219話 ダチは厨二の深淵を覗いていたらしい
年末年始投稿5日目です。
回復組の試験も終わり、次の試験者の番になったのだが、ナユに触発されたのだろうか、予定が狂ってしまう事に。
「ナユに続くぞーっ」
「「「「「おー!!」」」」」
本来の予定とは変わって、婚約者達が次々とクッキーさんに挑んでいき……敗北? していった。
「強さがデタラメですわ……」
ナユの後、初手で挑んだヴィオレだったが、あっさりと終了。
「弓術では勝てませんね……」
次に挑んだのはリリィだったが、後衛職ならぬ体捌きを魅せるも、ヴィオレと変わらぬ結果に。
「リリィはまだ良いわよ。貫通力は出せるんだし。暗器じゃ、どうやってもムリ!」
立ち回りでクッキーパンチを回避し続けるも、攻撃力不足であっけなく終了したティア。
「爪が当たった時、金属音が鳴ったんですけど。どんな防御力してるんですか……」
「速攻守揃った武闘家ってそれなりに居るんだけど、間違いなくクッキーさんは頂点だよね。流石に厳しかったよ」
自他共に、素早さに定評があって、ヒット&アウェイを主軸としながら、一撃必殺を是とするリアとリジアも奮闘はしたが、やはり勝てずに終了。
「手数の多さで勝負したのですが、カウンターでの一撃必殺にするべきでした」
格刀術と魔刀を用いながら戦術をくみ上げたラナであったが、途中で組み上げを崩されて、これまたあっけなく終了。
「あの方、本当に人間なのでしょうか? ラフィ様から指南して頂いた時空間魔法に対応してきたのですが……」
時間を止める能力と魔法は発現できていないミナだが、空間系魔法は戦闘に組み込めるほどの精度にはなっていたので、それらの魔法を駆使して二刀流で攻めるも、押し切られて終了。
そして現在、イーファの試験中なのだが……。
「にょわぁぁぁ! ヤバいのじゃ怖いのじゃぁぁぁ!」
魔法を乱発して、ひたすら回避に専念中。
試験が開始されて僅か数分なのだが、既にギリッギリの回避しか出来ていないイーファ。
終了は時間の問題だろう。
「マジでヤッバイな……。イーファの魔法って、全部王宮以上なんだが、意にも介してないとか……」
「お前と試合ってから、更に精進したとは聞いてたけどよぉ……。流石に精進し過ぎだろう……」
同盟盟主である俺と傭兵王が、仲良くため息を漏らす。
それと同時に、イーファの試験が終了した。
最後は、鳩尾に一発良いのを貰ってKO負け。
右頬を地面につけ、お尻を天へと突き出し、白目を剥いて、絶賛痙攣中。
救護班が急いで駆けつけて、担架に乗せて搬送していく。
死にはしないだろうが、やり過ぎ感が否めない。
「お仕置き完了ねぇん。だぁれが、オカマジジィなのよぉん。失礼しちゃうわ」
どうやらイーファ、俺に聞かれないようにして、クッキーさんを煽っていたらしい。
これは自業自得だな。
これで婚約者組は終了と思われたのだが、次に現れたのはなんとシアだった。
クッキーさんも次の試験者を見て、流石に困った表情に。
そして、俺に説得しろと言って来た。
「流石にぃ、冒険者登録不可能な年齢の子はねぇ……」
「俺も寝耳に水なんだが……」
「ラフィ様! シアも受けるのです! 将来有望な冒険者ならば、受けていても損は無いのです! 将来は、高ランクから始められるのです!」
シアの言い分は、確かに!――と、思える内容ではあったが、協議は必要だろう。
主に家族会議の――。
「どうするよ?」
「どうしましょうか……」
当主と正妻候補、揃って悩む。
そこにリーゼからの提案。
「条件付きで、受けさせても良いのではないでしょうか」
「因みに、その条件は?」
リーゼの提案は、絶対にクッキーさんは攻撃を当ててはならない事。
シアに関しては、怒らせるようなことを言ってはダメという条件と、審判がヒット判定を出したら即終了。
あくまでも、シアに怪我を負わせない事を条件にしたのだ。
それならばと、俺も、クッキーさんも、シアも条件を吞むのだが、許可は必要だろう。
と言う訳で、ゲートを使ってドバイクス邸に繋ぐ。
許可が出るまではシアの試験は保留にして、先に進めて貰う事にした。
そして、ゲートを潜る時に聞こえる声が――。
「あんな小さい子まで脅えずに受けるのだから、私が尻込みしてたらダメ……。ファイトよ私」
姫埼、自分で自分を鼓舞してらっしゃった。
その言葉を最後に、俺はゲートを潜った。
…
……
………
…………
「ただい……何があった?」
ドバイクス卿からどうにか許可を貰い、ゲートを潜って帰ってきて、俺の目に飛び込んだ最初の光景は、泣いてる姫埼とズタボロになった箒。
そして、試験に挑もうとしているハイテンションな潤であった。
本当に、何があった!?
「お帰りなさいませ、ラフィ様」
「あ、ああ。ただいま。それで、なんで姫埼は泣いてて、箒はズタボロなんだ?」
にこやかに出迎えてくれたミリアに訊ねるも、にこやかな笑顔のままお茶を渡されて、隣座るように促される。
そしてその間も、潤の厨二叫びが木霊していた。
「今日のミィはチョー絶ムテキィィッ! パゥッワフルなミィッのショゥッタァイムッ!」
「あいつマジどうした!?」
潤さん、どういう訳か、テンションアゲアゲ状態でトランスしまくっちゃってるご様子。
地味に怖ぇし……。
どこぞの某卿最終状態みたいになってんじゃねぇか。
「いやな……。その、箒がな……」
「箒が、どうした?」
「えーっとな、潤の耳元で何か囁いてたんだよ。で、ああなった」
「箒ィぃィ!」
「魔法とか掛けてないわよ? 私はただ一言だけ、言っただけなんだけど……」
「何を言った?」
箒さん、どうにも言いずらそう。
仕方なく、女性陣がそれとなく聞き出すが、何故かみんな黙ってしまった。
いや、本当にさ、一体何を言ったんだよ。
「聞きたい?」
「聞きたい。と言うか、吐け」
「ちょっと耳貸して」
ヴェルグが教えようとすると、女性陣が止めに入った。
だがしかし! 俺の聴力を甘く見るなよ! ヴェルグも分かっているので、皆には聞き取れず、俺には聞こえる位の声量で答えたのだが……あ、なんか納得。
(ご褒美を上げるって……。あいつは犬かなんかなのか? ……あれ? と言う事は、あいつらって……)
「なぁ、輝明」
「なんだ?」
「潤と箒ってさ、色々まだなんか?」
「俺が知るわけないだろう」
「それもそうか。箒、まだなのか?」
「ちょっとっ、デリカシーなさすぎでしょう!」
確かに、箒の言う通りである。
しかしこの場では、聞かないと先に進まない。
女性陣が興味津々なのもあるのだが、さっきから潤の黒歴史が加速してるから、悪友として止めてやらないと……「どれほどの性能差であろうと! 今日の俺は、ラフィすら凌駕する存在だ!」……あの野郎。
「潤っ、俺を引き合いに出すな!」
「フハハっ。聞こえぬ……聞こえぬわぁっ」
「こいつっ。後でわかってんだろうなぁ?」
「敢えて言わせてもらおう。俺は乙女座の男、常磐潤ッ!!」
「お前は乙女座じゃ――いや待て、さっきからの台詞……潤てめぇっ、グ◯ハム様の名言をパクってんじゃねぇ!」
「美羽の言葉と約束に心打たれた。この気持ち、まさしく愛だっ!!」
「聞いちゃいねぇ……」
完全に自分の世界に逝っちゃってる潤。
クッキーさんも困惑顔である。
そんな中、試験開始の声が上がった。
とりあえず、姫埼と箒の試験状況を聞きながら観戦するか。
潤は後で〆るがな。
「で、二人はどうだったんだ?」
「姫埼さんは、その……私達より早く終わってまして」
「ぐすっ。私なんて、私なんてぇ……」
「あー、悲観しなくても良いんじゃないか? 試験官があの見た目だし、いざ前にしたら委縮してしまうだろうし」
「うぅ……でも、でもぉ……うわぁぁぁっ」
話した後、泣きながら俺の胸に顔を埋める姫埼。
とりあえず、頭を撫でてあやしながら箒の話を「スキルの性能差が、勝敗を分かつ絶対条件ではないっ!」……ハム化が止まらねぇなぁ。
「箒はどうだったんだ?」
「ナユさん程は無理だったけど、それなりには? 客観的には聞いてないからなぁ……」
「らしいぞ? ウォルドから見てどうだった?」
「戦闘自体は問題ねぇし、スキルとかも十全に使いこなせてたな。対人戦――盗賊とかの討伐もこなせたわけだし、ほんとに問題はねぇんだけどなぁ……」
どうにもウォルドの歯切れが悪い。
何かあるなら、はっきりと言って欲しいのだが。
ウォルドも分かっているのだろう。
悩みに悩んで、話すことに決めたようだ。
「やっぱり性格が変わってなぁ。後、どういう訳かギリギリでしか躱さずに、少しだけ傷を負うんだよな。あれは悪癖に近いんじゃねかと思ってる」
「またドS全開……ん? わざとギリギリ?」
「いや、俺が思ってるだけで、もしかしたらギリギリでしか躱せなかったかも知んねぇし。恍惚顔だったから、そう言う風に見えたのもあるからなぁ」
「またトリップしてたんかいっ。箒、その悪癖、早急に治せよ」
「どんな顔して、どんな雰囲気を出してるのか分かんないんだけど?」
「言動も普通にヤバいんだが?」
「覚えてない……。一応、気を付ける」
「メナトが我が家に居てる内に、矯正して貰うかね。で? 最後は?」
箒の試験だが、クッキーさんの剣技を受け止めたりもしたそうだ。
だが、最後は、クッキーパンチを持ち手の部分で受けて、壁まで吹っ飛ばされ、態勢を立て直す隙を与えてもらえず、一気に近付かれて、壁ドンで終了だったと聞かされた。
勿論、ドンされた壁はひび割れて穴が空いている。
多分、今見えてる場所がそうなんだろうな。
俺が帰ってきた後に増えてるし。
二人の試験結果も聞き終わり、厨二全開な潤の試験を改めて見てみる「人呼んで、トキワスペシャルッ!」……ハム化が深刻になって来ていた。
「……あれ、どうするよ?」
「ちょっと心が痛んだけど?」
「輝明、気持ちは良くわかるぞ。だが敢えて言おう! 目を逸らすな」
「ラフィもハム化してないか!?」
「フハッ、フハハハ!」
「「フハフハうっさい!!」」
「フハハハハハッ! ごはぁっ!」
「「あ」」
文句に対して高笑いで返した潤に、クッキーパンチが炸裂する。
防御もへったくれも無い隙だらけの潤は、ボディに綺麗に決まって壁まで吹っ飛んで激突。
ガラガラッと崩れ去る壁の下敷きに。
あ、もしかして死んだ?
「ららららふぃ、潤が……」
「ワンチャン死んだ?」
「潤、異世界にて没す」
「「「「二人共! 勝手に殺さないで!」」」」
「「さーせん」」
とは言うが、一向に起き上がってこない潤。
審判も流石に終了の合図を告げようとして、間一髪、潤が立ち上がった。
立った! 潤が立った!
「フハハッ。今のは効いたぞ。そして、堪忍袋の緒が切れたっ! 許さんぞ、クッキー!!」
「なんなのぉ、もぉ……」
「なぁ、ハム様乗り移ってね?」
「もし乗り移ってたら、抱きしめないといけなくなるんじゃないか?」
そしてまた、フハハッ言いながらツッコんでいく潤。
馬鹿の一つ覚えだな。
トキワスペシャルッ! って言ってツッコんでいるのだが、ただの強打盾――大盾バージョン――なだけなのだが。
いや、普通は小盾スキルだから、大盾で出来るのは凄い事なんだけど、素直に凄いと言えないんだよ……言動のせいで。
あの大きさじゃ飛投盾は無理だろうし。
なんて考えていたのだが、流石に何回もクッキーパンチを盾に受けて、盾を持つ左手にダメージが蓄積している様だ。
明らかに、盾を持つ力が弱まっている。
「こりゃ、そろそろ決まりかな」
ナユみたいなスキルも無く、箒が言ったご褒美だけで立ち続けた潤。
精神力だけはピカ一かもしれん。
なぁんて考えてたら、潤の動きが変わった。
そして、ハム化も未だに進行中だった。
「くっ、これほどとは……。だが、俺は我慢強い。そしてっ! 男の誓いに、二言は無いっ」
言うや否や、大盾を投げる潤。
(マジで!? あれを飛投盾できんの!?)
痛む左手で投げる潤に対し、流石のクッキーさんも予想外だったらしく、少しだけ対処が遅れた。
当然、隙が生まれる。
その隙を潤は見逃さず、剣で斬りに掛かるが、どうやら限界が来た模様。
剣先だけクッキーさんには触れたが、前のめりに倒れ込み気絶。
そして、審判から試験終了の合図が出た。
何とも惜しく、締まらない結末。
潤らしいと言えば、らしいのだけどな。
「なぁ、箒」
「なに?」
「ちょっとだけ、ご褒美やったら?」
「……寝ている隙にしておくわ」
そう言って、医務室へと歩いて行く箒。
どうやら潤に、ご褒美を上げに行くようだ。
まぁ、あの二人の事はそっとしておくとして、問題はこっちだな。
「輝明さんや」
「なんだ?」
「なんでそんなにヤル気出てんの?」
「潤に触発されて?」
「なんで疑問形なんだよ……」
そして始まる、輝明の試験。
ただ、輝明にも何かが乗り移った模様。
いやだってさ、向かう前に不吉なこと言ってからな。
「死んでも生きて帰ってくるわ」
「いや、死ぬなし」
某歌って戦う少女の台詞である。
その後、輝明は直ぐに倒れそうになって、澄沢からの応援を受けて持ち直して出た言葉。
「いつだって、貫き抗う言葉は一つ! だとしてもっ!!」
「…………なぁ、蛍」
「なに?」
「俺のダチは、何かが乗り移らないと戦えないのか?」
「………知らないわよ」
「雪代さん」
「…………業ね」
「はぁぁぁ…………」
深い、それはもう深いため息が出た。
アニメオタクに理解あるダチだったが、まさか影響されてるとは。
予想外過ぎる……。
その後も「反撃、程度では生ぬるいな。逆襲するぞっ!」とか「弱くても、自分らしくあること。それが、強さ!」など、歌って戦う少女のオンパレード。
ただ、頭は意外に冷静らしく、色々な方法で攻めてはいる。
しかし、攻める手が尽きた模様。
そして、ちょっとした名言が出る。
「たとえ万策尽きたとしても、一万と一つ目の手立ては、きっとっ!」
その言葉を言った直後、クッキーパンチで沈む輝明。
試験終了である。
輝明も医務室へと搬送され、次は澄沢の番である。
「美羽と似たような感じの獲物よね。壁ドンされそう……」
「壁ドンより前に、直撃を食らわない様にな」
「はぁい」
澄沢は返事をした後、直ぐに試験場へと降りて、クッキーさんと相対する。
同時に、気絶した輝明を見送る形にもなったのだが、割とボロボロの輝明を見た澄沢は、ちょっとだけ前傾姿勢の構えを取った。
あ、これは一矢報いる気だわ。
そして、審判から試合開始の声が出ると同時に、重量武器を扱っているとは思えない速さでツッコんでいく。
だが当然、クッキーさんは見切っているので、余裕を持って回避行動を取っている。
勿論、澄沢がどんな攻撃を放つか迄、予想した上でだ。
しかしその予想は、想定の上を行くことになった。
「でやぁぁぁっ」
「んふふぅ、突進からの突きねぇ。ありきたりだけど、速さは申し分ないわぁ」
「ああ、もぅっ」
「その後はぁ、二通り――どっせぇいっ」
「躱された!? 行けると思ったのに!」
この場にいる者が読んだ、躱されてからの行動。
そのどれもが不正解だった。
本来考えられる行動は二つ。
1つ目は、突撃した勢いのまま通り過ぎて、一度体勢を立て直す。
2つ目は、勢いを殺して、両手持ちで横薙ぎ。
しかし、澄沢が取った行動は違って、勢いを殺さぬまま通り過ぎる直前、片手でハルバードを横薙ぎすると言う荒業を魅せた。
重量武器をブレも無く横薙ぎとか、どんな握力と筋力をしてるのかって話だ。
クッキーさんは仰け反ってギリギリで躱すも、読み違えて頬にかすり傷を負う事に。
「い、今のは、危なかったわぁ…………」
「もう少しだったのに!」
前傾姿勢で一矢報いる気だった澄沢は、殺る気だった模様。
普段からやる気を見せるタイプではないので、俺も読み間違えてしまった。
ただ、これは非常にマズい。
「ちょっとはぁ、本気になっても良いのかしらねぇん」
「あ、やばっ……」
切れた頬に向けて舌を一舐め。
完全にスイッチが入ったクッキーさん。
この後の結果は、言うまでもない。
初見殺しの技なので、その後は正攻法しか取れずに敢え無く終了。
当然、ズタボロ状態になって帰って来た。
「むりむりー。あれは死ねる」
「生きて帰って来てるよね?」
「ヴェルグっち、あれはねぇ、心が死ぬ」
「言いたい事は、なんとなくわかったよ」
こうして、波乱の試験は続いて行く。
残る試験者は3名。
雪代さん、蛍、シア。
はてさて、どうなるんだろうな……。




