幕間 輿入れ準備・ミリア編
時は一月ほど遡り、ラフィが婚約者達を送り出した頃に戻る。
ラフィ様に実家のある神聖国に送ってもらった私は、送ってもらった翌日から輿入れの準備を始めました。
「そちらの小さい箪笥は、持って行かせます。ああ、そちらの服は持って行かずに保管で」
「奥様。御用商人がお見えになっております」
「もうそんな時間ですか。ミリア……は、今は無理そうですね」
「そう仕向けたのは、お母様ですが」
お母様はテキパキと侍女たちに指示を出して行き、御用商人が来たと告げられた後、私の方を見て残念な顔をしましたが、私こそ文句を言いたいです。
と言うのも、私は今、お母様が侍女たちに出した指示のせいで着せ替え人形にされているのですから。
もう何時間も着せ替え人形にされていて、少し疲れているのですが、私に服を着せるのが楽しい侍女達は、一向に止まる気配が無いのです。
「ミリアお嬢様、今度はこちらの服を着てみましょう」
「その服ですと、こちらの宝石などが合いそうですね」
「あの……そろそろ休憩にしませんか?」
私が休憩を促しますが、侍女達に止まる気配はありません。
着せ替え人形状態から解放されたのは、更に数時間後の事でしたが、明日も洋服合わせと聞いた私の顏は何とも言えない表情をしていたと思います。
「ミリアちゃんも大変だったわね」
「そう思うなら、止めて欲しかったです」
夜にお母様から大変だったと言われましたが、仕掛けたのもお母様なので止めて下さいと思うしかなかったのです。
その様な日々が1週間ほど続き、家具や洋服を選ぶ作業が終わりました。
私の輿入れに家族は喜びながら作業をしていたのですが、一番動いていて主導していたのがお母様でした。
お父様も普通に準備に対して動いていたのですが、あまり記憶に残っていないのは何故でしょうか?
その事を夕食時についうっかり話してしまい、何とも言えない空気になってしまいました。
「ミリア、私も結構頑張ったんだがね……」
「すみません、お父様。ですが、具体的に何をしていたのかが……」
「父上、気にしたら負けです」
「お兄様? お兄様も動いていたのですか?」
「……一応、我が妹の警備についていたんだけどね」
「知りませんでした……」
「父上、自分もこんな扱いなので……」
「ははは……確かに、気にしたら負けだな」
この様な会話になってしまい、お父様とお兄様には申し訳ない気持ちになりました。
ただ、お兄様が言っていた〝警備〟について気になります。
何故、私を警備するのかが分かりません。
そんな私に、お兄様は説明してくれました。
「あのね、ミリア。今のミリアは、自分が思っている以上に危険な立ち位置にいるんだよ」
「どういう事でしょうか?」
「神聖国で神子と言えば、教皇様の次に発言力を持つ立場だ。ましてやミリアは【神託】持ちで、過去の神子よりも強い発言権を有している」
「ですから、発言には細心の注意を払っていますが」
「問題はそこじゃないんだ。過去に類を見ない神子が、教皇様を筆頭に全枢機卿が認めた神聖騎士様と結婚する。当然だが、それが面白くない者もいるって事さ」
「まさか……我が神聖国の貴族でそんな者達が……」
「残念だけど、事実なのさ。後ね、俺は貴族とは言ってないよ」
「貴族以外に居るのですか?」
「…………うん、いないな。これは失言だったかもしれないか」
「私には有益な情報ですが……まさか、ラフィ様の方へも何か動きがあるのですか?」
お兄様の話を聞いて、ラフィ様の事が真っ先に浮かびました。
ラフィ様は戦闘には強いですが、搦手には少し弱いと思っています。
もし、ラフィ様に危害を加えるのであれば、私の持てる全てを使ってでもその者達を断罪します。
「今から早急に、あぶり出しをしなくては……」
「ミリア、ちょっと冷静になろうか。神聖騎士様への被害は……全く無いわけでは無いけど、話に聞いた通りなら深刻じゃないから安心して良いよ」
「具体的に話してください」
私の剣幕に押されて、お兄様が話した内容は「いつもの事ですね」と言える内容でした。
そう、いつもの側室と妾の話です。
ですが、そこで見落としていた事に気付きました。
先程お兄様は「面白くない者」と言っていましたが、貴族とは明言していませんでした。
そして「貴族とは言っていない」とも話しています。
この二つが指し示す答えは、もう一つあると言う事でしょうか?
それとなくお兄様に聞いてみます。
「お兄様、先ほどの話ですが、もしかして商人にも怪しい動きをしている者がいるのではありませんか?」
「……やれやれ。我が妹は名探偵だな」
お兄様はその言葉の後、ワインを飲んでから一息吐き、話の続きを始めましたが、その内容にどう対処するかを悩むことになりました。
「商人の方はね、野蛮な手では無いんだよ。ただ少なからず、御用商人へ圧力をかけていてね。輿入れに必要な新しい化粧台の仕入れに困っているんだ」
「化粧台の仕入れですか。また、嫌な所を突きますね」
輿入れの時には、出来うる限り新しい化粧台を持って行くのが習わしです。
その理由は、新生活でも美しくあれ、旦那に浮気をさせるな、一番であれ、等の色々な理由が込められているからです。
勿論、経済的に新しい化粧台を購入できない平民などは、使っていた化粧台を出来る限り綺麗にして持って行きますが、貴族にそれは許されません。
それほどに、新しい化粧台は重要なのです。
「どうするのですか?」
「一応、職人に直接交渉して仕入れは出来たと聞いているよ。後はもう一つ、厄介な話があるのだけど、明日になればわかるから」
「今、教えてはくれないのですか?」
「口止めされているからね。さっきの面白くない者達の話を含めて、教会から呼び出しがあるから」
「私としては、一刻も早く戻りたいのですけど……流石に放置はできないですね」
「そうだね。ただ、ミリアが後腐れなく結婚できるようにするための話でもあるから、頑張って解決してきてね」
「お兄様は手伝ってくれないのですか?」
「内容的に、父上かおじい様の領分になるね」
「そちらですか。面倒な話になりそうです」
そして、お兄様から話を聞いた次の日の朝、教会から迎えが来ました。
昨夜の話から察するに、相当面倒な話の気がしますが、行かねばなりません。
これもラフィ様と結婚する為に、神様が下した試練なのでしょう。
私はこの試練を乗り越えて、ラフィ様の元へ必ず戻ります!
そう決意して馬車へと乗り込み、教会へと向かいます。
教会に着くと、すぐさま大会議場へと案内されたのですが、そこには教皇様と全枢機卿が集まって、何やら思案している最中でした。
頭を抱える枢機卿や腕を組みながら独り言を言っている枢機卿など様々ですが、一体何を悩んでいるのでしょうか?
良く見たら、おじい様も片手で頭を掻きながら思案しています。
(一体、どんな難題なのでしょうか?)
私が来たことにも気づかずに悩む枢機卿達ですが、教皇様の隣に私が座った事で教皇様が枢機卿達に声を掛けます。
「神子がご到着成された。思案している者もいるだろうが、まずは説明をしようではないか」
「おお。神子様がご降臨されたのですな。でしたら、この難題も直ぐに解けるでしょうな」
教皇様の言葉に、一人の枢機卿が声を上げ、その言葉に他の枢機卿が続きます。
本当に、何で悩んでいるのでしょうか?
そして説明された本題に、私も頭を悩ませました。
「さて、神子が参られたので、初めから説明をしようと思うが、意義のある者は?」
教皇様の言葉に反対の声はなく、説明が始まりました。
「では、説明を始めよう。議題は二つ。一つは良からぬ動きをしている貴族達。これに対する対処だが、何か意見は?」
「よろしいですかな?」
「お願いします」
「神子様からの御許しに感謝いたします。まず、昨今の意識改革の話から致しますが、神聖騎士様のご活躍により、神樹国と神聖国の争いに一つの楔が打たれました」
ラフィ様がお調べになった本来の信仰の話ですね。
両国とも半分間違っていて半分正解であったと言う話で、本来は両国の信仰を合わせた者であったと言う話ですが、その話を聞いた神樹国と神聖国はお互いに意識改革をして行くとの結論に達しています。
ですが、その話と今の話に何か関連性があるとは思えないのですが……。
私が神聖国にいない間に、進展があったのでしょうか?
私は暫く静かに聞く事にします。
「その結果、意識改革を行い、浸透具合をみて来たのですが、神樹国側はほぼ浸透したようです。そして我が国ですが、平民の間では、ほぼ新しい意識が浸透しています。貴族側にも浸透はしていますが、やはり反発している貴族が半数以上はいる模様です」
「それで、先の議題とどう交わるのだ?」
「先ほど教皇様が仰られていた、良からぬ動きをする貴族ですが、その大多数が反発している者なのです」
「反乱でも起こすつもりですか?」
「彼らの言い分は『現神聖騎士も神子も偽物である! 偽物は断罪されるべきだ!』とほざいていますね。我々に取って代わりたいと言うのが本音でしょうか?」
「武力行使ではなく、支持者を集めて追い落としたいわけか」
「ですが、今お聞きした内容ですと、支持者など集まらないのでは?」
「神子様の仰る通りです」
お話を聞く限り、どこに問題があるのかが分かりません。
恐らく、反発的な貴族達は前から私に対して『偽神子だ!』と騒いでいる貴族達でしょう。
ご自分達の娘が選ばれなかったら騒ぎ立てるのは毎回だと、以前に前教皇様が話していましたし、騒ぐだけで何もしないと仰っていたので問題が無いようにも思えます。
ですが、私の考えはどうやら甘かったようです。
「騒いでいる貴族達ですが、どうやら領民からも見放されかけているようで、武力行使の可能性が出てきています」
「……予想戦力は?」
「傭兵を雇い入れてるようですが、全ての貴族が団結しても千には満たないと思われます。ですが、武力行使されると言うのが問題です」
「最近では、帝国で内乱があったばかりだしな。それに、リュンヌとダグレストの件もあるしな」
「弱みを見せる訳には行かないかと」
思ったよりも深刻な内容です。
教皇様はどのような手を出すのでしょうか?
人の争いに【神託】はほとんど発動しません。
私もどう答えるのが最適なのかがわからないです。
ですが、教皇様は次の話に移りました。
こちらが本題では無いのでしょうか?
「貴族達に関しては、同行の監視に留めよう。今は答えが出んしな」
「諜報と監視を強化します」
「うむ。次に第二の議題だが、神子ミリアンヌ・フィン・ジルドーラが結婚した後の神子選抜についてだが」
教皇様が第二の議題を出した瞬間、枢機卿船員の顔色が悪くなりました。
皆さんが悩んでいたのは第二の議題の様ですが、一体何をそんなに悩んでいるのでしょうか?
「現神子であるミリアンヌ嬢程の逸材が要るのかと言うのが一点。そしてもう一点は、いなかった場合にどう言った基準にするのかだ」
「あの……神子選抜の基準を変えるのですか?」
今、この時に、選抜基準を変える意味が分かりません。
そもそもの話ですが、神子選抜に関しては貴族も平民も関係なく行われるのが定石です。
基準の全てを変えるとなると、国民からの反発は確定するはずです。
教皇様は一体、何をお考えなのでしょうか?
「神子ミリアンヌよ。基準を少し上方修正するだけで、根本は変わらないから、そう怒らんでくれ」
「では、具体案を提示願います」
「そうだな。まず今までの選抜基準だが、回復魔法を使える者が一次審査を突破しているが、これに変更はない。当然だが、身分に対する変更も行わない」
「そうなると、2次審査以降ですか?」
「その予定だ。次に、回復魔法の属性判別を行うのだが、今までは属性と回復魔法の威力についての審査だった。そこを変える予定だ」
「どう変える予定なのですか?」
「二次審査は、光属性で回復魔法を行使でき、更に聖属性回復魔法を行使できる者にする予定だ」
「かなり厳しくなるのでは? もしかしたら、候補がいない可能性も出てきそうですが」
「狙いはそこにある。神子が退任する事柄に結婚に関しての約定があるのは、ミリアンヌ嬢も知っていると思うのだが」
「神に仕える神子は清らかでなければならない、ですね」
「当然だが、その文面には処女である事が求められる。だからこそ、平民からは新しい神子が誕生しにくい傾向にあった」
「まさか……私に引き続き神子の任を任せるつもりですか?」
神子の任期を伸ばされて、ラフィ様と結婚できないのは、許容できないです。
何としても、この話を白紙にしなければ!
「何か勘違いをしているみたいだな。だから覚悟ガン決まりみたいな表情は止めて欲しいのだが?」
「では、私が勘違いしている部分をお話しください」
「そうだな。それにはまず、神聖騎士様について、もう少し詳しく話すべきか」
「枢機卿すら知らない話があるのですか?」
「私も、前教皇様から聞かされて納得したのだが、神聖騎士とは神々の剣であるとの事だ」
「つまり、神聖騎士様との結婚と子を成す行動は、神に娶られるのと同義であると?」
「概ね間違いない。そして私は、この事を公表しようと思っている」
教皇様の言葉に、枢機卿達がざわめきます。
枢機卿達の反応は、私も当然だと思うので、仕方ないでしょうね。
今まで秘匿してきた情報を、一般公開するのですから。
止めに入る枢機卿が何名かいますが、教皇様は手を挙げてざわつきを治め、話を続けます。
「先に言っておくが、神子選抜で条件に合う者がいなかった場合にのみ、情報開示を行い、現神子の任期を伸ばす方向で行く予定だ」
「見付かれば、その限りでは無いのですな?」
「ジルドーラ枢機卿、私とて人の子なのだよ」
珍しくおじい様が教皇様に釘を刺しに行きました。
一触即発の雰囲気ですが、止めに入るか悩む所です。
止めるならおじい様の孫として、止めに入らねばならないでしょうね。
神子としての立場なら、静観するのが正解ですが。
何とも悩ましいことです。
神子であったからこそ、ラフィ様と知り合って婚約できたので、感謝はありますが、結婚後も神子はやりたくないですね。
おじい様も私の気持ちを知っているからこそ、教皇様に釘を刺しに行ったのでしょう。
「もう一度言おう。見付かれば、現神子は責務から退任される」
「承知した」
「貴族側への対処はどうなさるのですか?」
ここで第一の議題が邪魔をしますが、教皇様は最終手段とも言える行動を起こすと言いました。
その言葉に全員が驚きますが、納得はしたようです。
「騒がしい貴族達には異教徒審査を受けて貰う。異教徒認定されたならば、爵位の剥奪に加え、国外追放も行う」
「やり過ぎなのでは?」
私は苦言を教皇様に申し入れますが、教皇様はお考えを変えるつもりは無い様です。
それどころか、枢機卿達の前で悪態を吐き始めました。
「あのボンクラ共。過去の栄光にいつまでも縋り付きおって。この際だから不穏分子は一掃する」
「名誉司教を与えていますが、平民共から搾取していますからな」
「この際に、肥え太った豚共を一掃しますか」
枢機卿達も教皇様の悪態に賛同し、支持をしますが大丈夫なのでしょうか?
歴史を紐解けば、神聖国の貴族家は他国と成り立ちが大いに違うのは理解しています。
我が国の古い貴族達は、過去に神子を輩出した家ですが、当時の神子と家族たちの貢献度によって今の爵位を手に入れています。
即ち、現在で爵位の低い家は当時の貢献度が低かったことを表しているのです。
故にその弊害なのか、現在の上級貴族達は過去の功績を盾に傲慢な態度であったりします。
これも、歴史が長い国の闇なのでしょうね。
「ともかく、神子選抜を数日後に行おう。審査だけでもそれなりに日数は取られるのだからな」
「神子様、一つよろしいでしょうか?」
「何でしょうか?」
「神子様の輿入れ準備は、どの程度で終わりそうですか?」
「長くとも、後10日程で終わる予定です」
1人の枢機卿に聞かれたので、私は隠さずに答えます。
その答えを聞いた教皇様が、神子選抜の日程を決めてしまいましたが、かなり強引だと思います。
ですが、枢機卿達に異論はない様です。
以前とは違い、一致団結した姿があって、少し安堵しました。
「では、明日には神子選抜の情報を流そう」
「地方の事も考えて、第一次審査は1週間後が良いでしょうな」
「審査には神子様にもご同席願いますが、よろしいですかな?」
「大丈夫です」
「異端審問は何時行うので?」
「出来れば選抜前に行いたい。どの程度で可能なのかを聞きたい」
「選抜の前日までには終わらせましょう。第二聖騎士団を動かしても?」
「任せます。現場指揮は聖騎士団長への一任で行こうと思いますが?」
「教皇様のお考え通りに」
私が来てから、あっという間に話がまとまりました。
教皇様は、私をこの場に参加させることで、強硬策を取りに行きたかったようです。
教皇様の策に乗せられるなんて、私もまだまだです。
その後は滞りなく会議が進み、その後も順調に事は進んでいきます。
結果としては、新しい神子候補が誕生したのですが、平民からだったので教育が必要と判断されました。
全ての審査で、他を圧倒する回復魔法の使い手でしたが、魔法の出力調整が苦手な事も候補とされたところですね。
私は、新しい神子候補が正式に神子となる日まで、神子職を続ける事になりましたが、普通に結婚して子を成して良いそうです。
『神子候補はいずれ神子になりますからね。引継ぎ時期に動けないと言う事態だけ避けて下さい』
教皇様に『妊娠は計画的に』と釘を刺されてしまいました。
ですが、子を成すのは自然の摂理に任せるしかないので、計画的に出来るかは不明ですね。
こうして私は、輿入れ準備と神聖国での内部事情を全て終わらせて、ラフィ様に連絡を入れます。
ほぼ一カ月会えなかったので、早くラフィ様成分を補給したいです。
……少し、はしたないですかね?




