#88 バーにて
やっと王国の門をくぐって中へ。
ああ、けっこう疲れたな。リールとの会話はまぁ楽しかったが……最近『エルフと人間のいざこざ』だの『魔王』だの『帝国』だの、シリアスな話が多いからかな。
この世界の秘密を知るのが面白くないってワケじゃねぇけど、どうにも神経を使うんだよな。
とりあえず寮に戻るかな〜と歩いていると、向こうから歩いてくるエバーグリーンと鉢合わせる。
「戻ったかマコト君。意外と早かったじゃないか」
「もう暗くなってきたけどな」
また、空が茜色だ。
エバーグリーンと合流して北の森に向かったのは朝だったが、歩いてたりリールと話してる内に夕方になっちまったらしい。
「私は今夜とてもとても酒が飲みたくてたまらんのだが、君もどうだ? と言っても荒っぽい酒場ではなく静かな店に行きたい気分だが」
急だな。何日か前は俺の首を飛ばそうとしてたヤツが……ま、もう気にしてないし普通に了承した。
▽▼▼▽
夜の闇の中だってのにさらに薄暗い路地に入り、その奥にひっそりと建ってるバーみたいな店に二人で入る。
客は他にいねぇらしく静かだな。グラスを拭いてる途中の、洒落た髭をたくわえたマスターが出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ……これはエバーグリーン様。ご無沙汰しております」
「変わらんな。君も、この店も。とにかく強めのを大量に、大量に飲みたい気分だ。何でもいい。あと連れにも何かやってくれ」
どうやら前は常連客だったっぽいエバーグリーンの雑な言葉にマスターは無言で頷く。
強めのって、アルコール度数の話だよな。なんか嫌なことでもあったのか。エバーグリーン自身もなんとなく酒には強そうに見えるんだが。
俺は元の世界で酒とか飲んだんだろうか。飲むとしても、どれくらい強いのか。まぁ適当に飲んでみるか。
「マコト君わかるかね? 私の気持ちが……わかるかね!? も〜本当毎日毎日、精神的な負担が尋常でない! わかるか!? 書類仕事が次から次へと入ってくるのに、ちょっと強い魔物の目撃情報が続くと、み〜んな私の強さを求めてやって来るのだ!! ジャイロとかいっぱい、いるだろう!? なのにみ〜んな私だ! 私はもうそこまで長くないぞ、未来の騎士団の絵面に私が入っているはず、うぇ、入っているはずないというのに! どいつもこいつも私のことを不老不死の化け物だと思いおって……ひっく!」
「お、おい……ちょっと落ち着けって……」
もう、グラス何杯飲んだんだこいつ。注がれては一口で飲み干し、注がれては一口で飲み干す。そうやってアホみたいにワインだかなんだかわからん飲み物を喉に、腹に、流し込んでいって、エバーグリーンは変貌しちまった。
まぁわかる。こいつが何を考えてストレス溜まったのかは今のでわかったな。こいつは未来の騎士団が今までと同じように――つまりエバーグリーンが不在でもやっていけるか、てのを心配してるんだ。
でもそんな悩みを一人で抱え込んでる。だからなのか、どこか苦しそうだ。
「なのに、わかるか!?!? 私は、それが、嬉しくて、心地よくって、しょうがないのだ!!!」
「頼られることが嬉しいって意味か?」
「そうだ! ジャイロを、未来の騎士団を案じているのにも関わらず、私はそうやって住民や部下に必要とされることが、嬉しくてしょうがないのだぁ!! う、うぅ……」
な、なんで泣き出すんだ。なんて口には出せんが、こりゃ重症だな。
ヒーローみたいに扱われるのが気持ちいい――でも、いつまでも自分だけ頼られていては、騎士団どころか王国が危ない。その事実をエバーグリーンは自分でわかってるから、辛いんだな。
「いつまでも、最強であるわけには……いかん! だがら、だ、だから私は……もう一度だけ魔王を討伐し!! そして騎士団の団長を辞退する!! そうせねばならないぃ!!」
「マジかよ。それ、まだ誰にも言ってねぇのか?」
「言うわけが無い!! うぇ、国王様には相談しようかと思ったがこんな重大事実、王が知ったら国民には必ず広めねばならない! しかし何も知らない国民達に言うには、まだ早い!!」
やっぱりエバーグリーンはもう一度、魔王を倒すつもりなんだ。まぁ前回も勝ったらしいからその辺は心配無いとしてもな……
その後に団長辞退、か――
「ひ、一つ不安なのは、辞退したその後の騎士団だと、君も思うだろうマコト君!?!?」
うわ、当てられた。図星だよマジで。泥酔状態で号泣中だってのに、鋭さは健在とかタチ悪ぃな。
「大丈夫だジャイロがいる! あいつはやる!! やる奴だ!! 我がバカ息子だが、団内で唯一魔法がつかえるんだからなぁ!? きっと君も見ただろう!? あいつが他の騎士にもし教えられだりできればぁ未来は明るいというもの!!」
「そうか。確かに『適正があるのはオレだけだ』みたいなこと言ってたが、よく考えるとあんな大量の騎士達の中で唯一だもんな。そりゃすげぇぜ」
「だろぉ!? ――し、しかし」
その時、酔ったエバーグリーンのよく回る舌がふいに動きを止めた。たぶん重大な話が始まるんだろう――
「しかし私は――やはり、ジャイロに超えられるのが嫌だぁ!! 怖いのだぁぁ!!」
「はぁ!?」
未来の騎士団を案じてるって何度も言っといて……って、そうか。それなのに頼られるのが嬉しいって話もしてたから、ここに繋がってくるワケか。
「うう、わだしはぁ……『騎士王』と、『英雄』と呼ばれた……今はもう呼ばれない! でも今度はジャイロが……騎士団を先導する存在になるのなら、そう呼ばれる程に頼られなくてはならない! というのに私は! 『騎士王』の名を、独占していたいぃぃ!!」
「ジャイロに地位を譲る気持ちと、優越感に浸りたいって気持ちに挟まれてるってことだな?」
「うぅ、そうだ! だから私にとっては、く、苦渋の決断だった……最後に魔王を再討伐し、それで『騎士王』人生を終わらせるというのは……」
せめぎ合う自分自身の『欲望』と未来への『欲望』。でも最終的にエバーグリーンは未来を選んで、ジャイロへ譲ることを決めた。しっかりと、我欲に負けることなく。
それって充分、
「立派、だよな。上から目線な言い方になっちまうが」
「立派……だと? 私のような……肩書きなどに囚われて、息子の立場を蔑ろにしようとする!! 私のような弱者がかぁ!?」
「心が弱くて何が悪いんだ? しかもあんたは強いじゃねぇか。みんながあんたを尊敬してる。ジャイロだって次期団長って責任を感じてるからこそ、あんたを早く安心させたいからこそ、あんたを超えたいんだろ?」
まぁ親ってのが子に対してどんな気持ちを持つものかよくわからんが、きっと息子が自分より強くなったらなんだか、悲しくなりそうだなぁとは思う。
でもジャイロはどっか……どっかで、エバーグリーンの強さに劣等感を抱いてるって部分を見せてた気がする。人間離れしたパワーを持つ親父を超えなければ、団長として信頼されないかもしれない。
あいつもあいつなりに、プレッシャーと戦う日々なんだろ。
「ま、こんなにも愛されてるあんたは団長を辞めた後だってきっと、『騎士王』として歴史に名を残すぜ? たぶんな」
「歴史に……そうか? う、うぅ……よし! 魔王をもう一度、討つ! それが、私の、最後の使命……そして! 私は歴史に名を残し、名誉の辞退をする!! やるぞ! やってやるぞぉぉ!!!」
席から立ち上がり、握りしめた拳を天にかざしたエバーグリーンだが、その直後、ドサッとカウンターに伏せて眠っちまった。
「こいつ、普通の人間なんだな……やっぱ」
マスターがカウンターを挟んで目の前にいることも忘れて呟いちまった俺。騎士団長のこと『こいつ』呼ばわりとかやっちまったかな、と思いきやマスターは微笑み、
「彼は十年前に魔王を討伐するまで、毎晩のようにご来店くださっていました。しかしその頃も酔われていた時はございましたが、ここまで感情をさらけ出した姿は初めて見ました。何者です、あなた?」
何者、と問われても――俺は何だ? ってな感じの状態なワケで答えようがない俺は、
「別に? 知り合い以上の友達以下ってとこか?」
そう答えるだけ。マスターは一瞬驚いた顔をした。
あっ――そういやまだ国王も知らないっていう、エバーグリーンが再び魔王討伐に出向く話……マスターも聞いてたよな。
……いや、大丈夫なんだろうな。それだけエバーグリーンから信頼されてる人ってことだ。
マスターは、鼻ちょうちんを膨らませて爆睡するエバーグリーンの寝顔を見て、また微笑んでた。




