#41 蜘蛛の巣の上にて
「……ダメだ。相手が悪すぎる。ジャイロ達も呼んで全員で挑むべきだ。私が連れて来るから、貴様らはここで"ジョーイ"の動向を見張っていてくれ」
「待て待て待てよオイ。ウェンディ、冗談だろ? ようやく見つけたってのに、俺達はただ待ってるだけか?」
俺とブラッドが余計な小競り合いしなければ、もっと早く見つけられたかもしれねぇのに。あの女の子に随分と怖い思いをさせちまってる。責任感じてるのは、ブラッド達だって同じはずだ。
「マコトもブラッドも、強いのはわかっている。しかし……もしヘマをすればどうなるか……とにかく待っていろ。すぐに戻る!」
こっちの意見も聞かず、ウェンディは馬に乗って駆けていってしまった。
▽▼▼▽
取り残されちまって何をしたらいいのかわからねぇ俺達。この場にいるのは俺、プラム、ブラッド、ゼイン、その他の子分二十人程度……そして眠る"ジョーイ"と気絶する少女。
「なぁ、俺達は従うべきか?」
俺は誰にともなく聞いた。誰でもいいから意見を述べて欲しかったんだ。
「あの子が可哀想だから助けてあげたいけど……私じゃなにもできないから偉そうなこと言えないよ……」
「女騎士さんの方が"ジョーイ"に詳しいようですからね……」
「俺も従うべきだと思うっス。余計なことは辞めやしょう」
律儀に、主要な三人が順番に言ってくれたが全員揃ってネガティブだな。従っておくべきかな……
いや、やっぱ俺には無理だ。
「お、親分!?」
無言で蜘蛛の巣へ踏み込むと、背後から驚きの声が響く。糸の粘り気を確かめつつゆっくり進んで行く。巣の主を起こすのはマズいからな、慎重に進む。
粘りはするが、少しの力で剥がせるみてぇだ。
「じゃ、じゃあ俺達も――」
「お前ら無茶すんな。全員乗ったら振動が強すぎるし、糸が千切れる可能性だってあるぞ?」
ドタバタと全員で乗ろうとしてくる巨漢どもに忠告。下が真っ暗闇の谷だからな。落ちたらまず死ぬ。
それに、蜘蛛がせっかく寝てるんだ。振動で起こしたりなんかしたら最悪だぜ。
「では代表して俺が!」
名乗りを上げたのは一番野太い声の男。ブラッドさんだ。いや何で一番でかいお前が? 俺のように優雅に繊細に動けんのかよ?
そんなこと考えつつもどんどん進む俺、後ろから続くようにブラッドも来てる。
「……ん、なんだ?」
ふいに、足が止まる。物理的に止まった。つまりやけに粘性の高い場所を踏んづけちまったらしい。
引っ張っても取れねぇ、クソ。
「親分、刃物は持ってないので?」
「おっと、そりゃナイスアドバイスだ」
気づけばもう俺のすぐ斜め後ろにいるブラッドの助言。焦って『武器ガチャ』を忘れてた。テンパるのは悪い癖だな、まったく。
ナイフを出して、優雅に繊細に、靴の裏に刃を――ブチッ!
「あっ」
勢いよく切りすぎてバランスを失い、後方に倒れてしまった。糸があったから落ちることは無かったが、問題は巣に大きく衝撃が走って、
「キシャアアアッ!!!」
はい。"ジョーイ"を起こした。俺、戦犯確定☆
……いや、マジでやばい。このままだとウェンディの忠告聞かなかった俺がただの愚か者になっちまう。もう遅いか。
「親分気をつけてくだせぇ!」
ブラッドが叫んだのは、侵入者に怒り狂う"ジョーイ"が攻撃を仕掛ける態勢に入ったからだ。
「ブシュゥッ」
「うぉ!」
奴の口から糸の塊が高速で飛んできた。ギリでなんとか躱せたがあんなクソ速いのがこの先何発も飛んでくるのはマズい。
と思い、俺も戦闘態勢。何でもいいから何か出ろ、そんな精神で右手に生み出したのは、
「……皿?」
十枚ほど積み重なった白くてピカピカのお皿だ。なんてことない、フツーの皿だ。
「投げろってのか……じゃあ容赦なく投げさせてもらう」
積まれた十枚を左手に持ち替え、右で手首のスナップを効かせて投げまくる。"ジョーイ"がそれを一本の足でガードしてる。足はかなり頑丈らしく、当たった皿がことごとく割れていく。
その間にも俺は少しずつ近づいてるわけだが、
「ブッシュゥゥ」
「のあ!」
急に吐き出された糸に、左手に残ってた二枚が巻き込まれて飛んでいって俺は武器無しに。
「ブシュッ――」
クソ、また来る。またあいつは糸を飛ばしてくる。あんなねばっこいのに捕まったら終わりだ。俺が終わったらそれは少女の終わりにも繋がり、場合によってはブラッドも、プラムも……
「親分っ!」
ふと後ろから声が聞こえた。野太いが、ブラッドのそれとは少し違う……
「ぐああああ!」
「ゼイン!?」
走ってきたゼインが手で強引に俺を屈ませて、俺の代わりに糸攻撃を受ける。ものすごい勢いで俺の頭上を通過、糸に絡まったまま元の大地へ吹っ飛ばされてく。
そして木にぶつかり、糸の粘性で木の幹にくっつく。
「た、助かった……よしこれだお前ら! 一人か二人ずつ巣に侵入して、親分と兄貴を糸から体張ってお守りしろ!」
幹から動けないゼインが叫んだのは、そんな作戦内容だった。たぶん一向に"ジョーイ"に近づけてない俺とブラッドを見ての心配だろう。だが俺は逆にあいつらが心配だ。
「体張るのは別に良いが、絶対落ちるんじゃねぇぞ!? 本当に死ぬからな!?」
「わかってるっスよ、落ちれば谷で命はないっス。でも糸の勢いを利用して飛んでいけば、俺みたいにこっちの大地まで戻ってくることが可能っス」
確かにゼインは誰より先に体を張って、それを証明した。納得がいった子分達は作戦通りに少しずつ巣に侵入し始める。
「ゼイン、いい考えだぜ」
「やっと俺達も手伝えるな」
「親分と兄貴の盾になってやるんだ」
それぞれ思いを呟きつつ蜘蛛の巣を走る子分達。一人ずつ、俺と"ジョーイ"の間に割って入り、「ぎゃあ」とか「うわー」とか叫びながら糸の餌食。
俺としても糸の一点だけが迫ってくるより、人体という丁度いい感じにデカいのが飛んできた方がどう避けたらいいかわかりやすいな。
んで、飛んでった子分はゼインの言った通りに勢いに身を任せ、全員無事に元の地面まで帰還していた。
「もう少しだ……よし、飛び掛かるぞ……」
何人、俺の身勝手のために糸の犠牲になったかわからない。だが成果が出てるのは間違いない。気絶してる少女まであと少しだ。
しかし……それはつまり『ヤツ』もすぐそこにいる訳で。
「キシャッ」
「……は?」
―――――"ジョーイ"は跳ねた。突然その場で、大きく跳ねた。それはそれは、見上げる程に高くだ。その姿はまるで、
「楽しげな、子供……か。上手い表現だな、まったく」
苦笑して呟いた。なぜ俺は苦笑してるのか。理由はたぶん、あの大ジャンプの結果に何が起こるのかなんとなく想像がついたからだろうと思う。
……着地と同時に、下が糸ということもあってか、巣全体が地震でもあり得ないくらいの縦揺れに襲われて。
"ジョーイ"に誰よりも近かった俺は簡単にバランスを崩し、蜘蛛の巣から滑り落ちる。
落ちたらどうなるかは……ずっと言ってたよな。
谷底だ。
「クソ、俺のバカ野郎――」
「親分!」
糸を掴むことさえできなかった無能な俺の手を掴む、ゴツゴツとした大きな手。ブラッドだった。
もう巣の揺れは収まってるみたいだが、よく落ちなかったなこいつは。俺の無能さが全開すぎないか。
「……すまん、引き上げてくれるか」
「もちろんで――」
「ブラッド!!!」
突然叫んだからか驚くブラッド。動揺する彼に俺は、
「後ろだっ!!!」
必死で警告し、それを聞いて背後へ振り返ろうとする彼は、
「グフッ……」
"楽しげな子供"の鋭い足に背中を刺され、腹まで貫通させられてた。




