#90 あなたは何者ですか
「マコトさん――あなたは、何者ですか?」
は?
「何者かと、ずっと気になっていたんです。悪気は無いんですよ? ムーンスメル帝国の刺客とも思いません。でもあなたの存在はあまりにも不思議すぎますよ」
バルコニーの先端で、向かい合う俺達。ルークの目に冗談めいた色は無し。
今更なんだってんだよ。
「俺の……どこが不思議なんだ? 喋り方のクセが強いってのはさすがに自分でわかったが、他にどこが?」
「例えばその服装と、時折よく分からない言葉を使うじゃないですか。ほら『しゃしん』や『しゅりけん』、『さんきゅー』だとか」
それが何だ? ルークのヤツは何を疑ってんだ? 何を問い質したいのか、全然意図が読めねぇんだが。
「前にも言ったろ。俺はず〜っと遠くの村で暮らしてた。独自の文化があるから、これはよくある服装で、多少この辺には無い物とかもある。それが写真とか手裏剣だ」
「では、その村の名前は?」
――なっ!? やべぇ、なんて言うべきだ? ここは、そのまま言っちまおう。
「……じ、ジャパンだ。ジャパンって村」
「どうして、今言葉に詰まったんです? 大切な故郷ではないのですか?」
「いやいやこの歳になるとド忘れってヤツが多くて困るんだよ〜、お前らには迷惑かけるけどよぉ」
俺が嘘をつく理由……それは何か制限があるワケじゃねぇ。なぜかというと長い説明が面倒だから、なにより逆に怪しまれると思ったからだ。
こことは別の世界、地球の日本。そこから俺は女神様によって転移され、面白能力をゲットした。
こんな話、誰が信じる? この話をしなくとも俺は頭のおかしいヤツとか、不審者って扱いされたってのに。
ありのまま伝えれば、もはや俺は精神異常者みたいな扱いされるに決まってる。そんなの御免だったんだよ。
「それでは……何故、文字が読めないんですか?」
「そりゃ向こうの村とじゃ言語が違うからだよ。決まってるじゃねぇか。質問のクオリティー落ちてねぇか、ルーク殿――」
「また『くおりてぃー』が知らない言葉なのは置いておいて、それなら僕らと普通に話せるのは何故です?」
「うっ、それは……!」
なんで、だ? それは俺にもわからない。考えたこと無かったがたぶん、女神様の計らいだと思う。だがそれじゃ言えねぇな。どうしよう。
「それから魔法のことを知らなかったのも気になります。言語に微妙な違いはあれど、魔法は世界共通の事項だと思っていました。あなたの故郷には存在しなかったんですか?」
「え〜っと……それは……!」
ダメだ、お手上げだ。俺の嘘には粗が多すぎた。他の人より鋭いルークには通用しなかったらしい。
「マコトさん」
「……ん?」
「きっと複雑な事情はあると思いますよ」
こりゃ、どういう流れだ? ルークは俺を怪しんでいたに違いない。帝国の刺客とは思わないとか言ってたが、だったら俺に何を求めて――
「でもマコトさん。僕ら割と長い付き合いじゃないですか。とはいえまだ一ヶ月も経ってないですが、あなたと共に過ごす日々は驚く程に濃厚です。友人くらいの関係にはなったのでは? あなたもそう思ってくれているのなら、嘘はつかないで欲しいんです……個人的に、ですけどね」
嘘だろ。ルークはただ微笑んでる。微笑んでるんだ。
確かに異世界に来た最初の日にルークと出会って、ここまでよく話してきたもんだ。いつもルークは色んなことを教えてくれるが、時には俺も相談に乗ったりする。
ダチだと言っていい関係だ。間違いねぇ。
――俺は異世界まで来て……まだ自分を良く見せようとしているのか。
俺は平気で他人に嘘をつくのか。
俺は友達を信用せず、ここまで追及されてもまだ平然として騙し続けるのか。
何度も言うけど、元の世界での俺の性格はわからない。いくら追及してもわかる訳がないんだ。
自分が平気で嘘をつくような人間だったのか知ることはできないけれど、もしもそんな人間だったなら――それをやめる為に、俺は今この世界にいるんだ。そう思わなければならない。
「ルーク――俺は異世界から来た。こことは別の世界から、転移してきたんだよ」




