#78 リールとルール
これも手に巻き付く植物のせいか、視界がハッキリしねぇ。今、俺の前に壁みたいに立ちはだかったのは、
「びっ……びー……」
『リール!』って叫びたかったが無理でした。
あの透き通るように綺麗な緑の髪、リールで間違いない。彼女はすぐに俺の両手を縛ってるツタをナイフで切って解放してくれた。
「また邪魔をするのかリール!?」
「あなたこそ、またこんな事をして……」
「こいつは侵入者だぞ!? それも少し前にここで暴れたばかりだ!」
一度だって俺の方から侵入した覚えはねぇぞ、この大ボラ吹きがよ。って言ってやりたくても無理だ。植物が無くなってもこりゃ、少しの間は何もできねぇぞ。
だから、今だけリールに頼るしかねぇ。
「前回のことなんか考えなくていい。今回は、証拠はあるの? 誰か見たの!? こんなに優しい人間が、私達を殺すために自ら村に侵入したところを!」
両手を広げて、俺とエルフ達の間に壁として立つリールの言葉。
弓を構えるエルフ達は「確かに見てないな」とか「リールはもうあの男とグルなのか」とか十人十色の反応。
「俺が、証人だ!!」
そんな中で声を上げるのはやっぱりドレイクだ。
「リール……覚悟はできてるんだろうな」
「……は……?」
「避けるなよ?」
「ッ――!!」
弓をゆっ……くりと構え始めるドレイク。間違いなくこいつはリールへの怒りが限界に達してる、殺す気だ。
そんなこと、俺が許すかよ。
植物を切ってもらって少し経った今、俺は未だうつ伏せ状態だが、視覚や聴覚が安定してきた。
これも、肩を斬られた時にもあった『すごい回復力』ってヤツの賜物か。たぶんもう動ける。
「ドレイクさん何を!?」
「まさかリールを……?」
「せめて喉を狙い一撃で仕留めてやる。安らかにな、リール」
「……ひ」
リールが目を閉じ顔を背けるのと同時、ドレイクは引っ張った矢から手を離す……矢が、迫ってくる。
俺は立ち上がりながら武器ガチャ。しかし出てきたのは、
――小さな消しゴムだ。『ハズレ』ちまった。
それを投げ捨て、リールの肩を掴んで、彼女の前へ覆い被さるように出る。
「――っぐあああぁあああ!!!」
「え、人間さん!?」
俺の背中に、矢じりが深々と刺さった。
なんとなく突き飛ばしても、リールは矢を恐れて逆に足を踏ん張ってるかもしれん。もし失敗したらリールは死ぬ。だったら俺が盾になった方がよっぽどいい。
消しゴムを投げ捨てた瞬間出した――それが俺の答えだった。
「ああっ、クソ痛ぇ! あぁ助けてくれ! うううああ!」
自分でも思う。なんとも惨めな答えだこと。ただただ、冷たい地面をのたうち回るおっさんの出来上がりだ。
「そんな、どうしてあなたが……」
「ううぅわかんね、とにかく助けてくれ! くぅあ痛いのは嫌いなんだよぉぉあ!」
心配してくれてるのはわかるが、あのな? 今の俺としてはそれに答えるのさえ辛くて苦しいんだよ。だからキレそうになるが、なんとか抑えてる感じなんだぞ?
「え、あの男リールを……」
「何が起きた……?」
「というか、何が正解なんだ……?」
ドレイクの凶行をただ見ていた村民達は、俺の行動に驚愕するばかりだな。それがポジティブな驚きかネガティブな驚きかは、わからねぇが。
そして遂に、
「まさかドレイク、またお姉ちゃんを!?」
たった今殺されそうになった少女の妹――ルールもこの場に現れる。ルールはいつか見た怒りの形相よりもさらに険しい顔付きをドレイクへ向け、そして懐から何かを取り出した。
「もう許さないから!」
「お前……本気か? 姉に続いてお前まで?」
それはパチンコのような武器だった。Y字をした金属の棒の間には、ゴムなのか紐なのかわからねぇがそんな感じのが張られてやがる。
ルールがパチンコをドレイクへ向けてそのゴムを引っ張ると、ゴムの中央に光の玉が浮かび上がる。
たぶんルール自身の光属性の魔法が、そのパチンコの弾なんだろう。
ドレイクの問いかけにルールは無反応だが、その代わりに他の村人達が介入したいらしく、
「ドレイクさん……今リールちゃんにした仕打ちは、いくらなんでも酷ですよ」
「あなたが怒っているのは人間では? 殺す為ならば仲間にまで手を出すのですか?」
「特にリールとルールの姉妹は、これまでずっと村に貢献してきた子達だ。あんたが一番よく知ってるだろう!」
なるほど、リールとルールは優等生タイプなんだな、ああ痛ぇ。まぁ見るからにそんな感じだし、何より優しいしな。痛ぇ。
「どいつもこいつも……人間に洗脳されちまってる……」
だが、さすがのドレイクだ。リールとルール姉妹にも村人達にもこれだけ批判されて、こんなにも信頼を失ったってのに、まだ全てを他人のせいにしてやがる。痛ぇ。
そろそろ俺だって黙っちゃおれん。
「リー……ル……俺は騙された……この手紙……を」
「この書状……!! ドレイクあなた、人間さんを罠にかけたの!?」
今まで麻痺してて出せなかったが、マゼンタから受け取ってた三通目の手紙。見せれば一目瞭然だろう。ドレイクが俺をこの村に呼びつけたんだ。痛ぇよ。
リールは目を見開き、村人達は息を呑んでるみたいだ。
「もういい。その人間は勝手にしろ……俺は寝る。リール、今日は日課を早めにやるぞ」
けっきょく最後の最後まで自分の行いを省みず、最悪のリーダーは心底呆れたように自宅へと歩いていった。トボトボと歩いてるって様子も見えんな。至って普通に歩いてる。
ルールはパチンコをしまって、すぐにリールと俺の元へ走り寄ってきた。
リールは微笑んでそんな姉想いの妹を撫でてから、俺の背中に突き刺さった矢を強く握る。痛てて。
「一、ニの、三で抜くわよ――いーち!」
「え!? 待て待て矢にはアレが付いてんだろ、返しってヤツが! 心の準備が」
「にーの!」
「ちょっと深呼吸! 痛いんだけど深呼吸だけさせてほしくて」
「さんッ!」
「深呼きゅううぅああああああああああ!!!!!」
激痛が、走る。
かなり無駄に肉を抉って、引っこ抜かれた一本の矢。だがまぁしょうがねぇよな。治療するにはまず抜かないと話にならんしな。
って、なんで、心の中の俺は……こんなに冷静……で……
「ごめんなさい、人間さん。エルフを許して」
まだ、種族丸ごと引っくるめて謝罪しちまってるリール。でも俺は、
「エルフ……? はぁ、そんな名前の個人がいたか? ド、ドレイクってやつとは……仲良くできる気はしねぇ……が……」
「もし私が人間だったらなぁ――あなたと友達になりたかったな」
「何言ってんだか……エルフだろうと人間だろうと……いつでも、大歓迎……」
そんな言葉を最後、痛みで俺は意識を失う……直前、なにか聞こえた。
「――ありがとう」




