#83 エバーグリーンの驚き
今回は騎士団の団長で魔王を討伐した過去を持つ、エバーグリーンの視点です。
――強さだけを、求め続けてきた。
「え! エバーグリーン団長!? あ、あの、今朝は北の森での『オーガ』の目撃情報が多いそうで! 不要だとは思いますが……お気をつけて!」
――だがそれは、少し前までの話だ。
「そうか。報告ご苦労」
「は、はっ!!」
――今、門番が驚いたのは……私が自ら壁外に出る事が、とても珍奇な現象であるからだ。
エバーグリーン・ホフマン。そんな授かり受けた名がありながら、私はよく『英雄』と、『騎士王』と呼ばれた。
――それも、少し前までだが。
「オーガ、ってのは? 魔物だよな?」
私の隣には、魔物であるオーガさえ知らないという哀れな世間知らずがいる。おかしな黒い物を目元に付け、おかしな服装をした、変わった男である。
聞くところによると彼――マコト・エイロネイアーは『Eランク冒険者』だという。Eといえばスライム、ゴブリン、スケルトンなどの雑魚の魔物に、僅差でやっと勝てるような最弱のランク。なのに。
彼は、一時期『英雄』と呼ばれた。
「ああ、巨大な人型をした醜き魔物だ。特徴としては、角を持っている。貴様が討ち倒したとか言われている"ジョーイ"よりは弱いが、それでもEランクの冒険者では倒せん。せめてC以上でなければな」
「へぇ……やっぱ聞いたことあるよなぁオーガ。ファンタジーしてんなぁ」
マコトは、後半の私の忠告――もしくは皮肉を、いとも簡単に聞き流して独り言に耽っている。無礼な男だ。
"ジョーイ"というのは、最近現れた騎士団の癌であった。我が団員で構成された討伐隊がほぼ全滅に追い込まれたと聞いた時は、さすがの私も動揺を隠せなかった。
――私があの巨大蜘蛛と交戦すれば、一瞬で片が付いたとは思う。しかし、これは私の欲望だった。
これというのは、ジャイロやウェンディら、若き騎士達に……次世代の騎士団を担う者達に、"ジョーイ"を討伐して欲しかったのだ。
私が出向けばすぐに終わる事件などいくらでもある。山のようにある。だがいつまでも私頼りでは、騎士団の未来は危うい。
私はもう五十一の歳。まだまだ生きられるだろうが、体が動かなくなる時期は遠くないかもしれない。『化け物』なんて呼ばれる私でも寿命は有限。どう足掻いたって世代交代の時が、いつかはやって来るのだ。
――我が息子を筆頭に、騎士団は前進し続けていけるのか。私はそれを見極めるためという理由で、最近は前衛に出ていないのだ。
若者達に檄を飛ばし、書類仕事をするだけの堅物となっているのは自分でも理解しているが。
だから"ジョーイ"が討伐されたと聞いた私は、当然騎士が成し遂げたのだろう、と心中舞い上がるように喜んだ。
なのに、その詳細を尋ねれば――討伐したのは今この場にいるマコト・エイロネイアーだという。あり得ない。こんなおちゃらけた態度のEランク冒険者が?
私は、信じなかった。
「はぁ……またこの森か」
門をくぐりしばらく歩き、北の森の玄関口に着いたところで、マコトは大げさにため息をついて肩を落とした。
まったく、いちいち仕草の大きい男だ。四十くらいの歳だと思われるが、もっと悠然と振る舞えんものか。ジャイロも然り――
「んん!? なんかデケェのいんぞ!?」
「オーガだ」
森に足を踏み入れた我々の前に、一体のオーガが現れる。久々に見たが、相も変わらず角が生えていて不細工な面、醜い見た目をしているな。
というか、魔物自体を見るのが久々だ。何週間か前にドラゴンを追い払ったがあの時以来……初めてとなるか。
「最近、腕がなまっていてね――肩ならしに丁度いい。ここは私に任せてくれ」
「そうしたいところだが、あれ見ろよ」
彼が指差したのは後方だ。前方のオーガの警戒を解かないまま、指が示す方向を振り返る。そこには、もう一体のオーガが存在していた。
「前後から挟み撃ちとは、貴様は不運な男だな」
「なんで俺だけなんだよ!? あんたも挟まれてんのは同じだろ!」
「――ふ、後方のオーガは貴様がなんとかしろ。前は私が片付ける。いいな?」
私は、これまた久方ぶりに――嫌がらせ、をしたのだ。
マコト・エイロネイアーの強さを、私は今も信じていない。"ジョーイ"の時はBランク冒険者のブラッド、他にも屈強な冒険者達も同行していたらしい。彼らが討伐したに決まっている。
エルフの村の件もどんなカラクリを使ったのか、知る者はどこを探してもマコト本人のみ。
この男は嘘にまみれた、ただの哀れな道化だ。その仮面が取れる瞬間を、オーガを利用して私がこの目で見てやる。彼を、試してやる。
「了解した。あんたも気ぃつけろ」
……あれ?
随分と落ち着いた態度だ。いやいや、彼はただ強がっているだけだ。意地を張っているだけだ。そんな現実あるわけがない、彼は事実を歪めようとしているだけ……の筈だ。
「ゥゥォオオ!」
おっと、前方のオーガの警戒を解いてしまっていた。私としたことが……頭の可哀想な男に注目しすぎた。
巨体が振り下ろす巨大で強大な棍棒を、私は片手で受け止め、そして横に振り払う。
「ッオ!」
バランスの崩れたオーガを狙い、腰の剣を抜き放つ。我ながら研ぎ澄まされた太刀筋は健在のようで、その一閃はオーガの太い首を飛ばすのに十分だった。
跳ねた首を視界に入れる間もなく、私は再び後方を振り返る。なぜなら、危険な状況ゆえ。
私がした冗談半分の嫌がらせを事実と受け取り、あの道化はCランク以上でなければ倒せない魔物、オーガに向かっていくのだから。
「マコト・エイロネイアー! 伏せろ、私がやる!」
本当にあの男は馬鹿だ。私の呼びかけが聞こえているのだろうか。とにかく彼は国民だ。死なせる訳にはいかない。
恐らく今もできる――魔法じみた私の特技、『飛ぶ剣撃』でオーガをいつでも仕留められるよう構えるが、マコトが伏せないと当たってしまうかもしれない。
もう彼とオーガの間には、ほとんど距離が無い。さて、どうしたものか――
「死ねコラァッ!!」
「オォゴッ!」
……え? 何が起きた?
彼はオーガの真下に一瞬で入り込み、そのまま真上に跳躍してオーガの顎に拳を直撃させた――ように見えた。
そして喰らった顎は砕け、オーガはかなり怯んで後退している――ように見える。
「おらおらおらァ!!」
今、マコトの両手になにか籠手のような手袋のような物が一瞬で装着された。その手袋には無数の棘が生えていて、マコトはその拳をオーガの体という体に打ち込んでいく。
「オ……ゴッ……ォ」
オーガは手も足も出ず……といった具合で、ただ肉を棘手袋に抉られていくのみ。もはやあの魔物は原型を留めていない。
「フィ〜ニ〜ッシュ!!!」
最後にマコトはよくわからない言葉を叫びながら、空中でオーガの鼻っ柱を殴りつけた。
その一発でとうとう命の火を消したオーガは、まるで棒のように無機質に、仰向けに倒れた。
――私はただ呆気にとられた。圧倒的な力の差を見せ、彼はオーガを仕留めた。馬鹿なのは、彼でなく私だったのだ。
着地に失敗して背中から落ち「いてっ」と呟くもマコトはすぐに立ち上がり、土を払いつつ私の方へ戻ってくる。いつの間にか手袋を外して仕舞い、平然とした態度で。
「なんとかなったな。んじゃ、村探しに戻るとするか」
「……君を勘違いしていた」
「ん、なんだ? 聞こえなかった」
「……なんでもないさ。失礼した、マコト君」
「よくわかんねぇ。早く行こうぜ」
私はとんでもない間違いを犯したのだ。『Eランク』や『ひょうきんな振る舞い』など、上辺ばかりを見て彼を侮ったのだ。
"ジョーイ"を倒したことも、エルフを黙らせたことも、彼の強さによってすべて辻褄が合う。
なのに自分を強そうに見せない、他人を見下すような真似はしない。私とは大違いだ――まさしく彼は本物の強者だ。




