#5 燃え上がるワケ
正面に立つオークがまた拳を振りかぶる。しかし俺は、さっきほどの恐怖を感じていなかった。
勝てる。そう俺の心が言っている気がするから。
―――
「おい、――! またか、この前も同じミスしてただろ!」
「すみません」
―――
飛んできた左の拳をしゃがんで躱し、オークの服の胸元を掴んでこちらへ引っぱりこむ。体制が崩れたオークに向かい、今度は俺が拳を握り締める。
「お返しだ」
渾身の右フックをねじ込んだ。
―――
「あの人この会社入って何年目なの?」
「そんなことよく覚えてないけど結構長そうだよ」
「それであれ? うわーひっど」
「この前入った佐藤君のほうができてるよねー」
(聞こえてんぞ……)
―――
錐揉み回転しながら吹っ飛んだオーク。その姿に若干の爽快感を感じる俺がいた。
だが俺を感傷に浸らせる暇も与えずもう一体も、目に入った砂から解放され近づいてくる。
姿勢を低くし、一瞬にして懐に入り込み、鳩尾の辺りに左ストレート。その衝撃でオークは腰を曲げて『くの字』の姿勢に。
―――
「この部分なんですけど」
「あー、はいはい後でね」
(質問も聞いてくれねぇのかよ……)
―――
必然的に前に出てきたオークの頭部。両手で挟むように掴み、引き寄せる。体の芯からどんどん湧き出てくるパワーを右足に集中させ、顔面に膝蹴りをブチ込んだ。
瞬間、大量に赤黒い血が飛び散る。
―――
(毎日が最悪の気分だ……こんな世界逃げ出してぇな。でも、これじゃただの現実逃避か……)
―――
片牙が折れ、鼻やら顎やらが潰れたオークは、とん、とん、と後ろへよろけて背中から地面に倒れ、二度と動かなかった。
▽▼▼▽
「信じ……られねぇ……」
殴られて思い出したのは、元の世界から逃げ出したかった理由。まぁ酷いもんだ。くだらないにも限度があるだろうと俺自身が言いたくなる程に。
簡単な話だ。俺は仕事において無能だったってだけ。何の仕事かわからないし、その他の生活においてもトロかったのかだってわからない。思い出したそれだけが嘘偽りのない事実。
「そんな俺が……」
無能だった俺は、どうやら異世界に来て強くなってしまったらしい――自分にとってトラウマレベルの記憶が呼び起こされ、それにイラついて八つ当たりでぶっ飛ばした、すぐ近くに転がる二つの死体がその証拠。
死体ってのはいつ見てもやっぱり良いものじゃないが、オークのは現実味がなさ過ぎてそこまで気分悪くならないな。
日本にいた俺の願いはこれで叶ったんだろう。だが実際叶ってみると、素直に喜べない。不正行為をしてるみたいな罪悪感を感じて、複雑な気持ちだ。
喜ぶべき……なのか?
『おめでとうございます、マコトさん』
「あぁッ!?」
考え事の最中なのに、遠慮もなく俺の脳内に響く聞き覚えのある声。よく耳(というか脳)を澄ませると聞き心地のいいその声の持ち主は……
『それが"能力ガチャ"で貴方が引いた、一つ目の能力です。声の綺麗さなら自信があります』
あぁ、なんだ女神様か。




