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私とドラゴン

 「お嬢様、起きてください」



 聞き覚えのある声が、眠っている私の耳に入ってくる。キャシーさんだ。



 「…………ん……もう朝…………?」



 虚ろげな意識の中、掛けられた声に返事をする。



 「朝ですよ。そろそろ朝食のお時間ですよ」


 「……んん……」



 眠気が抜け切れてない体をゆっくりと起こす。



 (…………もっと寝ていたいなぁ……)



 睡眠時間は十分なはずなのに、体質故かベッドの性能故か、体を起こしてもまだ瞼が重い。



 「お嬢様、かなり眠そうなご様子ですね。食堂に向かわれる前に、まず顔を洗われてきてはいかがでしょうか?」


 「うん……そうする……」



 彼女に言われるがままに、私は洗面所へと向かった。


 この屋敷に来て既に3日が経つが、この3日間(正確に言えば昨日の屋敷探検)で屋敷内の部屋の配置を全て記憶したので、洗面所まで迷うことは無かった。


 洗面所に着き、顔を洗う。顔に当たる僅かに冷たい水が、程よく気持ちいい。



 (バシャン……)


 (フルフルフル……)



 水を浴びた犬のように顔を振る。そして蛇口を閉め、タオルで顔を拭く。ここだけ見ると、日本の朝と何も変わらないな。



 「……そう言えば、歯ブラシってどこ? さすがに洗面所には置いてあると思ったんだけど……」



 辺りを見回す。昨日や一昨日は、色々あって歯磨きができていなかったのを思い出したからだ。


 しかし、歯ブラシやそれに近しい物は見つからなかった。



 「…………もしかしてこの世界、歯磨きっていう習慣そのものが無い感じ? いやまさかな……」



 もう一度辺りを見回す。やはり歯ブラシはどこにも無い。


 私はかなり焦っていた。日本にいた頃も歯磨きは欠かさなかったので、歯磨きをしないで過ごすという事が到底考えられなかったからだ。



 「……とりあえず口は濯いでおくか。で、あとでお父さんとかキャシーさんに聞いてみよう」



 口を濯ぎ、足早に食堂へと向かう。


 食堂に着くと、既にお父さんたちを初めとした人達が、食卓に料理を準備していた。


 私は足早のまま、お父さんたちの食卓へと歩いた。食卓には既に、キャシーさんもついていた。


 使用人たちの食卓を掻い潜りながら辿りついた私は、早速キャシーさんに質問をした。



 「ねぇキャシーさん。歯ブラシって、どこかにあったりする?」


 「……おや、そういえばまだお嬢様の歯ブラシを取り出しておりませんでしたね。申し訳ございません。ただ今お持ち致しますので、少々お待ちください」



 席を外そうとするキャシーさんをすんでのところで止める。



 「あ、今じゃなくていいよ。食べ終わった時に出してくれれば」



 ……とりあえず、歯磨きの文化はあるようなのでホッとした。



 「……左様でございますか? かしこまりました、ではその時にお持ちして参りますね」


 「うん、ありがとう」



 その直後、食堂の扉が勢いよく開く。そしてそこには、何やら焦った様子の男性がいた。


 それを見たお父さんが一喝する。



 「何事だ騒がしい。今は食事の時間なのだから、もう少し静かにしてくれ」


 「も、申し訳ございませんラクドリア卿! しかし、どうしても伝えなければならない事がございまして……」



 そう焦る彼の体は高級そうな鎧を身に纏っており、王族らしき徽章きしょうが付いていた。


 彼の様子を見るに、どうやら彼は王国からの伝令なのだろう。



 「それは食事を一時中断してまでも伝えなければならない事か?」


 「はい。とても重要な事でございます」



 食事を中断してまで伝えなければならない重要な事? 一体何だろうか。



 「よしわかった。ひとまずここまで来い」


 「かしこまりました」



 そう言われて伝令は私たちの席まで歩いてくる。



 「アリシア、キャシー、先に食べてましょうか」


 「あ、うん。わかった」


 「かしこまりました、奥様」



 お母さんに言われ、私たちは先に食べ始める。と同時に、伝令が私たちの食卓に到着した。



 「それで、重要な事って何だ?」


 「実は王都に、“ドラゴン”が出没したようで……」


 「ドラゴン!?」



 私は驚きのあまり声を上げてしまった。私の声に、この場にいる全員が呆然としている。



 「あ……ごめんなさい……どうぞ続けてください……」



 申し訳無さを胸に秘め、私は再び料理を食べ始める。



 「……えと、ドラゴンですね。そのドラゴンが王都に出没したようで、王国側から討伐隊を派遣しました。で、そのドラゴンを捜索中、ある兵士がそれを見つけ、勇敢にも1人で戦い、激しい死闘の末に『龍封じの剣』を突き刺し撃退したそうです」



 人間とドラゴンがタイマン勝負した所で、普通はドラゴン側に軍配が上がるのに、命知らずな人だなぁ、と感じた。



 「いい話じゃないか。それのどこが重要な事なのだ」


 「それがですね、そのドラゴンの逃げ込んだ先が、丁度この屋敷の周辺地域なようです。いくら『龍封じの剣』が刺さっているとは言えど相手はドラゴンですから、最悪の場合この辺りで暴れるやもしれません」



 この近くにドラゴンがいるの? それって普通にやばくない?



 「ですので、私はこうしてクーゲルバウム家の皆様へ注意勧告及び避難指示、そして王国からの討伐隊の軍備拡張のしらせを持って参った次第でございます」


 「なるほど……ありがとう、心に留めておくよ。しかし、私たちは避難するつもりは無い。アリシアの記憶がまだ戻っていない中場所を移すのは本人のストレスになりかねんし、何よりうちには、戦いのエキスパートが私を含めかなりいるのでな」


 「しかし……」


 「何、心配は要らんさ。ここにいる精鋭達ならば、ドラゴンなんざ相手にもならないだろう」



 ……お父さん、意気揚々としてる所悪いんだけど、それ大体死亡フラグです。なんて口が裂けても言えない。


 話を聞きながら、私は静かにグラスの水を口に運ぶ。



 「お嬢様、お水をお注ぎ致しましょうか?」


 「いや、いい……」



 再びお父さんたちの話に耳を傾ける。



 「と言うのも、戦闘のプロフェッショナルがこの屋敷には沢山いるんだ。負ける要素なんか微塵も無い。仮に負けたとしても、私は死なんよ。私にはまだ、家族皆で平和になった世界を過ごすという夢があるから、死ぬわけには行かないんだ」



 誰かこの人の死亡フラグラッシュを止めて! いい加減止めないと、この人このまま死ぬよ!


 呆れ返っていた私を見たお母さんが、そっと声をかけてきた。



 「お父さんたちなら大丈夫よ。きっとドラゴン相手でも生き延びられるわ」


 ねぇこの人たち無意識系の馬鹿なの? 頼むからこれ以上死亡フラグを助長しないでくれ……


 そうこうしている内に、お父さん以外の全員は朝食を食べ終わった。キャシーさんがそそくさと片付け始めている。



 「あなた、早く朝食を召し上がるのよ。私は出かけてきますから」


 「あれ、お母さんどこに行くの?」


 「商売のお話とか、社交パーティとかに行くのよ。でも、アリシアにはまだ早いわね」



 公爵婦人って、一日中屋敷にいるわけじゃないのか。初めて知ったな。



 「それじゃあ私、出かける準備をしてくるわね」



 と言ってお母さんは食堂から出ていった。それを見計らってか、伝令も軽く会釈をして食堂から出ていった。



 「……なぁキャシー、悪いが私の朝食は保管しておいてくれないか? 朝食は帰ってから食べることにする」


 「かしこまりました、旦那様」



 そう言われたキャシーさんは、お父さんの朝食を全てどこかに持っていった。


 結局、お父さんは朝食を殆ど食べないまま席を立ったようだ。



 「お父さんもどこか出かけるの?」


 「仕事だよ。公爵として、ちゃんと仕事をしないといけなくてな」



 公爵の仕事……何をするのか全く見当がつかない。しかし私は、その中身まで聞こうとはしなかった。


 親2人が出かける。となると、だ。



 「じゃあ剣術も魔法も、今日は教えられないの?」


 「魔法がどうかは知らんが、剣術なら教えられそうな奴が使用人に1人いるな。彼の剣の腕はずば抜けているから、彼なら私の代わりになるはずだ」


 「彼?」



 また私の知らない名前が出てきそうな気がする。というか、ただでさえすごいお父さんの、その代わりになれる使用人とは一体……


 するとこの話を聞いていたヘンリーさんが、静かに会話に入ってきた。



 「失礼します。剣術の彼に御用があるのでしたら、わたくしの方からお呼び致しましょうか?」


 「ああヘンリーか。ぜひそうしてくれ」


 「では失礼します」



 ヘンリーさんが会釈をする。



 「ねえお父さん、その彼って一体どういうひt……あれ」



 そう言うや否や、ヘンリーさんはいつの間にか姿を晦ましていた。



 (速っ……)



 「よし、後のことは剣術の彼に任せよう。そろそろ私は出かけるよ」


 「え、あ、え? 行ってらっしゃい……?」


 「ああ、行ってくるよ。ちゃんと良い子にして待ってるんだぞ」



 と言いながら私の頭を撫でる。


 そんな子供じゃないんだから、と言おうとしたが、よくよく考えればこの体は子供の体型だったな。すっかり忘れてた。


 私の頭を撫でた後、お父さんはゆっくりと食堂から出ていった。


 そしてこの場には、私1人だけがぽつんと取り残された。


 周りにいた使用人たちは皆食べるのが早いのか、私が食べ終わった頃には既に2,3人程しか見かけなかった。


 改めてがらんとした食堂を見回す。食堂全体の雰囲気は明るいものの、どこか寂しい雰囲気が漂う。


 しばらくして、キャシーさんがまだ開けていない歯ブラシを片手にして戻ってきた。



 「お嬢様、先程は申し訳ございませんでした。わたくしの注意力が欠如していたが為に、この様な事態を引き起こしてしまって……」


 「いや、別に気にしてないよ。だって私、2年間ずっと寝てたんでしょ? それなら、私の歯ブラシが無いのも納得だからさ」


 「……本当にお優しいのですね。ありがとうございます」



 こちらこそ、と私はお礼を言い、歯ブラシを受け取った。そして洗面所に向かおうとした時、不意にキャシーさんが私を呼び止めた。



 「? どうかしたんですか?」


 「あいえ、大した事ではございません。ただ、執事長からこのような伝言を承っております」


 「伝言?」


 「はい。執事長は、『剣術の彼は、今日は屋敷にはおりませんでした。アリシア様のご期待に沿う事が出来ず、大変申し訳無い』と申しておりました」


 「あぁそう……まあでも、伝言ありがとね」


 「いえいえ、物のついでに頼まれただけですので……」



 毎度思うのだが、その“剣術の彼”とは一体誰なのだろう。せめて名前で呼んでほしい。



 「……そういえばキャシーさんって、その“剣術の人”の事、知ってるの?」


 「……そういう方がいらっしゃる、程度には存じております」


 「あーじゃあその人の事何も知らないんだ」


 「はい。しかしわたくしだけでなく、他の使用人の中にも彼の詳細を知る者はほぼいないかと。話によると彼は、あまりご自身の事を話されないようで。それに、彼の声を一度も聞いたことが無いと言う使用人も中にはいるぐらいですから……」


 「へえ……その人の特徴って、どんな感じなの?」


 「聞いたところによると、彼の目は細長で黒目、髪は長髪で整っており、また無愛想な感じとのことです」



 無口だけど剣の達人、それで細長い黒目に整った長髪か。私の頭にはどこぞの超有名な怪盗グループの内の一人が思い浮かんだ。


 またつまらぬ物を切ってしまった的な。


 あっ、あっちは刀の達人か。まあどっちも似たような物でしょ。



 「うん、教えてくれてありがとう」



 お礼を言った私は、再び洗面所へと向かった。


 洗面所に着いてすぐに今まで先延ばしになっていた歯磨きを丁寧に行った。




 歯磨きを終え自室に戻り、そのままベッドに倒れた。そして、暇だなぁ、と一人呟いた。



 「なんでこの部屋には本が無いんだろうなあ……あ〜暇だ……」



 この部屋には、全身の映る鏡、お洒落な掛時計、大きなクローゼットに大きなベッド、横幅の広い勉強机、デカいカーペットぐらいしか無く、本棚や本はどこにも見当たらない。



 「この世界にはスマホとかゲームとかねーもんな……せめて本さえあればな……」



 と言った瞬間、ある事を思い出す。



 「待てよ……本? そうだ本だ! あの人の部屋にだったらいくらでもあんじゃん!」



 あの人の部屋、すなわちアリシアのお父さんの部屋である。


 最高の閃きを得た私は居ても立ってもいられなくなり、すぐさまお父さんの部屋へと向かった。


 部屋の前に着き、扉を開けようとノブを回す。


 が、扉は開かない。どうやら鍵がかかっていたようだった。



 (ガチャガチャ)



 扉が開かない事を知った私は、深く落ち込んだ。



 「……マジか……」



 肩を落とし、ため息をつきながら自室へと戻る。


 再びベッドに倒れ、小さくため息をつく。そのまま私は、暫く寝転がりながら思案に耽っていた。


 すると突然、こんな事が気になるようになった。



 「……そういえばこの部屋の窓の外、見た事ないけどどうなってんだろ」



 そう思った私は窓の方へとゆっくり歩いていき、そして思いっきり窓を開けた。


 開けた途端、一陣の風が部屋の中へと舞い込んでくる。初夏を感じさせるような、爽やかな風だ。


 私は風を受けながら、手摺の方へと歩み寄る。


 窓の外には、少し広いバルコニーに一人用の椅子や机が置いてあり、目の前には広大な森が、眼下には庭と思しき草地が広がっていた。



 「……あの森も、もしかしてうちの敷地だったり?」



 そんな事を考えていると、私は目の前のあの森に興味が湧いてきた。



 「……いっそあの森を探検するのもありかもしんないな。どうせ家の中に居たってやること無いし」



 と言って、しばらく考え事をした。



 「…………よし、ここに居ても暇なだけだし、ちょっと行ってみるか」



 そう決意した私の足は、既に部屋の扉へと向かっていた。



 「あでも、道に迷ったりしたら、さすがにシャレになんないよな。あと怪物モンスターとかも出るかもしれんし、そういう意味では剣かナイフは持って行きたいな」



 しかしその願望はすぐに疑問に変わり、足も止まる。



 「でもキャシーさん、ナイフ貸してくれるかな? 『これは危険な物ですので、お嬢様にはお貸しできません』とか言いそう。で剣も、保管場所がどこかわかんないしな……」



 屋敷の中で剣の保管場所を知ってそうな人……お父さんと、例の剣術の達人ぐらいだろうか。



 「……一応、ヘンリーさんに聞いてみるか。でもどこにいんだろ」



 そうして再び扉に向けて歩き出す。


 さて、この無駄に広い屋敷の中からヘンリーさんを見つけ出すのに、一体どれくらいかかるだろうか。


 と思って扉を開けた矢先、その扉の向こうに丁度ヘンリーさんがいた……わけではなく、普通に執事の1人が歩いていた。


 私はその執事に質問をする。



 「すいません、ヘンリーさんがどこにいるかわかりますか?」


 「執事長ですか? この時間なら、男性使用人室で事務を執っていらっしゃると思いますよ」


 「そうですか、ありがとうございます」



 執事に軽く会釈をし、男性使用人室に向かう。


 それにしても、あのヘンリーさんが事務の仕事をするなんて……執事長って大変なんだな、と思う瞬間であった。


 それから屋敷内を歩き回り、私は男性使用人室の前に着いた。扉の質素な感じから察するに、更衣室のようなものなのだろう。


 扉をノックし、中からの声を待つ。


 するとしばらく経った後に扉が開き、ヘンリーさんが出てきた。



 「おやアリシア様、どうかなさいましたか?」


 「あの、ヘンリーさんに質問がありまして。剣がどこに保管されているか、ヘンリーさんはご存知ですか?」


 「2階奥の倉庫にございますが……何故に剣が必要なのですか?」



 今まで言ってなかったことだが、この屋敷は2階建てになっている。


 この男性使用人室や食堂は1階、両親や私の部屋は2階にある。階の行き来は、屋敷中央の大階段と屋敷両端の小階段を使って移動し、その階段には、使用人たちが動かすワゴンを考慮して階段脇にスロープが設けられている。


 まあ、だから何だって言われると、何も言い返せないが。



 「自主練がしたくて。それで剣を探していたんです」



 これは嘘。



 「それにいついかなる時も、どこから襲われるかもわからないので、最低限剣は持っておこうかなと」



 こっちは本当。



 「成程、そうでございましたか。では、お気をつけて」



 ヘンリーさんにお礼を言い、私は倉庫へ向かった。


 倉庫の中はきちんと整理されており、一目で物の場所がわかるような感じだった。中には骨董品や美術品のような物もあった。


 私はその中から少し小さい剣とその鞘を手に取り、屋敷の外へと駆け出した。




 外に出た私は、バルコニーから見えた森に向けて一目散に走っていた。きっと、興奮と期待が私を急かしていたのだろう。


 森の入口に着くと、まず中の暗さに驚いた。太陽はまだ真上には昇っていなかったが、それにしても朝とは思えないぐらい暗かった。


 かろうじて木漏れ日が森の中を照らしているので、右も左も分からないという事は無さそうだが、それでも不安は拭えない。



 「怖っ……何コレ……」



 思わずそう呟く。



 「まあ何でもいっか」



 状況を受け入れた私は剣を抜き、右手側にあった入口の木の幹に大きくX字の切り込みを入れた。更にその交点に向けて少し強力な『凍結フリーズ』を解き放った。


 一見すると何の意味も無い行動のように思われるが、勿論ちゃんと意味がある。


 いくら敷地内の森と言えど、迷う可能性は十分にある。なら、迷わない為の手段として目印を付けながら進むのが一番良いだろう。


 その方法が、【右手側に目印を等間隔に付けながら進む】である。何故右手側か、と聞かれたら、帰るのが楽になるから、と私は答える。帰る時は目印を左手側にしながら進めばいいだけだからだ。


 ちなみにこの方法は、入り組んだ洞窟や迷路なんかでも使うことができる、覚えておいて損は無いテクニックでもある。


 ゆっくりと森の中を進み、等間隔に右手側の木に印を付けていった。


 特に行く宛があったわけではないが、実際探険というのはそういうものだと私は思っている。




 しばらく森の中を進むと、気がついた時には既に辺りは明るくなっていた。木漏れ日の量でも増えたのだろうか。


 もう昼なのかなとか思ったがそうではないらしく、どうやらいつの間にか木があまり密集していないエリアに入っていたようだった。


 それでも私は歩を止めず、周りに注意しながら進んだ。勿論目印を付けながら。


 すると私は突然、何かにぶつかった。ずっと周りだけを見ていたものだから、肝心の前方向の注意力が散漫になっていたのかもしれない。



 (ドンッ)


 「痛っ……何だこれ?」



 巨大な岩かなんかにぶつかったのだと思い、私はぶつかった物の感触を確かめる。


 表面は光が乱反射しているのか、不規則に照っている。触り心地はザラザラでゴツゴツ。色は赤味がかった黒?で、例えるなら酸化した血のような色だった。



 「……岩じゃないよな……何だこれ」



 不意に上を見上げる。特に理由は無いが、敢えて言うならなんとなくだ。


 上を見上げた私は、“それ”を見て戦慄し、言葉を失った。


 巨大な目に、鋭く光る眼光。また鋭いのは眼光だけでなく、牙も鋭かった。それに長く太い角。


 ――“それ”はドラゴンだった。私はドラゴンと目が合ってしまったのだ。それに私が触っていたのは岩なんかではなく、そのドラゴンの足だった。


 ドラゴンは、ずっと私の方を睨んでいた。荒く深い呼吸をしながら。


 状況を理解した私は気付いた時には既に半歩後ずさっており、早口で謝ってもいた。



 「ごごごごごごごご、ごごめんなさい!!!! ドラゴンさんだって知っていればぶつかったりしませんでした!! いやそもそもこんな所にドラゴンさんが居ると知っていれば近づきすらしませんでした!! 確かに私からぶつかったのが悪いんですけど、でもこれは不可抗力みたいなものd」


 [おい、貴様]


 「ひゃ、ひゃい!!!!」



 ドラゴンの低い声が、私の頭の中に直接響いてくる。


 この瞬間、私は死を覚悟した。あ、終わった……と。



 [貴様、人間だな?]


 「は、はいそうです!!!!」



 私はきっと、喰われるか踏み潰されるんだろうな。あーあ、こうなるんだったら、もっとこの世界を満喫してみたかったな。


 しかし、私の答えに対するドラゴンの返答は意外なものだった。



 [貴様に1つ、頼みたい事があるのだが]


 「…………へっ?」



 この時の私は、まさしく鳩が豆鉄砲を食らったような、そんな感覚だった。



 [いや何、そう難しいものではない。我の背に刺さった、このつるぎを抜いて欲しいのだ]


 「つるぎ…………?」



 ドラゴンの背中に目を向けると、1本の剣が真っ直ぐ刺さっていた。深く刺さってはいないようだが、浅く刺さってもいなさそうだ。



 [そうだ。我の手では、このつるぎに届かんのだ。だからこそ、此処に来た貴様ならこのつるぎを抜く事ができるであろう?]



 まさかドラゴンから刺さった剣を抜いてくれ、なんて頼まれるとは。ある程度死やら怪我やらは覚悟していたつもりだったが、これは想定外だ。


 ……ん? 剣の刺さった、ドラゴン?


 ふと、朝にしていたあの話を思い出す。そしてその内容を踏まえて、恐る恐るドラゴンに質問する。



 「……あの、もしかして貴方は、王都に出没したドラゴンさんですか……? 『龍封じの剣』を刺されたという……」


 [『龍封じの剣』かどうかは知らぬが、人間の街に出向いたのは確かに我だな。その一件に関しては、誠に迷惑を掛けたと思っている]



 “迷惑を掛けた”? 一体どういうことだろうか。



 [しかしそうか、我に刺さったこのつるぎは、龍封じの魔法がかけられていたのか。成程それなら我の力が出せないのも納得だな]



 勝手に1匹で話を進めないでほしい。



 「あの……一体どういうことですか……? “迷惑を掛けた”とは……?」


 [ふむ、そうだな。その辺も踏まえて、少し我の話でもするとしよう……貴様も立ったままでは疲れるであろう、一先ず何処かに腰を掛けると良い]


 「あ、ありがとうございます……?」



 そう促されて、私は近くの手頃な岩に座った。とりあえず、持ってきた剣はここに置いておくか。


 あれ? このドラゴン、実は凄く良いドラゴンなのでは? それとも私をただ欺いているだけ?



 [あまり小気味良い話ではないが聞いてくれ……我の名はラヴィダ、生命を司る龍である。司る、と言っても大したものではないがな]


 「ラ“ビ”ダさんですか? それとも、ラ“ヴィ”ダさんですか?」


 [“ヴィ”であるが、我は別に呼び方など気にはせん]


 「いやでも、ちゃんとした名前で呼ばないと失礼ですから……それで、ラヴィダさんは何故王都に?」


 [人間の作るいに来たのだ。だが少々失敗(・・)してしまってな]


 「酒? 買う? 失敗?」



 私にはもう何が何だかわからなかった。



 [まるでわからない、という顔をしているな。無論その感情は至極当然のものだ]


 「私の考えている事が、わかるんですか?!」



 心を読まれたような気がしてドキッとした。がどうやら違ったらしい。



 [わかるも何も、既に顔に出ているではないか。貴様のその顔を見れば、貴様は今困惑しているというのが容易に読み取れるぞ]


 「あっ、そうだったんですね……すみません」


 [謝る必要など無いではないか。ともかく、これから我は貴様の疑問を晴らしてやる]



 このドラゴン、普通に優しいんだが。私の知ってるドラゴンは、もっと荒くれ者のイメージだったんだが……



 [貴様は今こう思っているのだろう? 『ドラゴンは人を襲う』と。その点は否定せぬし、事実我々ドラゴン種はそういう輩なのだ。だがドラゴン種の中でも、我は違う]


 「違う? 何がですか?」


 [我は人間は襲わない。むしろ我は、人間が好きなのだ]


 「人間が好き、なんですか?」


 [そうだ。我々ドラゴン種の殆どは、己よりも力の弱い種族を見下し、そやつらの命なんぞどうでも良いと考えている。同胞は皆、人間の事は都合の良い食糧でしかないと思っているのだ]


 「じゃあ、ラヴィダさんは生命を司っているから、人間を襲わないってことですか?」


 [いや違う。それは全く関係無い]



 関係無いのかよ! と叫びたい気持ちをぐっと抑え、再び質問をする。



 「ならどうして……?」


 [まず理由の1つに、人間の肉は不味い。我は人間を1度食べた事があるのだが、あれは本当に酷かった]



 仏肉って不味いんだ……



 [ショックを受けているようだな。ならその訳を教えてやろう。人間の飼う家畜が全て草食なのは何故だ? その肉が美味だからだ。狩猟で狗を狙わず兎を狙うのは何故だ? その肉が美味だからだ。肉食の獣が草食の獣を追うのは何故だ? その肉が美味だからだ。ここまでの流れを見てわかるように、草食獣肉は美味で、肉食獣肉は不味い。これが世界のことわりなのだ]



 なるほど……と私はいつの間にかその雑学に感心していた。言われてみれば、確かにそうかも?



 [人間は雑食だが、肉を食べる事の方が比較的多い。そうした点に於いて事実上人間は肉食であるから、人間の肉は不味い]


 [そ、そうなんですね……それで、他の理由というのは……?]


 [もう1つの理由、それは我が、人間の作る料理や娯楽が好物だからだ。特に人間の作る酒は誠に美味でな、たまに酒を買いに人間の街まで出向く事がある。おっと勘違いしないでほしいのだが、我はきちんと人間の定めた法に則って、人間の使う硬貨を持参して買っているぞ]


 「……ということは、ラヴィダさんは今回もお酒を買おうとした所を、王都の人に見られたと……?」


 [うむ、全くもってその通りだ。だが決してこの姿のまま買いに行った訳では無い。我は普段は、『人化』を使って買い物をしているのだ]


 「……人化? 人間になれるってことですか?」


 [そうだ。我のように強い力を持つドラゴン種は皆、この『人化』を持っているのだが、今の所これを使っているのは我のみだな]



 ここまでの話の内容を聞き、ようやく具体的な全体像が浮かび上がってきた。



 [しかし先の件に於いては、『人化』をいざしようとした矢先に、人間にこの姿を見られてしまってな]



 あー、うん。なんとなくそんな気はしてた。



 [無論我はドラゴン種であるから、人間達からすれば畏怖の対象であろう。つぶさに兵士の1人が来て、この龍封じの魔法がかけられたつるぎで応戦してきた。元々我は人間と争う為に来たのでは無いが故、軽く“あしらって”いたんだが向こうが中々の猛者でな、痛手を負ってしまったのだ。我が身を案じて撤退しようとした所に、このつるぎを刺されてしまった、という訳だ]



 “あしらって”とかのレベルじゃないよね。多分だけど、その戦った兵士って重症だよね。「死闘の末に」って伝令の人言っちゃってるからね。



 [この森へは自然療養で来ていてな。我の力は封じられているが故、せめて体力だけでも戻しておきたかったのだ]


 「なるほどそういうことだったんですね……ちなみに聞きますけど、そのお金の出処というのは一体……」


 [そんな物、人間の盗人から巻き上げているに決まっておるであろう。盗人から金品を取り上げた所で誰も悲しまないと、買い物へ出向いていた時に人間の兵士から聞いていたのでな]


 「あー……なるほど……」



 私も、お金が無くなったら盗賊からたかろうかな。もっとも、そうなることはしばらく無いだろうけど。



 [さて、長話が過ぎたようだな。そろそろ刺さったつるぎを抜いてはくれまいか]



 この短時間の間に、このドラゴンは良いドラゴンだというのがわかった。これなら、剣を抜いてあげてもいいかもしれないが、しかしそう上手くは行かない。



 「わかりましたけど……私の力では、その剣を抜くのは難しいと思いますよ……?」


 [それもそうか。ふむ……いや最悪、傷口を広げてでも抜いてくれればそれで良い]


 「本当に良いんですか……? いやでも、仮に剣が抜けたとしても、そこから更に血が出ますよ……?」



 ここでちょっとした豆知識を1つ。刃物が体に刺さっている時よりも、実は抜いた後の方が命を落とす確率が高い。


 と言うのも、そのままの状態でいれば刃物が蓋の代わりとなって、出血を抑えることができる。しかしそれを抜いてしまうと、傷口から一気に出血し死に至ることもあるのだ。



 [その様な事をよく知っておったな。だが我にその心配は無用だ]



 半ば不安ではあるが、ラヴィダさんの言葉を信じることにする。



 [さあ、頼んだぞ人間]



 私は岩から降り、ラヴィダさんの体を登る。ヘンリーさんから体術(の身体操術)を教わっていたおかげで、ラヴィダさんの体を楽に登ることができた。


 ラヴィダさんの背中は不安定ではあるものの、ギリギリ立てなくはない程度だった。私はバランスをとり、刺さっている剣に両手を掛ける。


 足に力を込め、ありったけの腕力で剣を思いっきり引っ張る。



 「……ぐぅ……ぐぐぅぅ……んんんーー!!」



 剣は動く気配を見せない。私の力が足りないのか、それとも余程固く締まっているのか。


 一度私は剣から手を離し、ラヴィダさんに質問をした。



 「……あの、本当に傷口を開いても良いんですか……?」


 [問題無い。許可する]


 「…………わかりました」



 意を決した私は再び剣に手を掛ける。今度は引っ張りながら、刃の方へ交互に倒そうとする。


 すると僅かながらに剣が動いたので、これなら行けると感じた。また更に一連の動作を繰り返していく。この間ラヴィダさんはただじっと耐え続けていた。


 そうしていく内に、剣は大分緩くなってきた。このまま勢いを着ければ抜けそうだ。



 「……ドォ……ッリャアアアアアア!!」


 (スポン)


 血を浴びた剣が、ようやく出てきた。


 (ドサッ)



 しかし剣は抜けたが、勢いあまって尻餅を着いてしまった。


 いたたた……と尻を擦りながらラヴィダさんの体を降りる。



 「ラヴィダさん、剣抜けましたよ!」


 [そうか、誠に感謝する]



 抜けた剣を見たラヴィダさんは、少しホッとしたように見えた。まあ、ドラゴンの表情自体はあまり変わってなさそうだけども……



 [これでようやく、我が力を使うことができるな……『超回復メガ・ヒール』!]



 その時、不思議な事が起こった!


 ラヴィダさんが詠唱すると、なんと見る見る内にラヴィダさんの傷が癒えていったではないか。


 体中にあった傷は、10秒もしない内に完全に消えてしまった。



 [……ふぅ]



 まるで傷付けられたこと自体が無かったかのように、ラヴィダさんの体はすっかり治っていた。



 【魔法:『超回復メガ・ヒール』を習得しました】



 あっ、そういえばすっかり忘れてた。目の前で魔法を見たから、自然と覚えちゃうんだった。



 [よし人間、今貴様が手にしているそのつるぎを、我の目の前まで持ってくるのだ]


 「えっ……? こ、こうですか?」



 そう言われて私は、持っていたこの『龍封じの剣』を差し出す。



 [うむ、それで良い]



 ラヴィダさんは、差し出された剣を咥えた。そして次の瞬間、驚愕するような事が目の前で起きた。



 (バッキッ!!)


 「!?」



 なんと、ラヴィダさんが咥えていた剣を噛み砕き始めたのだ。



 (バキッ……ボキッ……バキッ…………ペッ!!)


 (カランコロン……)



 『龍封じの剣』は粉々になり、変わり果てた姿で地面に転がった。


 私には一瞬、何をしているのかが理解できなかった。



 [よし、これで我の力は完全に復活したな。礼を言うぞ人間]


 「えっ、あっ、どうも……?」



 どうやら『龍封じの剣』にはある程度ドラゴンの力を吸収する効果を持っているようで、これを破壊するとドラゴンは完全に力を取り戻せるらしい。



 [……そうだ人間、貴様今時間はあるか?]


 「時間ですか? まぁありますけど……」


 [なら丁度良い。我の鍛錬に付き合ってはくれまいか]


 「……え? 鍛錬?」


 [久しく体を動かしていなかったのでな、体が鈍くなっておるのだ]



 つまりリハビリみたいなものか。



 「んー……わかりました、鍛錬に付き合います……ただ私が一方的に蹂躙される未来しか見えませんけど……」


 [その点は問題無い。我には『人化』があるが故、貴様と同等な戦力になるであろう]



 流れ的に考えるのであれば、多分私はこれから『人化』を目の当たりにするのだろう。しかし私は人間なので、恐らく特典の力をもってしても『人化』は習得できない気がする。


 『人化』が必要な場面と言えば、私が魔法で獣や龍に変えさせられ、そこから人間に戻る時に使うのだろうが、はたしてそんな限定的な場面がこの先訪れるのだろうか。



 [だが、その前にまず場所を移さねばな。ここでは狭すぎる。貴様も着いて来い]



 そうしてラヴィダさんに連れてこられた場所は、周りのひらけたほんの少し小さめな野原だった。



 [此処で良いだろう。では人間、そこで待っていろ]



 ラヴィダさんがそう言った次の瞬間、ラヴィダさんの全身が光り始めた。


 放たれる光は眩しすぎて直視することはできなかったが、ラヴィダさんの体が徐々に小さくなっていくのは感じた。


 次にラヴィダさんを見た時には、既に人間の女性の姿になっていた。


 美しい蒼色の瞳、頭に生えた2本の尖った角、綺麗に整えられたベージュ色の長髪、逞しく長い尻尾、鋭い爪を持つ龍の手、大きな翼、褐色の肌、そして……………健康的な裸体。



 「……ふぅ、これで良いだろう。では、鍛錬を始めるとしy……ん? どうした人間、何故顔を背けるのだ」



 当たり前だ。いくら私の体が女の子でも中身は男なのだから、そんな健康的な女性の全裸なんて直視できるわけが無い。



 「あの……その…………服……を……」



 私はたじろぎつつも、服を着るように頼んだ。



 「此処は深い森の中だ、誰も此処には来まい。それに同じめす同士、何を恥じる事がある?」



 ラヴィダさんって雌だったのか……いやそういう問題じゃなくて。



 「……と、ともかく、何かしら服を来てくださらないと、私が鍛錬に身が入らないんです……」


 「…………? ……変な奴だ」



 私の頼みを聞いてくれた彼女はどこからか麻布を取り出して、それを自身の体に纏った。



 「……これで良いか?」


 「あ、はい、大丈夫です」


 「よく解らんが、これで鍛錬が出来るのだろう? して人間、貴様剣術と体術のどちらで我と交えるか」



 突然の質問に困惑する私。



 「えっ!? ……じゃ、じゃあ、えっと、剣術で交えたいです」


 「良かろう。なら我は、この爪をつるぎの代わりとしよう」



 彼女がそう言った瞬間、彼女の右手の爪がどんどん伸びていき、やがて刃と同じぐらい長くなった。


 爪が伸びた原理はよくわからないが、それは実際中々の強度を持っているらしい。


 私はそれに驚きつつも、その間に自分の持ってきた剣を手にした。



 「準備は良いか? では始めるとしよう」


 「よ、よろしくお願いします……!」


 「先に忠告しておくぞ人間。【我は手を抜くつもりは無い】だから貴様も、全力でかかって来い」


 「……え?」


 「そんな怯えた顔をするでない。安心しろ、“ギリギリ”貴様が死なない程度にいたぶるだけだ」


 「えっ」



 これなら、気安く「わかりました」なんて言うんじゃなかった……私は心の底から後悔した。



 「では……行くぞ!!」



 次の瞬間、彼女は私に猛スピードで突っ込んできた。


 彼女が速すぎて、私は目で追うのが精一杯だった。


 長くなった彼女の爪――ここでは剣爪と呼ぼうか――が振り下ろされる。私はそれを咄嗟に剣で受け止めた。



 (ガキンッ!!)



 力の篭った剣爪を受け止めた私の腕は震えていた。



 (カタカタカタカタカタ……)


 「ほう? 中々やるではないか。これでも目に見えない程度の速さを出したつもりなのだがな……どうやら貴様の事を少々見くびっていたようだ」



 彼女は後ろに退さがる。



 「だが次はこうは行かんぞ」



 と彼女が言った瞬間、再び猛スピードで突っ込んできた。


 2度も同じでは食らうまい! と意気込んでいた私は、微かに見える彼女に向け剣を振った。


 が、彼女は私の剣を避け、気づいた時には既に私の背後に回っていた。



 「しまっ……!!」



 背後を向くが間に合わず、剣爪の一撃を貰ったあげく回し蹴りで吹っ飛ばされてしまった。


 飛ばされた私は背中を木の幹に打ち付けて静止した。



 「ぐぁっ…………!!」



 そのまま私は地面に落ちるように倒れていった。



 (ドサッ)



 背中に激痛が走る。血が出ている感覚があるし、何より体の力も入らない。



 「おっと、すまないな人間。そもそも我の中で人間の体が脆い事を失念していた」



 と言いながらラヴィダさんが私に歩み寄ってきた。



 「今治してやるぞ。ほれ、『回復ヒール』」



 『回復ヒール』をかけられた私は、みるみる傷が治っていった。完璧に傷が治った頃には痛みも無くなったし、脱力感も消えている。



 「貴様が傷を負ったのは背中と、落とされた時の内部の損傷であろう? その程度であれば、我の『回復ヒール』で完全に治癒できる」



 確かに傷は治ったし、痛みも消えたけど、痛い思いはしたくないな……どうにかならないかな……



 【魔法:『回復ヒール』を習得しました】



 うん、今凄くどうでもいいんだよね、それ。


 ともかく、傷の治った私は立ち上がり、そして剣を構えようとした。


 が、ここである事に気づく。


 剣爪の攻撃で裂かれてしまった服。ただでさえ貴族のお嬢様なのに、このまま帰れば大問題になりかねなかった。


 そんな事を考えてしまったので、私はどんどん憂鬱になっていった。


 うぅ、背中がスースーする……



 「どうした人間。何故浮かない顔をしている」


 「いやぁ……この切られた服で帰ったら、色々面倒な事になりそうだな……って考えてたんです……」


 「成程そういう事か……それはすまなかったな。今我が貴様の服をしてやろう」


 「えっ? 服()せるんですか? というか、いいんですか?」


 「貴様の大事な服なのだろう? 服も、人間の生み出す娯楽の1つだからな。ほれ、『修繕リペア』」



 『修繕リペア』をかけられると、瞬く間に服の傷が消えていった。と言うより、文字通りっていった。



 【魔法:『修繕リペア』を習得しました】



 いやだからさぁ……それ今凄くどうでもいいんだって。



 「次からは、貴様の服は傷付けないように心掛けよう」


 「……ラヴィダさんって、服をすこともできるんですね」


 「『修繕リペア』の事か? それはただの『回復ヒール』のおまけに過ぎん」



 『修繕リペア』って『回復ヒール』のおまけだったんだ……


 とすると、もしかしたらこの2つの魔法は組み合わせられるのかも? まあ、寝てる時に勝手に纏まりそうだけど。



 「よし。続けるぞ」



 その後も私は、ラヴィダさんにボコられては治され、ボコられては治されの繰り返しだった。


 その間、全く手も足も出なかったわけでは無く、少しづつ彼女の動きに着いて来ることができた。恐らく、この特典の力なのだろう。


 ただ、いくら相手が『人化』しているドラゴンとは言え、その戦力差は歴然だった。


 まさしく、私を“弄んでいる”……そんな感じだった。そう感じるだけで、(ラヴィダさんに勝てそうな気はしないけど)なんか悔しかった。


 だからだろうか、徐々に彼女に傷をつけられるようになっていった。そして……



 (キィン!)


 (カァン!)


 (キィン!)


 (ガッチィン! ガタガタガタガタ……)



 鍛錬で得た経験値によって、私はラヴィダさんとほぼ互角に戦えるまでに成長していた。



 「ほう……? 中々やるようになったではないか、人っ間!」


 (キィン!)


 「ラヴィダさんの動きに、目が慣れてきただけです……よっ!」


 (カァン!)



 こうしてお互いに譲らない鍔迫り合いが続いた。両者共に目に見えないスピード、剣捌き、そして戦術の駆け引きが、この小さな野原で繰り広げられていたのだ。




 鍛錬を続けている内に、自分でも気づかない内に時は正午を回っていたらしく、陽射しが多くなったから暑くなってきたのだと、この時初めて気づいた。



 「む、もう午の刻か。……どうだ人間、一度互いに体を休めるか? 欲を言えば、我はまだ体を動かし足りないと感じているのだが、貴様の身を案じれば休憩は必要であろう」


 「……え?」


 「この調子で続けていれば、貴様はいずれ脱水症を起こす。そうなると我でも治すのは不可能なのだ」


 「……そうですね。少し、休憩しましょうか」



 と言って私は草地に腰を降ろした。



 「しかし驚いたぞ人間。まさかこの短時間で、『人化』した我と互角の戦力にまで上り詰めるとはな」



 と言いながら彼女は剣爪を縮ませた。本当にどういう原理なのそれ……



 「貴様さては天才だな?(ニヤリ)」


 「まぁ、そんなところですかね……アハハ……(苦笑)」



 そんな他愛も無い会話をしていると、突然(くさむら)から音がした。



 (ガサガサガサガサッ!)


 「「!?」」



 2人して音のした方を向く。私は剣に手を掛け、警戒しながら立ち上がる。



 「……人間、我の後ろに居ろ。この気配……確実に“奴ら”だ」


 「“奴ら”? “奴ら”って一体……」


 「来るぞっ!!」


 「!!」



 彼女の声と同時に、叢から何かが飛び出す。


 飛び出して来たのは4体の“ゴブリン”だった。



 「キシャァァァァーッ!!」


 「……たかだか下級悪魔如きが、我に歯向かって来るとはな……良い度胸だっ!!」



 彼女は笑いながら、猛スピードでゴブリンたちに突っ込んでいった。


 そしてゴブリンたちを次々と吹っ飛ばしたり切り裂いていく様は、まさしく最強の種族の名に相応しかった。


 4体のゴブリンは、瞬く間に秒殺された。


 この時私は静かに悟った。殺してもいい獲物が目の前にいる時が、彼女が出す本気の全てなのだと。


 そして私は静かに戦慄した。あの鍛錬で彼女と互角になったと思っていたのに、まだその上があった事に。


 更に不思議なことに、その光景を見てもなお私の口からは「凄い……」という言葉が自然と出ていた。



 「一先ずこの程度であろう。だがまだ油断するなよ、人間」


 「……あの、ラヴィダさん。何で、ゴブリンが私たちに襲いかかってきたんですか……?」


 「奴らの好物は人間種のめす。奴らの嗅覚が優れているが故かは知らないが、奴らは雌の匂いに惹かれてやって来たのだろう。人間種の雌を慰め者にして、奴らの巣に持って帰る為にな」


 「うぇぇぇ……ということは、私の匂いに惹かれて……?」


 「いや、恐らく我ら2人の匂いに釣られたのだろう。我の『人化』は擬似的に人間種になることの出来る魔法だからな。だが奴らは相手が悪かった」


 「相手が悪かった……?」


 「我が龍の姿でいる時は、他の魔物を寄せ付けない『龍闘気』と呼ばれる物が有る。だが、我が『人化』している時はその『龍闘気』を失い、魔物を寄せ付けるようになるのだ」


 「でも力はドラゴンのままだから、襲ってきてもそのまま返り討ちにできる、と……?」


 「そういう事だ」


 「なるほど……」


 (ガサガサガサガサッ!)


 「「!!」」



 話をしている途中に、再び叢から音がした。



 「人間、先程我が殺したのは恐らく奴らの斥候部隊だ。偵察も兼ねて、我らを襲ってきたのだろう。だがその斥候からの連絡が途絶えた、という事は……」


 「……ゴブリンの本隊が動く、ってことですか……?」


 「その通りだ。奴らは阿呆だからな、数で押し切ればどうにかなるとでも思っているのだろう」



 その言葉に、私は身震いする。そして剣を強く握りしめる。



 「人間、背後を警戒しておけ。既に奴らに囲まれている可能性が高い」


 「……っ!」



 狼狽した私は辺りを見回す。言われてみれば確かに、叢の傍で影が動いているような感じがした。



 「…………そろそろか。人間、くれぐれも気を抜くでないぞ!」



 その声と同時に、叢から無数のゴブリンが飛び出してきた。突っ走ってくるもの、飛びついてくるもの、奴らの目は完全に獲物を捕らえた目をしていた。



 「……少しばかり数が多いな。ならば“これ”を使うとしよう」



 彼女がそう言った直後、いきなり彼女は自身の右手を思いっきり噛みちぎった。



 「!?」



 彼女の噛みちぎった痕からは血が流れ出ている。



 「さて…………楽しませて貰おうか……!」



 彼女は微笑を浮かべていた。そして次の瞬間、恐るべき速さを出し、恐るべき力でゴブリンたちを倒していった。


 爪で首を飛ばしたり、蹴りで頭をぐちゃぐちゃに押し潰したり、爪の一撃で深く切り裂いたりと、この光景は見ていて気分が良いものでは無かった。


 私は、ドラゴンの力による興奮と、この光景のおぞましさによる恐怖で、言葉を発することすらできず、更に心臓が激しく鳴っていた。


 叢を掻き分ける音で私は我に返ったが、既に1体のゴブリンが私の背後から襲いかかってきていた。


 一瞬のことだったので、私は唖然としていた。腕が動かなかった。


 とその時、ラヴィダさんが左側からそのゴブリンに膝蹴りを食らわせた。食らったゴブリンはそのまま吹っ飛んでいった。



 「……気を抜くな、と言ったはずだぞ、人間」


 「……ご、ごめんなさい……でも、ありがとうございます……」


 「まだ終わっていない。次が来るぞ」



 すると次に出てきたのは、狼に乗ったゴブリン部隊。



 「ゴブリンライダーか……また厄介なものを……」



 ゴブリンライダー部隊を一見した彼女は、すぐさまそれに向かって突っ込んでいった。



 「食らえ!!」



 彼女が叫ぶと、彼女の尻尾がどんどん肥大化していった。そして彼女はそれをゴブリンライダー部隊に向けて勢いよく振りかぶった。



 (ブゥン)


 (ドォン!!)



 いかにも重そうな尻尾の一撃を受けたゴブリンライダー部隊は皆薙ぎ払われ、空高く打ち上げられてしまった。


 と思ったら、今度は木の陰から無数の弓矢が飛んできた。私はこの矢の雨を避ける方法を、必死になって考えた。


 がどうやらその必要も無いらしい。



 「ゴブリンアーチャーもいるのか。だが我には効かん!」



 そう言うと彼女は大きな翼で風を起こし、矢を全て跳ね返していった。跳ね返された矢は打ち上げられたゴブリンに刺さったり、放たれた方へ戻ったりした。


 例えるならバドミントンの羽のような、そんな跳ね返り方だった。


 そうこうしている内に、空高く打ち上げられていたゴブリンたちが地上へと落ちてきた。それを見た彼女は大きく息を吸っている。



 (スゥゥゥゥゥゥゥ……)



 そして彼女は上を向き、一気に息を吹き出した。その息は、莫大な量の炎となって空中のゴブリンたちを焼き尽くしていった。



 (ボォォォォォォォォッ!!)


 (ドサドサドサ……)



 焼死体となって落ちてくるゴブリンの死体。


 その直後、再び木の陰から矢の雨が放たれた。


 私の方へ来た矢は全て切り払うことができたが、ラヴィダさんは先程の風を起こさず矢の雨の中を掻い潜って、矢の放たれた方へと突っ込んでいった。


 彼女はその後隠れているゴブリンアーチャーを見つけては瞬殺していったらしい。丁度木の陰に隠れて見えなかったのだが、音からそうなのだと読み取れた。


 音が止み、何知らぬ顔で彼女は戻ってきた。全身や爪は返り血で真っ赤に染まっている。



 「ひぃっ……!?」



 私は震えていた。元の世界では、血や肉片とは無縁の生活を送っていたからだ。


 勿論アニメやゲームにそういった描写はいくつもあったが、それとリアルで目の当たりにするのとでは全く訳が違う。


 だからこそ、今の私のSAN値はかなり減っているような気がした。



 「粗方奴らは片付いたであろう。これでもう問題は無い…………いや、1つだけ、些細な事だが問題が有るようだな……」



 彼女は震えている私の方に目を向ける。



 「人間、まずは目を閉じろ。そして水魔法を覚えているのなら、我に向かって放て」



 言われた通りに私は目を瞑り、彼女に向け『浄水生成クリエイト・ウォーター』を放つ。



 (ジャァァァ……)


 「我が良いと言うまで、それを放ち続けておけ」



 私は心の中で了承した。



 (ジャァァァ……)


 「よし、良いぞ。それと、もう目を開けても問題は無いはずだ」



 私は『浄水生成クリエイト・ウォーター』を止め、ゆっくりと目を開ける。


 するとそこには、纏った麻布以外が全部綺麗になっているラヴィダさんがいた。



 「えっ、凄…………どうやって体の血を落としたんですか?」


 「我々ドラゴン種の体はある程度血を弾くのでな、少しの水さえあれば体に付いた返り血は落とせるのだ」


 「な、なるほど……」


 「兎も角、後は貴様が回りの死体さえ見なければ、恐怖心は無くなるであろう。貴様は我だけ見ていれば良い」


 (ヤダ……この人イケメン……!)


 (キュン♡)



 私の為にここまで尽くしてくれるなんて、これ以上のイケメンがこの世にいるだろうか(いやいない)。



 【スキル:『憤怒の牙』を習得しました】



 ん?



 【スキル:『龍尾撃ドラゴン・テール』を習得しました】



 あれ?



 【スキル:『超風圧』を習得しました】



 もしかして、これって……



 【魔法:『獄炎息吹インフェルノ・ブレス』を習得しました】



 ……ラヴィダさんの技、全部覚えちゃった……?!



 「……ん? どうした人間、何をそんなに慌てている」


 「えっ!? いや、何でも無いです、はい!」


 「?」



 一瞬の出来事とは言え、まさかあれらの技を全て覚えてしまうとは……


 おっと、読者の皆様を置いてけぼりにしてしまう所だった。なので今から詳しくその経緯を振り返っていこう。


 まずは『憤怒の牙』。これは、ラヴィダさんが自身の右手を噛みちぎって恐るべき速さと力を手にした時に使用したスキル。自身が痛手を負っている程速さと力の倍率が高くなるようだが、その分制限時間は短く設定されているらしい。まあ、お手頃な高火力バフスキルって感じかな。


 次に『龍尾撃ドラゴン・テール』。これは読んで字の如くの尻()で攻()するスキル。ゴブリンライダー部隊はこのスキルによって吹っ飛ばされていた。私がこのスキルを使う場合、剣や蹴りを龍の尻尾に見立てて薙ぎ払う……といった所だろうか。


 そして『超風圧』。これも読んで字の如く凄まじい風を起こすスキル。ゴブリンアーチャーの矢の雨を跳ね返せていたのはこのスキルのおかげ。今回習得した技の中で一番応用が効きそうなのがこの『超風圧』だろう。ただ欠点として、風を起こす物が無ければ使うことができない。


 最後に『獄炎息吹インフェルノ・ブレス』。空中のゴブリンたちが上手に焼けました〜になったのは、彼女がこの魔法を放ったからである。簡単に言えば、曲芸等で見る火炎放射を派手にそして強くしたもの。


 今回私はラヴィダさんと関わる中で、強い回復魔法・強いバフスキル・強い攻撃スキル・応用力の高いスキル・強い魔法を一気に覚えたことになる。しかも、彼女との鍛錬を経て経験値も中々高いものになっている。


 ……この特典を貰ってから大方覚悟はしていたけど、異世界転生ものでよくある“俺TUEEEE!!”街道まっしぐらじゃん……


 最初は、少し強くなればいいな程度に考えていたのになぁ……


 どう収拾付ければいいんだろ、これ……



 「……人間、1つ貴様に聞きたいのだが……この森の周囲に、人間の兵士が徘徊しているな?」


 「…………あっ!」



 そう言えば、ラヴィダさんは王都に現れたドラゴンで、王国の討伐隊が彼女を血眼になって探していたんだっけ。ここまでの出来事の衝撃が強すぎて、すっかり忘れていた。



 「やはりか。となると、先の戦いを聞かれてるやもしれんな。これ以上面倒な事になる前に、我はもう行くとしよう」


 「行くって、何処にですか……?」


 「決まっておろう。【この森を発つ】のだ」


 「……っ!!」



 迂闊だった。これだけの争いが起これば、何かしらを討伐隊の1人は嗅ぎつけるだろう。それを忘れて私は、ラヴィダさんを助けるばかりかラヴィダさんに助けられてしまった。


 今すぐにでも、自分の惨めさを呪いたかった。



 「人間、貴様との時間は、中々に愉快なものであったぞ」


 「……わ、私もです……本当に、ありがとうございます……!」



 深々と頭を下げる。



 「顔を上げよ、人間。……いや、貴様を“人間”と呼ぶのは少々烏滸(おこ)がましいな。貴様、名は何と言う?」


 「えっ……!? あ、えっと、アリシア・クーゲルバウムです」


 「アリシア、か。アリシア、貴様を我が好敵手ライバルとして認めてやる。また何処いずこかで逢えるのを、楽しみに待ち侘びているぞ」


 「わ、私も、ラヴィダさんとまた何処かで会いたいです」


 「うむ、ではさらばだ、我が好敵手よ」



 そう言って、彼女は森の中へと歩きだそうとする。



 「あっ、待ってください!」



 私の言葉に反応した彼女は、進めていた歩を止め振り返る。



 「……? どうした、人g……いや、アリシアよ」


 「ラヴィダさんが行ってしまう前に、やっておきたいことがあるんです」


 「ほう……?」



 私は彼女の元へと走り寄った。



 「ラヴィダさん、手を出してください」


 「……こうか?」



 差し出された右手に対して、固く握手をする。


 すぐさまその手を親指軸で逆手に持ち変える。腕相撲のような感じだ。


 握られた手を離し、拳で相手の指を同じように握り拳になるように小突く。


 お互いに拳のまま、私は彼女の拳を上から、そして下からも小突く。



 「…………とんとんとん、っと……はい、これで終わりましたよ!」


 「……何だったのだ? 今のは……」


 「“友達”であるという証です! お互いを認め合った友達は、こうして誓いの儀式をするんですよ!」



 一度やってみたかったんだよね、この友達の誓い。



 「…………友? 貴様と我が、“友”、だと……?」



 友達、という言葉を聞いてからラヴィダさんの様子がおかしい。



 「……あ、あれ……? もしかして私、怒らせてしまいましたか……?」


 「…………フフフフフ、ハーハッハッハッハァ!」


 「!?」



 彼女の高笑いが森中に響き渡る。高笑い、と言うか爆笑だった。



 (ん? なんか既視感が……)


 「人間と、ドラゴンが、“友”だと?! フフフ、貴様、中々に面白い事を言うではないか!! そんな滑稽な事を言う輩なんぞ、初めて見たわ!! ククククク……あー片腹痛い……!! ヒーヒッヒッヒ……」



 めっちゃ爆笑してるやん。そんなに私の“友達”発言が面白いのか。



 「ふっ、“友”か! 悪くない響きだな! 良かろう、今日から貴様と我は“盟友”だ!」



 笑い止んだと思ったら、今度はめっちゃ嬉しがるやん。情緒不安定かよ。



 「き、気に入ってくれたようで何よりです……」


 「……気に入った、とは違うがな。だがそうだな……アリシア、面白い事を聞かせてくれた礼として、我からも1つ良い事を教えてやろう」


 「良い事……?」


 「そうだ。我の目をよく見ておけ」



 そう言われて私は彼女の目を覗く。


 すると彼女の左目の瞳に、幾何学模様のようなものが浮かび上がる。魔法陣のようなものだろうか。



 「これって……」


 「『観察眼』スキルだ。『敵感知』や『見敵術』と呼ばれる事もあるがな。貴様が魔物に襲われた時、我が貴様の隣に居てやる事は出来ない。つまり、貴様自身が身を守るすべを覚えている必要があるのだ」


 「それは……そうですね」


 「そこで役に立つのがこの『観察眼』スキルだ。このスキルで覗いている間、周囲の魔物を感知する事が出来る。ただし感知出来るのは魔物のみ、敵意を持った人間やゴーレム種に対しては通用しない」


 「なるほど……」


 「今から貴様にこの『観察眼』を授けよう。目を閉じるのだ」



 言われるがまま私は目を閉じる。その直後、ラヴィダさんの大きな手が私の頭に乗った。


 すると、周囲に複数の魔法陣が展開されたようで、シュウィンとか、カチャカチャという音がした。と同時に、回りが眩しくなったのが目を瞑っていてもわかった。


 やがて音や光が止むと、彼女の「目を開けよ」という声が聞こえてきた。既に頭の上に手は乗っていない。


 ゆっくりと目を開けると、左目の視界が不思議な感じになっていた。



 「!!」



 右目を瞑って左目の視界に集中する。私はこれに感銘を受けていた。



 【スキル:『観察眼』を習得しました】


 「もう一度左目を閉じれば、元の視界に戻せる。逆に目を閉じない限りは、半永久的に『観察眼』が使える。……貴様なら上手く駆使出来るだろう」



 あ、ほんとだ。左目を瞑ったら元の視界に戻った。



 「……あの、何故そこまで私に良くしてくれるんでしょうか……?」


 「何故だと? 決まっておろう。【我は人間が好きだからだ】」



 彼女は不意に笑顔を見せた。太陽のような明るい笑顔ではない、落ち着いた感じの笑顔だけど、私にはそれがカッコ良く見えた。


 人間が好きなドラゴン、か。多分今後出会う機会なんて無いんだろうな。街中でラヴィダさんを見かけたら、声を掛けてあげよう。



 「……さて、我は貴様に『観察眼』を授けた。今度こそ別れの時だ」


 「……短い間でしたけど、本当に、ありがとうございました。また、何処かで……」


 「ああそうだな。また何処いずこかで逢おうぞ、我が“盟友”よ」



 そう言って、彼女は森の中へと消えていってしまった。


 私はその背中が見えなくなるまで、ずっと見守り続けていた。


 完全に彼女の背中が見えなくなった時、私は深呼吸をした。



 「…………さて、俺も帰るとするか。こんな……所にいつまでも居られないし。……んで……」


 (キョロキョロ)


 「……俺何処の木に印付けて来たっけ……」

質問・感想など、お気軽にコメントしてください。コメントが一件でもあれば、私は元気になります。



Q.各キャラの名前の由来とかある?

A.アリシア、キャシー、ヘンリー、そしてアリシアの家族は語呂の良さで決めました。ラヴィダは、スペイン語で「生命」という意味の単語から取りました。


Q.ネフティス様の再登場はいつ頃?

A.正直に言えばまだ未定です。アリシアはまだ冒険してませんからね。

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