#22 《超人的な肉体》
体ごと後ろを振り返る。俺を指差して笑った大男と、目を合わせる。
男は三十歳くらいで、俺より身長が高い。何より筋肉ムキムキのバッキバキ。一応俺も怪力持ちだが今の状態じゃあ、腕相撲とかやったら勝てるか不安になる体格差。体にはところどころ傷跡が見えるし、やっぱり只者じゃなさそうだ。
「なんだぁ? 目線を隠してるその変な黒いのは……ちょっと見せろよ、おっさん」
「は?」
「いいから見せろっての……俺は今気が立ってんのよ。殺されてぇのか?」
豪快なドレッドヘアを揺らしながら、高圧的に、しかしニヤつきながら俺の方へ近づく巨体。やべぇ。路地裏のチンピラとはぜんっっっぜん違うわ。
もちろん、男が示してるのはサングラス(この世界には存在しないらしい)。こいつに見せる意味あんのかな……
「お、おい! げほっ、そこの人!」
なんだなんだ。今度は関係ないところから急に声がかかったが、その方向を見れば……随分と若い血まみれの男が……離れたところから俺に話しかけてる?
「その大男に逆らうな、本当に殺されるぞ!」
血と汗と涙でぐっちゃぐちゃな顔で、ドレッドヘアの男を指さしながら、俺に訴えかけてくる。イマイチ状況が掴めない俺に答えをくれたのは、目の前の大男だった。
「あぁ……あのガキ、まだ死んでなかったのか」
ゴミを見るような視線を若い男に向けてる。
――間違いねぇ、コイツがボコボコにしたんだ。若者には悪いけど、こういうの関わりたくねぇわ。
「すまんがね。あんたのご機嫌やら、若者のケガの具合とか知らねぇし、俺やる事あるんだ。また後でゆっくり話そうぜ?」
「やる事ォ〜? てめぇみたいなの、どうせ冒険者登録だろうが」
「知ってんなら話は早い――」
「ムカつくんだよ」
「ん?」
男の眉間に、一気にシワが寄る。なんか雲行きが怪しくなってきたような。
「この俺ブラッド様は、泣く子も黙るBランク冒険者よ。腕っぷしだけでここまで来た」
「B、ね……」
ランクは上からA、B、C、D、Eだったな。つまりBは上から二番目。本当に只者じゃねぇ。
「最近、『冒険者』って職業が自由だからと流行してきてんだ。そしてそれに比例して、新米冒険者の負傷やら死亡やらの数も増えてきてる……この意味がわかるか、おっさん?」
聞かれた俺は肩をすくめて、
「さぁ? 人気なのは、けっこうな事じゃ――」
「奴らは冒険者をナメすぎなんだよッ!!!」
叫びながら大男――ブラッドは、近くのテーブルを強く殴って破壊した。今の音でギルド内は一気に静寂に包まれ、俺とブラッドへ視線が集まる。
心配している隣のウェンディ、後ろの受付嬢の視線も感じるな。
「ああそうさ確かに自由だ。だがその代わり実力が試される! 弱肉強食! つまり弱いやつは魔物に殺される! そんな世界だ!」
一人で勝手に怒ってるだけだが、頭を掻きむしったりしてるし、怒り方が尋常じゃねぇ。相当キテるなこれ。
「なのに。わかってない若ぇやつらが『楽そう』とお遊び感覚で入ってくるわ、引退したジジイ共が趣味感覚で入ってくるわ……そしてそいつらが案の定魔物にやられ、冒険者の格が、評判が、堕ちていくんだ!」
「……俺もそうだと?」
この流れはヤバい。だいたい察しはつくけど、目的を聞いてみる。
「ふ、そこの若ぇ男はノリで登録しようとしてたんでちょっとお仕置きしてやった……俺の目には、お前も同じように見えるぜぇ……?」
ちょっとお仕置きで、あの血まみれ……もはや半殺しじゃねぇか。ふざけんなよ。
ブラッドは右の拳を左の掌で圧迫して、骨を鳴らす。ついに俺のお仕置きタイムが来るみたいだ。どうしよう……どう逃げよう……
と、思いきや。
「んん? おいおい……かわいい女連れやがって……ムカつく。何だか有名な騎士様だった気もするが俺には関係ねぇ。とにかくジジイ、お前の幸せを壊してやりてぇのよ。へへ、先に女から消してやる」
ブラッドは舌なめずりして、俺より先に隣のウェンディを殴ろうと迫り、拳を振りかぶり、そして放つ――
「――あッ!?」
「マ、マコト……」
その拳が彼女の顔面に届く直前、俺がブラッドの腕を掴み、完全に勢いを停止させる。
危なかった。ウェンディも腰の剣に手を添えてはいたが間に合わなかった可能性が高い。
「生意気な。く、動かねぇ、どうなってる! 手を離しやがれクソジジイ!」
「やだね。勝手に俺に絡むのは大目に見てやるが……関係ないやつに八つ当たりするつもりなら……」
ブラッドの腕を掴む手の力を一層強め、
「容赦しねぇ」
「うッ!? ごあああァあ、いで、いでえええ!!」
苦しみながらブラッドは片膝をついた。信じられねぇ事に、俺の体から白いモヤ……というかオーラが出てるのが見える。パワーが、エネルギーが、体中から湧き出てくる。
能力が覚醒したみたいだな――《超人的な肉体》が。
「ああああ、ああああああッ!! ちくしょう痛ぇ!! 頼むから離せって!」
「そんなに離してほしいか、クソ野郎。じゃ遠慮なく」
『大暴れ』だ。勢いでやっちまえ。チンピラの時もそうだった、ヤケクソで暴れるのは得意中の得意だろ俺は!
ブラッドのその腕を両手で掴み、勢いに任せて……背負い投げの体勢へ持ち込んだ。
「あッ!? ああッ、やめ――」
一瞬ヤツの体が宙を舞い、そして背中からテーブルに叩きつけられる。テーブルを破壊し、床まで到達、ヤツは舞い上がった埃に包まれた。
成功はしたが、俺はたぶん前の世界でも背負い投げなんて経験無いはずだ。もしかすると《超人的な肉体》の能力は体術のイメージも無意識的に教えてくれるのかもしれん。
「マコト……嘘だろこんなに……」
唖然とした表情のウェンディ。そして受付嬢や、見ていた周りの冒険者達も黙ったまま同じ顔。
割れたテーブルの瓦礫と埃の中、ブラッドは白目をむいて失神していた。




