#91 告白
転移者と言い張った俺だが、ルークは何一つ反応を見せない。だったら俺はもっと言葉を継ぎ足さないといけない。説得力もクソも、今更関係ないのだから。
「俺は地球って星にある、日本って国で生まれ育った。その国にはもちろん『日本語』という言語がある。まぁ、他の国から影響を受けて横文字の言葉が多くなったりしてるけど。そこは魔法の存在しない世界で、代わりに科学技術がここより発達している」
「異世界、ですか。本来なら信じられない話ですが、今のマコトさんを疑ったりしません――信じますよ」
信頼――まず間違いなく、元の世界でそれを築けなかった人間である俺はその言葉にこそばゆいものを感じた。
信じてもらえるというのは嬉しい。こんな嘘のような話でも、偽りの無い事実なんだ。
「それで転移してきたっていうのは……何の脈絡もなく突然ということですか?」
「目が覚めたら、北の森の近くだったよ。転移させたのは女神様だ。たぶんあっちの世界とこっちの世界を管理しているんだと思うけど」
「女神様……? では『神界』のような場所にも行ったんですか?」
また知らない言葉だ。しかし雰囲気としては、神々が暮らしている世界とかそんな感じではないかと推測する。
「いや行ってない。起きた直後に脳内に女神様の声が響いたんだ。長い時間を費やして会話をしたが、わかった事は女神様が『転移させて俺の中にある俺についての記憶を消した』、それから『二つの能力を授けた』って事くらいかな」
聞いたルークは思案げに顔を俯かせる。きっと彼でさえ脳がパンクしそうなくらいの情報量だろうと思う。
俺は全てを見てきたから徐々にこの状況に慣れてきた。
一方のルークは今、急に全てを聞かされたことになる。これまでの常識が崩れ、まっすぐに物事を見れなくなって当然かもしれない。
「能力って……もしかしてあれですか?」
「そう。武器を出すのは魔法じゃなくて、女神様から貰った能力だ。今まで生まれつきって言ってたが嘘なんだ、すまない。それに日本じゃあ俺はこんなに強くない。きっとその辺の一般市民より弱いさ、この身体能力も授けられた能力だから。これで二つだろう?」
あれ、としか問われなくてもすぐに武器ガチャのことだとわかった。
能力だなんて言われたら、いつもの武器ガチャがそれに該当すると誰だって思うはずだ。
ルークも合点がいったという顔をしている。でもさらに疑問は増えるらしく、
「う〜ん……どうして女神様はマコトさんを転移させたんでしょうか。何か理由があったんですかね」
「一番の問題はそこなんだよ。話した時、目的を何も教えてくれなかったんだ。彼女曰く『その目的を見つけたらその時に報告する』らしいけど」
「教えて、くれなかった……?」
異世界に来てから約二十日が経過しているが、未だその果たすべき目的は謎のまま。それどころか女神様と話す機会が全く無くなってしまった。
「それにしても複雑な話……でも今、僕が一番心配なのはマコトさんの精神ですよ。たった一人、訳もわからず知らない世界で暮らしているなんて――元の世界が恋しくないですか?」
やはり、優しい。どこまで優しいんだろうこの青髪の若者は。急に質問が温かすぎる。
「さっきも言ったけど女神様によって、住んでた家とか、家族とか友達とかの記憶が消されてる。何があって何が無かったのかもわからない部分が多い。だから『戻りたい』とはあまり感じなかったな」
それに唯一思い出した自分の記憶は、会社で無能だったという最低最悪の思い出だ。帰りたくなくなっても不思議ではないと思う。
「――なんだか、女神様なのに悪い方みたいですね」
「え?」
突然、変化球を投げてくるルーク。そのリアクションは俺のストライクゾーンには入っていないが。
「だって記憶を消す必要ありませんよね。さっきから思ってたんですけど」
「え……え?」
「この世界でマコトさんに極秘任務でもやってもらうつもりなら、まだ納得はいきますが」
「……言われてみれば……そうかも……?」
俺が無能で辛い思いばかりしてたから転移させてくれた――というのは俺の勝手な解釈でしかない。女神様は一言もそんな話をしていないのだから。
ただ無能だった記憶を消し切れなかったと言っていただけだ。
そう考えると……俺の記憶を消したことに何の意味がある? 現実逃避が目的でないなら、正しい目的を教えてくれないことにどんな意図がある?
ルークの言う通り、やはり女神様の行動は不自然だ。神らしからぬ所業だ。『乱雑』なんて安っぽい言葉で語れるものではない。
「どうです、マコトさん? 今までずっと一人で抱え込んでたと思いますけど、すっきりしたんじゃないですか?」
「あぁ……まぁそうかもしれない」
どこか心にあったつっかえ棒が取れたような気分ではある。悪くはない。
でも、
「他の人にも……言うべきだろうか」
「それはあなた次第ですね。僕は、無理に急いで話す必要はないと思いますが」
目を閉じて答えを俺に委ねたルークは踵を返し、バルコニーを出ようとする。
「お話してくれてありがとうございました。本当にあなたはいつだって刺激的です。僕はあなたを信じますが、今のことを誰にも言うつもりはありません。マコトさんもしばらく風に当たって考えてみてはいかがでしょう?」
「あぁ、そうする……ありがとうな」
ニコッと微笑んだルークは屋内へ入り、扉を音が鳴らないようにゆっくり閉めてくれた。
そよ風が心地いいな。これでルークに対してはもっと気楽に喋れるように――なったんだろうか。気を楽にしたくても、俺自身の歪んだ性格がそれを許さないかもしれないが。
でもルークは元々俺が謎の存在であると考えてたからこそ今の話がすんなり通っただけであって、普通の何も考えてない人にこんな話をしたら大混乱になるだろう。
ルークも言ってた通り、急ぐ必要は無いかもな。聞かれたり怪しまれたりしたら今度はちゃんと話そう。多少長くなってもな。
「うぅ、風が強くなってきた。寒ぃな」
肩を抱いた俺は屋内へ逃げ込む。
吹きすさぶ風が俺の今後を祝福してくれているのか――それとも逆か。
答えは割と、すぐに明らかになる。




