#159 魔術師ルーク vs 転移者タカオ
ルーク視点です。
僕とタカオさんは互いに睨み合い、互いに遠距離攻撃を放った。
「〈アイス・バレット〉!」
「くらえ《エネルギー波》ぁ〜〜!」
氷の弾丸と気力の弾丸がぶつかって威力を相殺。
あの魔法のような遠距離攻撃はマコトさんから聞いた通りだった。能力さえ判っていれば、あとはそれについていける技量が僕にあるのかどうかの話だ。
今のところ、僕はまだついていけてるように思う。
「ぜぇ、ぜぇ、俺様はず〜〜っとお前やエルフと戦い通しなんだぞぉ〜〜〜!? ハンデきついぜぇ〜……!」
確かにさっき僕は水の弓矢を彼の胸に命中させたりもした。そして彼はろくに回復もしていないようだ。
これで僕が負けたら、恥ずかしいなんてものじゃない。魔術師団の団員を、二番手を名乗ることが許されなくなる。いや、自害しなければ足りない……いや、それでも足りない……?
「スリップぅ〜〜〜!!」
「ぅえ!?」
まだ敗北していないのに後ろ向きな気分に浸っていた僕。足元に背後から忍び寄っていた触手に気づかず、思いっきり転ばされて頭を打った。
そしてそんなぼくを見て、舌を露出させて気味悪く笑うタカオさんは――
「ほら行くぜぇ、タコ殴りぃ〜〜〜!!! 魔法使いのモヤシ野郎が、理不尽な暴力に屁理屈でも返してみろよぉ〜〜っ、だぁらぁ〜〜〜!!!」
「ッ――――!」
八本の触手が――僕の感覚的には全方向から、強力な打撃を絶え間なく繰り出してくる。
拳の雨、と呼んでも違和感の無いそれに仰向けの全身を痛めつけられていく。しかし苦しくて声を上げようとしたってその瞬間、喉に、顎に、口に、触手が打ちつけられるのだ。
「――ぐっ、ぅ、――は――」
弾かれて地面に落ちた杖を拾おうと、顔の前で盾にしていた右腕を動かそうとしても、やっぱり肩を触手に打たれて中断させられる。
凄まじい速度が継続している。もう何百発かは殴られていると思う。ところどころ、骨なんかも折れているかもしれない。でも常に痛いから負傷箇所すら定かでない状態だ。
「ッ、いい、加減に……」
「おぉ? どうしたどうしたぁ〜!? 言っとくが屁理屈言えってのは皮肉な! ジョークよジョーク〜〜!! お前みたいなヒョロ長野郎ってのぁ〜、人を殴ったこともねぇのがテンプレ――」
「――いい加減にしろ」
僕は氷を纏う左手でタカオさんの触手の一本を掴んでいた。その触手も触れた部分から少しずつ凍りついていき、タカオさんは驚いたのか全ての触手の動きが停止。
「……!? つ、冷てぇぇぇ〜〜〜!?!?」
そうか、彼自身も痛みを感じるんだったな。じゃあ今ほとんど凍りついている触手は、冷たくて痛くて仕方がないことだろう。
さぁ反撃だ。僕は右手に氷を纏わせ、
「……僕が魔術師だからって、鍛えてないと思わないでくださいよ――バッキャロぉー!!」
「おぅごぉッ!?」
うろたえる彼に真正面から飛び込んでいき、その鳩尾に粗い氷の右拳を叩き込んだ。
触手を背中に収納しつつ転がっていくタカオさん。
苦しみながらもようやく立ち上がると、無理解と驚愕が顔に出まくっている。
「パ、パンチ力の件は置いといて……杖がねぇと魔法使えねぇんじゃねぇの?? おか、おかしくねぇか……ぁ!?」
「杖は魔法の精確さを大幅に補助する物ではありますが、無いと魔法が使えないってことはありません。特に僕なんか、もう何年団長から稽古をつけてもらっていると思いますか?」
「知らねぇよボケぇ……!! や、やべ、もう体力が……」
どうやらタカオさんは限界が近そうだ。息遣いも相当荒くなっている。僕もあれだけ殴られたんだ、かなり体力はもっていかれたが……勝算ありだ。
――だがその甘えはすぐに打ち砕かれる。彼のうなじの辺りから伸びる、青い鎖が可視化して、
「ぐゥッ! ……ま、魔王、ツトム、様の、命により……俺様が死ぬまで……お前を殺すぅ〜〜〜!!」
タカオさんが四つん這いで苦しんだと思ったら、青い鎖は刺さったまま再び透明化、タカオさんに変化が生じ始める。
顔や手、肌という肌がくすんだ緑色に染まっていって、顎が無数の触手に変化。袖からも大量の触手が這い出してきて、そして――
「うぅ、うぅぉぉぉ……オオオ〜〜〜!!」
頭髪が無くなっていき頭皮は緑色に、目は虚ろに……まるで緑色の蛸(絵だけしか見たことはないが)を頭に被っているようで。
でも変化はそこでは終わらなかった。タカオさんの異形の体はどんどん巨大化していって、終いには緑色の翼まで背中から生やして――
「――――――」
成人男性を上にニ十人くらい積み上げてようやく頂上に届きそうな高さのムーンスメル帝国の外壁、その高さを少しばかり上回る程の人型をした巨体が僕の前に立ちはだかる。
言葉にできない無機質な声で咆哮を上げたそれを、僕はただ見上げた。
……いや見上げていても埒が明かないじゃないか。僕は自分の中で最高威力の魔法を放つため、魔力を練る。
「へ、〈ヘイル……」
「――――――」
「ぁ」
しかしまた無機質な鳴き声。よくわからないが、脳をがたがた震わせるような異質さだ。
よくわからない。わからない。不可思議でおかしい。体の制御が効かない。
「あー……ぅ……」
僕はどうやら声を出している。いや、自分の意思とは無関係に、口から無意味な音が出ている。
勝手に歩き出した足で、気づけば僕は民家の壁を目前に。その壁に手をつき、
「……ぁ」
頭突き。
何度も、何度も、額から血が出ても僕は壁に頭突きをする。何度も何度も、何度も――
「――――――」
また聞こえてくる。あの巨大な化け物が、じっと僕を見ながら咆哮を上げている。
直後、僕は頭突きをやめる。というかあまりの驚きにやめざるを得なかっただけだ。
――視界に入った自分の右腕が、あらぬ方向にぐにゃりと曲がっていた。しかも曲がっているのは肘や手首等の関節だけではない。途中で何箇所も、ぐにゃりぐにゃりと……
「え!? うあ、うあああ!?」
理解できなくて地面を転げ回るが、痛みを感じない。これは痛すぎて感じないのか、はたまたこれは幻覚の類だろうか? 幻覚だと思っても、もう僕には止められない――
「――あれ? アンタ魔術師団とこのアレだよね?? 頭から血ぃ吹いて、こんなとこで何遊んでんの?」
突然通りかかった彼女、見覚えがある。確か処刑台前広場で見かけたような黒髪に黒いローブ。誰かまでは思い出せないが、一つ確定したことがある。
――彼女はマコトさんの知り合い。
「助、けて……ここ、から……連れ出して……僕の、腕が……」
「え? アンタの腕、なんともないけど? それより頭からの出血が……あ、ひょっとしてあの緑の巨人と戦ってる系だったの!? な〜んだそうかそうか、そんだったら早く言ってくれなきゃ〜!」
何を考えているんだ。僕の腕がやはり幻覚なのは良かったけど、早くこの場を離れなきゃ、あなたまで僕と同じ目に遭ってしまう!
巨体がまたこちらに向けて咆哮を上げようとしている、
「あ、言い忘れてたけど、アタシはドラコ! ドラゴン教で教祖様やってるから、良ければ入ってもらっても」
「――――――」
「いいかな〜なんて思ったりしてさ……って何なの今の音」
ダメだ、今度は頭痛が! 頭突きの傷とは関係ない、脳の奥底から湧き上がるような痛みだ。
また僕は地面を転げ回るしかなくなった。この痛みからどうやっても逃げることができない。ああ、このままではドラコさんも含めて全滅――
「あのタコか、うるさいねぇ〜。あいつは何なの? 魔物か何かなの? でもあんなに大きい魔物が存在するなんて聞いたことないんだよねぇ〜。ドラゴン様だって魔物じゃなくて神獣なわけだし……」
「……ぅえ? え!?」
「あれ? どうしてまた転げ回っちゃってるの、青髪さん? アンタって見た目的にそういうおフザケとは無縁に見えるのに。あ、もしかして普段やってることと違うことをしてみて、女の子にモテるように――」
どうして? 良かったけど、どうして彼女は咆哮の影響を受けない? まさか僕だけなのか。
「でもなんかマジで苦しそうだね……よっしゃ、アタシに任せといて! 今ね、遠くに連れてったげるから! そしたらドラゴン教入ってね!?」
ドラゴン教に入るつもりは無いけど、とにかく助かった。あの声が届かない場所まで行ければ、この精神汚染からも解放されるはずだ。
ドラコさんは僕を抱えて走る。
「――――――」
「ん〜、人を運ぶのってやっぱキツいものがあるよね! さてさて、どこまで走っちゃえば良いのかな〜」
やはり、ドラコさんは声を聞いても影響を受けていない。見たところ彼女は魔法も使えないようだ。一体、どんな条件で精神汚染を回避できるのか……
しばらく(ドラコさんが)走ったところで、僕は地面に倒れてる最中のある人を見つける。いや正確には人じゃなくエルフ。
「ぃ……リールさん」
「あぁぁ、頭が痛い、痛い! 何よさっきの声は!? 随分遠くから聞こえたけど、ほんとにもー!!」
走ってる間も何度か咆哮は聞こえた。もうだいぶ離れたはず。それでも聞こえる度に僕も頭が痛くなるが、エルフのリールさんも同じだったようだ。
その後リールさんはすぐに僕に気づき、三人揃ってタカオさんからもっと離れた。
離れた場所でルールちゃんと狼のバスターくんと合流することもできた。
▽ ▽
「ああ、酷い目に遭いました……」
ようやくタカオさんの咆哮が聞こえない場所まで連れてきてもらって、僕は安堵。「あれは魔物なの?」と聞いてくるドラコさんに、
「いえ、あれは元々人間です。マコトさんの言っていた、能力を持った異世界からの転移者ですよ」
「じゃーつまり魔王軍の幹部ってわけだね! どうりで強そうに見えるわけだぁ〜ね!」
手をポンと叩いて、ドラコさんは納得がいったような様子。
リールさんルールちゃんの姉妹はどうやら喧嘩をしている様子。
「もーお姉ちゃんってばどこまでドジなの!? いなくなったと思ったら、頭痛や幻覚で動けないって!」
「仕方ないじゃない。声を聞いたら強制的に発動するの、好きでやってたわけじゃないの! どうしようもなかったのよ!」
妹のルールちゃんは被害の届く距離まで行かなかったのに、やはり姉のリールさんは偶然にも範囲内に入ってきてしまったらしい。そういう星の下に生まれついたんでしょうね。
効果が出るのはエルフでも、光属性の適性持ちでも関係ないってことだ。そうなってくると気になるのは、
「ドラコさん……何故あなたは精神汚染の影響を受けないんですか? あの化け物の声を聞くたびに、僕らは幻覚や頭痛に悩まされるんです。自分ではわからないかもしれませんが……」
「精神汚染? そういうのを簡単にくらっちゃうってことは……皆さん精神がまともすぎるんとちゃいます?」
「まとも……?」
「アタシはドラゴン様だけを見て、ドラゴン様に心酔して狂ってるから、どうでもいーんですそういうのは」
ドラゴン教は今はたった一人しかいない。そんな話は聞いていたけど……信仰というものの凄さを、僕は、リールさんは、ルールちゃんは、バスターくんは、戦慄しつつ思い知った。
▽ ▽
四人と一匹で、あの巨大な怪物に対抗する手段を話し合い、遂に決定した。怪物の方もゆっくりながらも僕らに近づいてくる――マコトさんやジャイロくんでも勝てないかもしれない、早めに決着を付けないと本当に全滅してしまう。
ルールちゃんに光属性の魔法で『耳せん』を作ってもらう間に、ドラコさんが耳せん無しにタカオさんに突っ込んでいく。
「――――――」
「ひぃー、変な音ばっかり出してて飽きないの転移者さん!? 今のアンタはだいぶ神々しいけどね……ドラゴン様には程遠いってのがアタシの評価だね!!」
「――――――」
どんどん近づいていくドラコさんは咆哮に一つも怯まず、耳せんを装着したリールさん、ルールちゃん、バスターくんも被害は無し。
しかし「最後でいい」と言った僕には耳せんが間に合わず、手だけで耳を塞いでもどうしても聞こえてしまう――体中が痒くなり、かきむしりたい衝動に駆られる。それはもう、皮膚が裂けて血も出るほどに……
「はいルークお兄さん、耳せん! 遅くなっちゃってごめんなさい!」
「ぐぅ……ぅ……ありが、と……ござい……」
衝動に抗うため、例に漏れず地面に転げ回っていた僕の耳に、光の玉がねじ込まれる。
周囲の音はかなり遮断されていると思う。話してもよく聞こえないからか、僕に顔を近づけてくるリールさんルールちゃんに僕は問う。
「ふぅ……ふぅ……だんだん楽になってきました……皆さん、気分はどうですか? 影響は受けてませんか?」
「ルーク、何であなたが私達の心配してるのよ……」
「絶対に変だよ、お姉ちゃんの言うとおりだよ!」
「ガウガウ!」
声が聞こえづらくて何を言ってるのかは曖昧だけど、なぜか僕が怒られているような気がする。
無駄話はさておきタカオさんに向かっていったドラコさんはどうなったろうか、そちらへ顔を向けてみると、
「――――ォォ」
「それそれそれぇ! そのドデカい腕が機能しなくなるまで切っちゃいますよぉ!!」
目を疑うような光景。巨大な拳の攻撃を避けてその腕に飛び乗った華奢なドラコさんが、超巨大な腕の上を力強く走りながら、なんの変哲もないナイフで緑色の皮膚を抉るように切っていく。
タカオさんも大きな図体なのに、相当苦しそうだ。
「私達も行くわよ、ルール、ルーク!」
「ガウッ!?」
リールさんが僕らの名を呼ぶ。三人で狼のバスターくんの上に乗らせてもらう。
バスターくんは肩を落としてため息をついていたように見えたが、しっかりと走り出してくれた。
今や人間でもなんでもなくなってしまったタカオさんの巨体が近づく。エルフの姉妹二人はバスターくんに乗ったまま弓とパチンコを構え、
「「〈ホーリー・ストライク〉」」
光を纏う矢と、光のパチンコ弾が、タカオさんの目に見事に命中。両目からそれぞれ視界を奪った。
「僕の出番ですね。ドラコさん離れてください、派手なのを撃ち込みますよ!!」
聞いたドラコさんは器用に腕から滑り降りて、その場から早々に退散してくれた。彼女が耳せん無しだからできたことだ。
「オオォ、オオオォオ」
巨大な両目を巨大な両手で押さえ、天に向かって叫ぶタカオさん。その状態のまま僕らへ無数の触手を伸ばしてくる。
僕はこれまで二度繰り出そうとして失敗した、最強の魔法を準備する。
「終わりです……〈ヘイル・ストリーム〉!!」
――尖った氷のつぶてが大量に混じり、かつ暴風の鎧を纏った、激流の水の魔法。
杖の先から放たれた激流は天へと登り、空の闇を一部分だけ消し飛ばす。
「ああああああ!!!」
空を突き抜ける激流を、僕は巨大な剣のように目の前のタカオさんに振り下ろす。
こちらへ向かってきていた全ての触手が激流に蹂躙され、巨体を縦に両断するように氷が駆け抜け、そして……
「ォ、ォ、オォ……」
帝国の外壁よりも高くなっていたその体が急速に縮んでいって、いつしか普通の人間の姿へと戻った。
先程も見た青い鎖が彼から飛び出して消えていったが、どうやらタカオさんは死んではいないようだ。流石にもう動くことはないが。
彼の生死を考えている余裕は無かったけど、これでも生きているなんて……逆にかわいそうに思えてくる。
「タカオさんは本気を出していたらこんなに強かったのか……良かった、です。戦ったのが……僕で」
ようやく、ようやく安心できた。
疲労の蓄積に耐えられなくなった僕も、その場に倒れたのだった。




