幕間 王の掌の上で貴族は踊る
グラフィエルが神喰に関して、王都郊外で色々とする2時間前。
王城のとある一室で、各大臣達と先代公爵に加え、一つの貴族派閥の貴族家が参加する秘密会合が行われていた。
王妃すらも知らない秘密の会合部屋で、ランシェス王国国王・テオブラム・ラグリグ・フィン・ランシェス王が周りを見渡し、睥睨する。
そして始まる、秘密会合。
「皆の者、良く集まってくれた」
王の言葉に、静かに頷く一同。
さて、何故この様な会合が行われているのか?
そして、何故、貴族派閥の者が参加しているのか?
この場にいる大臣達には何も知らせれていない。
なので王は、その説明から入ることにした。
「まずは皆が疑問に思っている事から話そう。そこにいる貴族派閥の者だが、諜報部の裏長と言えばわかるかの?」
王の言葉に、一瞬で理解を示す大臣達。
貴族派閥の者がいる理由は、潜入捜査官とも言うべき存在だった。
その者は、変装を得意としており、この部屋に来るまでの間は、違う人物に成りすましていたのだ。
そして今は、表で貴族派閥の者の顔をしている。
そんな彼が、徐に別の顔となる。
但し、それも素顔ではない。
しかし、裏の顔で見せている姿にはなっていた。
彼の素顔を知るのは、陛下と先代公爵のみしかいないのだ。
「警戒するのはわかるが、彼の者は遥か昔から、王家に仕えてきた一族の者だ。心配は要らん」
王の言葉に、潜入捜査官は静かに首を縦に振る。
彼の一族は、代々王家に敵対しそうな獅子身中の虫を束ね、必要とあれば葬って来た一族である。
必要とあれば、偽の死亡録を出して家を断絶させ、しかし役職上必要なので、別家として復活する特殊な貴族家だった。
「過去に何度か断絶と復活を繰り返しておる一族だ。今回は、偶々時期が来ただけにすぎぬ」
「陛下、もしや我らの大臣職も?」
「うむ。お主等の考えている通りだ」
一人の大臣の言葉に、王は肯定する。
大臣――卿――は、5年持ち回りである。
そして、大臣職は王家主流派しかなれない。
では何故、大臣は疑問を呈したのか?
その答えだが――。
「本来であれば、軍務卿は年内で交代となるが、情勢が不安定だからの。余の権限で伸ばしたわけだが……」
「財務卿と内務卿もでしょうか?」
情勢が不安定な時に引継ぎと交代を良しとしなかったのだ。
勿論、それだけではない。
現在の大臣達は、王家に絶対的な忠誠を誓う、古き貴族家でもあった。
初代当主から一度も変わることなく、王家主流派として存在し続けた貴族であったのだ。
故に、王家からの信頼は厚い。
だからこそ王は決断したのだ。
「持ち回りの貴族家には悪いことをしたがな。だが、見返りは十分に取らせるように手配した」
「なるほど。遠い縁戚になるとはいえ、好敵手が自分を指名したのは、そういう事ですか」
軍務卿の次の貴族家だが、現当主が体調不良を理由に断って来たのだ。
普通なら、次期当主かその次の役回りになる貴族家が職に就くのが通例だが、相手は自分を指名してきた。
結果、ファスクラ軍務卿は後5年、軍務卿を続けることになっていた。
そしてそれは、財務卿と内務卿にも同じことが起こっていた。
財務卿は来年で任期が終わり、内務卿は去年で任期切れだったのだが、どちらも継続していたのだ。
「余からの提案は、どの貴族家にも本来支払う給与の支払いと子供と孫への士官推薦だの。ただ、流石に大きな部署へは回せんとは言っておいたが」
「確約が取れただけでも十分でしょう。それに、運も良かった」
「うむ。次の持ち回り貴族も、歴史が長かったからの。今は主流派であるが、一時期は過激派でもあった者達だが、聞き訳が良くて助かっておる」
「ですが、その次は無理でしょう」
内務卿の言う通り、その次の持ち回り貴族家は、歴史が浅い――それでもそこそこの歴史はある――貴族家だが、忠誠心と言う点では、二家に及ばない。
王としては、数年の間にケリを着けたいのが本音であった。
「して、貴族派閥の動きはどうだ?」
「こちらに資料を纏めてあります」
潜入員が資料を配る。
各大臣が、資料に目を通す。
王も目を通すが――。
「ふむ。……やはり、避けられんか」
「これで歴史上、何度目になるのでしょうな」
「ムンゼオよ。それは言っても無駄だろう」
「ザイーブ。過去を振り返るのは大事だぞ。ある程度の試算は出来るのだからな」
「ムンゼオの言いたいこともわかるが、法務としては頭が痛いな」
「ヒャスト卿と同じ意見ですな。商務としても頭が痛い」
「一番頭が痛いのは軍務だっての。馬鹿どもが余計な考えを抱くから、余計な仕事が増える」
「全くだな。だが、我が外務は過去に比べてマシではあるか」
「良かったな。クロノアス卿に足向けて寝れんぞ」
「静まれ。本題に戻すぞ」
王の言葉で、今までのやり取りがピタッと止まる。
次に潜入員が配られた資料を見て、軍務卿の顔が引き攣る。
「マジかよ……。これ、絶対に売国奴がいるだろ」
軍務卿が引き攣るのも無理はない。
渡された資料に書かれてあった推定反乱分子は、想定以上の数字だったからだ。
反乱する貴族家の数字ではなく、その予想戦力。
明らかに、他国から――否、ダグレストからの軍事提供と思える数字であったから。
他の者達もその資料を見ながら呻く。
そんな中、先代公爵が潜入員に質問をする。
「一つ気になるのだが、良いか?」
「何でしょうか?」
「お主が持ってきた数字が本当だとするならば、ダグレスト側にいる辺境伯家のどちらかが裏切っていることにならんか?」
「その点ですが、実は奇妙なのです」
「どういうことだ?」
王の問いかけに、潜入員は黙ってしまう。
その理由は、確定情報が無いからである。
憶測と仮説はいくつかは持っている。
しかし、どれも穴があるので確実とは言えない。
その最大の穴が、戦力の隠蔽。
どうやって隠すのか、皆目見当がつかないのだ。
だが、王の質問には応えねばならない。
意を決して話すのだが、賛同を得られるかは微妙だと考えていた。
「いくつかの仮定はあるのですが、戦力の隠蔽に関して、どうしても説明できなく」
「ふむ。……仮に――だ、グラフィエルと同等の魔法を使える何者かが居た場合ではどうだ?」
「……何年も隠蔽出来るものなのでしょうか?」
「難しく考える必要はない。国外で戦力を集め、時期が来たら短い時間の間、隠蔽すれば良いのだから」
「では、その辺りも含めて再調査致します」
王の言葉に再調査と言う形で答える潜入員。
とりあえず、最大の問題は切り抜けたと安堵するのだが――
「そう言えば……お主もクロノアス家に接触していると聞いたが?」
王の言葉に、内心驚く潜入員。
今の潜入員の表の立場は、貴族派閥の最大勢力の一つである。
そんな貴族が接触したとなれば、どうしても噂は立つ。
だからこそ内密に接触しようとはしていた。
潜入員は思わず「その情報を何処で!?」と言いかけて、ギリギリ口に出さずに踏み留まる。
表面上、どうにか取り繕って、質問に答える。
「まだ、接触はしておりません。裏でどうにかご協力頂けないかと、算段をつけている最中でして」
潜入員は内心で冷や汗をかきながら、王の質問に答えた。
対する王は黙したまま。
短い静寂の後、王が言葉を発する。
「ならば王命にて命ずる。余からの指示があるまで、クロノアス家及びグラフィエルへの接触を禁ずる」
「承知しました」
何故?とは聞かない。
否、聞けない。
潜入員以外の全員が、疑惑の目を向けたのだから。
それに――。
(今はまだ時期ではない――と言う事か。いや、情報は知るものが少ない方が良い? ……どちらにしても、接触は諦めた方が無難か。王家を裏切る気はないが、疑惑の目を向けられたままでは、支障が出る。ここは穏便にやり過ごすが吉だな)
潜入員は瞬時に考え、王の言葉に従う。
ただ、最後に王は言った。
『余からの指示があるまで』と。
つまりは、前者の可能性が高いと、潜入員は考えてもいた。
ならば、潜入員がとる方法は一つ。
「情報を更に集めます。ただ一点、陛下にお聞きしたいのですが」
「申してみよ」
「一度だけ、我が家の夜会にグラフィエル殿を招きたいのです。他の貴族家がどのような反応を示すのかを確認したいのです」
「……余は、指示があるまで待て。と言ったが?」
王の威圧が来るも、どうしても確認したいことがあるため、潜入員は引けなかった。
故に、最後の報告をする。
「強硬派、中立派から、貴族派に変わるかもしれない貴族家が多数存在します。ですので、派閥に拘らずに招待したいのです」
「……時期は?」
「殿下の式の後ならば、大半の貴族家が王都にいるものかと」
「……良かろう。一度だけ認めよう。但し――」
「夜会中に談笑を交えて話そうと思います。聡いグラフィエル殿なら、こちらの意図に気付いて頂けるかと」
「……グラフィエルから接触してきた場合には、見逃して欲しいと?」
「それもありますが、本題は別にあります。先代殿」
「別だと?」
「こちらの意図に気付いたのなら――」
「なるほど……。儂と陛下に接触してくると思っておるわけか」
「はい。そして、あの方はある意味容赦がないので」
「わかった。グラフィエルから接触してきた場合には、不問とする。但し、誘導は認めん」
「ありがとうございます」
潜入員はホッと胸を撫で下ろす。
王からの許可は得られた。
ならば後は、こちらの仕事である。
潜入員は報告すべき事と得るべき許可を得て、聞きに徹する姿勢を取る。
その姿を見た王は、他の者達に視線を移し――。
「他に報告のある者はおらんか?」
言外に「仕事してるのか?」と嫌味を言う。
それに反応したのは、軍務卿であった。
「陛下。亜人達の事ですが――」
「問題があったのか?」
「いえ。亜人達の中から数名、軍に加わりたいと言う者がおりました。ただ、条件が少し特殊でして」
軍務卿は纏めた資料を王に見せる。
顎を触りながら、資料を見た王であったが。
「厳しいの。彼らだけを優遇するわけにもゆかぬ」
「はい。ですので、この方法はどうでしょうか?」
次に打開案を提示する軍務卿。
王はその案を見てニヤリと笑うが――。
「修正は必要だの。後は法改正か。だが、費用の前貸しは悪くはない。問題は、亜人側が飲むかだが」
「彼らには伝えてあります。その上で全て飲むと言っておりました。情勢が怪しい以上、戦力の強化は必要かと」
「後は国民感情だが」
「問題無いでしょう。我が国は亜人達に友好的ではあります。貴族は別でしょうが」
「主流派は時間が解決するだろう。亜人側もグラフィエルの庇護下にある以上、余計な事はせんはずだ。とすれば……」
「強硬派と貴族派ですな。……暫くは商業区の見回りに従事させては如何でしょうか?」
「内から変える――か。……よかろう。暫くは様子を見るとしよう」
その後も提示報告ではなされない裏の報告がなされ、全ての議題が終わる。
大臣達と潜入員が席を立ち、部屋を後にしていく中、先代と王だけが部屋に残る。
「叔父上、どう見る?」
「帝国内乱で動かなかったのだから、旨味は無かったのだろう」
「何時だと思う?」
「どう考えているのだ?」
「早くて1年後。遅くても3年以内と踏んでいる」
「問題は、どちらが便乗するか――か」
「余の見解は、貴族派が便乗だと読んでいる」
「その理由は?」
「貴族派は単独では事を起こさんよ。8年前に改易となったあの家みたくなりたくないだろう」
「そう考えれば、あの家は勇気があったと言えるの」
「蛮勇であるよ。だからこそ潰れた」
「そうなると、奴らの狙いは……」
「各地での同時発起とゲリラ戦。少数が合流し、大軍となって四方から包囲が妥当だろう」
「対策は?」
「問題はない」
「それは重畳。曾孫見るまでは死ねんからな」
「余とて孫の顔は見たいからの」
「では、親父とじじいは頑張るとするか」
「叔父上、出来れば……」
「潜入員の夜会か? お前から言っておいてくれ」
「わかった。それと……」
「派閥の再調査か。主流派、強硬派、中立派、貴族派の4派閥が主流だが、その内情は更に細分化しておるし必要か」
「主流派すら疑わねばならぬとは、頭が痛い」
「唯一の救いは、今の大臣達とクロノアス家は除外できることだな」
最後のそう話し、先代公爵は席を立って部屋を出ていく。
部屋には王が一人。
王は天井を見上げ、考えを纏める。
(推定戦力の想定は上方修正が必要だな。だが、反乱軍の兵力は元の想定数の3倍になっても軍には届かん。しかし、ダグレストが動けば優位性は失われるか。最終手段はやはり、《《あやつ》》に委ねられるな)
王は一人、暗くなった部屋で思案する。
貴族派閥の動きなど、王にとっては掌の上で踊っているに過ぎなかった。
それは、近い将来に証明される事となる。




