#1 目覚めたら、知らない世界
ゆっくりと目を覚ます。そこは大きくて立派な木の陰。地面には滑らかな草。そして草原を吹き抜ける心地の良い風の音……ん? いや待てよ、何かがおかしいな。
「ここどこだ」
ここは間違いなく知ってる場所じゃない。俺が住んでるのは日本の……えー、……えーと?
「何も覚えてねぇ」
どうなってんだ、自分の住所を忘れただと? こりゃあ酒で酔い潰れた可能性が濃厚だ。どう考えても景色がおかしいのは置いといて、酔ってそのまま寝ちまったんなら外にいるって理由として十分。
クソ、この俺が酒に呑まれちまうとは……ん?……まさか……この……この俺……
「俺って、誰だ」
『酔い潰れて記憶が飛んだ』を通り越してもはや『記憶喪失』のレベル。よくよく考えてみれば、ちょっと腰が痛いだけで二日酔いの症状とかが無い。
事態は思ったより深刻かもしれん。と思って周りをもっとちゃんと見てみると、
「うわ何だあれ、城か?」
驚いた。絵に描いたような、白くて綺麗なお城が遠目に見える。幻覚にしては細かくはっきりと見える。あの存在感に今までよく気づかなかったもんだな俺。
いやいやあり得ない、おかしすぎる。状況を整理しないとならないな。まずは己を知ることから始めよう。
恐る恐る顔を触ってみる。肌に潤いは無いが、顎にヒゲがある。腰を始め体のところどころ痛い事も考えると……若くはなさそうだ、四十歳くらいかな。ちくしょう。
服装は黒いスーツに薄い青のネクタイ。ベルトは茶色で、履いている革靴も合わせて茶色だから、統一感がある。
自分の仕事もやはり思い出せないが、この格好。サラリーマンか何かか。
丁度よく近くに水たまりがあったので、覗き込んで自身の顔を拝む。ほう、思ったより整った顔だ。髪は茶色のオールバック。顎髭も茶色だが、サラリーマンにしてはやんちゃ過ぎねぇかな……
「そうだ、財布とかあるよな」
思いつきをそのまま呟いた俺は、すぐさまポケットをまさぐる。上着の内ポケットには黒サングラス。そしてズボンには目的のモノ、財布があった。が、
「何もねぇ!?」
入っていたのは多少の紙幣と硬貨、もちろん日本円だ。だがそんなもん今はどうでも良いだろ。欲しかったのは身分証だが、入ってない。普通入れるだろ……それが無いんじゃ話にならん。イラついて一回財布を地面に投げつけ、すぐに拾う(小心者なのか俺は)。
さらにポケットを探しても、身分証どころか携帯電話や家の鍵なんかも無い。これっていわゆる、『詰み』じゃなかろうか。俺は頭を抱えた。
「ああ、クソ、最悪だ……」
暖かい家できっと家族が待ってる……と言おうとしたが家がどんな感じか覚えてないし、家族も存在したのかわからない。
マジで自分に関する記憶が無いから、ただ『最悪』という概念があるだけでそこまで家が恋しくもならない。
「何なんだこの状況。俺はどうすれば良いんだよ」
――日本に、こんなに綺麗な草原や森が、あんなにファンタジーじみた城が存在するのか? 巨大テーマパークにならありそうだが、その敷地内にはとても見えない。
夢の中だと思うのが妥当だが感覚もしっかりしてるようだし、ならば一体何なのか。俺はこれからどうすれば良いのか……
アテ無し・記憶無し・『状況把握』って言葉が金になるなら一文無し。一人ぼっちで理解不能な状況に置かれ、そんな不安と寂しさに飲み込まれそうになる俺に、救い――とまでは行かないがあることが起きる。
『――聞こえますか?』
「あぁッ!?」
このよくわからない場所で、初めて俺以外の人間の声が聞こえた。