#69 逆に?
気絶したロディはひとまず放置して、ルークとジャイロはどうなったのかと思った俺は厨房から出る。
「見てたぜ! フライパンの時いい音したなぁ〜!」
「あれは効いたよ……」
すぐ近くにジャイロが。俺の戦いを見てたのかよ、ピンピンしてんな。
フライパンで殴られた時の音は、殴られた俺でさえいい音だと思ったよ。
「終わったんですね」
「なんとかな」
ルークは店の入り口から入ってきた。よく周りを見渡すと、さっきルークが吹っ飛ばされた時に割れた窓がどういうワケか完璧に直っていやがる。たぶん、こいつが今まで直してたんだろう。
その後ろからプラムも続いて入ってきた。
「また戦ってたの〜!?」
「俺だってうんざりしてんだ」
まぁ口ではこんな感じのクソガキは、心の中では俺のこと心配してんだろうなって最近になってわかった。
「じゃあこの先俺は何もできねぇからな、ロディの処分、魔術師団・騎士団にお願い申し上げる」
青髪と赤髪が頷く。
▽▼▼▽
「あなた達に何が起きたんですか?」
ルークは、今さっき起き上がったロディに質問してる。俺とプラムは後ろから見てるしかねぇ。
場所はまだ厨房だが、杖を強く握りしめてる魔術師団の二番手に、ただの料理長はもう逆らえんだろう。
「キノコが不足してあんた達に取りに行ってもらってる間に……肉も不足してな。仕入れるだけ仕入れたんだが、やっぱり金が足りなかった」
「それで、オークを?」
「そうだ。もう一人の若いのに店を任せてる間に、俺は壁外でオークを捕獲した。オーク肉を提供し始めたのは昨日からだ……これは本当だ」
「なぜそんな事をしたんですか?」
「もう、余裕が無いからだ……とにかくそれに尽きる」
余裕が無い……ね。
そりゃ金なのか心なのか。マシュフロッギーのキノコを根拠無く『大丈夫だ』って言い張ってたのも、それだけの話ってこったな。
「もちろんオークの肉を使うのに抵抗はあった……だが提供しても、普段から来てくれてる人達は何も変化が無かったんだよ。『味が変わった』なんて意見はあったが、『おいしい』とみんな言ってくれた。それで安心して……」
なんだと? 安心したから、魔物のキノコを大丈夫って言ったのはわかるが。
ルーク、プラムは『食う気がしない』、ジャイロは『後味が悪い』、俺は吐きそうになったんだぞ。どうなってんだその話。
「『魔物』ですからね。魔法適性が無い人には、何の変哲もないお肉ということでしょう」
ん? よくわかんねぇ。また後で聞くとするか。
「でもロディさん……魔王が作った生物の肉をお腹の中に入れるなんて、そんな事実を聞いたらお客さんは生きた心地がしないと思いませんか?」
「ああ、思う……思うよ。俺だって思う。悪いことを……してしまったな……自分に余裕が無いからってな……」
ロディは自分を見失っちまっただけで、根はいい人……なのかな。本気で反省してるようには見えるが。
だからといって逮捕は免れないだろう。ジャイロはロディの両手を縛り、外へ連れて行く。が、店の外にはたくさんの人が集まっていて、
「ロディさん! 何があったんです!?」
「オークの姿を見た気がしましたが!」
「店は閉めてしまうの!?」
一瞬俺はマスコミの類いかと思ったが、どうやらこいつらは一時避難してた『ロデオ』の客らしい。
何も事情を知らないお客さん達に、自分で責任を果たそうと思ったのかロディは口を開く。
「今日、私はあなた達にオークの肉を提供したのです……こんな行為許されるはずがございません」
衝撃の事実を知った客達。この中にはたぶん今日食事した人もいることだろう。
「それは今日だけ!? 今までは違ったのか!?」
「ええ、もちろんです! 今までは普通の牛や豚なんかの肉でしたとも!」
客の一人が怒ったヤツらを代表するように聞くも、ロディは事実を話すだけ。
実際、昨日の昼に俺達四人で食った肉は普通に美味かった。
「だ、だったらジャイロ様! その人を許してもらえませんか!」
「は!? 何言ってんだあんた!」
今日までは違った、という発言を聞いた客の一人がロディを無罪放免にしろと言い、ジャイロが怒鳴る。
もちろんそいつ以外の客も賛否両論って感じだ。
どうなんだろうなぁ……確かに今までずっと、美味しい料理を提供し続けてきた店なんだろうな。経営が苦しくてもやってきたワケで。
今回は、限界が来たってことだろうが……余裕さえあれば問題無かったのかもしれん。
「でも俺はやっぱり、この店が好きだ!」
「私も! 無くなるのは寂しいわ!」
「俺も長く来てなかったが……話を聞いたら、また食いたくなった。ちゃんとした動物の肉をな!」
「弱ったなぁ……オレだって本当はそうさ、魔物の肉だけはごめんだけどよ……」
ジャイロも常連って話があったな。どうすんだ、この流れ……?
「じゃあ……ここでは何も起きなかったってことにします?」
まさかの、まさかのルークの発言。この一件を無かったことにするって意味かよ。
「幸いオークは早めに僕らが片付けたし、お客さん達もそう遠くへ逃げていない上にすぐ集まってくれたので、今のところ噂は広まっていないようです。でしたらこの件は闇に葬って、何か別の案を探してはどうでしょう」
「なるほど。さすがは姑息なヒョロ……じゃあ騎士を一人、見張りにつけて営業許可ってのはどうだ……?」
悪い二人の提案に、客の方から「おおっ」といくつか声が上がる。
いやぁ倫理的にどうなのかねコレ……俺は正義の味方じゃねぇし別にいいが、ルークとジャイロについては立場的にバレたら王国追放レベルだろ(言い過ぎか?)。
俺は知らん! 何も見てねぇ! ということにしておこうかな。
だが助けてもらえそうな流れの当の本人、ロディは、
「そ、そんな……そんな簡単に私を……俺を許してくれていいのですか!? あり得ないですよ、いくらお客様の意思でも……」
ロディ。お前はある程度信頼されてるんだから、ここは助けてもらっとけよ。
「お客様は神様じゃねぇのか、店長兼料理長?」
「なっ! それは……」
『お客様は神様だ』……と聞いたことあるフレーズ。これってお客さんの方が言っちまうとただの嫌がらせみたいだが、俺は真面目にはこの店の客やってねぇし。
「今日の事件を償うために、これから毎日美味い料理を提供すればいいんじゃねぇの……これ、やるよ」
「なっ!? 金貨……十枚!?」
いつしかジャイロから貰った金だ。袋には三十枚入ってるが、元々俺は十枚を自分の分だと思ってたからもう私物。それをあげただけのこと。
「騎士団所属の暇な若いのを、何人か毎日『ロデオ』に送るよ。そいつらが見張りと手伝い、両方こなすってことで。最初は給料なんか安くていいし」
「し、しかし儲からなかったら……」
成功するビジョンが見えてそうなジャイロと反対に、自信なさげなロディ。
だがさっきから客の態度を見てると、事実は思ったよりジャイロのビジョンに近そうだ。
「こんなに客に好かれてんだ。大丈夫だろ」
「……うっ……ううっ……皆さん……ありがとうございます……」
俺が励ますと、店長は男泣きしていた。
それからというもの――オーク肉の噂はけっきょく広まっちまったが、それが逆に話題となって客を呼び込んだらしい。
どうやら魔術師団や騎士団は有能な二番手達の対応を信じ、尊重してるとか。
これもルークとジャイロが信頼されてるからこそだ。
でもまぁ実際に来店してみたら、待ってるのは安全で美味しい料理、そして大柄で優しい店長だけだからな。




