#74 王様からのお呼び 前編
「だぁっ! ……はぁ……はぁ……もう走り疲れた。久々に腰が痛ぇような……いや、考えちゃダメだ!」
病は気から。《超人的な肉体》に慣れてきたからか、最近腰の調子が良いんだ。大丈夫、まだ悪くなってない。そうだ、だいじょ――
「あらマコトさん! よかったわ見つかって♡」
「……え?」
後ろから色っぽい声をかけてきたのは、魔術師団の団長マゼンタ・スウィーティ。
ジャイロと決闘する直前に会話をしたが、あれ以降はすれ違いざまに挨拶するくらいだったな、こいつは。
「なんだ、俺を探してたのか?」
まずは当然の疑問をぶつける。『見つかってよかった』なんてセリフ、探してないと出てこないだろ。
それともう一つ気になってんのが……彼女の後ろについている何人かのフルプレートの騎士だ。
「そうよ? この国の王様があなたを呼んでいるわ。王の関係者の中でマコトさんの顔を知ってるのは、私くらいしかいなかったのよね〜」
「いやいや何でだよ急すぎるだろ――」
「つべこべ言うな! 王は貴様に怒りを燃やしているのだぞ!」
当たり前のように軽〜く言ってくるマゼンタをさらに問い詰めようとした俺は、その言葉を騎士に遮られる。
怒り? 怒ってるだなんてますますわからねぇ。なのに騎士は俺の両手を縛ろうとしてくる。俺は「だったら」と言いながらその騎士の腕を強く掴み、
「全部説明しろよ。それから俺が判断して――」
「マコトさん」
凄んでみたが、マゼンタがすぐに木製の魔法の杖を向けてくる。なんてデカさだ。こいつの身長と同じくらい長い、そんな杖を向けられてものすごい圧迫感だ。
「それ以上は、やめた方がいいんじゃない? ――色々な意味で」
口調は穏やか、笑顔も柔らかい。だが彼女の目は鋭い。獲物を狙う肉食獣のそれと同じような感じに。
杖の先端の銀色の宝玉が光り出す。俺はその光に強すぎる殺意を感じ、騎士の腕からパッと手を離した。
正直言うと、そこまで強くないんじゃないかとイメージしてたが……この女はやばい。敵に回したら本気でやばいぞ。
「わかってくれたようでなにより♡」
「な、なんて危険な奴! スウィーティ様、すぐにこいつを拘束しますので」
「あら、騎士さん今ので怖がっちゃったの? もう大丈夫よ、私が保証してあげる。彼もたぶん根は良い人だし」
――こうして俺は異世界に来てから初めて丸め込まれ、何の拘束もされずマゼンタの横を歩いた。
王様に怒られなきゃならん理由もわからないまま、『きっと関わることは無いだろうな』なんて思っていた、王都の中心にある巨大なお城まで連れて来られちまったんだ。
▽▼▼▽
門をくぐり、しばらく歩いた。階段を上ったり廊下を進んだりと色々したが、道を覚えられる程の気持ちの余裕がねぇ。
気がつくと大きくて威圧感のある扉の前にいた。騎士がそれを開くと、大広間。奥に玉座があってそこに座っているのは――
「この者が、マコト・エイロネイアーか」
「はっ!」
王冠を頭に乗せた、赤いマントだかローブだかを羽織る髭面の男。見た目としては五十代後半かな。
その横には赤い髪と赤い髭をたくわえた五十歳くらいの強そうな騎士も立ってるが、とにかく座ってるあいつがこの国の王様なのは間違いない。
「まずは初めまして、だな。余はバルガ・ドーン・サンライト、この国の王である。君はなぜここへ呼ばれたのかわかるかね?」
「いやぁ……全くわからんね」
「そうかそうか。身に覚えがないのか」
クソ! 王様でも騎士でも誰でもいいからよ、どうして俺が連れて来られたのか勿体ぶらずに早く話してくれよ。
俺を連行した騎士達は部屋を出ていき、マゼンタだけが俺の斜め後ろに控えてる。その状況に満足がいったのか王様は口を開き、
「では、これもかね――エルフの村」
「なっ!?」
「あるようだな」
ちょ、ちょ、待て。なんで? あのことは誰にも話してないはず……ジャイロか? おかしいな。リールにも言われたし、俺とも話し合った。それを忘れてたとしても、話したらトラブルが起きるなんて簡単に想像がつくだろうに……
「この書状が今朝、城の壁に射ち込まれた矢に括り付けられていた」
王様は懐から便箋のような物を取り出した。こりゃ、なんとなくジャイロがやらかしたワケでもなさそうな雰囲気だ……焦った。
「彼の為にも、もう一度読んでくれエバーグリーン」
「は」
え!? エバーグリーン? 横の騎士エバーグリーン・ホフマンかよ! 騎士団の団長、ジャイロの父親、魔王を倒した男、『騎士王』の異名。名前しか聞いてなかった人が、今、真正面にいやがる。
「『私はエルフの村の長ドレイク。先日、二人の人間が村に侵入し我々の生活を脅かしたのだが、その内の一人は間違いなくそちらの国民である。確認願う』……以上です」
ドレイクぅ!? あの野郎『侵入』だとか『脅かした』とか好き勝手書きやがって、全部嘘じゃねえか!
……確かにあいつの顔面は俺が殴っちまったけども。だがそれで何で俺だとわかったんだ? 『二人の内一人は』って部分が引っかかるが。
「そしてこの国民証が添付されていました。『マコト・エイロネイアー』の物で間違いございません」
「あぁッ!?」
マジか、国民証が部屋にもねぇと思ってたが……あの村で落としてきちまったのか。なんて不運だよチクショー!
「どうだねエイロネイアーくん。この書状に、君の国民証だ――君はエルフの村を荒らした張本人だね?」
「……荒らしてなんかいねぇよ。それに侵入ってのも――」
「貴様ッ! いい加減にせんか!!」
急に怒鳴られた。声の主はエバーグリーン・ホフマンその人だ。
「さっきから何だその言葉遣いは……たった今、貴様の目の前にいらっしゃるのは、貴様の住むこの国を治める王なのだぞ!!」
「……わかってる」
何もかも俺はわかっている。端から見れば異常者だろう、クズだろう。それでも色々考えてるつもりなんだ。
サングラスを外して王様をまっすぐ見つめ、
「俺はもう敬語が使えない。故郷では普通に使ってたが、ちょっと事故に遭って頭のネジが足りない男になってしまった。それでこの国に来てから偶然若い人達とばかり話してるせいか、そういう話し方で固定されてしまったんだ。直せないんだよ。その点は申し訳ないと思ってる」
故郷とは、元の世界。
事故とは、自分についての記憶を喪失したこと。
実際、女神様から記憶を消されて俺の中の色んなものが抜け落ちたと思ってる。
確か一番最初にオークと戦ってた時の回想かな、サラリーマンやってる時の俺はまともに(日本語のプロじゃないはずだから下手だろうけど)敬語を使ってた気がする。少なくとも今みたいにワイルドな喋り方はしてなかっただろう。
思えば最初に出会ったのは生意気な少女プラム。その後につるむのもルークにジャイロ、ミーナやウェンディと若者だらけ。ブラッド達は若者とは呼べないかもしれないけど、俺より若いのは確定だから。
「うふふ、謝罪するなんて意外と誠実な人だと思わない? エバーグリーンさん♡」
「……どうだかな」
俺の後ろからはこの場に似合わないマゼンタの軽い声色が飛び、俺の前のエバーグリーンは何を思ったか瞑目して腕を組んだ。
「王様、俺は神に――いや女神様に誓うよ。エルフの村には入ったけど、それはエルフ達に連れ去られた結果だ。だから『侵入』って部分は嘘なんだ」
「ならば『脅かした』という部分はどうなる?」
「その書状を書いたドレイクってエルフを殴った。理由は彼が仲間割れで他のエルフを殺しそうだったからだし、それ以外は何もしていない。一人のエルフとは信頼関係すら築いたよ」
「そうか……その点はもうよい、もう一つ大事なことを聞かねばならん」
こんなに問い詰めておいてまだあるんだ。『もうよい』っていうのは時間が無いから無駄に聞くのをやめたのか、俺を信用したのかどっちなんだろう。バルガ王、ポーカーフェイスだなぁ。
「村に入ったもう一人の人間は、誰かね?」
「……!!」
まずい、忘れてた。




