第192話 旅は道連れ、世は情け
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無事にダグレスト王都内に入って宿を取り、一晩明けた翌朝、朝食を取って部屋に戻った後、行動を開始する前に少しだけ話をする事にした。
一応だが、再確認しといた方が良いと考えた為だ。
「さて、今後の行動方針についてなんだが」
「分かってるっての。ただ、期限はどうするんだ?」
神喰の言う期限とは、日中の情報収集活動――諜報活動とはまた別――を2日にするのか、3日にするのか、と言っているのだ。
当初の予定は二泊三日で、日中の活動は1日半の予定にしていたのだが、予定より数時間遅れて到着となったので、半日分の活動が出来ていなかった。
当然、ずれ込んで行動する事になってしまったので、当初の予定通りなのか、延ばすのかの判断を仰いで来たわけだ。
「三泊四日に変更するけど、三泊目は当初の予定通りに動く。日中の行動は、実質二日だ」
「「了解」」
「それと、ほれ」
神喰に硬貨を投げる。
金額は、ダグレスト硬貨で大白金貨1枚。
「良いのか?」
「全部使うなよ? 金が必要な場面はあるだろうから、節約して使えよ。それと、二日間の飯代込みだからな」
「役得ってやつか」
「そういうこと。ただし……」
「最終日の役得には目を瞑れば良いんだろ? で、待ち合わせ場所は?」
「今日の夜に話す」
「わかった」
話を終えると、神喰はさっさと部屋を出て行く。
情報収集を任せる不安はあるが、消去法を取るしかない状況なので仕方ない。
俺と八木にはやることがあるしな。
「じゃ、行くか」
「うっす」
俺と八木は部屋を後にして行動を開始。
今日、必ずしなければいけない事があるからだ。
それは、複数の逃走経路を算出し、確保する事だ。
とは言え、無計画で行う訳ではない。
事前に八木から情報を得て行うようにしていた。
その中でも有力候補なのは、やはりスラム街からの逃走だ。
俺達は歩きながら、怪しまれない様にスラム街へ足を運ぶ。
「(しっかし、そこまでザルなのか?)」
「(どの国でもそうっすけど、スラムに関しては頭の痛い問題なんっすよ)」
小声で話しながら歩き、途中で屋台を見つけて串焼きを二本購入して、食べ歩きをしながらスラムへ向かう。
外套を羽織った状態ではあるが、別に怪しい風体でもない。
ダグレスト王都もギリギリ雪が降る立地にあるので、雪除けとして羽織っていると見られるからだ。
もう少し南にあると雪が降らない立地になるので、ラッキーではあったな。
串焼きに舌鼓を打った後、串を周りには分からない様に空間収納に処分して、また小声で話す。
「(どの国もねぇ……。その中でも、ダグレストは特に酷いってか?)」
「(正確に言えば、スラムに対する政策や補助についてっすね。後、一番酷いのはリュンヌっすよ)」
八木が諜報活動で得た情報によると、スラムに対する政策や補助などで一番酷いのはリュンヌ、次いでダグレスト、そして意外な事に、第3位は帝国であった。
「(リュンヌは、上が終わってるっすね。不正に横領、賄賂の嵐っすよ。日本なら、間違いなく逮捕案件っすね)」
「(そこまで酷いのか?)」
「(小さい犯罪は、金で揉み消し可能にしてるっすね。流石に、殺人に関しては無罪には出来ないっすけど)」
「(ダグレストは?)」
「(リュンヌほどじゃないって感じっすね。ただ、スラム関連の政策だと、中抜きや横領は当たり前って感じっすね)」
「(次が帝国なのは?)」
「(帝国の場合は、ちょっと事情が変わるっすね。前皇太子の政策から始まって、内乱の後始末に国土の広さもあるっすから)」
「(単純に予算不足なのか)」
「(この世界で最大国家っすからねぇ。ましてや、前皇太子は軍備増強路線だった様っすし)」
「(今は?)」
「(軍備に割く予算は減らしてるっすが、治安維持は必要っすから、そこまでって感じだと思うっすよ。ただ、幾つか法案を改定したのが響いてる感じはするっすねぇ……)」
「(あれ? おれのせいか?)」
「(ラフィさんの件だけじゃないっすから。この際だから、膿は出来る限り吐き出したいって考えじゃないっすかねぇ)」
「(皇帝も大変だねぇ……。ほんと、領地経営を断り続けて良かったわ)」
「(あはは……。でも、ラフィさんなら上手くやりそうな気もするんっすけどねぇ)」
途中から他愛もない雑談も交えて話をしていく。
一応、監視などがいないかも確認しながら歩いて話しているのだが、その心配はない様だ。
その後も雑談を続け、スラムに着く少し前に本題へと移った。
「(それで、スラム街からの逃亡が最優先な理由は?)」
「(実際に見て貰った方が早いんっすが、ぶっちゃけると外壁に穴が空いてるっす)」
「(それ、壁の意味なくね?)」
「(ないっすね。ただ、修繕してないわけじゃないっすよ)」
八木の説明によると、ダグレスト王都もスラム街が増加傾向にあるらしく、外壁をいくら修繕しても、スラムの住民たちが穴を開けてしまうらしい。
「(まぁ、修繕費をケチってるから、直ぐに開けられるって弊害もあるんっすけどね)」
「(……もしかして)」
「(中抜きっすね。横領もあるとか聞きますけど、そっちは噂っすね)」
「(ランシェスでそんな事をしたら、間違いなくお役御免になる話だな)」
話しに一区切りつけ、俺達はスラム街へと足を踏み入れる。
まぁ、国が変わってもスラムの様相はあんまり変わらない。
そして、さっき八木が話していた外壁の穴へと辿り着き、逃走経路に使えるか調査するのだが……悩む所だな。
と言うのも、結構人目についてしまうと言う難点があったからだ。
流石に通報されるのは勘弁願いたい。
「(スラム街にも、元締めと言うか、纏め役と言うか、そういった人がいるっすよ)」
「(話を通した方が良いのかねぇ……)」
「(金で解決可能なら、そうした方が良いかもしれないっすねぇ)」
悩んだ結果、用途は話さずに黙認できるかだけを聞く事にする。
可能なら、賄賂を支払って黙認して貰うのがお互いの為だしな。
話が分かる人物だと良いのだが……。
そう思いながら、八木に案内されて……まて、なんで八木は面識があるんだ?
「(八木君?)」
「(諜報活動には、スラム側の情報も割と必要だったんすよ。内も外も)」
「(だから顔馴染みってか?)」
「(元締めだけっすけどね。全部が全部、知ってる訳じゃないっすよ)」
八木、ここにきて重要な情報を話していないことを、サラッと暴露してきた。
そう言う話は、先にしておいて欲しいんだが……。
「(ここっす)」
八木は手慣れた感じで、中に入って行く。
俺も続いて中に入ると、初老の男が胡坐をかいて座っていた。
結構鋭い目つきで俺を睨んでいるが、敵意は無い。
品定めしているのだろう。
「今日は話があって来たっすよ」
「見限るんか?」
男の言葉に、八木は驚いていた。
そんな八木に、男について尋ねる。
「この男、元は諜報員か何かなのか?」
「そんな話は聞いてないっすけど……」
俺達の会話を聞いて、男はニヤリと笑った。
そして、座れと言わんばかりに敷物を投げてくる。
どうやら、肝も相当座っているらしい。
「で、どうなんだ?」
男の言葉に、口籠る八木。
と言うか、この男は多分だが、分かって聞いてる。
(となると、敢えて言わせたい? 言わせた上で、この男に何のメリットがある?)
思考超加速を使って考えるが、メリットらしいメリットは無い気がする。
強いて上げるなら、兵士と繋がりがあって、通報すれば金が手に入る位だろうか?
それならば、話は早いんだけど、多分違うだろうな。
直接聞いた方が早いか。
「口を挟んで良いか?」
「良いぞ。話すかは知らんがな」
「話してくれると楽で良いんだがな。八木の答えを聞いて、あんたはどうするんだ?」
男に直球で聞くが、やはり黙秘された。
……気は乗らないが、あの手で行くか。
「答えを聞いた後、兵士にでも密告するのか? 悪いがさせねぇよ。こっちにも事情があるからな。殺しはしないが、暫くの間、眠っていてもらう」
「怖いねぇ。だがな、そりゃ早計ってやつだ。こっちにもちぃっと事情がある」
「なら、その事情ってやつを聞きたんだが?」
「こいつの答えを聞くまで話せねぇな。こっちも危ない橋を渡る覚悟なんでな」
お互いに睨み合い、一歩も引かない中、八木が口を開いた。
「ああ。見限る。俺はそのために来た」
八木の言葉を聞いた男は、またもニヤリと笑う。
そして、盛大に笑い始めた。
「がっはっはっはー! そうかそうか! やっと決意したのか! となると、俺の所へ来たのは脱出経路の話だな?」
男の言葉に八木は黙って頷く。
つか、喋ってしまって良いんか?
「八木」
「大丈夫っすよ。多分っすけど、誰か便乗させたいんじゃないっすかね」
八木の言葉に男は少し驚いたが、またもニヤリと笑って、そして頷いた。
八木の読みは当たっていた様で、詳しい説明を求めると、素直に話してくれた。
「頼みたい事ってのは、お前さん達と一緒に、連れて行って欲しい奴がいるんだ」
「それは……」
男の言葉に対して、八木は言い淀んでこちらを見た。
八木自身も助けて貰う立場なので、即答できかねるのだろう。
うーん……どうすっかなぁ……。
「とりあえず聞くけど、何人?」
「一人だ。長くなって良いなら、全部話してやるぞ?」
「なるべく手短で」
そう言うと男は、自分の生い立ちを話し始めた。
男は元貴族で、子爵家の5男だった。
母親は降嫁した王女で、継承権も低い女性だと言う。
そんな男だが、元々冒険者に憧れており、子爵家の継承権を放棄する代わりに、資金面で援助して貰って夢を叶えたそうだ。
家族仲も悪い訳ではなく、継承権は放棄したが、実家にも普通に帰って土産話をする程だったと言う。
そして、そんな男には年の離れた妹がいた。
とても仲が良く、可愛がっていて、目に入れても痛くないと豪語できるような妹だったらしい。
男が40を迎える時に、妹は政略結婚したらしいんだが、そこからが悲劇の始まりだった。
派閥内での政略結婚だった事もあり、嫁ぎ先も含め、政争に負けた派閥に属する大多数の貴族が粛清されたそうだ。
そして、その妹は少し身体が弱かったそうだが、出産して間もない頃の出来事だったこともあり、精神的疲労も相まって亡くなったそうだ。
男の実家も今は無くなっており、家族の安否も不明なのだが、男にとっては姪になる女の子を連れて、妹の嫁ぎ先の家臣が訪ねて来たそうだ。
「姪を連れて来たのは良いんだがな、当時の俺は仕事で怪我を負っちまって引退した直後だったんだ。妹も出産が遅くてな。今年で15になるんだが」
「忘れ形見か……」
「ああ。スラム街には住まわせていねぇが、近くに住んでる。俺は有り金を全部やって、家臣ってやつに姪を育てさせたんだが……」
「その家臣は?」
「3か月前に亡くなった。当初から老人だったんだ。良く長生きして、面倒を見てくれたと思うよ」
「忠臣だったんだな」
そして、男の頼みとは、その姪を国外に連れ出して欲しいとの事だ。
最近の様子を見て感じたらしいのだが、どうにもキナ臭いと思っている様だ。
成人はしている年齢とは言え、まだ若いと言うのもあるが、本題は別らしい。
「祖母が王族なんだ。この意味が分かるだろう?」
「利用されるだけなら良いが、最悪の想定も考えている訳か」
「そうだ。今の王は小心者なくせに、野心だけは人一倍強い。継承権は無いが、血筋と言う物がある。2代前なら猶更だ」
「簒奪を恐れて、暗殺もある訳か」
「いや、実際に2度あった。だから、何時でも逃げ込めるように近くに住まわせているのさ」
「どうやって事無きを得たんだ?」
「一度目は家臣が対処した。老人と子供だからな。簡単に済むと思ったんだろうが……」
「返り討ちにあったのか。二回目は?」
「偶々、俺が傍にいた」
「なんで三回目は無いんだ?」
そう言うと男は、ニヤリと笑った。
あー、なんか弱みを握った訳か。
で、脅したと。
ただ、その弱みも効力を失いかけているのに加え、情勢が不安定だから逃がしたいと。
面倒な話になって来たなぁ……。
「どうするんっすか?」
ここまで話を聞いた八木が指示を仰いで来た。
ぶっちゃけ、めっちゃ断りたい。
でも、多分、断れない。
断ったら、確実にこちらが不利になる様に、この男は動くだろう。
なんで細部まで聞いてしまったんだろうな、俺は……。
こうなると、見返り次第になるだろうなぁ。
かなり危ない橋を渡ることになると思うし。
いや、既に危ない橋を渡っている途中か……危険度が増すだけの話だな。
だが、こちらが話を振る前に、男の方から見返りを提示してきた。
「勿論タダとは言わねぇ。まず、逃走経路に使用予定の場所には、日時の指定さえしてくれるなら、誰も近寄らせねぇ。見ざる、聞かざる、言わざる、だな」
「その言葉、あったんだな」
「何の話だ?」
「いや、こっちの話だ。それで?」
「こいつをやる」
そう言って男が差し出してきたのは、オリハルコンとミスリルの剣。
それも、相当な値打ち物で、魔法付与もされていた。
「実は金があまりねぇんだ。だが、旅費を差っ引いても十分にお釣りは来るだろう?」
「……」
はっきり言おう。
この男、昔は相当稼いでいたんじゃなかろうか?
怪我をして引退したと言っていたが、元貴族ならば教養もあるはず。
駆け引きも上手いし、文官としても食って行けるのでは?
「あんたはどうするんだ?」
「他の奴らがいるからな。俺はいけねぇさ」
正直に言おう。
こいつも一緒に持ち帰りたい。
ぶっちゃけ、我が家の文官に欲しい。
度胸良し、頭の回転良し、器量もある。
たかだか武器二本よりも、人材として連れて帰った方が、将来的に利益になる。
問題は、どうやって口説き落とすかなんだよなぁ。
……いや、まて。
重要な話をしてなくないか?
俺はその考えの元、一つだけ確認をすると、やっぱりと言うかなんと言うか。
この男、姪に伯父だと話していなかった。
うん……カッコつけすぎなので有罪ギルティだな。
「話は分かった。受けても良い。但し、こちらの条件を飲むならな」
「出来る範囲なら飲む」
ゴクリとつばを飲み込む男。
そんなに緊張しなくても良いよ。
取って喰ったりしないし、そこまで難しい話でもないからな。
「お前も一緒に来い。そして、俺の家で仕事をしろ。それと、無事に国外に出たら、ちゃんと伯父だって名乗れ。それだけだ」
予想の斜め上の言葉だったのだろうか?
男は目を見開いて驚いていた。
しかし、それも一瞬だけで、直ぐに考えこむ。
「難しく考える必要はないはずだ。それに……」
言うと同時に立ち上がり、玄関扉を開けると、そこには一人の少女が立っていた。
身長は言う程高くない。
155センチ位だろうか?
長い髪を一本の三つ編みにして束ねている。
多分、この子が姪なのだろう。
男の方も、なんでいるんだ?って顔をしているからな。
「どうしてここに……。いや、それよりも、話を聞いていたのか?」
「その、全部聞こえていた訳じゃ無いけど……。あの、私、の、家族なの?」
「肝心な所は聞こえてるじゃねぇか……」
最悪だ……とでも言わんばかりに、天を仰ぐ男。
因みにだが、俺は気付いてた。
正確には、男の過去話が始まった所で気配を感じて、リエル経由で探査サーチして、正体を知っていた。
俺の思惑もあったので、敢えて放置したって話だ。
それと、彼女は一つ嘘をついているのも知っている。
気配の正体を知った俺は、敢えて全部聞こえる様に魔法を使っていたからな。
全て知った上で、一部しか聞いて無いと、姪っ子ちゃんは嘘を吐いたのだ。
優しさからなのか、理解が追い付いてないからなのは分からんけどな。
「さて、返事は?」
最早、逃げるのは無理だと悟ったのだろう。
こちらの申し出に了承した男。
姪っ子ちゃんは、まだ混乱していたが、中に入れて話を詰める。
「脱出は明後日の早朝。4時頃になる」
「荷物は……あまり多くは無理か」
「譲れないもので、持ち運び可能な物だけだな。鞄一つくらいが限度だろう」
「直ぐに用意させる。落ち合う場所は……」
八木と姪っ子ちゃんを放置して、話を進めて行く。
姪っ子ちゃんについては、男に任せる事で決まり、移動手段などの確認もしていく。
全ての話が終った後、一つだけ注意事項を言っておく。
「言っとくが、今回の手助けは亡命に近い。元の家名は名乗れないと思ってくれ」
「それは仕方ない。俺は偽名でも良いが、姪については憂慮して欲しい」
「ランシェス国内なら、家名さえ名乗らなければ大丈夫なはずだ。暫くは客として扱うから安心してくれ」
「恩にきる」
こうして話し合いは終わり、追加で二人、脱出を手助けする事になった。
まぁ、こうなったら、一人も二人も大して変わらんな。
その後は、当初の密約を交わしてお開きとなり、予想以上に上手く逃走経路の確保をする事が出来た。
明日は、軟禁状態の2人の居場所の再確認だけに絞れそうだ。
そして、八木と通りを歩いて、宿に一度帰ろうとする中、何かを見つけた八木が俺に話しかけてきた。
「ラフィさん、あれ……」
「ん? …………あの、馬鹿ちんが!」
八木が見つけた事。
それは、大食い大会の中に神喰が参加している姿だった。
あのバカ、何を考えてやがる!
「どうするんっすか?」
「帰ってきたら、どギツイお仕置きだな。手加減無しの」
俺の言葉を聞いた八木は、両手を合わせて合掌し始めた。
尚、あのバカが帰って来たのは夜も大分更けてからだった。
先に食事は済ませていたので、帰って来たバカにキッツいお仕置きを敢行して、夕食抜きの刑にもした。
ほんと、不安って当たるもんだよねぇ……。
(好き勝手し放題……。漢っすけど、擁護は出来ないっすよねぇ。神喰さん、無事に明日を迎えられると良いっすね。南無南無)
合掌した八木は、我関せず、で行く事を決めたのであった。




