#2 乱雑なる女神様
『聞こえているようですね』
「いやまぁ、聞こえちゃいるんだが……」
すぐに立ち上がり探すが、肝心の女の声の源が見当たらない。もちろん木の陰や上にも誰もいない。そうなると、森か。と思って背後の森に目を向けるが、
『無駄ですよ。私は貴方の心に直接話し掛けているのですから』
「は? ……まさか、あんた俺の心の中にのみ存在する妖精さんとか言わねぇよな?」
よく聞くと脳内に響くような女の声に対し、もはや理解する事を怠けて普通に大声で聞く俺。
どこにも姿が見えなくて、俺の心に話しかける……一応寂しさから俺が作り出した別人格って可能性があるからな、一応聞いてみた。いや、もし俺が作ったんなら聞くのもおかしいが。
『ご安心下さい。私は女神です』
おいおいマジか。俺の不安よりもっとファンタジックな答えが返ってきやがった。
だがよく考えてみればこの場所、草原とか城とか絵本みてぇにファンタジーっぽいしなぁ。この女神様にも自然とあんまり驚かなかった。
「はいはい、じゃああんたは女神様ってことで良いが、ここはどこなのか知ってるか?」
『ここは貴方が元いた"日本"とは違う世界。所謂"異世界"でございます。それから、転移させたのは私です』
「異世界!? 転移させた!?」
日本っぽくないとか夢みたいとか薄々思ってはいたが、やっぱり日本じゃなかったか。もう目覚めからサプライズはたっぷり堪能したのに、女神様さえサプライズにならなかったのに、これ以上驚くとは。
まぁ良い、異世界はもう良いが、この女神様が転移させたってんなら重要なのはその理由だよな。
「何で転移させた?」
『理由については、後ほどご説明致します。今は触れないで頂きたい』
「後ほどって……だったら俺、これからどうすりゃいいんだよ」
もう半ギレな俺は、特に意味もなく下の方を指差して問う。
『簡単なお話ですよ。貴方なりに生活してください。転移させた理由も、普通に生活していればいつかは見かけるでしょう。そのタイミングでお教えするので』
正直言って、全く理解が追いつかん。とにかく生きてくれ、理由を俺自身が見かけたらちゃんと教えるから。だと? なんて乱雑な女神様だよ。うるさいおっさんの愚問に答える気はありませーん、とかそういうつもりなんだろうか。
だが疑問は尽きねぇぞ! まだまだ問い詰めてやる。
「俺は誰? 記憶を消したのはあんたか? もし正解ならなぜ消した? 元の世界には帰れねぇのか?」
『貴方の中の貴方自身にまつわる記憶、そして身分証を消したのは私です。乱雑で申し訳ありませんね』
「一個しか答えてねぇし、心の声聞こえてんのかよ!」
直接心に話してんだから聞こえるのが当然か。
それにしても質問ほぼスルーだなこいつ。さっき「まだまだ問い詰めてやる」とか考えてたけど、そんな気力も萎えてしまう程だ。聞いたってどうせ教えてくれねぇだろと。
『心の中では随分と口が悪いんですね、貴方は』
「割と真っ当な反応じゃねぇかな」
女神様のくせしてそんな台詞吐いてんじゃねぇよとも続けたかったが、皮肉とか軽口とか今言っても話進まないし良いや、もう。
『随分と私を嫌っているようですが、ここからは朗報続きですよ』
「ん?」
『はい、貴方にとってはきっと朗報です。三つございます』
朗報か。完全には信用できねぇから口はへの字に曲げたままの俺だが、片眉が上がりちょっぴり期待が高まる。
こんなもん、釣り針にかぶりつく魚の気持ちと変わらねぇんだろうけど――それが人間だろ?