1ワン目 少年、食いしん坊犬と異世界に落っこちる
「いってぇっ!」
まるで落とし穴にでも落ちたみたいだった。
突然の落下に目を閉じたオレは、打ちつけたケツの痛みに悲鳴を上げる。ケツを擦りながらよろよろと起きれば、目の前に光景に目が点になった。砂・砂・砂ぁぁっ!! 一面の灰色の砂はどこから見ても砂漠である。
「いや、なんでだよ」
思わず自分に突っ込んで、茫然と目の前の砂の塊を見つめた。
オレ、五山総持は横暴な兄貴とちゃっかり者の弟に挟まれて育った、ごく普通の、いや、わりかし図太い系の中学二年生である。
切るのが面倒だったから、ちょっとばかり髪は長いがそれ以外はその辺にいそうな外見だ。二個上の兄貴は突然モヒカンにするようなぶっとんだ奴で、一個下の弟は甘え上手。なにかと間に挟まれることが多いオレは、自然とそこそこ図太く、また冷めた奴と言われる性格に育ったわけである。しかし、そんなオレでもこの異常な状況には動揺するしかなかった。
空には太陽が仕事に精を出しているのに、オレはといえば、黒い半袖にダメージジーンズにスニーカーという、砂漠に来る気がなかったのが丸わかりの恰好でただクソ暑い中を突っ立っている。しかも、持っていたのは、スマホでも財布でもなく、手に巻きついていた少々お馬鹿な愛犬ダイキチの首輪だけだ。
「本人、いやこの場合は本犬か? どこに行ったんだ? オレはあいつと散歩に出た途中で、神社のお供えものに鼻を利かせたて涎を垂らした食いしん坊を必死に止めていたはずだ。それが鳥居の中に入った途端に、なんで砂漠のど真ん中でケツを痛めてんだよ」
ぼやきながら周囲を見回すものの、自分以外の生き物がまったく見えない。青く高い空とじわじわオレを焼こうとする太陽がうっとうしい。
「ダイキチー?」
返事はないだろうと思いつつ愛犬の名を呼んでみると、上から小さな音が降ってきた。疑問に思いつつ吸い込まれそうなほど広い青空を見上げると、黒い点が大きくなっていく。
「ワフーンッ!」
「あっぶねぇっ!!」
反射的に身体が動き、愛犬を受け止めるべく両手を伸ばしてスライディングする。思ったよりも衝撃が少なかったので助かった。砂煙がもうもうと立ち込めた中、口に入った砂をぺっぺっと吐き捨てながら、腕の中に余るほどの巨体できょとんと間抜け面を晒すシベリアンハスキーに脱力する。
「お前なぁ、あんな高いとこから落ちたのに危機感はないのか?」
「ワフ?」
「ワフじゃねぇから。まぁ、無事でよかったよ」
三歳のダイキチは人間ならば大人だろうが、状況を理解していないのだろう。オレの腕の中で大人しく尻尾を振っている。そんなダイキチの頭を撫でて首輪をつけてやりながら、オレはこれからどうしたものかと頭を抱えた。
食料もなく、水もなく、おまけに暑い。こんな砂だらけの場所で干からびたように死ぬのはごめんだが、この緊急事態をどう乗り越えたらいいのだろう。考えこんでいると、ダイキチが鼻を空に向けてふんふんとうごめかせた。飯の匂いでも感知したのか? それならぜひとも教えてくれ。このままじゃ、オレもお前も飢え死に一直線だぞ。
「ワッフッワフッ」
「飯か? マジで見つけたのかよ?」
「ワッフンッ」
尻尾をぶんぶん振りまくって、ぐいぐいと手綱を引っ張られた。ダイスケは早く早くと催促するように、オレをきらきらした目で振り返る。この反応は食い気を発揮した時の顔だ!
オレは周囲に人がいないことを確認すると、手綱を離して食いしん坊犬を解き放つ。途端に、ダイキチは飯を求めて勢いよく走り出す。オレはそれを後ろから必死こいて追いかける。本当は体力を消耗したくないんだが、食料を手に入れることは最優先だ。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「ワフーンッ!」
ダイキチの雄叫びが砂漠に響く。くっそ、中二舐めんなよ! 気合と根性で走り続けること体感で十五分ほど。汗をかき、足が砂に埋もれそうになりながら、必死に足を動かす。ただ走るのとはわけが違う。砂はまるで重りだ。そのキツさに限界を感じ始めた頃、ダイキチのスピードが落ちて、ゆっくりと足が止まった。
「はぁっ、きっつい運動だな。って、結局なんにもないぞ。お前、なにに反応したんだよ?」
ダイキチはだらりと舌を出してへっへっと呼吸をしながら、くるくるとその場を回って、鼻を砂すれすれに近づけている。毛皮があるぶんお前の方が熱そうだな?
気温は高くないとはいえ、日差しに焼かれ続けた身体が重い。オレは砂がつくのも構わずにごろんと砂場に横になる。喉が乾いた。このまま寝たら死ぬだろうな。疲れに痺れた頭でぼんやりしていると、いきなり砂をかけられた。
「ぶへっ。ダイキチ、なにするんだよ!?」
「ワフワフワフッ」
オレの声も聞こえてないのか、勢いよく前足で砂を掻き出している。シュババババッと砂を掻き出してオレの身長くらい掘り進めると渇いた地面が露出した。ダイキチはその土を掘り出して鼻先を突っ込んでいる。
一緒に覗きこんでみると、顔を上げたダイキチの口には丸くて緑がかった白い実があった。ダイスケはそれをオレのもとまで運んできて、行儀よくお座りする。