255話 プルルン進化論?
トンテンカン――プルン、トントンカン――ニュッ!
今日も今日とて、規則正しく建物を建てる音が聞こえてくる。
ん? 違う? そうじゃないだろって? いや、通常通りだが。
間のプルンやニュッは違うだろうって? 間違ってはいないんだよなぁ、これが。
話は半月ほど前に遡る。
「大使館移行用の書類? 直ぐに必要なのか?」
「直ぐではありませんが、冬には各国とも色々と書類を片付けねばなりませんでしょうから。本来ならば、戦後処理の書類は、直ぐにでも片付けたいでありましょうが、年に一度の収穫祭がありますので」
「うちはどうするんだ?」
「首都で行うのは不可能ですから、夕食時に酒などですね。休みに関しては無しで行きますが、少し色を付けます」
「わかった。各領内は例年通りだな?」
「はい。直轄領に指定してある、元からあった村についても同様です。但し、今年は国からの援助は無いとだけ通告は出しましたが」
「うーん、移らないだろうか?」
「他領への移民ですか? それはどちらでも構わないでしょう」
「どうして、そう思う?」
「簡単な話です。1年我慢して、直轄領としての暮らしに移るか、耐えきれずに目先の利益で移民するか。どちらにしても、こちらに不利益はありませんから。おっと、話が逸れました。移行用の書類ですが、数日はランシェスに滞在なさって処理して下さい」
「ブラガスは?」
「こちらで色々と。何故か分かりませんが、工期が進めば進むほど、書類が増えるんですよ」
「まぁ、色々と前倒したからなぁ」
そんな話をした後、婚約者も現地残留組とランシェス移動組に数日別れて移動した。
残留組と移動組の内訳は、肉体労働派か頭脳派の違い。
それで察して欲しい。
あ、ランシェス貴族と王族組は強制連行になってるから安心してくれ。
数日は滞在になるし、実家にでも顔を見せに行って欲しい。
「サボりませんよね?」
「リリィ、この目がサボるような目に見えるか?」
「見えますね。狩りに行きそうな目をしてます」
信用度全く無し! 泣いて良いっすかね?
「リリィ、安心して下さい。リーゼさんもいるのですから」
「そうですよ。私がいるからには、書類なんて直ぐに片付きますから、デート三昧です」
「私も残るべきですね」
「あの、早く終わったなら、帰るべきでは?」
ミリアの言葉は正論なのだが、文系婚約者達はストレスもあるだろう。
毎日毎日、俺の手伝いをしてくれて、書類と格闘しているのだから。
まぁ、だから分けたってのもあるが。
そんなわけで、リーゼが先陣を切って、もの凄い速さで書類を終わらせてしまった。
1人分ではなく、全員分を含めて。
その日数、わずか二日である。
滞在日数は1週間なので、何も無ければ、5日は休養に回す予定だった。
実際には、3日潰れたとだけ言っておく、主に俺の休暇が。
用事が入ったのは、休暇三日の事だった。
「ん?」
「ラフィ様?」
「珍しいな、スライミーからだ」
「本当に珍しいですね」
念話による連絡だが、スライミーからの連絡は本当に稀有だったりする。
リーゼが珍しいというのも、連絡相手の名前をあまり聞かないせいでもあった。
なので、ミリアとリーゼの2人を連れたデートは中止となり、急ぎスライミーが率いるスライム達の元へと向かう。
ただ、リーゼとミリアは買い物していても良かったんだが?
「不謹慎かもしれませんが、面白そうなので」
「稀有であるスライミーからの連絡、私、気になります!」
ミリアは面白そう、リーゼは知識欲全開で付いてくることに。
あ、リリィ達ランシェス組は、滞在中は実家です。
全員が、実家からの勉強をさせられているらしい。
何の勉強は聞いてないから、内容は知らんが。
情報はファスクラ軍務卿からだとも言っておく。
あのおっさん、脳筋かと思ったんだが、何気に頭が切れるんだよな。
流石は軍閥の大物貴族なだけはあるわ。
そんなわけで、スライム達の楽園となった土地へ来てみたのだが……なんじゃこりゃあぁぁぁ!?
「スライムが大量に……」
「危険は……なさそうですが、住みづらそうですね」
「何があったんだ?」
歩くのが困難になりそうなほどの、スライムの数に言葉が出てこない。
ただ、基本は、どノーマルのスライム達か? 後、肝心のスライミーは何処にいるんだ?
周囲を見渡すと、小山になっているスライムの群れが小刻みに上下に動き出し、少し待つと中からスライミーが姿を見せた。
一体何をやっていたんだ?
「普通に埋もれてたんだよ」
「そうか、埋もれて…………ん?」
「えーと……」
「う、そ……」
「「「キャァァァァッ! シャベッタァァァァァァ!!」」」
スライミーが普通に喋ってきたことに驚き、天変地異の前触れではないかと思う程であった。
それは俺だけではなく、きっとミリアやリーゼも同じ気持ちだったに違いない筈。
「喋ったくらいで何さ、失礼な人達だな」
スライミーがちょいオコしてるが、今まで念話でしか話せなかったやつが言っても説得力皆無である。
だが、スライミーもその事に気付いたのか、あっ! って声を出した後、黙り込んだ。
微妙に気まずい空気が流れる中、我を取り戻したリーゼが、スライミーに詰め寄る。
身体強化魔法を使ったかのような速さであったが、全くそんな事は無い。
それなのに、そう思わせるような動きに、思わず苦笑いせざるを得ない。
それはスライミーも同様で、圧の強くなったリーゼにもう少し離れる様にと言うが、聞いちゃいねぇよな、リーゼ。
「近い近い近い! もっと離れて!」
「ぐへへ、良いではないか、良いではないかぁ――あべしっ!」
「興味津々なのはわかったから、ちょっと落ち着こうな」
見ていられなかったリーゼの奇行と言動に、思わず脳天チョップをして黙らせてしまった。
珍しい? うん、言うな、俺も分かってる。
ちょっと動揺してしまったんだ。
だからさ、そんな怒らずに、許してくれよ、リーゼさんや。
「痛かったです。もの凄く痛かったです。女性には優しくしないと、私はダメだと思うのですが?」
「うん、俺が悪かったから、顔を近づけて圧するのは止めような? あんまり近づくと、キスしたくなっちゃうから」
「しても良いですよ」
「え、見られながらが好きなの? 俺はやぶさかでもないが」
「後で二人っきりでしましょう。勿論、部屋の中で」
恥じらいが出て来たようなので、どうやら冷静さを取り戻したみたいだ。
後、部屋の中でキスをするのは避けられんらしい。
何故って? ミリアも参戦してきたから。
「仲が良くて、羨ましい限りだよ」
「元はといえば、お前のせいだからな」
とは言え、キスをせがまれて嫌な男などはいないので、棚ぼたと言えばそうだろう。
最近忙しすぎて、婚約者らしい事すら満足に出来ていなかったからな。
今回だけ、感謝はしておいてやる――が、それはそれ。
どうして念話ではなく、普通に話せるようになったかは聞いておかなければ、いらん面倒を巻き込みかねない。
「つうわけで、吐け」
「吐くも何も、原因はそっちだからね」
「どういう事だ?」
スライミー曰く、進化があったそうだ。
それも、スライム科○○目とかの種別ではなく、種族全体に対しての進化らしい。
では、どう進化したのか聞こうとしたら、その前に――と前置きされてから、爆弾を落とされた。
「僕、マスターの眷属になってるから」
「はい?」
「だから、対等から下僕になったって事。まぁ、それが進化した理由の一つではあるけど」
なんとなぁく、いつも爆弾を落とされてる陛下の気持ちが分かった気がする。
予想外の斜め上過ぎる爆弾を落とされる気持ちって、こういう気持ちになるんだなぁと。
どういう気持ちかって?
嘘だろ? 嘘だと言ってくれっ! って気持ちだな。
とりあえず、一度冷静になろう。
落ち着け、まだ焦る時間じゃない。
「まず二つ質問。一つは、なんで俺の眷属になってるのか。もう一つは、なんで普通に話せてるのか」
「二つ目の何で話せてるかについてだけど、それは眷属になったからだよ。正確には、空気摩擦数と魔力を合わせて、聞こえるようにしてるだけ」
「なんで以前は出来なかった?」
「そのスキルを持っていなかったから」
「……もう一つの質問には?」
「二人に聞かせて良いの?」
「問題無い」
こちらの返答を聞くと、スライミーは眷属化について話し始めた。
そもそも眷属化した理由だが、それはスライム達の庇護にも関係している話だった。
まず大前提の話に戻るが、スライミーはスライム達にとっての神に等しき存在だ。
故に、スライム達はスライミーの眷属とも言えるのだが、その眷属を俺が保護した上で庇護している。
次に、スライミーはこの土地にいるスライム達の指導者でもあるが、俺との立場は対等である。
ここまで整理すると、眷属になる過程が見えないのだが、問題は一ヶ月半前に遡る。
喰邪神との決戦日だ。
俺が完全原初化した時、スライミーとの対等だった立場は崩壊したそうだ。
原初とは、あらゆる神の上位存在。
それはスライミーも例外ではなかったそうで、眷属であるスライム達から選択を迫られたそうだ。
種として眷属となるか、神を含めて眷属となるか。
この眷属化には大きな違いがあって、種として眷属になった場合、スライミーの眷属からは外れることになる。
スライム達はスライム達で、希薄な自我ではあるが、自分達を守ってくれていたスライミーに恩義を感じてはいたので、なるべくならばスライミーの眷属で居たいと懇願した結果が、今の現状だそう。
「眷属の願いを切り捨てるのもね、なんだかなって」
「それで、俺の眷属になったのか。で、リエル君、何か弁明は?」
強制顕現でリエルを顕現させて、さっさと吐けと急かす。
俺はスライミー以下スライム種の眷属化に許可をした覚えなんて無いからな。
どうせリエルが一枚噛んでいるんだろう。
「まぁ、受諾はしました。ですが、それはスライミーからの申し出だったからです」
「他意は無いと?」
「マスターに誓って言います。今回は何もしてません」
「スライミー」
「なに?」
「変な声とか、聞こえなかったか?」
「んー……眷属になる事を決めた時に、受諾しましたって聞こえたくらいかなぁ」
「わかった」
リエルへの疑いを解いて、顕現を解除する。
なんか猛烈に文句を言っていたが、今までが今までである。
その事を一から説明してやろうかと言ったら、リエルは黙って消えた。
流石に反論できないと悟ったからだろうな。
とりあえず、先に確認したい事は聞いたので、次だ。
「で、このスライム達の数は?」
「呼んだ本題はそれだよ」
スライミーが言うには、希薄だった自我が強化されたらしく、人語も理解し始めてるとの事だった。
但し、あくまでもスライミーを指導者としているこの土地のスライムだけらしい。
「テイムしたら、ここのスライム達と同じになるよ。時間は多少必要だけど」
そう言われて試そうとしたが、止めた。
理由としては単純で、捕まえに行く時間が惜しいのと、多少と言ってる時間に違いがあるとわかったから。
スライムの寿命というのは多岐に渡り、短命で1年~2年ほどだが、種進化した場合、最長だと何百年と寿命を持つ個体もいるそうだ。
平均寿命は35年程だと言われたが、この土地のスライム達だと20年位らしい。
「それでさ、マスターたちに助けられた事は覚えてるんだよ」
「まぁこっちも助けて貰ってるから、そこはおあいこじゃね?」
「一部の――というか、ドリンクスライム達だけだね、こっちは。それでさ、他の子達も何か役に立ちたいみたいでさ」
「気持ちは嬉しいが……」
「言いたい事は分かるよ? でさ、その気持ちが高まって、気が付いたら産まれちゃってさ」
「うん?」
スライミーの話で分からない事が出来たので聞いてみる。
俺が知るスライムの増え方――いや、一般的に知られている増え方は分裂だ。
何故分裂するかは諸説あるのでこの際置いておくが、産まれるのは聞いた事が無い。
そもそも、雌雄があるのか?
「雌雄は無いけど、産める方法はあるんだよ。基本は禁止だけど」
「禁止の理由は?」
「産まれたばかりのスライムって、なんて種族名になるか知ってる?」
「いや、知らん」
「普通に、ベビースライムとかですか?」
「スモールスライムという線もありますよ」
ミリアとリーゼが答えたが、ミリアが正解であった。
そして、それが禁止理由でもあった。
「分裂って、言ってしまえば複製と変わらないんだよ。今までの経験、スキルなんかも持ってるんだけど、進化はしづらいんだ」
「……おい、まさか」
「そのまさかだよ。ベビースライムは、人間の赤ん坊と変わらないと思ってくれて良いよ。本当に真っ白なんだ」
「経験もスキルも無いから、産まれても生き残る率が少ない訳か。わざわざ危険を冒してまで産まなくても、分裂で種の存続は可能。だから基本は禁止か」
逆に言えば、進化の道筋は無限大って事か。
そういや、ベビースライムって個体なのか?
「ベビーは個体だね。成長するにつれて、群体になるよ」
「もう一つ確認。群体にならないスライムは居たのか?」
「過去にはいたよ。希少金属系のスライムとかだね。乱獲されて滅んだけど」
ふむ……つまりは、絶滅種が復活できる可能性もあるのか。
そういや、絶滅種の寿命って何年位なんだろうか?
「万年単位だけど? 金属系は寿命が長いんだよ。代わりに、個体のままってデメリットがあるんだけどね」
「復活は?」
「させない方が良いよ。争いの元になるから。どうしてもって言うなら、数は少なくして、目の届く範囲に置く事だね。そうじゃないと、僕が許さない」
「俺、国興すんだけど、その王族専用ってのはどうだ? 形状変化とかできるんだろう?」
「出来なくはないけど、元になる形状の武器を食べさせてから、形状変化ってスキルを獲得するまでに何十年かかるかな?」
「……復活させるにしても、相談し合って煮詰めてからだな」
「その方が無難だね。それでさ、他のスライム達なんだけど」
「仕事がしたいとか?」
「役に立ちたいかな? 報酬とかは必要無いし」
「それはダメだな。働いたなら、見合う報酬は貰うべきだ。種族間で違うのは困る」
「じゃ、その子達が欲しがったもので。基本は食料かな」
うち、暫くの間は衣食住完備なんだけど。
しかし、どこにどうやって配置させようか? 建築業とか無理そうだし。
そういや、どの程度の重さまでなら持てるんだろうか?
「木材くらいなら、数体いれば運べるよ。ただ、もう少しだけ人語の理解力は必要かも」
「ふむ。なら、俺が居る間は屋敷で働いてみるか? それで、理解力の良い奴は、帰る時に連れて帰るってのはどうだ?」
「それは良いね。それで、帰るのは何時?」
「3日後」
「マスターって、意外と鬼だって言われない?」
「言われた事は無いかな? そういや、スライミーはどうするんだ?」
「僕? 産まれたての子たちが居るからさ。スライムには親子の概念が無いから、面倒見ないと」
「他のスライム達と一緒にか?」
「そうなるね。まぁ僕らは、水と日光、後は魔力があれば生きていけるからさ」
「欲しいものがある時は言えよ? 都合が付けられる物だったらだけど」
「月に一度で良いから、魔物肉かな。出来れば、それなりに魔力の豊富なやつか、魔石持ちのやつ。後は希少系かな?」
スライミーからの要望に応えてやれそうな魔物って持って……いるな。
黒竜の死骸とか、他にも沢山あるわ。
「とりま、これとかどうだ?」
「黒竜の死骸? これ一体あれば、数年は何もいらないね」
「じゃ、これで。ああ、そういや、住む場所変えたりするか? 俺、ほとんどこっちに来なくなるぞ」
「本格的に来なくなりそうになったら、移動でお願いしたいかな。今はお互いに大変でしょ?」
スライミーの言う通り、確かに大変かもしれん。
落ち着いてからの方が良いか。
その後も、煮詰めるだけ煮詰めて、人語理解力の高いスライムを引き連れて、今に至るという訳だ。
治水工事とかもかなり楽だったな。
主要河川は早急に治水工事を終わらせて水路を引いたりしていたが、急ぎでない河川に関しては後回しにしていたからな。
それを人員削減して、代わりにスライム部隊を派遣して、治水工事のやり方を教えたら、直ぐに出来るようになって、頭の良い個体は、応用や効率化まで考えるようになったからな。
今じゃ、図面させ見せれば、スライム達だけで治水工事を終わらせられるという。
一応、最終確認の為に人は回さんといかんが、最低人数だけで済むようになったわ。
まぁ、護衛部隊の人員数は変わらんけどな。
建築業に参加してるスライムや、炊き出し準備を手伝うスライムに、書類運びをするスライム等々、我が国はスライムも住人として受け入れてるな。
移住組も受け入れてるし、問題は無い――。
「お館様、またサボってるのですか? スラッタ殿に言われてきてみれば」
「サボってる様に見えたら心外だな。ちょっとだけ考え事をしていただけだ」
「30分、微動だにせずに、スラッタ殿が触手で突っついても応答なし。岩に幻影でもかけて逃亡したのかと思いましたよ」
「ちっ、その手があったか」
「やったら、お休み減らしますから。それと、スラッタ殿には臨時報酬です」
「扱いの差よ」
「そう思うのでしたら、心配になるような行動は控えて下さい。そうでなくても、書類が減らない……いえ、増えてるのですから」
「増えてる? 嘘だろ?」
「主に私が処理する分がですよ。陛下の書類は、今から1割程度増えますかね」
「増えるんかい!」
「7割増しよりマシかと。それとも、陛下が手伝って下さいますか?」
「部下の仕事を奪うのは良くないから、謹んで辞退させて頂く」
「そうでしょうね。でしたら、1割増しくらい可愛いものでしょう?」
「ソダネ」
こうして、スライム見張りが誕生もしていた。
そして、以上のやり取りがあった1週間後、八木達が帰還した。
かなり満身創痍で。
一体何があったのか、非常に気になるのだが、第一声は――
「任務完了ですよ、鬼畜陛下このやろう!」
であった。
いや本当に、マジで何があった!?




