。
「ふんっ、リッカンよく見ろよ! ソージは自分で足を動かしてんだぞ!!」
「そうですっ、最初の頃に比べたら成長してると思います!」
「初日はおんぶだったもんなぁ。あれは笑ったぜ~」
「まだガキなんだからそりゃ仕方ねぇよ。オレはお前らみーんな、よく頑張ってると思うぞ! なんにしてもお疲れさん。ゆっくり身体を癒してこいよ」
ライズが底抜けに明るい笑顔を見せる。この人は赤茶色の髪に茶色の瞳の持ち主で、体格のいい傭兵団の中でも背が高くて猫背ぎみだ。コミュニケーション力が高いようで、いつも人の輪の中にいる。そしてそんな周囲の傭兵達が口をそろえて言うのが、とにかく家が汚いということ。片付け苦手を自称するだけあり、コレクションとゴミがごっちゃになっているのだ。
アディアを筆頭に女傭兵達がキレて、この三か月間でオレ達は五回も片付けの手伝いに駆り出されている。その分、二回目から代金を払ってくれているから、いい小遣い稼ぎではあるが……たぶん、六回目の呼び出しも近いな。
ここでは男女関係なく傭兵だ。恋人同士や夫婦は同じ家に住んでいるようだが、どこまでも気さくで距離感が近い。ソージの服やコップなどの生活用品は、全て彼らのおさがりや好意で買い与えてもらったものばかりだ。その代わりに、鍛錬が休みの日は出来るだけ手伝いを買って出ているが、未だにその見返りを求めない態度には戸惑うことが多い。
オレ達は傭兵達と別れて、ホームを抜けると丘を下っていく。木々の間の細道を進みながらカナンがしみじみと言う。
「今日もよく生きてるよね、僕達。ここに来てから命のありがたみを毎日感じてるよ」
「人間ってのは、どんな状況でも順応していく生き物だからな」
「そうなんか? じゃあ、ソージも順応してるってことだな! 歩いてることもそうだけどよ、最初の三日は鍛錬後に寝落ちしてたのも、今はしなくなったじゃねぇか。それに、あのハゲの背後を取りかけた! お前が入るとなんであんなに違うんだ?」
「ソージが僕達の司令塔になってくれているからだよ。君もそうだろうけど、僕もすごく動きやすい。作戦を入れて指示してくれる人がいると、こうも違うんだね。ソージ、君はすごいよ」
カナンの素直な目がきらきらと尊敬を向けるように輝いている。オレは面映ゆさを感じて目を前に向けた。そんなにベタ褒めされるほど優れているわけじゃないからな。
「オレ自身は御覧の通り体力もなきゃ力もない。唯一使えそうなのは頭くらいだから、必死こいて考えてるだけだ。お前達の協力がなかったら一発いれるどころか、また寝落ちコースだろ。この情けない恰好を見ろよ。今も二人に助けてもらわないと、満足に一人で川へ行くことも出来ないんだぞ」
「君は恰好いい人だね。僕の兄にちょっと似てるよ。兄さんは強いけど、それをひけらかしたりしないんだ。それにいつだって冷静で……それなのに、僕はいつも足を引っ張ってばかりだから……」




