??? きる、きる、きる
――なんだ、ここは。どこだ?
『ようこそ異世界へ。私は女神です、ヒロ・ペインさん。貴方をこの世界へ転移させました』
この世界? どの世界だ。まさか、まさか……ここは……日本じゃないってことなのか?
『その通りです。ここは貴方がいじめられていた、あのおぞましい日本ではありませんとも。それはそうと、貴方には二つの能力を授けました。その名は……』
女神と名乗った女はやけに脳に響く透き通った声で、俺が得た二つの『能力』って物の説明をした。
能力……か。俺の能力……はは、最高だ。
『これから貴方は、ま――』
「俺の能力だッ! やったぞ! 俺は解放されたんだ! 芝生に、森に、城!! この世界はゲームみたいな世界だな!?」
こんないかにもなファンタジー世界。日本ではない世界。なんてこった、逃げたくて逃げたくって堪らなかった俺は、ついに念願を果たしたんだ!!
『ヒロさん、どうか落ち着いて話を――』
「さっきの、その能力の話が本当なら、ははははは、俺は……俺はぁ!! やってやる!!」
『おい、いい加減に――』
「きる!!!」
女神なんてどうでもいい。面倒くさい話も何もかも聞きたくねぇし考えたくねぇ!
だから俺は、風に乗った。
▽ ▽
「きる、きる、きる……」
風に乗り、俺は走る。右手にナイフを持って。ただひたすらに、気が向くままに、走る。きれる物が多そうな所に行きたい。
だから俺は森に入った。
「切る、切る、切る……」
邪魔くさい茂みを、切る。俺の前に出てくる木を、切る。手に持ったナイフで、たとえ太い大木でも、切って切って切りまくる。
「斬る、斬る、斬る……」
「ガルルゥァ……」
何かの肉を分け合って貪るオオカミの群れがいる……何かを、分け合う? 胸糞悪い。まるであいつらみたいだ。
だから、斬る。
「キャンッ!」
「ヒィン!」
「グーゥ……」
目にも止まらぬ速さで斬った。野良犬どもが。邪魔だ、体毛が臭い、血が汚い、俺の邪魔だ! 首も足も何もかも斬り落としてやる!!
「キャウゥ」
「ガァ……」
十匹くらいはいたと思うが、全部斬っちった。なーんだ、生き物を殺すのって、
「案外、簡単じゃん」
それに気づいた。
ああ、木や草や、動物なんかじゃもう物足りない。あ、そうだ確か城があった。じゃああっちにいるかな、
「人」
俺は走った。血みどろのナイフを握ったままに。風に乗る。ああ速いな。いいもんだ。
薄暗くて退屈な森から出る。草原を走る、駆ける、どこまでも。あの城を目指そうと思――
「ん? おい貴様、物騒な物を持って何者だ!?」
鎧の兵士だ。全身を鎧に包んだ兵士が俺の前に立ち塞がる。思わず動きを止めちった。
すげぇ、まんまゲームだ。やっぱりゲーム世界なんだ!
「何しても、いいんだ……俺は自由なんだ……!」
ゆっくり歩いて、目の前の兵士に近づく。ナイフは握りしめたままだ、今の俺にとってこいつだけが信じられるから。
「お、おい? すぐに止まれアホ! 妙な格好の男には縁がある、乱暴な事はしたくないんだ。だからナイフを下ろし、両手を」
「キる!!!」
兵士が腰の剣に手を添えようとした瞬間、俺は風に乗った。そして勢いのまま切り裂いた。鎧を抉って、その向こう側の……脇腹の肉を!
「ぐがぁ……ぁッ! き、貴様……」
「やった! 俺は最強だ、無敵だ! やった、やった!」
膝をつき、倒れる兵士。赤い液体がドロドロ、いやサラサラ流れてる。
そんな光景を見たって、高揚してる今の俺に負の感情は湧いてこない。ただ、楽しい。ただ、自由だ!
「俺は……きる。きる、キる、切る、伐る、斬る、キル、KILL……」
だらりと力を抜いて、ただ歩く。どこでもいい、歩きたいだけなんだから。そして、きりたいだけなんだから。




