#95 風の正体
「俺達以外の誰かって、どういうことだジャイロ!?」
「だから詳しくはわかんねぇって! でももしかすると、レオンを襲った奴と同じ奴かもしれない」
かなりマズい状況。レオンはかなりの重傷だ、ここで立ち往生してたら大量出血で死ぬぞ。
だが殺人鬼みてぇなのがこの辺をウロウロしてるだなんて、生きた心地がしねぇ。
「――ッ、伏せろ!」
またジャイロの号令が飛ぶ。俺もレオンも屈んだジャイロに合わせて膝と腰を曲げた。
すると次の瞬間、やっぱり俺らの上を風が通り過ぎたような感覚がする。
「クソ、レオンはそよ風にでも斬られたってのか!?」
「……う……? わからん……あの男、には……気づけば斬られてた……見え……ながった……」
「おい冗談だろ――」
「マコト! 話してる場合じゃねぇだろ急ぐぞ!」
いかん、無駄話してる場合じゃねぇ。今ジャイロが立ち上がってなかったら、俺はずっとしゃがんだまま独り言してたかもしれねぇ。
――やべぇ、怖い。すごく怖い。
レオンの血が俺のスーツを濡らしてる。体温をモロに感じる、最悪だ。敵も見えないなんて今までじゃあり得ない。怖い、なんだよこの状況。怖すぎる。
平静を失いつつある俺に追い討ちをかけるように、
「きる」
何かが……いや誰かが俺の右の耳元で囁いた、レオンがいない側だ。次の瞬間、右耳に風を感じた。
間違いなく、犯人に囁かれた。今どうして俺が斬られなかったのかわからないくらいの距離だぞ。
「――ッ! だぁクソっ!!」
するとまたジャイロが叫び、レオンと俺を突き飛ばして距離を取った。ジャイロとレオンの間を何かが通り過ぎたのを見て、納得。
さらに絶望的な状況になった。今、あの風を感じ取れるのは並々ならぬ反射神経を持つジャイロだけ。なのにだいぶ離れちまった。
そんなことを考えてる俺の後ろからそよ風が吹く。そして風は、俺の正面で姿を現した。
「……え? お前……は……?」
俺はただ動揺した。
どう見ても十代の少年だ。彼は黒髪で、パーカーを着てフードを被り、ジーパンを履いてる。見た目としてはまるで、休日の高校生……
「お前、日本人……か……?」
少年はただその場に立ってて、地面に倒れてる俺を見下ろす。表情は何も無いただの真顔。だから、いったい何を考えてるのか想像もつかない。
しかし彼はついに沈黙を破り、口を開く。
「おっさんも、そのスーツにサングラス……そうか。俺だけじゃ、なかったんだ」
やばい、怖い。今までなんとか見ないようにしてたが、日本人の少年の手にはどう見ても大きめのナイフがある。こいつ正気なのか? どうしたらいい。
「……ああそうさ、俺もお前と同じ状況だ! たぶんなんか混乱してんだろ? 気持ちはわかるぜ、俺も最初は焦ったよ〜。ちょっと話をしようぜ。お互い話したいこといっぱい」
「邪魔だ、きる」
ダメだ、やっぱりだ。話が通じねぇ。
少年はだらりとした体勢でナイフを揺らしながら、俺とレオンの方へ近づいてくる。どうしよう殺される。
「てめぇ! そいつらに近づくなっ!!」
飛び込んで来たのはジャイロ。少年に向かって思いっきり大剣を振るうが、もうそこに少年の姿は無い。
いったい、どこに――
「あ」
次の瞬間には、ジャイロの右肩から血が噴き出していた。




