216話 最終試験開始!~進化するクッキー伝説を添えて~
年末年始投稿2日目
第二試験を終え、箒プッツン事件があった翌日、俺達は傭兵国へと赴いていた。
兼ねてから打診してあった、最終試験を行う為である。
試験官は、勿論クッキーさんだ。
そして、今回は婚約者全員が同道している。
護衛もウォルドに加え、ゼロ、ツクヨ、神喰という面子だ。
総勢28名の大所帯である。
何故こんな人数になったのか? それは、リーゼとミリアの一言があったからである。
『この際ですから、軽く小旅行も兼ねませんか?』
『そうですね。ルナエラお義姉様の式も近いですし、ご祝儀もより良いものがあるかもしれません』
『魔道具の産地ですしね。ミリアさん、一緒に見て回りませんか?』
『ええ、一緒に回りましょう。あ、でも、護衛はどうするのでしょうか?』
『ラフィ様にご相談しましょう』
なんてやり取りが、知らぬ間に開催された嫁会議であったらしい。
情報提供者は、リュールである。
で、彼女から進言され、護衛は現地で雇う事になった。
そう、ネデット傭兵団の女性陣を、丸々雇う事になったのだ。
尚、帰国予定は、ルナエラ姉の式がある二日前になっている。
二泊三日の小旅行は、こうして決まったのだった。
まぁ、その内の初日は最終試験で潰れるので、実質は一泊二日だな。
そんなわけで、傭兵国に着いた後はネデット傭兵団の元に行って、二泊三日の雇用契約を結ぶ。
ついでに、胃痛傭兵男も雇用しておく。
「なんであっしが?」
「雑用を任せたいんだ。指名した理由は、傭兵団の中で一番の顔見知りだからかな」
「あー……色々と納得しやした。で、まずは宿の手配ですかい?」
「一番高い宿で、一番良い部屋を三部屋な。どうしてもって場合は、任せるけど」
「……ふぅむ。了解ですわ。予算は……って、聞くのは野暮っすな」
「そうだな。後は、食事できる場所くらいかな?」
「今日はそんなもんでしょう。ところで城には?」
「行かないけど? 行く必要ってある?」
「あっしからは何とも……。既に情報は行ってると思いますけどねぇ……」
「その時になってからだな。明日以降も頼む」
お互いに手を握って、無事に契約完了。
その後、リュールの父であるシャイアス殿とも雇用契約を交わす。
ただ、シャイアス殿の顔色が少し悪かった気がするのだが、気のせいだろうか?
「ん。間違ってない」
「なんか悪い事でもあったのか?」
「ん。ネデット傭兵団は大きいから、腕の立つ女性傭兵も一定数はいてる。でも、全体の割合は少ない」
「……もしかして、ほとんど借りちゃった?」
「ん。9割持ってった。残ってる女性傭兵は、新人を鍛えると思う」
「仕事、大丈夫か?」
「ん。個人契約にはしてない。団への大口契約にしてある。だから、女性には分配」
「男性は?」
「ん。男は無し。稼いで来い」
「傭兵団も女性が強かったか……」
男尊女卑とは一体……裏じゃ女尊男卑じゃねぇのって疑いたくなるわ。
いや、男尊女卑を押してるわけじゃねぇからな?
ただ、事前情報と食い違いまくってるから、神の情報も当てにならんなぁ――と、思ってるだけで。
「ラフィ様?」
「なんでもない。それよりもギルドへ向かおうか」
「はい」
そう言って、ミリアの手を握って歩き出して……めっちゃ睨まれた。
誰に? 婚約者全員+姫埼、春宮、蛍、雪代さんに。
「ミリアは正妻だけど、えこひいきは駄目だよね?」
「そんなつもりは……」
「じゃ、ギルドまで順番につないでね?」
「はい……」
ヴェルグからの指摘によって、ギルドに着くまでの距離を逆算して、全員と手を繋いでいくことに。
これも婚約者が多い弊害なのかもしれない。
可愛いやきもちではあるんだけどな。
ただ、睨むのだけは勘弁願いたい。
そんなことがありながらも、ギルドに到着。
受付に話を通して、地下訓練場へと案内されて……。
「おい、なんであんたがここに居る」
闘技場を模して造られた地下訓練場の席に居たのは、まさかの傭兵王ジャバであった。
いや、本当になんでいるんだよ。
「視察だよ。お前らに会ったのは本当に偶然だ」
「すっげぇ疑わしい」
本当と嘘が半分ずつだろうな。
視察は本当、偶然ってのは嘘。
多分、この日に合わせて組んだんだろう。
そう思ってジーって視線を逸らさずに見つめる。
サッと目を逸らす傭兵王。
やっぱり偶然は嘘だったか。
「視察は本当だからな」
「視察の理由は?」
理由を聞くと、渋々ではあるが納得するしかない事情だった。
その理由は、俺の元に高ランクが集まり過ぎるのはちょっと問題らしい。
「俺は良いんだけどよ、周りが納得しねぇだろ?」
「ギルドと癒着? 冤罪だけど、疑う人間は出てくるのか」
「だから俺が、視察名目で来てるってわけだ」
「それでも厳しくないか?」
「総合ギルマスと、この国の王が認めた実力者だぞ? 俺でもクッキーには勝てねぇんだから、抑えやすくはなるな」
「実際に戦ってないのに?」
「それだけの影響力はあるって事だ」
こちらの固有戦力に関して……いや、婚約者達の戦闘欲に関して、あまり大っぴらにはしたくなかったのだが、理由が理由なだけに断りづらい。
どうしようか考えていると、クッキーさんが声をかけて来た。
「深く考える必要はないわよぉん。試験官と責任者は誰かしらぁん?」
「……ここで見た事、聞いた事は、口外しないと?」
「スキルに関しては特にねぇん。冒険者をやってるならぁ、暗黙のルールよぉん」
チラッと傭兵王を見ると、静かに頷いていた。
口外するつもりは無いらしい。
「はぁ、分かりましたよ。但し、もし、口外したら……」
「好きにしろよ」
傭兵王も覚悟はあるんだ――と、言外に口にしたので、条件を飲むことに。
そして、俺達も席に座って……いちゃついた。
「ラフィ様、今日の昼食はお弁当を作ってきました」
「皆で作った力作だよ」
ミリアがアイテム袋からお弁当を取り出しながら話し、リアが皆で作ったと話していく。
お弁当の中身は、定番のおかずから一風変わったおかずまである。
そして、その中の一つをミリアがフォークで刺してあーんして口に持ってきたので食べる。
(ふむ、美味い)
その後も順番にあーんをして貰って食べ、お返しにあーんして返すを繰り返し……傭兵王から舌打ちマシンガンが飛んで来た。
「チッチッチッチッチッ! いちゃつきやがってよう……」
傭兵王、未だに嫁候補がいないみたいだ。
まぁ、これくらいの意趣返しはさせて貰おうか。
そんな中、胃痛傭兵が戻ってくる。
「何ですかこれ? あっし邪魔っすよね?」
いちゃつきにドン引きしていた。
ついでに、クッキー試験の見学者達は、今にも血の涙を流しそうであったのを言っておく。
前世は俺もそっち側だったから、リア充爆発しろ! くらいなら、甘んじて受け入れてやる所存だ。
「なぁ、俺の試験始まるんだけど?」
「ちゃんと見てるぞ。頑張れウォルド」
「気持ちがこもってねぇように聞こえるのは気のせいか?」
「気のせいだよ」
ぶっちゃけ、気持ちはこもっていない。
ウォルドの実力ならば、俺に次ぐEX認定は十分にあり得るからな。
しかし、この時に思っていた事は直ぐに打ち砕かれる事になった。
「あなたも良い男ねぇん」
「あ、自分、嫁いてるんで」
「残念ねぇ。私が良い男と思ったらぁ、皆結婚してるんだものぉ」
「あはは……頑張ってください」
試験前に挨拶を交わして、所定の位置に着く二人。
さて、試験開始前に行っておくが、冒険者の引退宣言には二種類ある。
ウォルドも引退宣言しているが、完全に冒険者を辞めた訳ではない。
引退には、指名依頼を受け付けないと言う宣言の引退と、冒険者家業を完全に終業する完全引退がある。
ウォルドは前者の宣言をしているだけなので、ランク認定試験は受けられるのだ。
後者の完全引退宣言は、年齢によるものか、身体損傷で止む無くのどちらかが多い。
稀に自身の限界を感じて、若いのに後者を選ぶ冒険者もいるが、本当に稀だな。
そんなわけで、ついでだからと受けさせたわけだ。
因みに、ゼロとツクヨもクッキー試験は受けていたりする。
どちらもEXに上がれるのに、一身上の都合と言ってSSSで止まっていたりする。
その理由を聞いてみたら、半分は俺の為でもあった。
『あのなぁ、EXがお前の元に集中するのは良くないだろ』
『そうね。今でも危ないのに』
『そんなにか?』
『お前のクランでも、B以上が多くなってきてるからな。勿論、下のランカーたちもいるが、順当にいけば上になるぞ』
『独立しないのかねぇ……』
『この世界には無い概念だがな、福利厚生があるんだから止めねぇよ』
『知ってる? あなたのクランって、第二予備校とか実戦式校って言われてるのよ』
『知らんかった……。何か変えた方が良いか?』
『今更だろ。問題は……。いや、今は良いか』
最後に歯切れが悪かったのを覚えているが、まぁこんな感じの理由だ。
とは言えだ……EXが一人と言うのもどうかと思う。
流石に仕事が多いからな。
ウォルドにも負担してもらわにゃ。
因みに、もしウォルドがEXになれなかったら、強制的にゼロをEXにする計画を立てている。
逃げたらどうるのかって?
勿論、ツクヨ様の刑に処します。
サポートにツクヨを付けたら、渋々引き受けるだろうと考えてもいるがな。
この計画はこの場にいる全員が知っている。
勿論、セロを除いて。
知らぬはゼロばかりよ、くっくっくっ。
「はじめ!」
おや? いつの間にか試合が開始されているな。
さて、ウォルドは……うん、手数で攻めてるな。
連続突きで距離を取りながら戦って、相手を間合いに入れてない。
クッキーさんも今のところは防戦――あれ? 爆発してない?
その瞬間、何故かヤバい! と、鳥肌が立った。
ウォルドも感じたらしく、スキルと魔法を使って目くらましに足止めをして、距離を取った。
「なんだ? なんか違和感がある」
「んふふぅ。良い判断よぉ。でもぉ、距離を取ったのは間違いねぇ」
クッキーさんが言い終えるのと同時、ウォルドの周りで爆発が起きた。
え? 一体どうなってんの?
「くそっ」
ウォルドの周りは土煙が舞い上がって姿が見えない。
そして、クッキーさんはウォルドの後方に回って、何故か印を組む。
あれは……まさか!?
「love注入ぅ!」
「三年殺しか!」
説明しよう! 三年殺しとは手を組んだ後、人差し指と中指を真っ直ぐに伸ばしてから、後ろの穴に突きをする……うん、長ったらしく説明したけど、要はカンチョウである。
……クッキーさんの太い指でカンチョウ? ウォルドの貞操が危ない!
「逃げろー! ウォルド―!」
声を上げると同時に、ガキンッと言う音が。
土煙が徐々に晴れて行き、詳細が露わになる。
何とウォルドは、小剣でクッキーさんのカンチョウを防御していたのだ!
ウォルド、流石である。
だが、クッキーさんの方が一枚上手であった。
「やるわねぇん。でもぉ、これで終わりじゃないのよぉん」
「? ……げっ! やっべ――」
「くらえやぁぁぁぁ!!」
雄たけびを上げると同時に、指が大爆発する。
普通なら完全に自爆技なのだが、クッキーさんには【自動治癒】がある。
継戦力と防御力の塊である、歩く化け物要塞は無傷だろう。
服はボロボロになっていそうだが……。
爆発の煙が徐々に晴れて行き、そこにはクッキーさんしかいなかった。
どういう訳か、服も無事である。
指向性があるようには見えなかったし、零距離爆発で何故服が無事なのか? 非常に気になる。
いや、それよりもウォルドは?
辺りを見回してから、天井を見上げる。
そこには、槍を突き刺して上に逃げていたウォルドの姿があった。
「あ、あっぶねぇ……。ラフィの常識外の攻撃とか見て無かったらヤバかった……」
「まさか、躱されるとはねぇん。でもぉ、小剣の方は駄目になったようぉねぇん」
クッキーさんの指摘通り、小剣は受け止めた場所から真っ二つに折れて、天井から破片が落ちてきている。
(はぁ!? あの小剣って、ミスリルにオリハルコンを混ぜ込んだ特注品だぞ! なんであの一撃でぶっ壊れてんだよ……)
「名付けてぇ、【燃え上がるほどの愛】よぉん」
「こっわ! クッキーこっわ!!」
ウォルドは上手く防御したが、喰らえば一撃死確定じゃねぇか!
しかも、地味にスキル増えてるし、リフレクトカウンターのONOFFも自在になってるし。
これ、やばくね?
「勝ち筋が見えねぇな。仕方ねぇ、解禁すっか」
ウォルドが何かを決意したような顔になり、槍を引き抜いて地上に降りてくる。
だが、それを見逃すクッキーさんではなく、すかさず距離を詰めて迎撃態勢に……ん? ウォルドの奴、やりやがったな。
「何が起こったのかしらぁん? 左腕が折れてるのだけどぉ?」
「教えたら駄目だろうに……。ま、気付くのは難しいか」
「スキルかしらぁん? それとも魔法ぅ?」
ウォルドの奴、想像以上に強くなってたんだな。
今ウォルドがした攻撃、簡単に言えば、風魔法+スキルで攻撃しただけなんだよな。
単純に威力が強いから、クッキーさんの防御をぶち抜いてダメージを与えたって話……なんだが、言うは易し、行うは難し――である。
まず大前提として、クッキーさんには【自動治癒】があるので、一定のダメージなら即座に治る。
更に継戦能力重視のスキルを多く持っているので、防御をぶち抜くには相応の攻撃が必要なのだ。
しかも、俺と戦った時よりも強くなってる状態でぶち抜いてるのを考えると、魔法に換算すれば少なくとも王級以上の攻撃力……下手をすれば帝級クラスに匹敵するかもしれない。
それだけの防御力を持つクッキーさんが凄いのか、その防御を破ったウォルドが凄いのか。
とても判断に迷う所ではある。
だが、クッキーさんの非常識はここからが本番であった。
「血が滾るわぁ……。試験は合格だけどぉ、もう少し付き合って欲しいわぁ」
「お館様が許可すれば」
そしてこっちを見る二人。
俺としても見てみたい気持ちがったので、制限時間を設けて――と条件を出す。
制限時間は10分。
それで何があっても終了と告げる。
二人共頷き、戦闘を続行。
その後は、まぁ凄いとしか言いようが無かった。
折れた腕を一瞬で癒したクッキーさんが、一瞬で肉薄してからのクッキーパンチを繰り出す――も、ウォルドはギリギリで見切って回避。
その際に頬が切れたようだが、気にせずに左肘をクッキーさんの頭上に振り下ろしていく。
しかし、それも織り込み済みと言う様に、左側に身体を倒しながら右足で蹴りを繰り出して、ウォルドの左肘と真っ向勝負。
お互いにダメージがあった様で、ウォルドは骨折した模様。
対するクッキーさんは、骨に異常はない様だが、当たり所は悪かったらしく、筋を痛めたようだ。
だが二人共、気にする素振りを見せず、攻撃を続行。
ウォルドが槍の柄で突きを繰り出すも、半身になって躱すクッキーさん――を追随するように、槍を薙ぐウォルド。
それを後ろに上体を逸らしてギリギリ躱し、反動で蹴りを繰り出して槍を弾く。
「ちっ!」
「貰ったわぁん!」
蹴りを放った反動を利用して、もう片方の足を蹴り上げ、完全にウォルドの手から槍を弾く。
そのまま後方宙返りを決めて着地し、拳を振りぬくクッキーさん。
ウォルドは完全に無防備だったのだが、体勢を立て直さずに無理矢理風魔法を発動させ、自分の背中に当て加速させる。
「なっ――めんなぁ!」
「それはこっちの台詞じゃあぁぁぁぁ!」
ウォルドが何をするのか察したクッキーさんは、拳を振り抜くのが間に合わないと察知。
ウォルドと真っ向勝負に切り替えた。
「うぉおらあぁぁぁぁ!」
「おおおぉぉぉぉぉ!」
二人の額と額が衝突して、良い音が鳴る。
静まり返っていたので、頭突きの音が反響したのだ。
そして勝者は……。
「いっっってえぇぇぇぇ!1」
「クラクラするわぁん……」
額を抑えて悶絶しながらも立っているウォルドに対し、脳震盪を起こしたらしく、尻もちをつくクッキーさん。
勝負ありであった。
「勝者、ウォルド!」
審判の声が訓練場に響き渡る。
静寂から一拍、歓声が沸き起こった。
「すげぇ! あのギルマスを倒しやがった!」
「俺らでも、出来る可能性はあるって事だよな!?」
「やる気出て来たぁ!」
「高ランクになって、ハーレム作るぞー!」
あちらこちらから賞賛が贈られていた。
一部、願望も含まれてはいるが……。
そんな中、直ぐに回復したクッキーさんが、ウォルドへと話しかける。
「見事だったわぁん。私も年かしらねぇ……」
「いや、普通に強かったんで。最後の頭突きは、付き合ってくれたのもあるんじゃ?」
「ヒミツよぉ。あ、ランクはEXに上げるからねぇん。異論は無しよぉん」
こうして、クッキー伝説にまた一つ、伝説が加わった。
勝った負けたの話ではなく、50過ぎても進化するクッキーさんの伝説だ。
ぶっちゃけ、俺だって驚いている。
まさか、更に進化してるとは……。
こうして、ウォルドの試験は無事に終わり、次は召喚者組の試験だ。
正直な所、八木がどこまでやれるのかが楽しみだったりする。
ガンバレ八木……。
(あんなバケモンに勝てるわけないっす! 逃げてぇ……)




