#162 闇の魔導書 vs 闇無し魔王
―――
「闇の魔導書を?」
「そう。もし俺が追い詰められたら、そいつが必要になるかもしれん」
「しかしマコトさん、文字が読めないのでは……?」
「おいおいルーク。そりゃプラム先生のおかげでもう大丈夫だぜ。何不自由なくバッチリ読める」
―――
ルークが常に本を持ち歩いてるのをなんとなく知ってた俺は、さっきそうルークにお願いしたんだ。
だが、まさかここまで追い詰められちまうとは。想像の遥か上だったが。
「それは……その本は、僕がバラ撒いた本なのにどうして! どうしてあんたが持ってる!?」
「あ、この本の犯人お前だったのか。そこは女神様から聞いてねぇから知らなかった……ま、ブラッドからジャイロへ、ジャイロからルークへ、ルークから俺へ。人と仲良くなっていったら、そうやって割と自然に手に入った」
「……く」
歯ぎしりするツトム。
ヤツの『闇』は消してやったが、《操作の鎖》と《超人的な肉体》、『武器ガチャ』は健在なんだよな。一方俺は『闇』だけ。
つまり今、俺の身体能力は普通の人間と同じ。闇の魔法をミスったら、ツトムのパンチ一撃でもくらうだけで体が弾け飛んでゲームオーバーだろうな。ハードすぎて泣けてくる。
「ちょ、どうするツトムくん! 私の鎖もう一発やったほうがいいかな?」
「――バカ! バカ、バカ女が! あの男に能力はもう無い! あの本が『闇の適性そのもの』ってだけだ! 赤い鎖はもう意味が無いんだよ!」
「そんなぁ……じ、じゃあ私が行く!」
アヤメは床を蹴り、玉座の隣から俺の方へ飛んでくる。間違いなく《超人的な肉体》だな。
「血を捧げる、〈闇の手〉!」
ラ○ダーキックのような体勢で突っ込んでくるアヤメの脚に、俺の腕から生えてくる四本の黒い手が回転しながら絡みつく。
「ゃあん」
よくわからんが色っぽい声を出すアヤメを、四本の黒い手は俺の後方へ投げ飛ばしてくれた。そっちは大広間の出入口、大きな扉がある所で――
「頼もう! ここが魔王の部屋か!?」
「お。レオン先輩、この女は敵じゃないっすか!?」
アヤメが近くに転がったとこで、丁度レオンとアーノルドが扉を開けて入ってきた。
「マコトさん、俺に用があるってジャイロ先輩から聞いたんすけど! ホントですか!」
「ああホントだ! あとその女、敵だぞ気ぃつけろ!」
ものすごく純粋そうな顔で質問してくる、エクスカリバーの持ち主アーノルド。俺が一応魔王と対峙してるってのに、すげぇメンタル。
一方のレオンは立ち上がろうとするアヤメに体重をかけて拘束しようと試みる。さすが、判断早い。
「なー! 鎧ゴツゴツ痛い、痛いよぉ! ツトムくぅん、助けてよぉ!」
超人なんだから抵抗すりゃいいものを、アヤメはまた色っぽい声で助けを求める。だがその声をかけられた当事者のツトムは冷ややかに言う。
「助ける訳、ないだろうが」
「……えぇ?」
表情の死んでるツトムの言葉に、アヤメは目を見開いている。
「まだ分からないかアヤメ。お前は用済みなんだよ! マコトの能力を二つ消したら、後のお前は邪魔でうるさいだけの奴だ!」
「……嘘。嘘だよ。助けて、くれない、なんて……私のこと、好きなんだと思って……」
「ああ、お前の見た目と能力は好きだね! でもそれ以外のお前の全てが僕には不必要で邪魔なんだ! もう助ける理由はない。戦うも、逃げるも……生きるも死ぬも、勝手にするがいいさ!」
「――――」
泣き続けていたアヤメだったが、最後の言葉を聞いたら涙も枯れてしまったようだ。瞳から輝きが無くなって、レオンとアーノルドの拘束に抵抗する気もないらしい。
ツトム……あの野郎、どこまで暗いんだ。
「女の子、泣かせてんじゃねぇよ。仮にもお前の仲間なんだろ? 別にアヤメに同情してやるワケじゃねぇが、そりゃちょっと言葉が強すぎ――」
「仲間……仲間、だって?」
俺はそんなに驚くようなことは言ってないつもりだったんだが、正面に立つツトムは目を丸くした後、
「フフッ、フフフ、フハハハハハッハッハ!!!」
「……ジョークを言ったつもりはねぇが?」
腹を抱えて、大爆笑。
「おい、何がおかしいんだよ。アヤメが仲間じゃねぇんなら、友達か? それとも……その、部下か?」
「甘い。甘い甘い、フフフフ、あんたは甘い」
「は?」
「駒だよ。僕のためだけに存在する、僕に都合の良い駒だ。アヤメだけじゃない。ヨリヒトも、バートンも、ヒロもタカオも。その他の帝国兵どももそう。女神やドラゴンも元々はそうだったのさ」
これが、こいつの本性か。
――『転移者ファイル』ってプロフィールとか書いてあるものを見ていた女神様は知ってたんだ……日本でのツトムの人生は、家族にも誰にも愛されない暗い人生だったと。俺はその過去もだいたい聞いてた。
この過去は、ツトムにとって弱みなのかもしれねぇ。ツトムに過去について質問すれば、色んな場面で動揺を誘えて、もっと状況が良くなったりしたかもしれん。
――だが俺はどうしても、この弱みを交渉に使いたいとは思えなかった。なぜかはよくわからんが、今だって、あんまりあいつに向かって叩きつけたいって気にはならねぇ。
愛されなかったことによって生まれた……あいつは怪物だ。でも同時に、かわいそうなガキでもある。
だから、
「ツトム。これ以上お前の話は聞きたくねぇ」
あえて目を逸らした。ツトムの処分については、きっと冷酷な判断が必要になる。その時、今の俺が抱いてる感情は邪魔になるから。
「そうか。僕もまったくの同意見だね」
何事も無かったかのように言うツトムが、掌をこっちに向けてくる。まずい、アレが来る――
「《操作の……」
「《抹消の鎖》っ!」
なんだ? 青い鎖が飛び出す前に、俺の横を赤い鎖が通過していった。
間違いなくツトムを狙って――後ろからアヤメが鎖を飛ばしたんだ。
「……!!」
想定外の展開に目を見開いたツトムは首を曲げて躱そうとする。しかし赤い鎖はヤツの頬を掠った。
「……ッ! アヤメ、お前ぇぇぇ!!!」
「ツトムくんのせいだよ……なにもかもツトムくんが悪いんだからね! 私のこと欲しがってたくせに、駒だなんて!」
「うるさい! うるさいうるさい黙れぇ!」
おいおい仲間割れかよ。にしてもレオンとアーノルドに拘束されてるってのに、無理やり鎖を飛ばしてツトムに当てる(掠らせる)なんて、とんでもねぇ執念だなアヤメ。
だが、とんでもねぇのは彼女だけじゃなかった。
「ふー……ふー……僕に反抗したことを後悔させてやろう。何もしなければ、無駄に死ぬことも無かったというのに……」
息を荒げるツトムもまた、歪みに歪みまくってんだから。ヤツは一つのサブマシンガンを生み出していた。
その狂った目は俺の後方を見ていた。間違いねぇ、レオンとアーノルドはおろかアヤメのことも、銃を乱射して皆殺しにする気だ。
「させねぇよ! 血を捧げる……〈召喚・キングスケルトン〉! 俺が主人だから従え! で、あそこの三人を守れ!」
「――オオオオオ」
ページをめくって見つけた召喚魔法。魔法陣から上半身だけ現したのは、いつかも見た超巨大なスケルトンの親玉。
キングスケルトンは骨ばった巨大な腕を壁のように使う。そして引き金を引いて乱射したツトムから、見事三人を守った。
「魔物が、魔王に逆らう……? 見過ごせないなぁ」
射撃をやめたツトムがそう言って、キングスケルトンの次の攻撃を避けて大きくジャンプ。
白いオーラを纏った踵を頭蓋骨にぶち込み、一撃でキングスケルトンを沈めちまった。
「よし今の内だ、お前らを逃がす。〈闇の手〉!」
「「「うわぁ!」」」
また血を捧げて漆黒の腕を作り出す。無駄な犠牲を出させねぇため、伸びる腕をレオンとアーノルドとアヤメに巻き付けて三人を扉から外の通路へ投げ飛ばす。そして、
「さらに血を捧げて……扉を固く閉ざせ、〈アンロック〉」
そう唱えると閉じた扉が紫色っぽいような黒色っぽいようなオーラを纏った。これもいつか、ブラッドと戦ったときに墓地の門を閉ざされたヤツだな。
ワケあってアーノルド……というかエクスカリバーの力を貸してほしかったんだが、状況が状況だ。今の俺じゃあ剣をまともに持つことも叶わねぇ。どうするかな。
「あの騎士どもはあんたのお友達かな? それは良いが、何故アヤメまで庇った? あのバカな女を……」
首を傾げて、ツトムが聞いてくる。まぁ俺としてはそんなに深く考えてやった行動じゃねぇけど、
「答えは簡単。アヤメがバカで、俺がもっとバカだったからだ」
「意味がわからないな……どうやら聞いた僕が大バカだった、というオチのようだ」
肩をすくめて、ツトムは会話を締めくくる。手にはサブマシンガンがそのままだ……
急展開に急展開が重なりまくったが、流れを見るにツトムがさっき失った能力は《操作の鎖》だな。《超人的な肉体》と『武器ガチャ』は健在。
せっかく召喚したキングスケルトンは一撃でやられちまって、アヤメ達は三人揃って扉の向こう。ま、あの状態のアヤメがレオン達を殺しはしねぇと思うが。
心配すべきは、さっきから俺がこの魔導書に血を捧げまくってることだ。体が傷だらけだから流れる血のどれかを捧げてるんだろうけど、使い続けりゃきっと貧血になる。長期戦だけは避けなきゃだ。
それと忘れちゃならんのは、今の俺は一般ピーポーってこと。前の体なら銃弾の一発二発くらいなら死ななかったろう。だが今はそうはいかねぇ。ちょっとした攻撃でコロッと逝っちまう。
――だからたった今ツトムが俺にサブマシンガンを構えているって状況は、ヤバいことこの上ない。
「うわあああっ、血を捧げる血を捧げるぅ!!」
唱え忘れたが『防御』って強いイメージに魔導書が反応してくれたらしく、俺の目の前に闇の壁が現れた。
サブマシンガンの連射が始まるが、その壁に阻まれる。しかし壁は数秒で亀裂が入り始め、
「いかん、割れたら死ぬから! 割れたら俺死んじゃう!」
こんなに焦ったのは異世界に来て初めてかもしれん。なにしろ死と隣り合わせ――否、死が目と鼻の先で銃を撃ってきてるようなもんだからな。
銃弾で壁が壊されたのに合わせて二枚目の壁が現れる。二枚目が破壊された時、それはツトムの銃の弾切れと同時だった。
「死ねよ」
俺史上最大のピンチに、ツトムの猛攻はやはり止まらなかった。ヤツはチェーンソーを生み出して振り下ろしてくるが、
「〈闇の手〉ッ!! 危ねぇ!」
俺自身の腕に合わせ、二本の漆黒の腕が俺の前を横にガードしてくれる。回転する刃を受け止め、火花が散る。鍔迫り合いはツトムの方から中止、今度は横に振り回してきやがる。
「死ね、死ね」
「うわっ! うぉっ!」
〈闇の手〉で弾きつつ、バックステップしまくる。そりゃそうだ、ちょっとでも当たりゃ致命傷なんだから。
そしてツトムが一瞬手を休めた――その時、俺も少し安心してしまったんだ。
「ヤベっ、ごはぁッッ!!」
白いオーラが迸るツトムの拳が、俺の腹に命中。ああ死んだ。たぶん腹を見たら風穴が空いてんだろう。最悪だ、最悪だ。
しばらく宙を舞って、そして扉の付近に落ちる。転がり、壁にぶつかって止まる。痛む体を起こし、壁に背を預けて座る体勢に。傷を、確認してみる。
「……あれ?」
俺は『闇の鎧』のような物を体に纏ってて、腹の部分がヒビ割れている。鎧は役目を果たしたとばかりにスゥっと消えていった。
どうやら攻撃される瞬間に、また魔導書が俺のイメージを汲み取ってくれたらしい。ふぅ、風穴は避けられた。
だが穴が空いてねぇってだけで、体は痛む。アバラも何本か折れてるっぽい。やべぇ……立ち上がれねぇぞ。
そしてさらに最悪なのは、
「本は……? あっ、あそこに!?」
殴られた時に本を手放しちまったようで、さっきまで攻防が繰り広げられてた場所に黒い本が落ちてる。チェーンソーを捨てたツトムは火炎放射器を生み出しながら本へ近づく。
「まさか、こんなことになるとはな……こんな迷惑な本は燃やしてしまおうか」
「嘘だろオイ! やめろぉ!!」
炎を当て続けられた『闇の魔導書』は灰になって消えた。動けもしねぇ俺の戦う手段は、これで無くなった。
――と思ったその時だった。
闇で閉ざされてたはずの扉が突然、あっさりと開いた。
そこに立っていた人物を見たツトムは驚いて火炎放射器を落とした。
「……あんたは……女神!!」
『お久しぶりです、ツト厶さん』
透き通るような青い髪の、女神様。
そういえばドラゴンを借りるみてぇなこと言ってたっけ、やっぱり帝国までやって来たか。足取りが軽くないところを見るに、まだ全快とはいかなそうだ。
『そして遅くなりましたマコトさん。自分勝手ですみません、今ここで貴方への恩返しをさせてください……"能力失効の波動"!!』
「……くそっ、女神ぃぃぃぃぃ!!!」
女神様の掌から光る波動が飛び出し、高速でツトムに迫る。
避けられないと察したツトムは火矢がセットされた弓を生み出して矢を放った。
――波動が、ツトムの体を貫いた。ヤツが装備していた弓も一瞬にして消えた。
「僕の能力……僕の……僕は……あ、あぁそんな……」
――そして燃える矢が迫る女神様の方は、
『ええ、これで良いのです。これが、全てを引き起こした私の受けるべき罰。裁きですから』
両腕を広げ、『死』を受け入れようとしていた……
「ちょっと待ったぁぁ――!」




