#161 マコト vs ツトム
投げ込まれた闇のボールをサイドステップで躱し、ツトムへ突っ込んでいく。俺の拳が狙うのはお前の顔面だけだ!
「僕は『魔王』なんだ。まだあんたには直接対決は早過ぎるだろう――出てこいオークども」
走る俺を囲むように三体のオークが現れる。そうだ、ツトムはいくらでも魔物を出せるんだったか。
だが永遠に生み出し続けるなんてできっこねぇ、いつかは魔力が切れるだろ。
俺は一体のオークの足を蹴って倒す。そいつの両足首をひっ掴み、ぐるりとフルスイング。他の二体もろともぶっ飛ばした。
「おい『魔王』、いい加減俺のことナメんのも大概にしろよ。だいたい女神様から色々聞いたんだよ、お前も知ってんだろ? 俺とお前の異世界滞在日数はそれほど変わんねぇんだ」
「そうだが、頭の出来は天と地ほどの差があるはずさ。僕はスタイリッシュに何でもこなしてきた。あんたはどうだ? どうせ全てが無計画で、意地汚くて、泥臭かったんだろう。言われなくてもわかる――待て、女神から僕のことを聞いたのか? ……どこまで聞いた」
「さぁな。大人ってのは多少なりともガキに隠し事しなくちゃで心が痛むぜ」
「僕をからかうな――半殺しにして聞き出すまでだ。行けホブゴブリン、エリートスケルトン」
俺が女神様と話したって部分に、やけに動揺したツトムはまた二体の魔物を創造した。
一体は大きめのゴブリン。緑色の体表は変わらねぇけど、普通のゴブリンはボロキレみてぇな服を着たりしてるはず。こいつはボロいが革製のアーマーを付けてる。
もう一体はスケルトン。普通のスケルトンは何も着てなくてナイフやら短剣やら小さい武器しか持ってねぇと思うが、こっちは真っ赤なフード付きのマントを羽織り、騎士と同じような長剣を装備。
また上位種シリーズかよ。
「グゥギャァァァ!!」
身軽にジャンプして、体を回転させながら短剣を振り回してくるホブゴブリン。もう刃に刃を当てる手段がねぇ俺は飛び退いて避ける。
避けるばかりの俺を見て調子に乗るホブゴブリンはまたジャンプ、豪快な縦回転で刃を振り下ろしてくるが、
「よっ――真剣白刃取り」
「!?」
俺は両の掌をパチンと合わせ、短っっっけぇ短剣の刃を頭上で受け止めていた。よく成功したな。さぁ刃を捕まえたまま、
「サマーソルトキック!」
「グゲッッ!!」
バック宙しながらホブゴブリンの顎を蹴り砕く。死体が大広間を舞って血の雨を降らせた。
だが、せっかく俺が気持ちよく着地したってのに、
「〈ダーク・ボム〉」
「でっ!?」
ツトムが遠くからまた闇の球を投げてきやがって、左肩に命中して小規模の爆裂。怯む俺にエリートスケルトンの刃が迫る。
「おぉっと! ここまできて骨ごときに殺されてたまるかよ、うらぁ!」
しゃがんで躱し、ホブゴブリンから奪った短剣をめちゃくちゃに振るう。するとエリートスケルトンの胴体、むき出しの背骨を斬り裂きヤツの体を両断することに成功した。
――久々の感覚だったな。『武器ガチャ』で生み出したんじゃねぇ武器は、まともに扱えねぇんだった。本物のパワーバカが誕生してしまったらしい。
「ではこれならどうだ。奴を殺せ、ボスオーガ」
やっと片付いたと思ったら今度はツトムの正面に巨体が創造されちまった。ただのオーガより大きい、また上位種だよ。うんざりだぜ。
普段は赤っぽい肌をしてるオーガだが、そこにいるボスオーガとやらは真っ黒だ。武器も木製の棍棒からトゲトゲの金棒にグレードアップしてる。
「ウォアアアアォォォ――!!」
咆哮を上げて俺に突撃してくるボスオーガ。
――いやいや、出てくる魔物を殺し、また出てくる魔物を殺しってやってたらツトムに近づけねぇ。
あいつがさっきから『物量』でなく『強さの質』でジワジワと俺を攻撃してくんのは、魔力量と体力を温存してる他にねぇな。このまま消極的に戦ってたら思うツボだ。だったら、
「力を調整して……ふありゃぁ!」
「ヴォォォアァッ!」
自身の頭上へ金棒を振りかぶるボスオーガのスキだらけの腹に、白いオーラの拳を打ち込む。少し手加減したのは腹を貫かないためだ。ツトムの方に吹っ飛んでほしかったからな。
アイデア通りまっすぐ飛んでってくれたボスオーガを見やりつつ、俺は両足にオーラを纏わせて前進しながら大ジャンプ。たぶんツトムからはボスオーガの巨体で上が見えてねぇだろ。
「くだらないなぁ」
金属バットでそのボスオーガをさらに横へ吹き飛ばしたツトムに、上から短剣が襲いかかる――
「……ん?」
と思いきや俺が空中で投げた短剣はあらぬ方向に飛んでって、窓から戦線離脱しやがった。コントロールがクソ難しいじゃねぇか、『武器ガチャ』って偉大だったな。
おかげで上からの奇襲がツトムにバレちまうものの、勢いに任せてオーラを纏う拳を振り抜いた――
「〈大暴れ〉ッ!!」
衝撃に、大広間の床が波打つ。シャンデリアが豪快に揺れて、窓が全部割れてく。この部屋――この要塞を揺るがすほどの高火力パンチ。だったが、あいにくツトムには逃げられた。
背後に回ったヤツは、
「あんたの攻撃は単調すぎて欠伸が出るね」
俺の背中を金属バットで強打。痛みに耐えてなんとか振り返る俺の、その横顔に打撃をまた追加される。
「ごっ……!」
「フルパワーなんか出さなくたって、僕はこんなにもあんたを追い詰められる。ま、格の違いというものだよ」
「はぁ……はぁ……な〜にが、追い詰めただぁ!? 俺は、ま、まだ、ピンピンしてるんだけど、な!」
声が途切れ途切れになってダメだ、魔物どもにだいぶスタミナを持ってかれてる。ツトムの作戦にまんまと引っ掛かったワケだな。
「フッ、その減らない口を叩き潰してやろう」
メガネ面はフラフラな俺の顔めがけて金属バットを横に降ってくる。一瞬で脱力し、姿勢を低くしてそれを避けた俺は、
「ざああぁぁぁりゃぁぁ――!!」
「……ぐぅッ!?」
大きく空振ってスキだらけのツトムの顎に、渾身のアッパーカットをぶち込んだ。
「まだ、まだだぁぁぁ――っ!!」
「どふっ……!」
間髪入れず、体をねじった後ろ蹴りがヤツの下っ腹にクリーンヒット。
このチャンスを逃さん。攻撃を繋げるんだ。
「おらっ、うらっ!!」
「く……!」
怯みまくるツトムの顔面にテンポ良く二発のパンチを入れ、さらにダメ押しでもう一発を――
「鬱陶しい。ゲホッ、図に乗るなよ」
「いでっ……!?」
突き出した拳がツトムに掴まれ、そのままねじられ、激痛とともに俺の手首から変な音が鳴る。
痛みに気を取られた刹那、一発、二発と俺の横顔に蹴りがぶち込まれ、さらに跳び上がったツトムに後頭部を強く蹴られ、顔面から床に叩きつけられる。
――もちろんツトムが繰り出す全ての蹴りには《超人的な肉体》の白いオーラ、そして『闇属性魔法』の黒いオーラの混ざり合ったものが纏わされてて、
「ぐあァァァアァ――!!!」
シンプルに言うなら、叫ぶことしかできないくらいにメタクソ痛い。今のだけで横っ面はボロボロ。後頭部からも血が止まらねぇ。
「あんたには、これだけでも辛い相手だろうに。僕にはまだこれもあるんだからな。忘れてはいないだろう?」
右手に果物ナイフを生み出したツトム。うつ伏せの俺におもむろに近づいてナイフを振りかぶり、
「ぬぐッ、ああぁぁぁあああぁ――!!」
容赦なし。背中にそれを刺しやがる。が、ナイフは中途半端に刃を食い込ませてくる。
「……ぐぅ……おぉ……随分と、切れ味が……悪いじゃねぇか……おい」
「……? もちろん、わざとそうしたのさ。こうやって、あんたを苦しめるために――」
「うゥッ!? ――ごあ!! あが! あぁぁあ!!」
切れ味の悪い刃をグリグリとめちゃくちゃに動かし、笑うツトムは悪趣味な痛みを俺の背中に刻み込んでくる。
――完全に、遊ばれている。
そういえばツトムの野郎、エバーグリーンから受けた傷も「闇に愛された僕にはほぼ効いてない」みたいなことを言ってたな。その感じだと俺のパンチなんか、これっぽっちも効いてねぇのか?
こっちとしちゃあ白と黒の混合オーラの攻撃に、耐えるだけでも地獄のようなのに。
「その目を見るに、どうやらまだ女神の件を話す気は無さそうだな。僕はあんたに楽はさせないぞ。ほうら!」
「げ……っ!」
手が離されたナイフが消えた直後、うつ伏せの体の側面に蹴りを入れられた俺は大きく吹っ飛び、大広間のレッドカーペットを無様に転がる。
「げぼっ、ごほ、ごぼッ……!」
体じゅうから逆流してくる赤い血が口からこぼれる。
さすがの《超人的な肉体》も悲鳴を上げ始めた。くらったことのねぇ鋭すぎる攻撃が、こうも続いたら仕方ねぇか。
そんな俺にもお構いなしと言わんばかりに、ツトムは闇の翼で大広間の空中をホバリングし、五つの闇の球を作ったと思えば、
「〈ダーク・ボム・ラッシュ〉」
なんとか立とうとする俺に、全部降り注いできやがった。小規模ではあるが爆発は爆発だ。五回も体を焼かれて、もう……
「ではこれで最後にしようか」
もうやばいってのに、今度はツトム自身が急降下してきて右の拳を振りかぶる。ヤツは煙に包まれる俺の位置へ、的確に落ちてきて、
「――最後なワケあるかぁっっ!!」
大きく踏み込んだ俺は全てのパワーを右拳に注いで、ヤツの拳へぶつける。
エバーグリーンのため、俺の勝利を信じてくれてる仲間達のため! 絶対に負けねぇ!!
「んんんんんんん――!!!!!」
「なに!? ぐうお……っ!?」
なんと俺は白いオーラのみで白黒オーラとの競り合いに勝利。意地だな。
ド派手にぶっ飛んだツトムがシャンデリアに突っ込んで、シャンデリアごと地面に落ちた。まずは、一矢報いたってとこ――
「がはっ……ま、マコト・エイロネイアー。あ、あんたは大事なことを忘れてる。一番、一番大事なことを……フ、フフ、フフフフ……」
壊れちまって灯りもクソもねぇシャンデリアの破片の中に混じるツトムは、笑ってた。ヤツは力なく右手を上げ、パチンと指を鳴らした。
それが何なのか、俺はもう頭に血が回ってなくて、考えられなかった。
――気づくと、赤い鎖が俺の腹に刺さっていた。
どこかから伸びるそれを目で辿れば、出どころは玉座の裏から現れた黒髪の女の掌。
「えへへー、《抹消の鎖》」
ああ、そうだ。確かにこれは一番忘れちゃいけねぇことだった。アヤメの、能力を消しちまう赤い鎖だ。
「あーあ。《超人的な肉体》失くなっちゃったね。おじさんからしたらマジ病む状況だよね、ウケるー!」
失くなったのか。ああ、そうか。俺の《超人的な肉体》が、唯一の能力が。
傷は見た目そのまんまだが、そこまで痛くない。消えちまった《超人的な肉体》がダメージ持ってってくれたのか。
「あんたは僕を舐めすぎた。先代魔王でも倒せなかった男エバーグリーン・ホフマンを倒した、この新時代の魔王……ツトム・エンプティをね」
もう俺は普通か。ただのおっさんか。ただのサラリーマンか。もう攻撃が飛んできても避けられねぇのか。
立ち上がったツトムは掌を俺に向け、
「まぁ人質にくらいは使えるだろう。それに、僕について知ってることを言いふらされちゃ困る……《操作の鎖》」
青く輝く鎖を発射してくる。
そうか、俺を無力にして完璧な人質か。この時のために今までおいそれと《操作の鎖》を使わないようにしてたんだ。実際に俺は忘れてたよ。一切考えず戦ってた。
この普通のボディじゃ俊敏な動きは到底できねぇ、本来ならこのまま鎖を撃ち込まれて終わりだ。
――あ、本来ならな? 心配ご無用。
「血を捧げる……俺を守れ、〈闇の手〉」
「「は?」」
俺の体の両脇から飛び出した二本の漆黒の腕がクロスして、青い鎖を弾いた。鎖は、顔をポカーンとさせるツトムの掌へ戻る。
俺は、ほとんど反射で、その黒い本を懐から取り出していた。だんだんと意識が戻ってくる俺は、
「お前らの『忘れた頃の二本の鎖』作戦は……ビビった。だが俺だって、か、隠し球……持ってんだぜ……?」
そう言ってやると、ツトムも反応してくる。
「それは、そ、れは……『闇の魔導書』だと!?」
「……げふ、そうだ。ルークから貰っといた……こういう、ま、万が一の時のために。ただな、ここまでの道中で読んでみたら、闇魔法を使うには自分の血を毎回捧げねぇとって……自傷行為は、気が進まなくて」
「だ、だから傷付いてる今、あんたも闇属性の魔法を扱えるということか……」
珍しくツトムは焦っている。アヤメは置いてけぼりで混乱中。
ただ、痛恨だった。あんまりにもツトムの攻撃が痛すぎて、本を取り出すに至らず、能力全部失っちまった。
こりゃあ厳しい戦いになる。俺はふらつきつつも立ち上がり、
「なんか聞いたことあるよな。『スーパーヒーローが力を失った時、本当のヒーロー性が試される』って。はからずも俺は今そういう状況にあるらしい。だが……俺は根っからのヒーローなんかじゃねぇ」
だからこそ。
「血を捧げる……魔王ツトムの、闇属性の適性を奪え! 〈ディプライブ〉!!」
「……はっ、まさか!?」
地を這う闇のオーラがツトムまで一直線。ヤツの足元まで到達して、それから俺の方へ戻ってくる。俺は確かに自分の手に、その感触を掴んだ。
「ほら見ろ。お前はもう『闇』には愛されん。お前の右胸にある二つ目の心臓ってのはそのままだろうけどな」
俺の手には黒い炎のような物体が浮かんでいる。これが魔王の持つ膨大な『闇魔法』の根源。適性ってもんを具現化した物なんだろう。
「……き、貴様! 貴様ァ! マコト・エイロネイアー!! 僕の、僕の僕の『闇』を返せぇぇぇ!!」
「やなこった」
俺はその黒い炎を、叫ぶツトムに見せつけるように握り潰してやった。
「まっ、マコト…………エイロネイアーぁぁぁぁ!!!」
「俺はヒーローなんてカッコいいもんじゃねぇ。だからプライドだとか捨てて、薄汚くズルして、意地汚く勝利を掴み取る――それが俺なのさ」
『闇』を得た俺。『闇』を失ったツトム。こっから、第二ラウンドが始まる。




