#16 魔術師団の寮
その後もしばらく話し合い、なんとかまとまった。
魔術師団はその領地に、どうやら団員を住まわせる『寮』のような物を所有しているらしい。
仕事場もそれとは別にあるとのこと。へぇ、そういうのいちいち分けてんだな。同じ建物でも問題なさそうだが。
寮の部屋はだいたい四人一部屋で使っているらしい。が、プラムの部屋も同じ大きさと構造なのにプラム一人しか今は住んでいないという。
だからってそこに俺を住まわせてくれるとは。
「もちろん感謝するが……随分、都合のいい話だよな」
「マコトの運が良かったんだよ」
ちなみに今はプラムと二人、件の寮へと向かって王都を歩いている。ルークは「チンピラ三人を逮捕しますから」とか言ってて忙しそうだった。もうすぐ夜になりそうな空の色だし、今日はもう会うことはなさそうだ。
「そういやルークが言ってたよな。『団員以外を住まわせるのは初めてです』とか……もしかして、これバレたら結構やばいのか?」
「本来は、規則違反だね」
「オイ」
先に言えってそういうことは! やっぱ見つかったらやばいんじゃねぇか! なのに今から行くし、これから住むその場所は、魔術師団員がうじゃうじゃいる寮なんだぞ!?
「見つからないなんて不可能だろ。どうするつもりなんだよ?」
「その辺は……まぁ……うん、大丈夫だよ」
「何の根拠もねぇじゃねぇかよ!」
それに、誰かに知られた場合はルール違反とかのこともあるが……何より……
「こんな知らないおっさんが少女と同じ部屋に暮らしてるとか、これもう現行犯逮捕モノだぜ」
「えー、でもマコト、やましい気持ちとか無いでしょ?」
「質問がストレートすぎるだろ……もちろん無いが」
「なら、大丈夫だよ」
キッパリと簡単に言いやがるなこのガキは。俺には本当に無い。そんな気持ち、誓って無い。
でも本物の犯罪者だって、やる前は「無い」と否定するだろうし、やった後でも「俺はやってない」って否定するんだよなぁ……こんな言葉なんの証拠にもならないんだよな、実は。
「ルークとも話したんでしょ?」
「んー……まぁな」
「ほらほら、ルークはあれでも『天才魔術師』って呼ばれてるんだよ? 大丈夫じゃん」
この世界について何も知らないおっさん。知識の少ない少女。この二人の話にやっぱり主軸として登場してくれるのは、しっかり者の天才魔術師殿、ルークだ。
確かにアイツも最初は、素性不明のおっさんと妹分を一緒に住まわせるのには迷っていた。だがそれはほんの一瞬だけ。なぜだかすぐに承諾していた。
で、プラムに聞こえないよう俺に話しかけてきた。まだ路地裏にいた時の話だな。
―――
「町の宿のお金だと……貸し借りとかで団のお金が関係してきたりちょっと面倒になっても嫌だと思うので、団の寮にこっそり暮らしてもらうのが、やっぱり一番いいかもしれません」
「そうか。だがいいのか? 何度も言うが……俺と、お前の妹分が同じ部屋だぞ?」
「マコトさんにそういう気は無さそうですから。それに、プラムはあなたに……なんというか、懐いてます」
「懐いてる?」
「僕も理由や経緯は詳しく知らないんですが……プラムは父親を目の前で失っているとか」
「………!」
「それも関係してるかもしれません。しかもあいつ意外と寂しがり屋なのに、団員数や男女数の関係で部屋に一人なんです。あなたみたいな人がいれば安心かも」
「……へぇ」
―――
あの時の話、なんか引っかかるな……和解したりパンを分けたりと色々はあったが……たったそれだけのことなのに、俺の顔を見るプラムはなんというか、嬉しそうだ。
まさかな。まさか、本当に俺を父親の影に重ねてるなんてこと、無いよな……
▽▼▼▽
なんだかんだで辿り着いた。ここが魔術師団の領地か。
『庭園』って言葉をそのまま具現化したような庭。もう暗いし、いくつかランプが光ってる。その先、正面には装飾が綺麗なお屋敷のような建物。そしてその斜め横辺りには木造の質素な豆腐建築。
プラムによると、お屋敷が『仕事場』、豆腐が『団員の寮』みたいだな。
庭園に人影はなし。こっそりと、しかし素早く俺達は豆腐……いや寮へと侵入。
あ、一概に侵入とは言えんな。プラムが鍵持ってんだから。
「プラム、ちょっ、マジで頼むぞ? 見つかった次の瞬間氷の塊が飛んできそうな予感がする」
「あっはは、大丈夫だって」
お前さっきから「大丈夫」しか言ってねぇぞ!?
魔法が飛んできそうだと恐れるのは、ルークのを経験済みだからだ。プラムが大切とはいえ……まさかいきなり撃ってくるとは思わんだろ。魔術師みんなあの感じだったらヤバイ。
両側に大量のドアが並ぶ廊下を、足音を立てないように歩く。雰囲気としてはちょっとだけ豪華なホテルみたいな感じかな。床には絨毯が引かれて柔らかく、照明も軽く装飾が付いてて洒落てる。
外側はただの箱に窓がついてるだけなのに、内側は思いのほかちゃんとしてて笑いそうになった。
そして横道が現れる。進む方向はこのまままっすぐのようだが、誰かと鉢合わせたら終わりだ。だから前を行くプラムは恐る恐る覗く……と。
「わっ」
「きゃっ! し、失礼を!」
タイミング最悪。ちょうど、その女が曲がってこようとしてたらしい。若い女だ、二十歳前ってとこかな……黒と白の、いわゆるメイド服に身を包んでいる。
「プラム様でしたか、おかえりなさいませ!」
「うん。ただいま」
「……えっと、そちらの男性は?」
「この人はマコト。団とは全然関係ないよー」
おいおいおい! なに勝手に俺を紹介してんだバカ。見つかったらヤバイってずっと話してきてたのに。これ、終わったわ。ああダメだ俺はもう捕まっ
「プラム様のお友達ですか!」
ブロンドのショートヘア……まぁプラムとほぼ同じ髪色だが、気分的にそう呼ばさせてもらおう。
そんなメイドは手を合わせて明るく微笑んでる……なんだ? この流れはまさかのセーフか。
「そ! これから私の部屋に連れてくけど、秘密だから誰にも言わないでねミーナ」
「ルーク様や、団長様にもでしょうか?」
「ルークは大丈夫だけど、団長だけはぜっったいダメ。他の団員もみんなダメ。じゃよろしくね」
「かしこまりました」
プラムが歯を見せて親指を立ててみせると、メイド服の女――ミーナも微笑んで同じように親指を立てた。仲良しか。
そのままプラムは、颯爽とミーナの横を抜けていった。
「あ〜すまんな。ちょっとワケアリなんだ。あんたにも隠し事押し付けちまって悪いが、許して欲しい」
それもけっこう面倒な隠し事だ。背負わせてしまったことを一応詫びておいた。
だが彼女は掌をこっちに向けて、首と一緒にぶんぶん横に振り、
「とんでもございませんマコト様! プラム様のお友達なら大歓迎です。ご本人は隠してますが……寂しがり屋さんですから」
「そうか……ありがとう。よろしく頼むよ」
プラムのヤツ生意気だけど、寂しがりなのは確定だ。兄貴分にもメイドにもバレてるし全然隠せてねぇぞ。
なるべく笑って顔の横で親指を立てると、やっぱりミーナも笑顔でサムズアップを返してくれた。まぁ、可愛らしいメイドさんだな。
その後は特に何事も起きず順調に進んで、
「着いたよ、ここが私の部屋」
問題の部屋があったのは廊下の端っこ。すでに鍵を用意してたプラムは慣れた手付きでドアを開けて入り、中から俺を手招き。
やっと、ゆっくりできそうだ。




