#4 突然の初戦闘
「誰かぁーーー! 誰か助けてーーー!」
森の方から高音の悲鳴が響く。俺は冷や汗をかきつつ、まだ最初の木の根本から動けずにいた。
「えぇ……俺行くべきなのか? これ……」
考えてもみろ、普通の暮らしをしてる日本人皆が皆、厄介事に自ら突っ込んでいくヒーロー気質だと思うか?
日本にいた頃の自分の性格も思い出せないが――周りがやらなきゃ自分もやらない、誰かが嫌な思いをしても自分さえ良ければそれでいい――典型的・日本人の思考回路を持ってたんだろうと予想がつく。
異世界まで来て、情けないこった。
「……こうなりゃヤケクソだ」
まだ続いている叫び声がこちらへ近づく中、俺はなんとか勇気を振り絞り、森へと足を踏み入れて行った。
「あっ、そこのおじさん! お願い助けてっ」
マジか。踏み込んだほぼその瞬間に、ものすごい焦った顔で走って来る金髪の少女と鉢合わせる。
俺はロリコンではないようだが、あれは『美少女』と表現して間違いない。見た目は十二歳くらいで、少しの大人っぽさと子供らしいあどけなさの混在する顔。声も一致、さっきからずっと助けを呼んでたのはあの子だ。
が、問題は少女より、その後ろから追うように走る二体の茶色い化け物。人型で普通に服を着ていて、二足歩行するイノシシのようで、奇妙だ。
アレが何なのかよくわからんが、間違いなく少女に対し――というか人間に対し敵意を持ってる目だ。
「おじさんっ!!!」
「あ!?」
助けるって事はイコールあの化け物と戦う事になるのかと、ぼーっと見つめていた俺に、走って来た少女がいきなり抱き着いてきやがった。
「おまっ、ちょっ、放せ! アレと戦えってのか!?」
「え、だって割とガタイいいじゃん!」
「それは良いかもしれんが俺自分の強さ知らねぇんだよ!」
今の一瞬だけでだいぶヘタレが露呈した気がするな。
肩幅は狭くないし筋肉もないわけじゃない。そんな俺の体だが、日本にいた頃はどれくらい鍛えてたんだ? スポーツとかやってたのか?
「フゴ、フゴ……」
今まで少女を執拗に追いかけてた二体のイノシシみたいな奴は俺を見ると警戒したのか動きを止め、様子をうかがうように俺を見ている。そりゃあ俺はこの少女と比べればデケェからな。
肉を食いたいんだか単に殺したいんだか知らねぇが、よだれを垂らし、口の両端の二本の上向きの牙を見せ、荒い鼻息を上げながら、じっと見てくる。
「おい……あいつらは何なんだ」
「知らないの? オークって魔物だよ」
三メートルくらいしか離れていないそのオークを刺激しないように小声で聞いた俺に、抱き着いたまま顔を向けてきた少女も小声で答えてくれる。案外空気読めるんだな。
魔物ってのはまた聞いたこと無い単語だが、何なのか問い詰める暇は今無い。とにかく危険なのは理解できるんだしな。
「……く」
片方のオークが一歩踏み出す。もうやるしかないのかと、俺は意味もなく歯を食いしばった。少女も俺の後ろへ回り、隠れる。
もうダメだ、やるしかないんだ。
俺がしゃがむ、と同時に踏み出していたオークが走り出す。タイミングを見計らい、目の前まで迫ったオークのその眼球に握り締めた砂を叩き込む。
「フゴオオオォ」
目潰し成功。卑怯とか姑息って言葉は知らん。オークは両手で両目を押さえ、痛々しく甲高い声で苦しんでいる。
……良かった、効き目があって本当に良かった。そう安堵する俺が目の端に捉えたのは、
「じゃ、あとは頑張ってね」
「おい見捨てんじゃねぇよクソガキ!」
可愛らしく手を振りながら、満面の笑みだけこっちに向けて走り去るクソガキ。自分でトラブル持ってきといて、助けてくれそうな人に丸投げして逃げるってどんな神経して――
「どおぉうっ!」
振り向いた顔面にとてつもない衝撃が走った。忘れてたのは、目を潰されてないもう片方のオーク。気づいたときにはもう眼前に拳があった。人間っぽい拳だが恐らく空手家並みの硬さだと推測する。
俺は鼻血を吹き出しつつ、うつ伏せに地面に倒れた。
「……あ」
痛みで頭がくらくらする中、ある事を思い出す。ついさっき女神様と話した例のアレを。すぐに思い出す、と言っていた例のアレを。
「なんだよ、そういうことか」
まさかぶん殴られて記憶が掘り起こされるとは。そんな事実に思わず苦笑しながら両手をついて立ち上がり、未だ戦闘態勢を維持するオークの方へ顔を向ける。内ポケットから取り出したサングラスをかけながら。
「お前ら……覚悟しろよ」
鼻血を拭い、指の骨をバキボキ鳴らして、燃え上がってくる闘志をそのまま言葉にした。




