239話 それぞれの想いと決意
予約日時を一日間違えてました。
すみません。
戦争が始まって二か月半、季節は既に夏である。
学生たちは夏休みに入り、帰省する者が多くいるだろう時期。
俺達はようやく、遠目ではあるがダグレスト王都が見える位置へと到着した。
平原を挟んだ王都側の丘には、ダグレスト正規軍が布陣しており、手ぐすね引いて待っている様に見える。
こちらも直ぐに陣地構築を始め、到着当日は睨み合う形となった。
そして夜を迎え、俺はジャバと共に食事を取りながら話をしている。
「敵さん、慌てていませんでしたね」
「軍人ってのは、極小確率も視野に入れはするからな。向こうさんからしたら、その極小確率が当たった様には感じているはずだぜ」
「動揺、してますかねぇ」
「多少は、な。ただ、先の対軍戦程の動揺はねぇだろうぜ」
ジャバの言葉に、ちょっと唸る俺。
捨て駒部隊戦では、黒幕に情報を渡さない為に、敵諜報部隊は徹底的に殲滅している。
索敵や炙り出しをする程、徹底的にだ。
進軍する先々には、村や街があるから、噂が流れるのは仕方ないと割り切ってもいる。
より正確に言うなら、真偽の分からない噂での情報攪乱作戦を実行したと言っても良い。
黒幕は、精々踊ってくれ――とか思っていたわけだが、多方面から『やり過ぎだっ!』と、怒られていたりもする。
主に軍部の現場上層部から。
「噂だけにしちまうと、情報操作とか出来ねぇからな」
「それは俺も反省してるって。言われて初めて、あっ……ってなった位だからな」
「まぁ、結果から見れば最良だったけどな」
ジャバの言う最良――変に情報操作をしなかった事が功を奏して、逆に相手の動きを封じた件だ。
ジャバ曰く、「自分で頭が良いって思ってる奴ほど、噂での判断が出来ねぇんだよ」って事らしい。
激しく同意だ。
次いで「本物の天才は、噂で逆撃してくるしな」とも言われた。
これにも同意はする。
するのだが、そんな簡単にできるものなのだろうか?
「実際にやった奴が、歴史書に載ってたりすっからなぁ。つか、学校で習うと思うんだがよ」
「俺、地味に忙しかったから……」
学院なんて、ほぼ在籍してるだけの存在だったしな。
幽霊部員ならぬ、亡霊生徒とか言われてたのを思い出す。
あれ? なんか雨が降ってきたかな?
「あー……なんかすまん」
「後でクッキー祭り……」
「それだけはやめろっ! マジでやめろよっ!! あ、一つ貸しでどうだ!?」
「ジャバに貸してもなぁ……」
「無理難題じゃ無けりゃぁ、傭兵国王として返すから!」
「まぁ、それなら」
言質、頂きましたっ! 因みに、嘘泣きならぬ、嘘雰囲気でっす。
色々と考える事が出来たので、味方を増やしておこうと考えた結果、今の作戦を決行したのだよ! 監修はリエルさんだったりする。
……ドヤ顔してそうだなぁ。
その後は他愛無い話をしがら食事を済ませ、就寝……する前に、蛍から呼び出される。
なんだろう? 不良に体育館裏に呼び出されてる感じは……。
「来たぞ」
内心、恐る恐るしているが、声をかける。
声をかけられた蛍が振り向くのだが、少し幻想的であった。
月の光を背に佇んでいる蛍は。
「ありがと。それでさ、聞きたい事があるんだけど?」
「答えられる内容なら」
ミリア達にも話せていない事があるので、あくまでもミリア達に話した範疇でならと、釘をさす。
その言葉に、分かっていると言わんばかりに、ちょっとだけ不機嫌になる蛍。
うーん……女心って、難しい。
「で? なにが聞きたんだ?」
「この後の話よ」
「どの後だよ」
わざと惚けてみる。
多分、蛍が言っているのは、戦争終結後の話だろう。
こちらが勝つと、確信している……いや、自身に言い聞かせて行動しているからの発言だと推測する。
視線を逸らさずに見つめ合う俺達だが、いきなり溜息を吐かれた。
なんで?
「ミリアとなに話したのよ」
「秘密」
「……あんた、昔っからそうよね。肝心なことは絶対に話さないの」
「そうか?」
「そうよっ。でもね、今後の話は、皆の生活にも影響を及ぼすってわかってんの?」
「わかってるよ。だから、悩んでる」
本当に悩んでる……やるか、やらないかで。
そんな俺をジッと見た蛍は、近づいて来て……右ストレートを繰り出してきた。
いや、あっぶねぇだろうが!
「ちょっ、おまっ、何すんだよっ」
「ちっ、外したわね。てか、余裕を持って躱した奴が文句言うなっ!」
「いや、普通は言うだろ。……はぁ、ほんっと、昔から変わんねぇなぁ」
俺が真剣に悩んでいると、昔から暴力に訴えてくるんだよなぁ、こいつ。
それで、なんど気絶した事か……。
今となっては、良い思い出か? ……良くはねぇか。
「ほんとさ、なんでいつも暴力なん?」
「うっさいバカ蒼。ちゃんと周りに相談しろって言ってんのよっ」
「それと暴力の紐づけが分かんねぇんだけど?」
「一度あたま空っぽにして、相談しろって言ってんのっ! いつもいつも、一人で抱えすぎなのよ、あほぅ……」
「いっ!?」
あほぅと言いながら、泣き出してしまう蛍。
流石に焦る。
いや、こう言うの苦手だから、マジでどうしたら……。
「ちょっ、泣くなって。別に抱え込んでいねぇからさ」
「嘘やっ……あほぅ、ボケェ……」
「なんで関西弁なんだよ」
軽くツッコんでから、どうにか宥めにかかる。
つか、よぉく考えてみたら、蛍が泣く事って、あんまないかも知んねぇな……キレてんのは良く見るけど。
……そういや、前世で蛍が最後に泣いたのって、俺を慰めてくれてる時だっけか? それ以降は、見てない気がする。
「ほら、もう泣くなって」
「ぐすっ……じゃ、ちゃんと話しなさい」
「そこは別の話だな」
「あ、あんたねぇ……」
「ちょっ、まて、ほんとに待てって! 話さないとは言ってないだろっ!?」
蛍の右手に魔力が集まりだしたので、慌てて止める。
マジの右ストレートは勘弁願いたい。
「まだ、話す段階じゃないってだけだからっ。戦争が終わったら皆にも話すからっ!」
「本当に?」
「マジで! もう何にでも誓うぞ!」
「じゃ、ミリアに誓って」
「なんでそこでミリア!?」
「神様より、正妻様に誓った方が効果的でしょ」
「……反論できねぇ」
確かに、神に誓うよりミリアに誓った方が嘘は言えねぇわな。
ヴァルケノズさんが知ったら、なんか卒倒しそうな気がしなくもないが。
しかし、うーん……いっそ、皆を交えて話すか? 俺自身、結論が出てねぇから、ランシェス部隊だけにはなるけど。
「皆を交えて話すかぁ」
「それなら、百歩譲ってあげるわ」
「なんで上からなんだよ……」
「あんたには、上から話す……」
「ん?」
(何で言い淀んでんだ、こいつ?)
少し待つ事、口をもごもごさせていた蛍は、意を決したかのように大声で話し始めた。
周りに誰もいなくて良かったと思える声量で。
「よ、嫁が必要って事よっ!」
「うぉっ!」
「ふ、ふんっ」
照れ隠しなのか、恥ずかしいのか、そっぽを向く蛍。
どこのツンデレさんですかね? あ、睨まれた。
「あんた、マジで一度死にたいらしいわね?」
「それ、冗談になってねぇからな? お互い一度死んでんだし」
少しの沈黙、そして、どちらともなく吹き出して笑う。
お互い笑い合った後、俺は蛍に向けて手を差し出し、手を重ね合う。
「お嬢様、エスコートさせて頂きます」
「きもっ。でも、有難く受け取るわ」
「キモいは酷くね?」
なんて軽口を叩き合うも、しっかりと恋人繋ぎで手を握り、ミリア達が待つ天幕へと向かう。
手を繋いだまま天幕に入ると……スノラが息も絶え絶えになっていた。
そしてなんか、艶っぽい息遣いをしている。
「何があった?」
「あ、おかえりなさい」
「あ、ああ。ただいま、ラナ。で、ミリアさんや。この状況は何なん?」
「あ、あははは……」
状況を確認すると、ラナがスノラを愛でていたらしい。
その過程で愛ですぎてしまっていたと。
ついでに、ミリアも参戦してしまって、今の状況に至る――と。
「仲が良いのは素晴らしいと思うが、やりすぎはいかんと思うぞ」
「「はい……」」
「蛍は何かあるか?」
「別に。あ、私もスノラを愛で――ぐえっ」
追加で愛でようとした蛍の襟首を掴んで止める。
流石にスノラが可哀そうである。
見ろよ、ビックンビックン痙攣してるじゃないか。
「ミリア、回復魔法を」
「はい。ごめんなさい、スノラ」
「で、私はいつ離してくれるのかしら?」
ぷらーんと、猫が持ち上げられたみたいになっている蛍。
言われてから慌てて下ろすも、それを見ていたラナのお目目がキラキラと。
「蛍ちゃーん、むぎゅうぅぅ」
「あ、こら、ちょ、やめなさいラナ」
「やっぱり、蛍ちゃんのお胸もおっきいねぇ」
「セクハラぁっ! ちょっ、マジで、あんっ」
サッと目を逸らして、聴力もシャットダウンさせてみる……のだが、蛍の姿に反応してから行ったので、色っぽい声はしっかりと聞こえてたり……あ、めっちゃ睨まれた。
(これ、後で連続コンボきそうだな)
ミリアが止めてくれることに期待して、とりあえずはラナの暴走を止める。
どうにか全員が落ち着いてから話を……と考えるのだが、どう切り出したものか。
「私が話した件でしょうか?」
「まぁ、そうなんだけど」
察したミリアがそれとなく話を振ってくれた。
ただ、二人だけの秘密とか、内緒にしたいと思っていただけに、ちょっと拍子抜けではある。
「情報共有はしておきませんと」
「全部話しちゃったの?」
もし、全部話されていたとしたら……うん、全力で穴掘って埋まりに行くわ。
二人きりで思い出話とするならば良いが、他人に知られるとか、どんな羞恥プレイだって話だ。
人は恥ずかしで死ねるんだぞ! って、激しく言うだろう。
しかし、その懸念は皆無だった。
「概要だけですよ。きちんとしたお話は、全て終わってからにしますよ――とだけ。……そ、それと、少し我儘を言ってしまったと」
「そ、そっか。まぁ、軽く話しただけなんだな?」
「はい」
お互いに思い出して、顔を赤らめて反対に顔を背けてしまう。
いやだって、雰囲気と勢いに流されてしまったのもあるから、本気で恥ずかしいんだよ。
ただ、この場にいる女性陣は何かを察した模様。
ミリアに近寄って祝福の言葉をかけて……。
「じゃ、次は私の番です」
「何言ってるの? ラナの前に私よ」
「不毛だよ。次は私だって決まってるのに」
「「黙れ、あざとウサギ」」
「ひっどいよ!」
「ふふっ」
「なんだかなぁ……」
それからは、ちょっとだけ不毛な争いが続いたが、ミリアが手を叩いて収拾する。
その後、誰とどこまで共有したかを聞くと、婚約者には全員、それとツクヨにも話したらしい。
……ゼロ対策か?
「間違っていません。尤も、対策の方向性は違いますけど」
「まぁ、俺のやる事に一々口出しせんからなぁ。となると、何の対策?」
「今後の対策ですよ。ゼロ様も、ツクヨさんが決めた事に異を唱えないでしょうから」
「しっかりと囲って行くわけね。残るあいつは……もう既になってるようなもんか」
「はい。ですので、後は八木さんくらいかと」
「八木は大丈夫だろ。最悪、婚約者を抱き込むか」
「ふふっ、そうしましょうか」
「……楽しそうだな」
「はい。でも、この先も嬉しい事と楽しい事はいっぱいありますよ。大変そうなこともありますけど」
ミリアが優しく微笑む。
その表情を見た誰もが、頷いて肯定する。
その後は軽い雑談でも……なんて思っていたのだが、天幕の外から声をかけられた。
「ちょっと良いっすか?」
「ん? 八木? どうした?」
「話があるっす」
ミリア達の顏を見ると、全員が頷いて返す。
八木の声に、何とも言えない布に気を感じ取った故の頷きだった。
「わかった。ちょっとだけ待ってくれ」
「それじゃ、少し離れた場所で待ってるっす」
八木はそう言って立ち去って行った。
さて、ミリア達の反応はどうかな?
「何かを決めたのだと思います。声がいつもより違ってましたから」
「「ミリアに同意」」
「蒼、あの声に聞き覚えはあるの?」
「……あるな」
蛍の言葉に、とある出来事を思い出していた。
あの日、八木が選択した日の事を。
当時は震えるような声も混じっていたが、その根本は変わっていないように思える。
つまりは、そういう事なのだろう。
「私達は、ラフィ様の決めた事に従いますよ」
「俺、まだ何も言ってないんだが?」
「言っても無駄だからじゃない?」
「蛍、地味に傷つくんだけど?」
「あんたって、昔から絶対に譲らない事はあるじゃない。自分の事で怒らないくせに、潤たちの事だと怒るとか」
否定できねぇ。
この世界に来てから、おんなじこと言われてっからなぁ。
「ですから、何も言いませんよ。信じていますから」
「それこそって言うのもありますしね」
「ラフィ様は優しいですから。過保護ですけど」
「あ、わかる。スノラたちもそう思ってたんだ」
「本人を前に、過保護とか言わんで欲しいんだが?」
「「「「じゃ、自覚して」」」」
「はい」
そして、誰ともなく笑い合った後、天幕を出て八木の元へと向かう。
そして聞かされる、八木の覚悟。
俺はそれを黙って聞き入れた。
ただ、その後の話もついでに行う事は忘れない。
まだどうなるか分からないが、決めておいて損はないだろう。
そして、夜は更けていき、正規軍と激突の朝を迎えた。
「全軍、攻撃用意……放てっ!」
「怯むなっ! これを乗り切れば、勝利は目前だ!」
朝、食事を終えて、陣を敷く。
敵も同じく、陣を敷く。
魔法と矢が届く位置までお互いに軍を進め、号令と同時に両軍攻撃を開始する。
激突する前に前口上があったが、敵は勇者(笑)が行い、前口上中に陛下から許可を貰って、全軍で笑い飛ばしてやった。
それに激高した勇者が先陣を切って、俺目がけて中央突破を仕掛けている――という状況。
勇者(笑)の邪魔をしないようにと、敵軍は距離を少し空けてもいる。
巻き添えは御免なのだろう。
そんな勇者(笑)の前に立ちふさがる人物。
「……八木」
「久しぶり。なんか、やさぐれたなぁ」
軽口を叩いた八木は、徐に剣を抜く。
そして、切っ先を勇者(笑)に向け――。
「降伏勧告だ。今すぐ武装を解いて、軍門に降るんだ。そうすれば――」
――命だけは助けてやれる。
その言葉の後、二人の応酬が始まり、武力同士の激突が始まった。




